勇者さまはわたしのどこまで許してくれるかしら?  
 悪魔になっても、泣いても、魔法が下手でも、足が遅くても、勇者さまはわたしを置いてったりしなかった。一度だって見捨てたりしなかった。  
 でもだから不安になるの。  
 ねぇ勇者さま、ククリのどこまで許してくれる?  
 ククリの全部まるごと……一体どこまで許してくれるの?  
 
 「おーい、なんか彷徨ってるぞー」  
 ひょいと覗き込まれたククリはニケの顔が自分の顔に恥ずかしいほど近いことにようやく気付いた。  
 「やっ!勇者さま!?」  
 「……ニケって呼んでって言ったろ。もうおれは“勇者”じゃないんだから」  
 その距離の近さにも別段気にする様子も無く、彼は気軽に溜息つきながら苦笑いでそう言う。  
 「もうギリは封じ込めたんだしお役ご免ってヤツだよ」  
 すいっと身体を離して空を見上げながらニケは草の上に寝転がる。  
 「平和だねぇ、もう二週間かな。  
 なんか夢を見てるみたいな気がしない?もうジミナ村を出発してどのくらい経つっけ」  
 ぼんやり笑いながらまるで心ここに在らずという風にククリに聞く。実は彼はこの平和以外何も無い天空に既に飽きていた。…いや、正確に言うのならば地上が恋しくなっていたのだ。  
 しかし下界に降りる手段も無く、やっと両親に会えたククリにそんなことを言い出す気にもなれずに一人悶々としていた。  
 「勇…じゃなくて、ニケく、ん……」  
 呟いた名前が小さくすぼんでゆく。  
 「…ま、慣れないもんはしゃーないわな。なんたって最初に会った時からおれ“勇者さま”だったし」  
 呆れながらも頬を染めるククリの様子を見てニケは微笑ましそうに頬杖をついて寝そべっている。  
 「ニケくんは、ククリの…ククリのこと……どれくらい、好き?」  
 【勇者のあたまは頬杖の上から転げ落ちた!3のダメージ!】  
 
 「ぶぶぶぶ……」  
 「だ、だいじょうぶ?」  
 「いっいきなり何を言い出すんだよ!」  
 ぺっぺっぺ、と口に入った草と土を吐き出しながら咳き込むニケを、ククリは不思議そうに眺めながら続けた。  
 「ククリはね、勇者さまにククリの…全部をあげてもいいくらいすき。」  
 「なななななな」  
 【勇者はこんらんしている】  
 「勇者さまは……ククリのことどれくらいすき?」  
 ダメだ、とニケは思った。ククリの目が完全にどっか遠くの方に吹っ飛んでいる。もはや欲求する言葉しか聞こえない状態だ。  
 「えーと、このくらい?」  
 ニケは両手をいっぱいに広げて、それでも意識のぶっ飛んでいるククリに付き合った。彼は人がいいのだ。  
 「…それだけ?」  
 不満そうに眉を顰めながら見上げるククリの視線に、彼はたらりと汗を流す。  
 「じゃ、じゃあ、この原っぱ全部くらい」  
 「……………………」  
 黙りこくって目を伏せてしまった彼女を引っ張り上げて立たせ、彼は空を指差して言った。  
 「じゃああの太陽が見ている範囲全部くらい!」  
 「そーじゃないの勇者さま!そーゆーこと言ってるんじゃないの!」  
 「へ?」  
 「ククリはね、ククリは…そういう事が聞きたいんじゃ…」  
 困った、全く何を言いたいのか見当も付かない。どのくらいと言うから、世界で一番ってこと?……いやいや、それならククリなら何番目に好き?って聞くだろうし……  
 弱り果てたニケは仕方なくストレートに聞いた。  
 「じゃあ、ククリはおれになにを聞きたいわけ?答えるから言ってみて」  
 
 そう言った途端に、ククリの頬がぽおっと薔薇色に染まった。両手を頬に当ててまるで胸が苦しいみたいに身体をぎゅっと縮める。<br>  
 「やっやだっ!勇者さまのえっち!」  
 ……なんでだ。そんな突っ込みが喉の奥から外に出ようとするのをニケは押し留めた。こうなってるククリに何を言っても無駄なことはニケが一番良く知っていたから。  
 「……おやつ食べに帰ろうか」  
 あっちの世界に吹っ飛んだククリを連れ戻すにはチョコレートが一番。彼は彼女の手を引いて自分達の寝泊りしているククリの実家への道を辿った。  
 その道すがら、ククリはニケの少し硬くてとっても温かい手にますます暴走していた。  
 勇者さまの手って男っぽくてすてき。力も最初の頃よりずっと強くなったし、背だってもうげんこつふたつ分くらい違う。これからもどんどん…ステキになっていくに違いない。  
 それなのにあたしときたら、胸はないし、腰だって蛇のおねーさんみたいにきゅっとくびれてないし、ほっぺたもぷくぷくしてて……やだな。  
 天気は良くてぽかぽか陽気は明日も続きそう。だけどククリの心の中はどんよりした雲でいっぱい。  
 勇者さまもククリのこと好きって言ってくれたのに……あたし、勇者様とつりあってない。  
 安穏とした表情で手を引っ張るニケの顔を見てると、そんなつまらないことで気分が沈んでいることをすごく申し訳ない、とククリは更に落ち込んだ。  
 一方ニケはというと、早く家に帰ってチョコレートを自分の分も食べさせてやろうなんて能天気なことを考えていた。  
 「ただいま」  
 ドアをあけても誰も居ない。机の上には置き手紙とおやつのチョコレート。  
 『近所のお祭りに行ってきます。明日の夕方には帰ります。ごはんは作り置きがあるのでお鍋の中を見てね。』  
 「……だってさ。ククリ、チョコレ……ククリ?」  
 悲しそうな顔でじっと手紙を見つめるククリの表情に、ニケは胸がぎゅっと痛くなるような気がした。  
 「大丈夫、すぐ帰ってくるよ!な?もうどこにも行かないって、な?」  
 
