ずいぶん寒いと思ったら、いつの間にか暗い空からは雪がちらついていた。  
いや、かなり前から降り出していたみたいだ。すでに総司令室の窓から見える景色はうっすらと白く染まってい  
 
る。  
それに気付けないほどに没頭していたのか、と俺は少し苦笑した。  
今日はうるさいお目付け役がいなかったから、かえって集中できたのかな。  
おかげで書類の山はだいぶ片付いた。今日のところはこんなものだろう。  
俺は手早く帰り支度をまとめた。もう時刻は深夜に近い。はやく帰ろう。  
いや、行き先はニアの家だから帰るっていうのは違うのかもしれないけど。  
でもこの気持ちを‘帰りたい‘って言葉以外になんて言ったらいいのかわからない。  
ニアには既に来訪を告げてある。  
彼女の笑顔とおいしい食事を、あと少しの下心を期待して、俺は総司令室を後にした。  
 
 
――――――――――  
 
 
ふう、と満足げに息をつく。テーブルの前には空の皿が積み重ねられている。  
作りたての温かい食事はしみるようにやさしく俺の胃を満たしてくれた。  
同じく満足したらしいブータもテーブルの上で寝息を立てている。  
でも腹はふくれたものの、少しの物足りなさを感じる。  
いつもならテーブルの向かい側に腰かけているはずのニアの姿は、今はそこになかった。  
 
季節の移ろいというものは、地下育ちの俺にとっては現象としては理解できるものだった。  
暑くなり、寒くなる。そういった事は地表の下の世界でも無縁のものではなかったから。  
だけど、景色や変えていく自然の姿は、地上に出てはじめて知った。  
春の芽吹き、夏の日差し、秋の紅葉、冬の凍った空気。  
何もかもが地下にいた頃とは比べものにならないほどに強烈で、新鮮だった。  
肌に感じるそれらを、俺たちはみんな喜び合って享受した。  
そして、ニアもまた同じだっだ。あるいは俺たち以上に。  
ニアは知識としてしか得ていなかったものを現実に目の当たりにする度、声を上げて喜んでいた。  
そう、彼女とはじめて出会ったとき、空から落ちてくる雨に瞳を輝かせていたように。  
   
…そして今もまた、雪の降りしきる庭で楽しそうに走り回っている。  
 
訪れた俺に「おかえりなさい、シモン。お疲れさま」とにっこり微笑んでくれたニアは、手早くテーブルの支度  
 
を整えると、  
「シモンはゆっくりしていてくださいね」  
と言うなり、窓に面した大きな掃き出し窓から外に飛び出して行った。  
追いかけようとすると、シモンは休まなきゃダメと断られたので仕方なく一人で食卓についたわけだけど。  
その間、飽きもせずニアは雪と戯れている。  
夜の闇の中降りしきる白い雪は綺麗で、その中にいるニアも綺麗だと思う。  
白い肌や金色の髪が雪明かりにぼんやりと照らされているのは、まるで一枚の絵みたいだ。  
童話によくある『白い雪のようなお姫様』なんて言葉がうかんだけど、やっぱり違うか。  
きっとそのお姫様はこんな真夜中に雪まみれではしゃいだりしないよな。  
薄化粧でしかなかった雪はいつの間にかかなり積もっている。  
こんなに雪が降ったのはきっと今年ではじめてだ。  
嬉しいのはわからないでもないけど、でもそろそろ呼び戻さないといい加減夜も遅い。  
だいぶ冷え込んできたし、この家の周りは結構危険だしな。  
 
「ニア!」  
俺の呼ぶ声は雪に吸い込まれるようだったけど、ニアには届いたみたいだ。  
さくさくと雪を踏みしめながらニアがこっちに走ってくる。  
足取りは危なっかしいけど、すっごく楽しそうだ。  
窓を開け放った俺の前までやってくると、ニアは「はいシモン」と何かを差し出した。  
思わず受け取ったはいいけど…冷たいそれは雪の塊だった。  
「…なんだ?」  
まじまじとそれを見つめる俺にニアはふふっと笑うと、  
「雪ブタモグラさんです!」  
と得意げに言って、また身を翻して走って行った。  
なるほど。テーブルの上のブータと見比べる。  
なかなか上手い。ブタモグラの特徴をとらえた味のある作品だ。  
…いやそうじゃなくて。  
 
