大学の一室。今日は朝から雨が降っていた。  
窓の外のよどんだ空の色を見ると俺の気分がなんとなく濁っていくのがわかった。  
アパートでぐたぐたしてるのもつまらないし、だからと言ってなんだか作品を作る気力も今ひとつ。バイトでもして気を晴らそうかとさっき馨に電話したが、「今日は何も無い。お前から電話なんかしてくるな。」と冷たくあしらわれてしまった。  
「つまんねーなぁ…。」  
真山か竹本でもからかってやりたいところだけど、真山は仕事とか言って朝からいないし、竹本は面接に行ってしまった。  
誰かいないもんかな……  
そう思っていつもみんなの集まる研究室のドアを開けると、そこにはただ一人、小さな少女がいた。  
「……あ……。」  
「…はわっ…!」  
……コロボックルだ。  
相変わらず大きなキャンパスいっぱいにキレイな絵を描いている。  
「コロボックル!」  
「……〜〜っ////!!」  
「わはっ!おいチビハム!いい子にしてたかー!?」  
俺はいつものように抱きつくと、ぐりぐりと頭を撫で回してやった。  
コロボックルは真っ赤になったまま硬直して動かない。  
長くて柔らかい髪の毛が手に絡みついて、それがなんとも気持ちいい。  
 
「おいどーしたぁ?今日誰もいなくってさびしーんだよぉ、おまえも一緒に遊べっ!!」  
「うきゃ――っ!!やだやだ寄るなっ!」  
「なんだよぅ、遊ぼうぜチビハム〜。」  
「ダメッ!修ちゃんに言いつけちゃうからっ!!」  
そう言ってコロボックルは身構えた。  
「あれ?そういや今日いないな。」  
「きょ…今日は出張で…夜帰ってくるもん…。」  
「ふぅん…。」  
「……////。」  
「ま、いいやー。そうだ、お茶でも淹れてやろっかー?」  
「…!!…今描いてるのにー……。」  
「あそっか…じゃ、まぁいいや。お邪魔してごめんなー。そんじゃー…。」  
ドアノブを引いて、部屋を出ようとした。  
その瞬間、コロボックルは大きな声で俺を呼び止めた。  
「りょっ…緑茶淹れてあげる…から…っ、座って…!」  
俺はしばしきょとんとしたけど、なんとなく嬉しくなった。  
「そー?じゃ遠慮なくー。」  
そう言って椅子の腰掛けると、コロボックルは険しい顔つきをしつつ、ぎこちない手つきで茶葉を網に振りいれ、ポットのお湯で湯飲みにお茶を入れた。ポットのお湯がはねてそこらに飛び散り、コロボックルの手にまでとんだが、それには全然気付いていない様子だった。  
 
「ど…どーぞ…。」  
「さんきゅ。」  
俺の前に湯飲みを置いて、コロボックルは正面に座った。  
「……。」  
俺も、コロボックルも、無言のままお茶をすすった。  
目の前のコロボックルは、お茶をすすりながらもずっと固い表情のままだった。顔は林檎みたいに真っ赤で、うつむいたまま動こうとしない。  
汗もかいてるのがわかった。それはなんだかコロボックルが溶け出しているみたいに見えて、いつかこいつが作った、溶けかかった『かぼミント』を思い出した。  
「……。」  
…やばい…  
いや…マジやばい…可愛すぎる。  
前に…キスっつーか…それしちゃった時はほとんどパニくってたけど…それはやっぱこいつが可愛かったから…。  
でも今日のこいつのこの警戒態勢……絶対あの時のことで警戒されてるんだよ……どうしよう…。  
「…お…お茶菓子…出す…!」  
コロボックルは突然立ち上がると、棚のところまで歩いていっておかきを一袋持ってきた。  
するとその袋を、力を込めて両手で破ろうとした。  
「むっ…むっ…!」  
袋は意外に固く、なかなか破れない。  
可愛いのでその様子を見ているうちに、だんだんコロボックルが本気で力を込めてきた。  
「むぐぅ…っ!」  
「おい待てチビハム…ちょっと貸してみ…。」  
 