 「うん、へいき」  
 悲しそうな顔で、それでも必死で涙を見せまいとするククリはすうっと息を吸ってにっこり笑って言った。  
 「わあい、おやつがチョコレート!」  
 椅子に腰掛けて手も洗わずに、ころっとしたチョコレート玉を二つばかり頬張って嬉しそうな顔をする。ニケはそれを無表情で見ていた。  
 「ね、勇者さまも食べなよ、おいしいよ」  
 そう促されてもニケは無表情のままでククリを眺めている。  
 「どうしたの?はやくしないと全部食べちゃうよ?」  
 悪戯っぽく言うククリの顔はやっぱり無理をしたままだ。  
 「……手、洗ってくる。食べたきゃ全部食べてもいいよ」  
 引きつった笑い顔で洗面所に向かったニケは、ドアを閉めた後に少しの間ドアの前に立っていた。ドアの向こう側でククリの声がして、ニケは強く目を閉じてその場を去った。  
 …………なんで泣けよって言えないんだろ…ダメだなおれは……  
 照れてしまった、のとは少し違うと思う。ククリの寂しさがわかんないのに、泣いていいよって言うのは何だか無責任な気がしたんだ。辛いのを分かってもないのに同情してるみたいで、自分がすごく適当なヤツみたい。  
 でもそんなのより、悲しくって泣きそうなククリを一人にした自分に腹が立つ。結局、おれは自分の方が可愛いんだろうか。  
 「何が勇者だよ、泣いてる女の子ほったらかしにしといて」  
 ドアの向こうでククリが泣いてたのに、ドアを開ける気なんてなかった。勇気が無かった。  
 飛んでいって慰めてやるのもなんか違う気がした、なんて言い訳を考えてる自分自身に呆れる。  
 彼は手を洗い、ポットで温めたミルクにたっぷりのココアを入れて二つのコップになみなみと注ぎ、ククリのいるダイニングに運んだ。  
 ククリはご機嫌でチョコレートをぱくついていたが、頬には手で何度か涙を拭った跡がついていた。  
 「……ココア、飲むだろ?」  
 「うん」  
 
 彼はふうふう言いながら黙ってココアを飲むククリをぼんやりと眺めていた。彼女はその視線にテレながらも、やっぱり黙ってチョコレートを口に運んでいた。  
 「……あー!」  
 「えっ!?なに!?なに勇者さま!」  
 「チョコ!ホントに全部食べたなー」  
 「えっあっ!……ご、ごめんなさい!」  
 ちょうどククリが最後の一つを口の中へ放り込んだ時、ふと我に返ったニケは皿に一つも残ってないことを知って大声を上げる。  
 「あーあ、結構あったのにー」  
 「ごめんなさい!チョコのことになると我を忘れてー!」  
 「……まぁ…いいけど……」  
 少し渋い顔をしていたニケは、顔を上げてククリの顔を見てにやりと笑い、言う。  
 「残りは、おれの分ね」  
 「?……残り?」  
 呟いた彼女の口元に微かに刷かれるようにくっついていたチョコレートを、彼は彼女の顔を手でそっと自分の方へ向け、舌で掬うように舐めた。  
 「〜〜〜〜っ!?」  
 「……ん、甘。」  
 「ゆー、ゆ、ゆ、ゆー、ゆ〜」  
 ククリの引きつる声が乗ってる息はチョコの香りがして、そちらに目を向けてニケは更に言った。  
 「ここにもあるじゃん、まだ」  
 唇の中に広がるミルクチョコレートとココアの味が混ざり合って溶け合って、とても変な感じ。変で……面白い。  
 「〜〜〜〜!!」  
 ククリの柔らかくてぷっくりした唇がきゅっとすぼまるのに、逃げようとしない。彼はなんだか楽しくなってきた。舌で口の中に残る融けかかったチョコレート玉を器用に転がす。  
 「ん、もら…い」  
 
 ニケの舌と唇からようやく開放され、口の中のチョコレートを全て舐め取られたときには、ククリはすっかり夢心地だった。  
 「チョコ、ククリの味がする」  
 奪い取ったチョコ玉を舌の上で見せびらかすように転がしながらニケが笑った。  
 「……ゆーしゃさまぁ……」  
 ぼんやり呟く声がまるでチョコレートのように甘い。とろんと蕩けてゆらゆら揺れている。  
 まだくちびるがどきどき鼓動のように痛みを発してて、心臓はゆっくりゆっくり、大きく大きく全身に目の醒めるような真っ赤な色の血を吐き出して。  
 きす、されちゃった。  
 しかも、すっごい、えっちな、きす。  
 どうしよう、きっと、まっかだ。はずかしい、こんな顔してたらえっちな子だと思われちゃう。  
 でもしんぞう痛いほどどきどきしてる。止まんない。  
 「……あ、あのさ。  
 もし誰が居なくなっても、おれは居るから。ずっとククリと一緒に居るから」  
 だから泣きたかったら泣いてもいいよ。もう逃げないからさ。あれだよ、逃げようとしたら捕まえてくれよ。そしたら絶対逃げらんないだろ?  
 照れて頭の後ろをがりがり掻きながらニケがそう素っ気無く言って後ろを向いた。  
 「もっと背が高くなって、もっとレベルが上がって力が強くなったら、そしたら、そしたら……お姫様抱っことか出来るようになるから。  
 そしたら泣いてるの、誰にもわからないから。我慢しなくていいくらい泣けるから」  
 ちょっとだけ待ってて。  
 言い終わって、窓の外に緑色の布を身に纏った妖精がすごい顔をして『ちょっと待ってて』と連呼していたので、ニケはバンダナを投げつけた。  
 【ギップルに2のダメージ!ギップルは強制退場させられた!】  
 窓を閉めながらニケはまるで独り言のように言葉を発した。  
 「これからはそのために強くなるから、待ってて」  
 
