すでに彼女は待ち合わせ場所に来ていた。落ち着かなそうに時計をみたり、自分の格好を
鏡に映してみたり、髪を手で梳いてみたり、鞄の中の荷物を確認してみたり。
その様子がおかしくて、しばらく観察してから声をかけた。
「早いね、山田さん。待ちきれなかった?」
「の、野宮さん…。って、そんなことありません!!たまたまです、たまたま!!」
真っ赤になって反論するのがかわいい。何度見ても飽きないな。
並んで車を止めてあるところに歩く。ホントは手を繋ぎたいけど、きっと彼女はびっくりして
また大騒ぎするだろう。反応を見てみたい気もするけれど、あんまり困らせても気の毒かな。
「家の人には何ていって出てきたの?」
「ええと、その、はぐちゃんの家に泊まるって…」
「ホントは男とホテルに泊まるのに?いつから不良になったんだろうねえ、このお嬢さんは」
「誰のせいだと思ってるんですかっ!」
「アレ、人のせいにするの?ならやめとく?」
そう言うと山田さんは、一瞬傷ついたような困ったような顔をして、そして自ら車に乗り込んだ。
「いいです。行きます。自分で決めたんです」
そう言って前を見つめる山田さんの横顔は、驚くほど綺麗だった。
車はゆっくりと走り出す。横浜の、観覧車が見えるホテルへと。
一体どんな思いで彼女はこんなことを言い出したのだろう。まだ心の中に真山が
住んでいるだろうに。既成事実を作ることで、理屈で真山を諦めようとしているのだろか。
それでも、彼女の気が済むのなら、それでもいいと思った。
たとえ彼女が俺をなんとも思ってなくても。
助手席に座った彼女は、また無防備に健やかな寝息を立てている。
ホテルについて早めの食事をして、少し外を散歩して、部屋に戻った。…と思う。
あまりにも緊張しすぎて、車に乗ってからのことが思い出せない。
野宮さんはものすごい余裕で落ち着いていて、私をからかったり、慣れた様子でお湯を沸かして
お茶をいれ、お風呂場にお湯をため始めた。
どうしよう、私ってば何も知らない子供で、ただオロオロするばかり。
今回のことだって、別に、野宮さんが好きだから望んだわけでもないのに。それはきっと
野宮さんだって分かってるはず。なのに、からかいつつも、とても優しい。
なのにどしよう。私帰りたい。やっぱりイヤだ。怖い。こんな形で真山を忘れられるの?
涙がポロポロこぼれて、ふかふかのバスタオルを濡らす。
「山田さん、風呂先に…」
風呂場から出てきた野宮さんの顔が強張る。イラッとした顔が一瞬浮んだ。どうしよう。
また怒らせて、傷つけた。私はこの人を、これ以上傷つけたくないのに。
「ご、ごめんなさ…」
野宮さんは大またで歩いてきて、右手を振り上げた。ぶたれる覚悟をしていたけれど
ふわりと抱きしめられた。
「頼むから、泣かないでくれよ。山田さんに泣かれると、俺がすごーく悪人に思えるから」
「ちがっ、違います、私が、私が弱いから」
「俺に悪いと思わないで。俺は山田さんのこと好きだから、山田さんがが俺を頼って
くれるだけで嬉しいんだから」
野宮さんの体が小さく震えていた。なんでだろう。抱きしめられているのは私なのに、
なぜだか私が野宮さんを支えているような気がする。
こんな私でいいんですか?まだ真山を思い続ける私を。あなたの好意を利用しようとする私を。
あなたはそれでも受け止めてくれるというのですか?
一度おさまった涙が再びこみ上げてきた。私は野宮さんの頬を両手で挟み、自ら唇を求めた。
なぜかそうするのが自然だと思ったのだ。
唇に、冷たくて柔らかいものが触れた。涙でちょっとしょっぱい、山田さんの唇だった。
不器用でぎこちないキスは、今まで交わしたどんなキスより俺の胸を熱くした。
背中をグイと引き寄せて、俺からも唇を求める。ついばむようなキスから、次第に濃厚な
激しいキスへ。彼女も少しずつ慣れてきたのか、自ら唇を開き、俺の舌を招き入れる。
ざらりとした感触が交錯し、互いをひっぱるように吸い上げる。
「ん…、んんっ、ふ…ぅ、ン!」
小鳥が鳴くようなかわいい声。我慢できずに服越しに胸を触る。
「あ、だ、だめっ」
驚いた山田さんが唇を離す。唾液の糸がつぅっと橋を架けた。
「だめって、何が?」
「あの、お風呂…」
「ダーメ。一人になるとまた色々悩むだろ?それに、俺もう我慢の限界」
そういって、山田さんをベッドに押し倒した。下手すりゃ回し蹴りでも飛んでくるかと思ったが、
覚悟を決めたのか、さほど抵抗もなかった。
わざと音を出してキスをしながら、ブラウスのボタンを外し、キャミソールをたくし上げる。
「でっ!電気!!電気消してください!!」
悲鳴のような声。ホントは明るいところで隅から隅まで彼女を見たいのだけど、そんなこと
いえる状況でもなく、サイドテーブルの灯りを残し、部屋の電気を消した。
「これでいい?」
尋ねると、彼女は顔を背けたまま小さく頷いた。そっとむき出しの乳房に触れる。すでに頂の
部分は尖っており、その存在を主張している。触れるとビクンと反応する。つまみ上げ、
こね回し、唇に含んで吸い上げる。そのたび彼女は小さく悲鳴を上げて、俺にしがみつく。
「あ、あぁ、はぁ、あ…あぁっ!」
体をゆするたびに、マシュマロのような乳房が勢い良く上下する。逃がさぬように捕まえて、
指で、舌で愛撫を重ねる。
片手で愛撫を加えながら、あいた手でスカートのファスナーを下ろした。さすがに下腹部は
ぎっちりとガードされているが、耳に舌を差し込むと、へなへなとガードが崩れた。
隙間に手を差し込み、下着越しに大事な場所に触れる。そこはもう、しっとりと熱を持っていた。
「や…ぁっ、そこは…」
声が…。自分の声じゃないみたい。甘くて小さくて、私にもこんな声が出るなんて…。
それに、体が熱くて、じっとしていられなくて…。私、どうしちゃったの?