とりあえず雪ブタモグラを冷凍庫にしまっておく事にして、ついでにバスタオルをもってもう一度窓の前に立つ。  
「いいからニア、帰っておいで!」  
ちょっと大きな声で呼びかけると、今度は素直に戻ってきた。  
体をぱたぱた叩いて雪をはたき落して、にこにこしながら俺を見上げる。  
よっぽど楽しかったんだな。でも、あーあ。  
ニアの肩も服も見事に雪まみれだ…もしかしたら寝転がったりしてたのかな。  
ふわふわの髪についた雪は融けて、ところどころに水玉がきらめいている。  
そのままじゃ冷えてしまうから、俺は持っていたタオルをニアに頭からかぶせた。  
きゃあっとニアがまた笑うのに苦笑して、そのままごしごしと拭き取る。  
顔を覗き込んで、長い睫毛に残った雪の滴を指で払った。  
「楽しかったか?」  
「はい、とっても!」  
俺の問いにニアは弾んだ声で答える。  
寒くないかとたずねたら、「大丈夫です!」と胸を張って見せた。本当かな。  
「雪って不思議です。白くて光って、ふかふかしていて暖かそうなのに、さわると冷たいんです」  
もう何度目かの雪だけど、いつもと同じようにニアは嬉しそうだ。  
確かにこの白い景色にはいつも圧倒される。はじめて雪を見た時は、二人してぼーっと見上げ続けていたっけ。  
でもそういえば、あの時もニアはすっかり冷え込んで風邪をひいてたな。  
濡れたマフラーとコートを剥ぎ取ると、ニアは少し寒そうに体をふるわせた。  
俺はニアの手を引いてもう少し火の当るところまで連れて行く。  
 
まだ興奮冷めやらない様子のニアは、明日は近所の子供たちと雪合戦をするんだとか、大きな雪だるまを作るの  
 
だとか楽しそうに語っている。  
俺は危ないことはするなよとか相槌を打ちながら、できるだけ優しく雪を拭う。  
細い指もすっかり冷たくなっていたから、俺はそっと握りしめた。  
怪我はないみたいだけど…まったく、仕方のないお姫様だな。  
放っておいたら本当に、いつまでも外にいたかもしれない。  
「ダメじゃないか、こんなになるまで遊んでちゃ」  
赤くなった指先を包みこみながらちょっと叱るように言うと、ニアは少し眉根を寄せて、  
「なんだかシモン、さっきから心配しすぎです」  
と、俺を見上げて不満そうに言った。  
「そうかな」  
「そうです!シモンは私を小さな子供だと思っていませんか?」  
抗議の声を上げるニアに俺はきっぱりと否定する。  
「思ってないよ」  
まあ、子供みたいだなとは思ったけど。  
「本当に?」  
「思ってたらこんなことしないよ」  
俺はそう告げるとまだ疑わしそうなニアに、不意を打つようにキスをした。  
 
一瞬、驚いたように身を硬くしたニアだけど、すぐにその体からは力が抜けた。  
白い頬を両手で温めるように包み込んで固定して、冷えた唇に熱がともるまで、何度も何度も繰り返す。  
目を閉じて、俺の服をぎゅっと掴んでそれに応えるニアが可愛い。  
なぞるように、摘まむように自分の唇を押しつける。  
やがて赤く色づいた柔らかい唇に舌を滑り込ませて、さらに深く吸いついた。  
小さく上がる声すら飲み込んでしまうように、夢中になって舌を絡める。  
…ふと、ニアの手が離してとでも言いたげに俺の胸をとんとん、と叩いた。  
「…ん?」  
名残り惜しく体を離すとニアは俯いてしまう。  
不思議に思った俺がどうした?と尋ねる前に、ニアはくしゅんと、小さなくしゃみをした。  
思わずやっぱり寒いんだろって笑ったら、ニアも照れたようにはい少し、と笑った。  
寄り添ったニアの体はいつもと違ってひんやりと感じる。  
これだけ冷たくなってしまったら、空調だけじゃなかなか温まらないんだろう。  
手っ取り早くここはひとつ。思わずニヤけそうになる顔をできるだけ平静に装って言う。  
「お風呂でいっしょにあったまろうか?」  
 