 涙が止まらない。嬉しくて頭の中がパニックになるなんて初めてじゃないけど、こんなに嬉しいなんて初めて。  
 「うん」  
 涙声の返事を返すのが精一杯で声が出ない。胸がいっぱいでくるしいよ。  
 あたし、勇者様が好き。  
 世界で一番、大好き。  
 はじめて会った時は、こんな風に自分の気持ちが止められなくなるまで好きになるなんて思ってもなかった。普通の男の子で、ちょっと変わってたけどそれだけだった。  
 でもいろんな場所に行って、いろんな人に会って、いろんなことを知ったりしてどんどん知らない世界が広がっていく最中でも全然怖くなかったのは、いつも隣に勇者様が居たから。  
 きれいな女の子に弱くって、お調子者で、ときどき頼りなかったりするけど、絶対にククリのこと見捨てたりしなかった。  
 ずっと守っててくれてた。怪我したり、魔方陣失敗したり、いっぱい迷惑かけたのに、いっつも一緒にいてくれてて……  
 ククリの頭の中に今までの冒険や出会いの記憶がぐるぐると回っている。それは溶け合う光と闇の魔方陣のように、ぐるぐるぐるぐる途切れなくダンスを踊っている。  
 俯くククリの頭に自分の頭をこつんとくっつけて、ニケは呪文のように繰り返した。  
 「大丈夫、大丈夫、誰も居ないから思いっきり泣いてな。おれはずっとここに居るから、いっぱい泣いていいよ」  
 両手を握って抱き合いながら、わけも分からぬ子供のようにククリを受け止めながら彼は彼女の背中をさする。  
 こうして良かった。泣きじゃくるククリの頬を伝う雫を見ないで済んで。……さすがに涙はあんまり見たくない。泣いてるククリは見たくない。  
 でも他の誰にも見せたくない。  
 ぎゅっと彼女の小さな身体を抱きしめなおして、甘くていいにおいのする髪に顔をうずめた。  
 
 「ゆーしゃさま…あの、もう、平気だから……放して」  
 呟くような、囁くような声に彼はゆっくり腕の力を抜いて身体をそっと離した。  
 「もう泣くの悲しくないよ。ゆ…ニケくんが、一緒に居てくれたら」  
 あたし不幸になってもいい。  
 涙を湛えながらククリがそう笑ったのを見、ニケは信じられないほど暴力的な衝動が身体の奥底から湧き上がってくるのを感じた。  
 かわいい、愛しい、独占したい、閉じ込めてしまいたい……汚してしまいたい。  
 襲い来る幼稚で激しい欲求は自分のそれに初めて気付いた少年を飲み込む。閃光のように彼を貫き、一瞬にして侵食を終えた。ざわざわそそけたつ背中がもう静まり返っている。  
 「……ククリ、ほんとに平気?  
 おれがククリを不幸にするかもしれないよ?毎日泣いて暮らさなきゃいけないかもよ?  
 それでも本当に平気?」  
 もしも。  
 もしも、ククリの顔に少しでも陰りが見えたら、ニケは笑って欲求を押さえ込めたに違いない。それがたとえ躊躇でなく、疑問の陰りであったとしても。  
 しかし彼女は伏せたまつげを静かに動かしてニケの眼を見据えてゆっくり頷いた。  
 「平気…勇者さまになら、何されたって嬉しいよ」  
 まるで何かを決意するように少女にしては珍しく毅然とした声でそう言う。  
 心臓の鼓動。  
 呼吸の振動。  
 めぐりまわる赤色の血液と、微かな痛み。  
 ニケは震える唇をそのままに、揺れ動いて恥ずかしいほどかすれる声を上げた。  
 「じゃあ、ククリが欲しい。ククリの全部、欲しい」  
 少しの沈黙が二人の間に流れて、少女は浅く頷きドアの方向に視線をやったままに囁く。  
 「あたしの部屋、鍵が閉まらないから……玄関に鍵をかけなくちゃ」  
 