パァン!  
……やっちまった。  
袋は景気よくはじけ、中身のおかきは部屋中にぶっ飛んだ。  
「ひゃああああっ!!!」  
「うひゃあっ!!」  
コロボックルの声に、俺もつられて一緒に叫んだ。  
「はわわわわ…。」  
「飛んじまった…。」  
「ひ…拾わなきゃ…!」  
コロボックルはすぐに床にかがみこみ、床中のおかきを拾い始めた。  
俺もなんとなく一緒にかがんで拾い集めた。  
コロボックルはさっきにも増して真っ赤になっていて、やたらに恥ずかしそうだった。一心不乱に散らばったおかきを拾っていった。  
俺もよいよいと拾い集め、最後に目の前の机の真下に一個だけ発見した。  
「ラスト…っと…。」  
その時。  
ゴチッ!  
「あたっ!!」  
「こらっ!チビハム!痛いじゃないか!」  
同じく拾おうとしたコロボックルと正面衝突してしまったらしい。  
コロボックルは赤く、怒ったような顔をしていたが、眼には涙が浮かんでいた。  
「あう〜〜…。」  
可愛い。やっぱり、可愛い。  
いいんだよ、別に。もっと軽いノリで接してくれて構わないのに。  
なんだってそんなに意地を張ってるんだ。  
真っ赤になって、おどおどして、涙まで浮かべて…  
…でもそんなおまえが…やっぱり可愛い。  
そう思った時にはすでに、コロボックルの唇に自分の唇を重ねていた。  
 
「……。」  
コロボックルはあっけにとられていて、口がぽかんと開いてしまっている。  
その様がまた可愛くて、今度は舌を入れた。深くまではいれなかったけど、口の中を軽くなめた。  
唇を離したら、コロボックルは茹蛸のようになっていた。  
「…甘い。」  
「!!!」  
コロボックルは何か必死に言おうとしていたけど、全部「あ…」とか「う…」にしかならなかった。パニック状態みたいで、小さな手をぶんぶんと振り回していた。その細い両腕を俺の両腕で封じた。  
「ごめんな……でも…これも俺の正直な気持ち。」  
そう言って、俺はしゃがみ込んだままコロボックルを腕の中に抱え込んだ。  
もがきはしなかった。頭の中のパニックで精一杯のようだった。  
俺はその細くて白い首元に顔を埋めた。  
「ひゃ…っ!」  
小さくて華奢な体がびくんと跳ねた。ふわふわの髪が俺の顔に当たる。  
首もと一帯にキスをしていき、うなじをぺろっと舐めた。  
「…白いなぁ。」  
「…っ!」  
ワンピースのスカートのすそに手を入れた。  
そして腰元からかけて胸元をまさぐると、コロボックルは顔をゆがませた。  
まるで未発達の子どものような胸。でも、白い肌はすべすべしていて心地良く、コロボックルの汚れのなさを強調していた。  
もうすでにコロボックルは息をするのも絶え絶えだった。  
…そりゃそうか…こいつ…初めてに決まってるもんな…。  
「も…やだ…なん…で…っ!」  
「……ごめんな…。」  
「なんで…こんなことするの…ぉ。」  
「…ごめん……好きだ…。」  
「……!!」  
 
ごめんとか言いながら、俺は手を止めようとしなかった。  
いや、止まらなかったんだ。  
だめだ。  
止まらない。  
気がついた時には、俺はコロボックルの…下を脱がそうとしていた。  
でもその時、華奢な細腕が俺の手を押さえた。  
「だめっ…!それだけは絶対…だめ…っ。」  
コロボックルは目を潤ませて、でも押さえている手は震えていた。  
はっきり言って…戸惑った。  
…でも、俺はその気になれば、こんな手はすぐにでも振り払える。  
「お…おね…が…い…。」  
消え入りそうな声だった。  
俺は、手を離した。コロボックルは半泣きで、おずおずと離れた。  
「ホント…悪かったな…。」  
「……。」  
こっちを振り向かない。  
当然といえば、当然だろうな。  
「本当にゴメンな…じゃあ俺…帰るから。」  
俺は今度こそ、ドアノブを引いた。  
「あ…あのっ…。」  
コロボックルが突然、俺を呼び止めた。  
「…え…。」  
「はぐ…今日のこと…しゅ、修ちゃんにも…っ、誰にも言わないから…!」  
「え…。」  
「秘密にしとくから…っ!」  
コロボックルはやっぱり真っ赤だった。  
「うん…じゃあなっ。」  
その言葉がなにを意味するのかは分からないけど、俺はやっぱりなんとなく、嬉しい気がした。  
 
 

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