「腰、浮かして」
言われるままに、朦朧としたまま腰を浮かす。スルスルと下着も取り外されて、生まれた
ままの姿になってしまった。恥ずかしいと思うのだけれど、今さら野宮さんの前で
恥ずかしがるのもおかしいと思ってされるがままにした。会社の給湯室で、学校の和室で、
この人は私の痴態を見ているのだから。
下腹部に、指が突き立てられる。ゆっくりと私の中に入る。痛くはないけど、未だに
異物感が拭えない。野宮さんの指はそろそろと上下し、中で軽くかき混ぜたりしている。
その度に私は歯を食いしばって、声が出るのを抑えた。
声出したら、もう、止まらない気がして。
「山田さん、もっと泣いて。声聞かせて」
耳元でふぅっと息が吹きつけられ、私の体はビクンと跳ね上がった。私、耳弱いんだ…。
たちまち我慢できなくなっちゃう。野宮さんも知っているのかな。私が緩んだ隙に、
指をもう一本入れて中で激しくかきまわし、親指が尖ったモノをぐりっと押した。
「あぁっ!あぁ…ン!!んぅー…っ」
我慢できずに声が出てしまった。じゅっと、自分でもはっきり分かるほど其処はぬるみ、
後から後から泉が湧きだしてくる。指の抽送に併せて卑猥な音がしている。
チュク、チュク…。トプン…。今まで聞いたこともない音。私の体から出ているなんて。
恥ずかしい、怖い。でも、でも気持ちイイ…。
不意に、中でくいっと指が曲げられた。途端、体中を内側からなぞり上げられる感触がした。
「あぁ…っ、ナニ、何これ…ッ、私、あ…ぁ、ダメェ…ッ」
目の裏で、白い花火が、弾けた…。
山田さんがイッてしまい、放心状態のままベッドに沈み込んでいる間に、俺は手早く服を
脱いで避妊具を装着した。久々のことに、俺の方まで緊張してきた。
覚醒したかしないか分からない状態の彼女の足を大きく開かせ、その中に体を進める。
狙いを定めて、少しずつ挿入を開始した。初めてだからかもともとそうなのか、彼女の中は
狭くて細く、先端の部分ですでにつっかえてしまっている。
「ん…!?」
異物感に、彼女が覚醒した。無意識のうちに上に逃げようとするのを、体全体で圧し掛かって
押さえつけ、そのまま挿入を続ける。
「イタ…ッ」
彼女が小さく呻いて、顔を歪ませる。ごめん、と心の中で思いつつ、さらに進める。
「のっ、野宮さん、ちょっ…、痛…」
「ごめん山田さん、一気に行くよ」
「んんんっ!んーッ!!」
一気に腰を進めると、何かを突き破る鈍い音がした。山田さんはくぐもった声を上げ、
目じりに涙を浮かべた。
「…入ったよ」
俺の感覚の全部が、彼女で満たされる。暖かく柔らかく、そして愛しかった。
額に浮んだ汗に唇を這わせ、シーツを掴む手を握る。
「大丈夫?」
「痛いです」
声がかすかに震えている。お詫びの気持ちも込めて、涙の跡に、頬に、まぶたにキスをする。
「痛いけど、ちゃんとできて、よかった…」
山田さんの手が、俺の背中に回された。俺も彼女に背中に手を回し、体を起こさせた。
彼女と向かい合う形になる。
「恥ずかしいから、あんまり見ないで下さい…」
涙をためた瞳を落とし、小さく呟く。そんな彼女が愛しくて、繋がったまま濃厚なキスを
交わした。
繋がったまま身を起こされ、座って向かい合うような形になった。寝ていた時よりも、
野宮さんのソレは深く私を貫く。鈍い痛みと、どうしようもない異物感。
そして、痛みの奥底に、かすかに甘い疼きがある。
「ぁぅ…、ん、ん…」
歯が当たる勢いで、貪るようにキスを重ねる。呼吸をするために唇を離すたびに、唾液が
糸を引いて橋を架ける。それを何度も何度も繰り返す。
野宮さんが下から突き上げてきた。振り落とされないように必死でしがみつく。
「ん、んぅ、んん…っ」
耳元で、野宮さんの荒い息遣いが聞こえる。いつもの余裕たっぷりの野宮さんではなくて、
見たこともないような、切なげな表情。そんな表情をを見ていると、なんだか泣けてきた。