 「……髪、解いた方がいいかな?」  
 「うん、おれが解いていい?」  
 栗色の髪、三つ編み、つるつるさらさら、いいにおい。端を結んでいるゴムを取り去ると、ウエーブの癖がついた長い髪の毛がほぐれていく。指を通すとうるうるしっとりした少し重い髪がするする指の内側を刺激する。  
 「三つ編みもいいけど…なんかいつもと違って新鮮だよな」  
 「やだ、えっち」  
 片方の三つ編みが完全にほぐれきって、ふんわりした髪がシーツの上に広がっているのを見たニケは自分の鼓動がますます早くなるような気がした。いかん、この調子じゃ脱がす前に死んじまう。  
 「ばぁか、いまからもっとえっちなことするんだよ」  
 「…うん…して」  
 両手を広げてほっこり頬を紅潮させたククリが笑う。  
 とっさに片手を口に当ててそっぽを向いたニケはぶるぶる肩を震わせて自分の中の闇色をした衝動と必死に戦った。やばいやばいやばいがばって行きそうだった今一瞬がばって行きそうになったおれ!  
 呼吸を何とか取り戻して肩を抱き、ベッドにククリをそっと押し倒す。広がっていた髪が、また一層流れるように広がって栗色の小川が出来る。  
 真っ黒のローブにささやかな二つの丘が出来ていて、よく目を凝らしてみると、その双丘は微かにどくどくと脈打っていた。  
 「胸、触っていい?」  
 「痛くしないで…ね」  
 了解を取り、震える指をくすぐるようにそっと胸に添える。柔らかくて、温かで、意外なほどよくへこんだ。まるで爆弾でも触るかのごとく静かに静かに指に力を入れると、奥にすこし硬い感触が生まれる。  
 「んっ…」  
 「ごっごめっ…!痛い?痛かった!?」  
 「だいじょうぶ、ちょっと、だけだから」  
 
 慌てふためくニケの様子が可笑しかったのか、ぷっと笑ってククリが照れたように言った。  
 「ククリのおっぱい、ちっさくてごめんね」  
 その声が申し訳なさそうでニケも笑う。  
 「将来性があっていいじゃん」  
 おれこそあんまし格好よくない細っこい身体で実は恥ずかしいんだぜ。耳元でそんな風に囁くニケの声がククリにはくすぐったくて嬉しくて、でもちょっと切なくて面白かった。  
 勇者さまが、あたしの身体を触ってる。  
 変な感じだけど気持ちよくってどこか落ち着く。心臓は痛いほどドキドキしてるのに、変なの。  
 指が動くたびに身体が無意識に跳ねちゃって、じっとしてらんない。やだ、こんなに気持ちいいなんて思わなかったから…どうしよう、明るくて恥ずかしい……  
 「あっやっ…んんっ」  
 一生懸命に跳ねる身体を押さえ込めようとする仕草が愛しくてたまらない。ニケの指が、手のひらが、もう自分の意識ではないどこかもっと深いところに突き動かされてるみたいに勝手に踊る。  
 「やわらかい」  
 「や!…んッ」  
 頭がボーっと定まらない。雲に浮いてるみたいだとニケのどこかが考えた時に、彼は彼女の声ではっと正気に返った。自分が引っ張っているものに気付いたのだ。  
 「ご…ごめんなさい!」  
 慌てて離した膨らみの突起から手を離したニケは風がおきるくらいに素早くがばっと起き上がった。  
 はぁはぁと甘い溜息を吐きながら、ククリはベッドの上でへたばって涙目で彼を見上げている。  
 「…ゆーしゃさまぁ…もっとゆっくり、して……」  
 ぴくぴく痙攣している手足の指をきゅっと握り締め、少し身体を縮めてククリがそう呟いたので、ニケは返事もそぞろにフラフラしながら彼女の身体をぎゅっと抱きしめた。  
 「?どーしたの、ゆーしゃさま」  
 「下手でごめんな」  
 
 八の字に眉を下げて本当に済まなさそうな顔をしてニケがそんな事を言うので、ククリは彼の肩を掴んで少し引き離した格好で言った。  
 「まだ二人ともレベル1だから、一緒に上手くなればいいよ」  
 かぁっと一瞬にして自分の頬が染まるのを、ニケは実感した。合わせ鏡みたいに目の前で染まってるククリもきっと同じように。  
 「けいけんち、いっしょにためよう」  
 どちらが先に言ったのかはお互い分からない。二人同時に口に出した言葉はバラバラに砕けて溶け合って、身体の中に染み込んで見えなくなった。  
 そして意を決した彼はもう一度彼女の胸に触れる。  
 震える突起は健気にも自己主張を始めていて、今やトレードマークになった黒いメケメケのローブを押し上げている。天空に来て、何でも洋服が手に入るようになってククリが一番最初に選んだのは地味で防御力もさほどない、真っ黒のローブだった。  
 『グルグルも使えなくなったし、またレベル1からやりなおしだね』  
 このローブ着てると一番最初に勇者さまに会った頃を思い出すの。そう言って笑う一番長く瞼に焼き付いているククリの形が、少しだけずれている事に彼は気付いた。  
 ――――――背が高くなって、おっぱいがおっきくなってるのか。  
 だぶだぶで引きずるくらいに長かったローブの丈が少し短くなっている。身長は自分の方がぐんぐん大きくなっているものだから気付かなかったが、こうして見ると成長の具合がよく分かる。  
 「ククリ、最初に会った頃よりおっぱいおっきくなってるよ。」  
 「やっやだ…ゆうしゃさまったら何を言うの」  
 「だってほんとだもん。前はこんなに柔らかくなかった。」  
 「一体いつ触ったのよー!」  
 「おんぶとかしたことあるし」  
 「……えっち」  
 「触っただけでこんなになる方がえっちだね」  
 ニケが笑うと、ククリは顔を赤くしてゆーしゃさまが触るからよ、と言った。  
 