 
――――――――――  
 
 
バスルームは湯気に、バスタブは白い泡に満ちている。  
ニアの家の風呂は、一般家庭にしてはかなり広いほうだ。  
とは言っても、王宮暮らしだった時とは比べものにならないんだろうけど。  
部屋を満たす控え目な桃の香りのバブルバスは最近のニアのお気に入りで、俺も結構気に入っていたりする。  
いや俺が使いたいっていう訳じゃなくて。  
抱きしめたニアの体からふわっと優しく果実の匂いがするのは、なかなかイイものだと思うんだ。  
風呂の準備はいつの間にか、ココ爺が整えてくれていた。  
いつ現われていつ去っていったのかニアに聞いても「さあ?」と首をかしげるばかりだ。  
タイミングといい、少しだけぬるめの湯加減といい、ココ爺には俺の目論見がすべてお見通しみたいで落ち着かない。  
けどまあ、それも今に始まった事っていうわけじゃないか。  
 
恥ずかしいから見ないで、とニアは体を洗っている間は俺に後ろををむかせた。  
別にいつも見ているのにって言っても「ダメです!」の一点張りで。  
…その割には俺の髪を楽しそうに洗ってくれたりもしたけど。  
そして今は仲良くバスタブの中。  
ニアは俺に背を向けて、両手で泡をすくい集めている。  
今度は雪のかわりに泡で何か作ろうとしてるみたいだけど、さすがに難しいんじゃないかな。  
洗い髪を簡単にタオルでまとめ上げてあるから、うなじや首から背中へのラインがむきだしになっている。  
いつもはあんまり目にすることがないからちょっと新鮮な感じだ。  
白い肌がほんのりと上気しているのがまた色っぽい。  
思えば今日はずっとおあずけくらっているような気分だったなあ。  
そうしみじみ考えて俺はニアにそっと腕を伸ばした。  
 
「きゃっ!?」  
いきなり腰に回された腕に、ニアはびっくりして泡を落とした。  
俺はそのままかまわずにニアの体を両足の間に閉じ込めて、後ろからぎゅっと抱きしめる。  
白くて、柔らかくて、すべすべした肌の感触が心地いい。  
密着した背中に固くなった自身を押し当てると、ニアは何を言いたいか察したのかおそるおそる振り返った。  
「いい?」  
耳元で囁くように尋ねると、慌てたように前を向いてしまう。  
ここでこういう事をするのは初めてというわけじゃないけど、慣れっこという程でもない。  
顔は見えないけど、ニアの耳が赤くなっていくのが分かった。  
すこし迷ったように沈黙した後…小さく頷いたニアに俺は口元をゆるめる。  
熱くなった頬にキスを落として、抱きしめていた腕をずらした。  
 
どこに触れても柔らかいニアの、さらに柔らかい所を探るように手を這わせる。  
時折ちゃぷんと水音を立てながら、細い腕や腰や、なめらかな脚を容赦なく撫でまわす。  
浸っている湯とは別種の熱が体中を巡っていくのを感じる。俺にもニアにも。  
泡に隠れた胸に手を埋め、やわやわと揺さぶると、ニアは身を捩じらせた。  
「んっ…、…っ、んぅ…」  
音が反響するのが恥ずかしいのか、ニアは一生懸命声を押し殺そうとしている。  
その様子は可愛いんだけど、俺としてはもっと聞きたい。  
「ニア」と、耳元で名前を呼んで、そのまま耳朶に食らいついた。  
堪えきれずに洩らされる声に満足してさらに攻めたてる。  
まとわりつく湯と泡の抵抗を無視して、手のひらの中の胸の先端を押しつぶすように指先で擦りつける。  
鼻先で首筋をくすぐるように顔を寄せ、肩に吸いついた。  
乳房を弄ぶ手とは逆の手を秘所に這わせ、中に侵入させてそのまま蠢かせる。  
「やぁっ…!」  
ひときわ高い声をあげて、ニアは体を震わせる。バスタブの縁を掴んだ指に力が入った。  
ニアが甘い声を上げるたびに水面が揺れ、溢れた泡がバスタイルを流れていった。  
 
