「あ、竹本くんだ!」
課題の仕上げに集中してすっかり遅くなった僕を呼び止めたのは、はぐちゃんの声だった。
「もう帰るの?途中まで一緒にいこ?」
僕たちは並んで取り留めのない会話をしながら、校門に向かっていた。と、はぐちゃんが
鼻息も荒く腕をひっぱった。
「近道、しよ?秘密の抜け穴見つけちゃった」
「抜け穴って…。また、はぐちゃんしか通れない小人サイズの抜け穴だったりするんじゃないの。
前みたいに…」
また途中で抜けなくなって大騒ぎになることを予想しつつも、はぐちゃんが秘密を僕に教えて
くれるのが嬉しかった。僕の手を引いて、はぐちゃんは校舎の裏に進んでいく。校舎裏はゴミ
捨て場や資材置き場になっていて、こんな遅くに通りかかる人はほとんどいない。
「…?」
はぐちゃんが足を止めて、首を傾げてキョロキョロと辺りを見回す。
「どうしたの?場所忘れちゃった?」
「ねえ竹本くん、へんな声がしない?」
確かに言われてみると、かすかに息をする音や、ピチャピチャという水音がする。
どうせ野良猫や野良犬が勝手に入り込んできて、腹でも空かせて涎を垂らしているのだろうと
思った僕だったけど、耳を澄ましてその声を聞いた途端、自分でも顔が赤くなるのが分かった。
「…ッ、ダメ…こんなトコじゃ…」
「大丈夫、人なんて来ないって」
「だって、今、人の声したよ…ッ?んんッ」
どどどど動物の声なんかじゃないーっ!
「竹本くん?こっちから聞こえてこない?なんだろね」
「ダメッ!そっち行っちゃダメーッ!」
何も知らずに呑気に声の方に近づこうとするはぐちゃんを担いで、僕は走り出した。
闇雲に走り続けて、校舎裏の一番奥までたどり着いた僕は、はぐちゃんを下ろして肩で
ゼイゼイと息をした。
「あはは、ずいぶん走ったね」
はぐちゃんは無邪気に笑い、僕はなんて説明していいか分からずに顔を背けた。彼女を担いで
走った暑さと、思わぬシーンを目撃した熱さが交じって、体中が暑くて熱い。好きな子が横にいて、
あんなシーンを目撃した日にゃあ、いくら僕でも我慢というものが…。
「ね、何で走ったの?あの声、何だったの?」
はぐちゃんが僕の顔を見上げる。
触れたら壊してしまうと思った。彼女が彼女らしく生きるために、近くにいて守ってあげたいと
思っていた。
だけど。
「あの声、教えてあげようか」
我ながらぞっとするような低くて冷たい声だった。はぐちゃんがコクンと頷く。僕は、彼女の肩に
手を置いて、そっとキスをした。
「…?」
はぐちゃんは何が起きたのかまったく分かっていないようだった。驚くでも拒絶するでも、もちろん
受け入れるわけでもなく、ただじっとしていた。しばらくして、はぐちゃんが呼吸をするために一瞬口を
開いた。その隙を見逃さず、僕はすばやく舌を差し込んだ。
「んんッ?」
さすがに驚いたようだったが、僕はもう止められなかった。割り込ませた舌ではぐちゃんの歯茎の裏側を
嘗め、逃げ場を失った舌を絡ませ、唾液を流し込んだ。はぐちゃんは眉を寄せ、小さく声を漏らしながら僕の
服の裾をぎゅっと掴んでいる。
唇を離すと、はぐちゃんは地面に倒れこみそうになり、寸でのところで抱きとめた。
「あの声、分かった?」
彼女は半ば目の焦点を失いながらもコクンと頷いた。
おしまい