 「ククリはね、ゆーしゃさまが触った所全部熱くなるの。息が掛かったみみたぶも、キスしてくれた首筋も、触られたおっぱいも、みーんなゆーしゃさまじゃなきゃこんなにならない」  
 ゆーしゃさまに触られる度、ククリの身体が違うものになっちゃうみたい。ぞくぞくして気持ちいいの。だから、もっと触って……でも、やさしくしてね。  
 彼に身体を任せるように、ククリは静かに目を閉じて口をつぐんだ。  
 どくん、どくん、どくん、どくん  
 心臓が暴れる。頭が痛いくらい凄い勢いで血液が流れてる。目の前が白く瞬いているみたいだ。  
 手が滑る。胸を過ぎ、肋骨を辿り、お腹を撫でて、腰をなぞる。その度にヒクヒク動く彼女の瞼と睫毛が色を含んでいて興奮する。  
 「スカート、上げるから」  
 自分に言い聞かせるみたいに呟いたニケがローブを捲り上げると、白いかぼちゃぱんつが現れた。  
 「ごめんね、せくしー下着とか持ってないの」  
 顔を手で覆っているのか、くぐもった声がめくりあがったスカートの向こう側からしたので、ニケはいらないってそんなもん、と呆れ声で答えた。  
 そうだ、そんなものいらない。むしろおれはこっちの方が好きです。  
 【勇者は趣味がおっさんくさかった!】  
 人差し指を立てて、ゆっくりと太ももから伝わせ、ぱんつの端からピッタリ閉じられた左右の足の内側の付け根へ滑らせる。  
 「ああっ!やぁん、だめ、あっあっあっ」  
 ……濡れてる……  
 綿の布の向こう側にある硬く尖った突起を探り当てる前に、ニケの指は湿潤なぬかるみに浅く侵入した。  
 くちゅ、という音に驚いて指を慌てて離したニケは、その指を擦り合わせて液体のぬるっとした感触を知った。……これが…アイエキ、てやつかな……  
 名前を認識し、ニケがもう一度一番湿っている場所を触るとククリの腰が急激に跳ね上がる!  
 「やああぁぁ!やだっそんなに触ったらあたし…あたし…」  
 泣きそうな声がする。色気の欠片もないはずの白いかぼちゃぱんつはぐっしょりと濡れていた。  
 
 「…ひっく、っく…」  
 すすり泣くみたいな吃音が覆われた指の隙間から見える濡れた唇から漏れていて、ニケはそれがひどく卑猥な気がした。  
 「…風呂、はいる?」  
 「……ん……」  
 蚊の鳴くようなか細い声で答えたククリがふらりと立ち上がると、そのおぼつかない足取りを支えるように隣に立ち、彼が誘導する。  
 「入っちゃったら…おれもっとひどいことするかもよ」  
 視線をちょっとだけずらして、もう一度ニケが確認する。もうこれ以上先に進んでしまったら、元に戻れないことを実感としてでなく感覚で知っているようだった。  
 もっと泣かせるかも……いや、たぶん絶対泣かせる。  
 ぼんやりそんなことに思いを巡らせていたら、目の前に風呂場のドアが現れた。ドアノブには既に少女の手が掛かっている。  
 「ねえ」  
 「……ん?」  
 「…ククリより、勇者さまが怖がってるみたい。あたしとするの、イヤ?」  
 真っ直ぐドアノブを見ながら、ククリが視線を動かさずにそんな事を言った。ニケには前半分の言葉の意味が真意が諮りかねたが、後半分には異論を唱える。  
 「したいよ――――――けど…すごく、ククリは痛いだろうし……でもとめられないと思うから」  
 俯き加減で、ニケはククリの顔を見ることも出来ない。  
 「ククリのために強くなってくれるんでしょ?」  
 その言葉にニケははっと顔を上げる。その顔をにやーっと笑いながら見つめるククリは、悪戯が成功したジュジュのような表情をしていた。  
 「いっぱい泣くけど勇者さまが一緒だから、不幸になってもいいの」  
 ――――――――――――バカなおれ。バカだ。おおバカだ。こんなバカを思ってくれるククリも信用できないなんて。ええい、くそ。  
 きっとみつめた先には彼女の握っているドアノブ。そこに自分の手を掛け、力を込めて押し開ける。  
 
 「お湯が溜まるまでまだ時間かかりそうだね」  
 「ん、ん……」  
 シニヨン風に長い髪の毛が結い上げられていて、普段めったに目にしないククリの襟足にちらちら目線を走らせながら、ニケはうわの空で返事をする。  
 「やっぱりシャワーだけ浴びる?」  
 「えー、折角だから一緒に入ろーよー」  
 「……えっち。」  
 上目遣いで軽く睨んだククリが、蛇口とは別のパイプを使っているシャワーノズルを捻って湯船につけた。  
 「二ついっぺんだったら早いよね」  
 はっやくおっふろにはいりたいな〜とのんきに風呂桶に向かってしゃがんでいるククリの背中をじーっと見ていたニケは、無言でシャワーを湯船から引っ張り上げた。  
 「さっきドロドロになったから、おれが洗ってやるよ。お風呂に蓋して、そこに座って」  
 「えっや、やだぁ……自分で洗う!」  
 「ん、っつうか…洗わせて欲しい」  
 言うが早いか風呂に蓋をしてククリを風呂の縁に座らせたが、ククリは足を広げようとはしない。  
 「やだ、やだ、やだっ明るくてやだ!」  
 「電気消しても3時だし変わんないよ」  
 「やだぁ!そんな、足、開かせちゃだめー」  
 ぐっとニケが力を込めて閉じていた足をゆっくり開いていく。窓から柔らかく反射する太陽の光が反射してきらきらと粘液で光っている足の付け根は、すこし紅色に染まっていた。  
 「さっきおれが触ってこんなになったの?」  
 「やだぁ!見ちゃだめぇ!」  
 「洗うのに見ないわけにはいかないだろ。ほら、ククリ見て…ひくひく動いてる」  
 透明の粘液でぬるぬるとぬかるんでいるそこには、金色の産毛が少しだけ生えているだけであとは紅筆で刷いたような割れ目があるばかりだった。  
 ニケはそれをじっと見ていたが、ちらりと視線を上に向けても両手でしっかりと顔を覆うククリの見えない顔があるばかりで、つまらない。  
 おれは顔が見たいんだけど…………そーだ。  
 
