なんだか避けられているような気がする。  
書類を手渡すやいなやささっと立ち去っていくキノンの後ろ姿を見つめて、ロシウは小さ  
くため息をついた。ここ数日、キノンはロシウと目を合わせるのすら避けている様子だ。  
(彼女を怒らせるような真似をしただろうか…?)  
受け取った書類をぱらぱらとめくりながら、頭の中でキノンと過ごした時間を再生した。  
目が合うとはにかむように微笑む彼女。手が触れるだけで真っ赤になる彼女。皆が帰った  
あとに執務室に駆け戻って「晩ごはん、食べに来られますか?」とおずおずと尋ねる彼女。  
一緒に食卓を囲む和やかなひととき。キスの感触。それからベッドでの―――。  
「集中してください、総司令」  
傍らにいたギンブレーがメガネをくいと持ち上げて言った。知らぬうちに口元が緩んでい  
たらしい。我に返り、慌ててロシウは書類をめくったものの、喉につかえた魚の骨のよう  
に、気になって仕方がない。  
(いったいなぜ?)  
 
その翌日も、翌々日も、状況は変わらなかった。悶々と悩み続けて、ようやく思い至った  
ことがひとつあった。  
(僕は、キノンを満足させてやれていないではないだろうか)  
仮説だと思っていたものが、時間とともに確信に変わる。ほかに心当たりはないのだから、  
答えはこれしかない、多分そうだ、きっと、いや絶対に。  
(満足していたのは僕だけで、キノンはいままで我慢したに違いない…!)  
生来そちらの方面に疎いことは自覚している。うまくやれているなどと自惚れたことはな  
いが、それでも、最初は痛いと泣いていた彼女が、ようやく切ない声を出すようになって  
きて、それなりにちゃんとやれていると―――やはり自惚れていたのかもしれない。優し  
い彼女なら、自分を傷つけまいとそういう態度をとることも十分ありうるだろう、と考え  
てロシウは頭を抱えた。  
女性は感じているフリをすることもあるのだと、どこかで誰かが言っていたような気がす  
る。下品だハレンチだと眉をしかめたその時の自分が恨めしい。なぜもっと詳しく聞いて  
おかなかったのか。後悔ばかりがつのる。  
(そんなに、僕は下手なのだろうか)  
 
調査・研究はロシウが得意とするところである。持ち前の探究心をいままでと違った場所  
に向けるだけでいい。下品だのハレンチだの、そういう問題は脇に避けておくことにする。  
 
「な、ちょ、ちょっと、ロシウ、なにすんだよ!」  
ギミーの抗議にも耳を貸さない。隠し場所は考えるまでもなかった。思考が単純すぎるの  
だ、彼は。大量の雑誌と映像記録媒体を手に、ロシウがギミーの部屋を出たところで、ダ  
リーに出くわした。  
「ロシウ、突然どうしちゃったの? いままでずっと見て見ぬフリしてきたんでしょ?」  
「心配いらないよ、ダリー。終わったら返す」  
「えぇぇっ!?」  
目を丸くしたダリーの横を通り、ロシウは足早に自室に戻った。まずは分類・整理からだ。  
 
「……キノンさんとなにかあったのかな?」  
「おっそい春だったからなー。いまごろになって目覚めちゃったとか?」  
ヒヒヒと笑うギミーを、ダリーは白い目で睨んで  
「あんなに持ってたんだ、いやらしい」  
「う、うるせーなっ!! ロシウがヘンなだけで男なんてみんなあんなもんだって」  
「……不潔」  
言いたいだけ言うと、ダリーは自室のドアをばたんと閉めた。  
ちぇっと呟いて、ギミーは鼻をこすり、閉ざされた2枚の扉を交互に眺めた。  
「…ったく、はやく返せよな」  
 
「…………総司令、その、申し上げにくいのですが…これらの本はいったい…」  
ロシウの執務室に山と積まれた本のタイトルを見て、ギンブレーは困惑した。一般に官能  
小説と呼ばれるものからハウツー本まで、「そちら方面」のあらゆる書籍が集められている。  
見ているだけで脳の中まで犯されそうだ。  
「気にするな。今日中に片付ける」  
「そういう問題では」  
「今日中に処理しなければならない書類だけ回してくれ。残りは明日だ」  
淡々とページをめくりながら、ロシウは答えた。ギミーが持っていた分は昨晩のうちにす  
べて鑑賞まで済ませてしまった。ジャンルに偏りがあるように感じられて、今日は掻き集  
められるだけの書籍を、執務室まで運ばせたのだ。  
(もう一週間近く経つというのに……! 一体いつまでこんな状況が続くんだ!?)  
 
