政府による保護地域の一つに、『英雄達の墓所』がある。
大英雄カミナと大グレン団中心メンバー、そして少し離れてニア姫の墓が並ぶ一帯であり、
実質骨が眠るのはカミナだけとはいえ、厳重に管理されている。
一般に開放されるのは一年のうち僅か数日だけで、それ以外の時は大グレン団関係者と
管理人・ココ爺しか足を踏み入れることが出来ない。
現在は閉鎖中なので、だだっ広い荒野に立つのは、ヴィラルとその部下であるアンネだけ。
螺旋会議へと旅立つ前日になって、唐突にヴィラルが墓参りをしたいと言い出したのだ。
大事な日の前日ということで、部下を一人以上連れて行くという条件で許可は下りた。
だが、ヴィラルの部下の中で『英雄達の墓所』へと踏み入ることが出来るのは、アンネただ一人。
だから、彼女は有無を言わさず『英雄達の墓所』に行くことになってしまった。
アンネは『英雄達の墓所』は苦手だった。
周囲に漂う哀感が、幼い頃からどうしても耐えられなかったのだ。
自分が百万人目の人間だったと知った後は、訪れてすらいなかった。
数年ぶりに訪れた墓所は、幼い頃の記憶からほとんど変化していなかった。
ヴィラルとアンネは、少し花畑の面積を増やしたニア姫の墓に軽く手を合わせ、
それから目的のカミナたちの墓へ近づく。
墓碑は、思っていたよりも何倍も綺麗だった。
苔生しているのを想像していたのだが、墓碑の表面はしっかりと磨きこまれている。
ココ爺が、ちゃんと彼らの墓も手入れしている証拠だった。
ヴィラルは鞄から酒瓶を取り出すと、それぞれの墓碑に酒をかけはじめる。
「貴様らなら、花よりのこちらの方がいいだろう」
ヴィラルの持ってきた酒瓶は、ほんの十分もしないうちにすべて空っぽになった。
それだけで満足したらしく、ヴィラルは伯父の墓に手を合わせていたアンネに声をかけた。
「帰るぞ、アンネ」
「もう帰るんですか?」
「ああ。墓に思い出話をして、喜ぶような連中じゃないのは知ってるさ。これくらいが一番いい」
すたすたと歩いていくヴィラルに、アンネは若干の躊躇して、それから声をかけた。
「……艦長、お弁当を持ってきたんですが、食べますか?」
たったそれだけの台詞なのに、妙に声が上ずった。
僅かの静寂の後、ヴィラルは立ち止まり、振り返った。
「ありがたく頂くとしよう」
墓の前で、二人は並んで弁当を食べ始めた。弁当といっても、簡単に冷凍の主食類を詰め合わせたありあわせの物だ。格段に美味しいわけでもないが、まずいわけでもない。
双方無言のまま食べ終わって、丁度落ちてきた夕陽を二人して眺める形になった。
帰るという空気でもなくなり、アンネはぽつりと呟いた。
「艦長。艦長は知ってます? 私が百万人目の人間だったって」
「――ロシウから聞いたことがある。なんだってこんな真実を知らなくてはいけないんだと、嘆いていた」
「ええ。だから、私はこの場所には来てはいけない気がしてたんです」
だから、とアンネはヴィラルに向き直った。
「ありがとうございます。艦長のおかげでまた伯父さんの墓参りが出来ました」
座ったまま頭を下げるアンネに、ヴィラルは照れくさそうに答える。
「……百万人目の人間が、人口を百万以下に押さえるために造られた俺の部下か。
本来ならば、ありえない組み合わせだな」
「ええ。だけど私は艦長をこうして慕って、艦長は私を見出してくれた。
本当に、世の中何があるか分かりませんね」
ヴィラルは、いつにない優しい笑みのまま言い切った。
「今なら、シモンがギミーやダリーに抱いていた思いが分かるよ」
「で、どうなったんだよ。艦長と二人っきりの千載一遇のチャンスは」
数時間後、予定時刻より遅れて戻ってきたアンネに、友人がニヤニヤ笑いで訊ねた。
アンネはしばらく悩んでから、嬉しそうに答える。
「赤の他人の子から、親戚の子くらいにはクラスチェンジできたかしら」
それってダメだったってことじゃないか。
と、相棒があきれたように呟いたが、アンネにとっては大きな進歩だった。