 「きゃああああああ!!」  
 指が直接、スリットの中に埋もれてしまった。軽く押しただけのつもりだったのに、もう第一関節が見えない。  
 ビックリして引きつる顔よりも熱いくらいに感じる指先のぬめりが先に来て、ククリの抗議の絶叫にもニケは指を抜こうとなんかしなかった。  
 「すごい……指が、ぎゅって握られてるみたい」  
 「あっあっあ…っや!だめ!きたないよぉー!」  
 カクカクと震えているククリのひざ小僧の振動にも動揺せずに、ただ自分の指の埋まっている一点だけに全神経を集中させたニケは少しだけ指を引いてみる。  
 「…あぁーっ」  
 指の腹に全ての感覚を総動員させてニケはまた指を差し込んだ。  
 「ひたぁあい!」  
 くちゅ、ちゅく、ちゅっ……指をピストンさせるように動かすと、粘液がいやらしい音を上げた。その音がニケをひどく興奮させる。  
 「……溢れてくる……」  
 「いや!見ないで!くちゅくちゅしてるとこ見ないでぇー!」  
 「見ないから、手、どけて。顔、見たい」  
 片手でニケがククリの両手を掴んで引き下ろすと、真っ赤になってぽろぽろ涙を零しているくせに唇から桃色の舌をちらちら覗かせている彼女の顔が現れた。  
 「きもち、いい?」  
 「き、もち、いいよぉ……腰…とけそう……」  
 どうしよう、きもちいい、ゆーしゃさまの指がククリのあそこの中で動いてるのがわかる。あたしきっとすっごくえっちな顔してるんだわ、ゆーしゃさまがじっと見つめるから……ほっぺたが熱い……  
 せつない声が幾度も上がって風呂場のタイルに反射する。次第にニケは自分の指がどんどんより強く締め付けられているのに気付いた。ククリの表情がどんどんせつなさを増している。  
 「ダメぇ…もう、ゆーしゃさまぁ…くくり、くァっあっあっ」  
 嬌声が一瞬で悲鳴に変わったとき、ニケは“熱い”と思った。  
 
 「ああああぁあぁあぁーっ!」  
 指が熱い液体に押し出される。ククリが必死で彼の首にしがみついて身体をビクビクと強く痙攣させながらまだ声を上げていた。  
 「えっえっえっ!?」  
 彼は何が起こったのかを把握しきれず、慌てふためいてまだ跳ねが収まらないククリの身体を必死に支えた。  
 なに!?なに!?何が起こったんだ!?指が熱い、ククリの身体が倒れる、首が苦しい!頭の中にどんどんめちゃくちゃな情報が一気に流れ込んできてパニックになる。  
 ククリの中に埋まっていた手にはまだ熱い液体が落ちてきていてて、ようやく彼にはそれが何かわかった。においがしたのだ。  
 ……ククリ、気持ちよくっておしっこしちゃったんだ……  
 呆然と理解が出来たニケは手を振り払うでもなく、身体を引き剥がすでもなく、そのままにしておいた。熱い液体はまだ止まらない。  
 「ごめんなさいごめんなさいくくり、くくり、とまらないの…ゆーしゃさまぁ、くくり、とまらないよぉ……ごめんなさい……」  
 「……いいよ、いっぱい、したらいいよ……」  
 「ごめんなさぁい…ごめんなさい…」  
 後半がもうすっかり涙声になっているククリがぎゅっと彼の身体を強く抱きしめるので、ニケはそれに負けまいと片手で彼女の肩を強く引き寄せた。  
 おしっこが足に掛かるとか、身体に掛かるとか、そんなことは考えずにただもうキラキラと輝く彼女の髪の毛に付いた水滴がとても綺麗だなぁとそんなことを思っている。  
 長い髪もいいけど、三つ編みもいいけど、こうやって肩とうなじが見えてる、ショートカットもいいなかぁ。きっとククリなら何でも似合うから、今度お願いしてみよう。  
 ぼんやりそんなことを思ってたら、ようやく手に振り落ちてくる液体が止まったようだった。その代わりにすすり泣くみたいなククリの声が聞こえてきたが。  
 「お風呂だし、大丈夫……ほら、湯船もいっぱいになったから入ろうぜ」  
 「……うん…うん…」  
 
 「盗賊は手先が器用だからかな?」  
 ちょっと嬉しかったよ、といって頭の後ろをがりがり掻きながらえへへとニケが笑った。指でいくなんて知らなかったからちょっとビックリしたけど。  
 ククリの弾けそうなくらいにぷるぷるした肌に自分の肌が触れていることが嬉しいのか、背中から抱きしめるようにククリの首筋に下を這わす。  
 「女の子って気持ちいい……特にククリむにむにしててサイコー」  
 「あ、ん……それって、太ってるってこと?」  
 「違うよ。なんつーのかな、幸せな柔らかさっての?触ってると和むよなー。二の腕とか、太ももとかおれ大好き」  
 手がそこここを擦りながら旋回しているのがククリはくすぐったくて仕方なかったが、そのセリフを聞いて何故か誇らしくなった。  
 「耳たぶも好きだよ」  
 舌が這う。ニケの、大好きな男の子の熱い舌が耳たぶを這う。背筋がゾクゾク心地いい。  
 「それだけ?二の腕と、太ももと、耳たぶだけが好きなの?」  
 「おっぱいもあそこも髪もおなかもすきだよ」  
 「……それだけ?」  
 「――――――ククリはなんて言って欲しいの?」  
 「…べ、別に……」  
 「嘘。ゆってごらん?なんて言って欲しいのかな?」  
 にやっと笑ってニケがククリの顔を振り向けさせる。上半身だけ捻ったような体勢でククリがのぼせた顔をさらに赤らめて言う。  
 「あたしのこと、すき?」  
 「だいすき」  
 頬が染まる。気が遠くなる。キスの感覚も失われる。  
 クラクラ、ふらふら、いいきもち。まるで魔方陣を描いてるときみたい。  
 ぐるぐる目を回してふにゃあと倒れ込んできたククリを慌てて支えてニケが叫んだ。  
 「わー!このくらいで気を失うなよー!!」  
 