休日ということもあって、庁舎内はがらんとしている。昨日ギンブレーに宣言したとおり、  
ロシウはたまった書類に黙々とペンを走らせた。はやく終わらせてキノンの家を訪ねよう、  
そんなことを考えていたときだ。  
「あの、ロシウさん…えっと、おはようございます」  
「キノン! なぜここに」  
「ギミーとダリーに聞いたら、今日は出勤してるって…」  
わたしもお手伝いします、とキノンは言った。気まずい空気は否めないものの、久々に二  
人きりになれたということに、ロシウは浮き足立った。  
「うれしいよ、本当に。ここのところ、あまり話もできなかったし」  
「それは、そのっ、理由があって…」  
「会いたかった」  
キノンがやっと顔を上げた。うれしくていまにも泣きそうな顔をしている。理由なんかど  
うでもいいじゃないか。見つめ合うだけでこんなに満ち足りた気持ちになれるのなら。  
「わたしも…わたしも会いたかった」  
近寄ったキノンを、ロシウはそっと抱きしめた。胸がじんわりとあたたかくなるのを感じ  
る。ここ数日のなんと長く、辛かったことか!  
「いつも顔をあわせてるのに、おかしいな」  
照れ隠しにロシウはそう言って、どちらからともなくキスをした。一度では足りなくて、  
二度、三度と重ねていく。  
「…ん、むぅっ…っ、はぁ…」  
キノンの口から熱い吐息が漏れる。2日間で大量に詰め込んだ知識を総動員して、ロシウは  
次の一手を決めた。  
(このままここで…)  
止めろと言われても無理な注文だ。下品だとわめくいつもの自分はあっさりと白旗を揚げ  
てしまった。昨日一昨日となだれ込んできた膨大な情報に、抵抗を諦めたのかもしれない。  
重石が外れて、押さえ込まれていた欲望がどっと溢れ出した。  
最初はやさしく、包み込むように、だ。はやる気持ちを抑えながら、ロシウはキノンの体  
をまさぐり始めた。  
「…ぁ、ぁん……っ、ここ、で…?」  
キノンが戸惑いの声をあげた。当然だ。いまは真昼で、ここは職場で、執務机の上にはま  
だ山のように書類が積まれている。  
「いやだと言われても、夜まで待てない」  
恥ずかしそうに身をよじるキノンを押さえつけて、ロシウは囁いた。この台詞はとある小  
説から借用したものだ。いつもと違う場所で、時には強引に迫るのもよい、と書いてあっ  
たことを思い出す。キノンの反応は、悪くない。  
 