「シモン、シモン…っ」  
ニアが俺の名前を何度も呼ぶ。  
応えるように中を掻き混ぜる指に、ぬるりとしたものが絡みつくのが湯の中でも分かる。  
与えられる刺激に敏感に返ってくる反応に、我を忘れて手を、指を動かし続けた。  
限界が近いニアの指が、体を支えていたバスタブの縁から離れ落ち、ぱしゃんと湯の中に潜る。そして、  
「あ、あああぁ…っ」  
切なげな喘ぎ声とともに大きく背中を反らせた。  
指を引き抜くと、息を切らせたニアはぐったりと俺の胸にもたれかかる。  
湯気越しにも見えるほど紅潮した頬がすり寄せられ、俺の体も一層熱くなる。  
「ニア」  
呼び声に潤んだ瞳を向けたニアの汗ばんだ額に軽いキスを送り、俺はニアの華奢な腰をそっと抱え上げた。  
力が入らない様子のニアの秘所を再び指で辿り、弱々しく上がる声を聞きながら位置を探る。  
 
震える体をさらに強く抱き寄せて、俺はゆっくりとニアの中に沈んでいった。  
 
 
――――――――――  
 
 
ドライヤーの風を、指で散らしたニアの髪に当てる。傷めてしまわないように丁寧に。  
濡れて縮んだ髪が乾いて、もとのふわふわした状態に戻っていくのが面白い。  
横から後ろから風を当てる俺に対して、ニアはドレッサーの前の椅子に埋もれるように体を預けている。  
バスローブから覗く肌はまんべんなく桜色に染まっていて、のぼせたように熱い。  
おとなしく目を閉じてされるがままになっているニアはぐったりと疲れた様子だ。  
…まあ、俺のせいではあるんだけど。  
それでも乾いた髪を梳かすころにはいつもの背すじの伸びたきれいな姿勢に戻っていた。  
「ん、おしまい」  
ふわりと艶を帯びた髪を撫でながらブラシを仕舞うと可愛い笑顔と目が合った。  
「ありがとう」と礼儀正しく首を傾けたニアに手を貸して立ち上がらせる。  
ふと、後ろに目を向けると、ニアは「あ!」と俺の横をすり抜けていった。  
 
「雪、やんじゃいそうです」  
部屋の出窓から窓の外を見上げてニアは残念そうにつぶやいた。  
確かに暗い夜空を無尽蔵に走っていた雪は、今はもうちらちらと名残りをのこす程度になっていた。  
「ほんとだ。明日は晴れそうだな」  
でもきっと積もった分は融けてしまいそうにはないけど。そう続けながら隣に立つ。  
「まあでも良かったと思うよ。やんでくれて」  
未練あり気に窓の外を眺めていた瞳が不思議そうな光を浮かべて俺を見つめた。  
「いやほらあんまり積もるとさ、怪我する人とか家から出られなくなる人がでたりで大変だろ?  
 ロシウあたりは交通規制です!とか言い出すかもしれないし」  
ああ目に浮かぶ。自分で考えてちょっとげんなりしていると、  
「そうですよね。楽しいことばかりじゃありませんよね。考えが至りませんでした…」  
ニアはしょんぼりと反省してしまった。  
そんな顔させたかったわけじゃないんだ。慌てて肩を抱き寄せた。  
「や、でも俺はいっそ雪に閉じ込められちゃってもいいと思うよ。そしたらずっとこんな風にくっついていられるし」  
口から出た言葉は我ながら嫌になるほど気が利かない。それでもニアはちょっと笑ってくれた。  
ことんと俺の肩に頭を預けたニアは  
「でも」、と俺を見上げた。  
少し頬を染めて、はにかんだ笑顔で自信満々に告げる。  
「シモンが困っている人を放っておいたりできないこと、私は知ってますよ?」  
 
その言葉に、じわりとあたたかいものが全身に広がっていくようだった。  
…うん。  
うん。俺も知ってる。  
ニアがそうやっていつも、当たり前のことみたいに俺を信じてくれていること。  
いつだって、それが俺に力を与えてくれる。  
何だって出来るって、本当にそう思えるんだ。  
 
知らずに浮かべていた笑顔でお互いを見つめた。  
高鳴る胸を重ねるように抱き寄せていた手に力を入れて正面から抱きしめる。  
ニアもまた優しく微笑んで俺をそっと抱きしめ返してくれた。  
窓の外ではまだ真っ暗な夜を白い雪が飾っている。  
寒いから、もっとくっついていよう。  
その提案に恥ずかしそうに頷いたニアをベッドまで誘って、勢いよく倒れこんだ。  
再び体に湧き上がってくる熱を分け合うように肌を重ねあう。  
 
明日は少しくらい仕事に遅れても、雪のせいにしてしまってもいいかな。  
そうこっそり考えて、寝室の電気を落とした。  
 
 
 
了  
 
 

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