 涼しい風が頬に当たるのにようやく気付いたククリは目を空けてぼんやりする風景を見ていた。  
 チョコレート色の天井、ランプ、カーテン。……あ、あたしの部屋か……寝ちゃったんだ……て、ことは今までの……夢?  
 「そんなのやだ!」  
 がばっと起き上がって自分の足元を見ると、ニケが汗を一筋たらしながらククリの足の間でやあ、といった。  
 「起きたんだ」  
 「キャー!ゆー、ゆー、ゆーしゃさま!!何やってんの!?」  
 「……起きないから、いーかなーと思って」  
 服を何も着ていない自分の太ももの付け根に今まさに触れんとするニケの指が少しだけ当たった。  
 「きゃぁん!」  
 「おっ、感じてますねー。  
 つーか人間の身体ってすごいな、寝ててもちゃんと濡れるんだぜ。」  
 よく見ると粘液でキラキラ光っているニケの中指が、くるくる秘唇の周りを巡回しながら中心に向ってじりじり間合いを詰めている。  
 「あっあっあーっ!だ、だめ、ゆるしてゆうしゃさまぁ……こんなの、ダメぇ」  
 「いやだね。ここまで連れてくるのに苦労したんだからこれくらいの役得あってもいいじゃん。それに風呂場で倒れたから結構ビビったんだぞ」  
 ニケがべろりと舌を出す。  
 「あ、やだ、ヤな予か……あぁぁあぁん!」  
 舌の先に当たる粘膜の柔らかさにクラクラした。  
 「ゆっゆっゆっゆーしゃさまぁああぁぁあ!そんなとこ舐めちゃだめぇーー!」  
 暴れるククリの太ももが頭を締め付けるもんだから、ニケは離れようにも放してくんないじゃんなんて思ったが離れるつもりは毛頭無かった。  
 舌が、ちょっとざらざらした舌が、あたしの、あそこ、舐めてる。勇者さまの、舌が、あたしの、あそこ舐めてるよぅ!  
 腰がグラインドしてしまう。しかも勝手に、強く、激しく、動く。  
 ククリは今まで感じた事も無いような快感に翻弄されて、意図せずにぼろぼろこぼれる涙が変な感じだなぁと頭の隅で感じていた。  
 
 「痛かったら、背中叩け。……引っかくのはカンベンな」  
 「努力する」  
 「……んじゃ、いきまーす」  
 くにゅう。差し込まれるニケの身体が、まるで自分を押し広げながら切り裂くようだとククリは思った。  
 「いたたたたたたたたた!」  
 途端に声を上げるククリが顔をしかめる。  
 「いたい?……これ以上ないくらいにゆっくりやってるけど……」  
 おろおろしているニケが声に驚いたように上体を少しだけ浮かせて身体を離す。  
 「ちが!ちがうの!ゆーしゃさまのがおっきくて痛い!」  
 泣き顔に欲情するなんて俺はヘンタイなのかなぁ、とニケは自己嫌悪に囚われたが、ククリのセリフにじったりとした笑い顔を隠せなかった。  
 「……う、うれしーこと、ゆってくれんじゃねーか」  
 「あたしはうれしくなぁい!おっきい!おっきいよー!入らないこんなの!」  
 「入るよ、そーゆーふーに出来てるんだから」  
 「無理無理無理無理!絶対無理!死ぬ!死んじゃう!」  
 「…………じゃあ、やめとく?」  
 ニケがにやーっと笑いながらさらに身体を離すと、慌てたみたいにククリがニケの両手を掴んで引き戻した。  
 「やだぁ、してぇ……でも痛いぃー」  
 「おれだってククリの泣き顔見ながらしたくないもん」  
 「……うぅー…がまん、する」  
 してください。こればっかりは仕方ありません。諭すように言うニケの言葉を恨めしそうにかみ締めながらくくりは小さく頷く。  
 「でもでも、ストップってゆったら止めてね?絶対だよ、止めてね!」  
 「わかったわかった、努力するよ」  
 眉間にしわを寄せながら彼が呆れ声で言うので、彼女はたいそう心配になったが結局諦めたように体から力を抜いた。  
 