愛し合うことって、こういうことなのね。
真山を思って入り込んでいた私だけの世界に、野宮さんは大きな穴を開けてくれた。
こうならなかったら、私はきっと腐ってボロボロになっていた。
「あぁ、あん、あぅ…ッ」
だんだんと激しくなる突き上げに、痛みを感じる余裕はなくなってきた。ただ繋がっている
部分だけが、どうしよもなく熱い。しがみついていた手が離れ、私は弓なりに反った。
髪がサラサラと後ろに流れ、野宮さんの眼前に胸をさらけ出してしまう。
「ひゃぅ…ッ」
野宮さんは私の腰を引き寄せ、胸の突起を口に含んだ。そして荒々しく胸を掴んで激しく揉む。
「野宮さ…も、だめ…」
頭がクラクラしてきた。弓なりに反ったまま、ベットに仰向けに倒れると、再び野宮さんが
圧し掛かってきた。
「俺も、も、限界…」
野宮さんのかすれた声がして、いっそう激しく突いてきた。荒々しい呼吸の合間に、
何か言っているような気がして耳を澄ます。
「…ゆ、あゆ…ッ」
私の名前を呼んでいる。そう分かった時に、バカみたいに涙が溢れてきた。どうしよう。嬉しい。
ずっと名前を呼んで欲しかった。私の事を認めて欲しかったの…。どうして野宮さんは、
私の望むことがこんなにも分かるの?
「野宮さん、私…」
「あゆ…愛してる…」
囁くようにそういって、野宮さんは全てを解放した…。
腕にかかる重みが不意に軽くなり、目が覚めた。腕の中に山田さんの姿はなく、シャワーの
水音がかすかに聞こえてくる。バスタオルを巻いて、風呂場のドアを開ける。
「俺も一緒に入っていいかな」
なるべく自然に声をかけたつもりだが、彼女はびっくりするくらい慌てて湯船に飛び込んだ。
「だ、だめですっ。お風呂なんて、そんなのっ」
「もう遅いよ。大丈夫。ヘンなことしないからさ」
軽くシャワーを浴びて、湯船に体を沈める。二人で入るにはちょっと狭いバスタブだ。
山田さんは真っ赤になって顔を背けている。もうやることやったんだし、そんなに恥じる
必要もないと思うんだけど、ま、それもかわいいな。
「昔友達の結婚式でさ、仲人が言ったんだ。夫婦円満の秘訣は、二人で風呂に入ることだって。
風呂に入って、たくさんたくさん話しなさいって。俺たちもさ、いろんなこと話そ?」
手を伸ばして、そっと山田さんの肩を抱く。怯えつつも、彼女は俺にもたれてくれた。
「手始めに、どう?オトナになった感想は?」
「そ、そんなこと聞かないで下さいっ!まだいっぱいいっぱいなんですからっ」
「体は大丈夫?痛い?」
「痛いけど…。大丈夫です。野宮さん、その、ありがとうございました」
くるっと俺の方を向き直り、山田さんがぺこんと頭を下げた。
「私の事名前で呼んでくれて…。とっても、とっても嬉しかったです…って、あれ?
どうしたんですか?なんで野宮さんが真っ赤になるんですか?」
…やべ、俺この子のこと、ウッカリ名前で呼んじゃったのか…。参ったなぁ、冷静なオトナを
演じてたハズなのに。でも、ま、喜んでるからいっか。
「じゃあ、今度から名前で呼んでもいいの?」
「そ、それはまだ」
「じゃ、二人でいる時だけね。俺のことは苗字でいいよ」
「…そういえば、野宮さんて、名前何ていうんですか?」
「ええっ!今聞くの?もーちょっと俺に興味持ってよ。字は違うけど、アイツと同じタクミ。
だから名前で呼ばなくていいよ。山田さんもビミョーでしょ?」
「私、間違えたりしません」
キッパリと言い切った彼女には、かつての迷いは感じられなかった。図らずも、不毛地獄から
前に進んだようだった。地獄から完全に引きずり出すのはまだ先かも知れないけれど、
いつかは俺だけを見てくれる日も来るだろう。
「そろそろ上がろっか。逆上せたら大変だ。窓開けて、観覧車見よ。おいで、あゆ」
「はい、匠…さん」
山田さんはそう笑って、差し出した俺の手をぎゅっと掴んだ。
おわり