服のすそをまくりあげ、白い素肌を白日の下に晒す。光を反射する肌はきめ細かく、まぶ  
しいほどだ。つんと立った乳首が愛らしい。口に含んで舌で転がすと、びくんと大きく体  
が反り返った。  
「んっ! や、ぁ、そこは……っっ」  
ひざの下に手を入れて持ち上げ、脚を大きく開かせた。恥ずかしいと隠そうとしたキノン  
の手をどける。彼女の髪と同じ亜麻色の茂みの下に、ピンク色の果肉がちらちらと誘うよ  
うにのぞく。  
すぐにでも核心に触れたいのをぐっとこらえ、太腿に口付ける。ちゅっと高い音を立てて  
唇を離すと、紅い痕が残る。メインディッシュの前の軽い口直し、あるいは全力疾走の前  
の準備体操とでもいおうか。一気に攻めるのではなく、じりじり焦らす。  
なめらかな腿の内側に舌を這わせ、ひざ、ふくらはぎ、つま先へと舐めていく。親指の爪  
の先を唇で吸い上げたとき、キノンが小さく身震いをした。  
「ロシウ、わたし…わたし、もう」  
「どうしてほしい?」  
ロシウは答えのわかっている問いを投げかけた。キノンが大きく目を見開いて、すぐに目  
を伏せた。足の指にキスをするだけで、小さな声が上がる。答えを言いいたいのに言えな  
くて、困った顔をしている彼女もとても可愛いらしい。だから、さあ、はやく答えを。  
「…ぅ、んっ…………そ…んな、はずかしいこと…」  
「言えない?」  
茂みの奥のクレバスを指で軽く撫でる。蜜で溢れかえったその場所は、ひくひくと襞を震  
わせて、もっと奥へ、奥へと誘ってくる。その誘いに乗りたい気持ちを堪えて、手を引っ  
込める。  
「……〜〜〜〜〜〜っっ!」  
腕をつかまれて、ぐいっと引き寄せられた。バランスを崩してキノンの上に覆いかぶさる。  
一筋だけ前に垂らした前髪を、指に絡めながらキノンが囁いた。掠れた小さな声で、来て、  
と。  
その後、なにがどうなったのか、明瞭に思い出せない。濁流に飲まれ、なにかが弾けたよ  
うな、そんな漠然としたイメージが思い浮かぶだけだ。  
気づいたときには、せっかくギンブレーが整えて積みあげた書類群は、無残にも部屋中に  
散らばり、さながら書類の海の底に寝そべっているようだった。幾枚かの書類は彼ら二人  
の体の下でくしゃくしゃに丸められ、そのうち数枚はあまり原因を追究したくない類の液  
体でびしょびしょになっていた。  
衣服を身につけてから、ロシウはわざとらしく数回咳払いをして  
「仕事に戻ろうか」  
と、キノンのほうを遠慮がちに見やった。彼女が優しく微笑みかえすのを確認して、やっと  
ロシウは笑みを浮かべた。  
 
 
「…やっぱり、ちゃんと言わなきゃいけないって思うんです」  
紙の上をペンが走る、その音だけが響く静かな時間のなか、キノンはおずおずと口を開い  
た。一瞬なんのことかわからずにロシウは怪訝な顔をしたが、先日までの約一週間のこと  
だろうとすぐに見当がついた。  
「いや、そのことはもう」  
「ロシウはわかってない! これから、その、ま、毎月あることだし…っ」  
毎月!?とロシウが驚いたので、キノンはますます頬を赤くした。  
「だから…その……ね」  
ロシウの耳元で、ぼそぼそと真相を打ち明ける。あ、と短い言葉を発して、ロシウも見る  
見るうちに赤くなった。  
「言ってくれればよかったのに」  
「……ごめんなさい」  
「いや、いいんだ」  
むしろ言われなくてはそれと察することもできない自分に呆れてしまう。  
やれやれとため息をつき、背もたれに体重を預けると、視界の端に小さな卓上カレンダー  
が目に入った。この椅子の前の主人の忘れ物だ。少々色あせてはいるが、赤い丸が七つ並  
んでいるのは、まだはっきりとわかる。  
(……こういうことだったんですね、シモンさん)  
長年の疑問が解消した嬉しさのためか、それとも七日目の褒美を手に入れた喜びのせいか、  
口元が緩んで緩んで仕方がない。  
「キノン、これからもよろしく」  
「ばかっ!」  
 
休日が明け、出勤したギンブレーは、書類の山がきれいに片付いていることに感動すると  
ともに安心をした。休日前挙動不審だった上司が、有能で切れ者で完璧な普段の姿に戻っ  
ていたからだ。だから、数枚の書類がしわくちゃだったりごわごわしたりする点について、  
ギンブレーは追求することをやめた。  
しばらくして、上司の机の上の卓上カレンダーが新品になっていることに気づいたときも、  
そのカレンダーに再びなぞの赤丸が記されだしたことに気づいたときも、やはり彼はなに  
も言わなかった。上司が切れ者であることに変わりはない、むしろ以前より鋭いくらいな  
のだから、なにをかいわんや、だ。  
ただ、最後の七日目が花丸になっていることに気づいて、ギンブレーはがくりと肩を落と  
した。  
 

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