 「あはぁ……くぅ…ん」  
 「大丈夫?痛くない?一応、全部入ったんだけど」  
 「いたぁい……けど……ん、がまん、できる、かな」  
 「まだ動かないからさ、えと、大丈夫になったらゆってね」  
 動きたいの?と彼女が聞くので彼はちょっと唸って困り声のまま、うん、と言った。  
 「なんで?」  
 「そっちは痛いばっかかも知んないけど、こっちは気持ちいいばっかなんだよね」  
 ずるい!そんなのずるい!今でも壊れるかもしれないってくらいお腹とか痛いのに!彼女が猛烈に抗議したところで感覚を取り替えることなど出来ないのだ。  
 「あのなー、そうはゆうけど……慣れたらそっちの方が徳なんだぞ――――――て、聞いたけど。  
 どうなのかな。慣れた時にもっかい聞いてみることにしよう」  
 『慣れたら』  
 そうだ、慣れるくらい、いっぱいするんだ。こんなこと、いっぱい、いっぱいするんだ。  
 ククリははっと気付く。これから長い時間たくさんニケに自分は愛してもらえるのだ。大好きなニケに、自分のあんまり好きじゃないこの身体をたくさんたくさん愛してもらえるのだ。  
 「……ニケくん……あたし、平気。きみと二人ならきっとなんでも平気。  
 あたしの勇者さま、あたしだけの勇者さま……だいすき」  
 ククリがそっとニケの腰に手をやって、動くことを許す。彼はそれに少し居心地の悪いものを感じたが従うことにした。  
 「あっ…いっ…たあぁい……あっあっあ…ッ」  
 「……………………くっ」  
 せめぎ合う日と影の境界線みたいに曖昧になった二人の身体が融けてひとつになる。鋭敏な感覚とはまた別の場所で、たゆたう水のように彼と彼女は揺れていた。  
 声はかすれていて耳に届かないことの方が多くて、それが経験の無い少年にはまるで自分が無理強いしているかのようで心苦しかったが、止めようとは思わなかった。  
 彼女が勇気を見せたのだ。勇者である自分が逃げてどうする。  
 ククリが泣いてもずっと一緒に居るんだ、おれが決めたんだ、誰にも譲るもんか、ちくしょう。  
 
 はぁ、はぁっ…はぁ、はぁ、はぁ……  
 ひぃん……あはっ……あっ……ん、ああ……  
 じっとりかいている汗が二人の身体に流れている。ニケの金色の髪の先から雫が何度もククリの肌に降り落ちている。彼はそれが涙のようだと思った。  
 ククリの前ではずっと強がってなきゃなんない自分の、本当は弱くてダメな自分の、涙。  
 くそ、おれが泣いてどうすんだよ、みっともねぇな。  
 「…………いいの“勇者さま”、ククリが抱いててあげる。だからもう、そんな悲しい顔しないで……泣いて」  
 ――――――こいつ――――――  
 そう思ったときにはボロっと雫が垂れていた。止めようなんて思う暇も無かった。一気に来た衝動が感情に従って暴走する。  
 「……やだ、見るなよ、こんなの……やだよ」  
 「どうして?あたし嬉しい。ニケくんが泣いてくれて嬉しい。  
 お疲れ様、もう勇者さまをやめていいんだよ。今までありがとう。また一緒にレベル1から始められるの。これからよろしく」  
 リセットだね。  
 ぼろぼろ零れている涙を指で一滴掬って、ククリは自分の口に入れてそのまま彼にキスをする。  
 「涙の止まるおまじない。ほんとはキスはしないけど、これなら涙二人で分けられるね」  
 彼はぐっと腹に力を込めて涙を食いしばり、腰を動かした。  
 あっやぁん!あっあっど、どうしたの?あっあっあぁっ!  
 これからどこへ行くんだろう。  
 そんなことは分からない。  
 これからどんなことがあるんだろう。  
 そんなことはどうでもいい。  
 ただ、この少女と一緒に乗り越えていくだけだ。ただそれだけのことだ。  
 何も怖いことなんか無い。ただ彼女を守っていくだけだ。  
 それが、彼女の勇者の使命なんだから。  
 
 くふふふ、と彼女が笑う声で彼は目を覚ます。  
 「……んだよ、趣味悪いなぁ……起こしてくれたらいいのに」  
 「だぁってニケくんの顔カワイイんだもーん」  
 ニコニコ笑ってるククリの顔を見て、すこし視線を天井に逸らして考える仕草をしてから彼が言う。  
 「……あのさ、すぐ撤回して悪いんだけど……その……まだもう少しククリの“勇者さま”でいたいんだ。……そう、呼んでくれるかな」  
 頬を掻きながらニケが照れた調子で言った言葉をククリが笑って返す。  
 「あははは。ニケくんはね、ずーっとずーっとククリの“勇者さま”だよ!」  
 だいすきなあたしのゆうしゃさまなの!そう声も高らかに微笑む彼女を彼が急に抱きしめる。  
 「きゃ!?」  
 「ククリだって!ずっとおれのお姫様だよ!ずっと、ずっと、そうだよ!」  
 ぎゅっとされた身体がふわっと温かくなるような気がした。二人が抱き合ってぽろっと涙を零したけれど、お互い涙には気付かなかった。  
 窓の外には大きな夕日が二人から目線を逸らすようにゆっくり稜線の向こう側に沈んでゆく。  
 そしてその夕日から隠れるような日陰にいる緑色のポンチョを着た妖精が凄い顔をしながら何度も言っているのだ。  
 『ずっとおれのお姫様だよ!ずっと、ずっと、そうだよ!』……と。  
 
 ククリ、ククリはおれのどこまで許してくれる?  
 悪魔にしちゃったり、泣かしたり守れなかったり、気持ちに気付かなかったり上手く伝えられなかったりしてデリカシーのないおれだけど、それでも好きでいてくれる?  
 ときどき不安になるんだ、どこが好かれてるのかわかんないから、いつか愛想尽きられるんじゃないかって。  
 なぁククリ、こんなおれでも許してくれる?  
 頑張ってククリの為に強くなるから……ダメなおれでもどうか許して、好きでいて。  
 
 
 「りせっと」  おわり。  
 

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