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…
……
………
えーん、えーん……
おにいちゃーん、おにいちゃーん、どこにいるのー? こわいよー、おにいちゃーん……
どうしたキヤル? そんなに泣いて。怖い夢でも見たちまったか?
ぐすっ…、うん…。おにいちゃんがしんじゃったの……。おねえちゃんたちもどこにもいないの……
おーおーよしよし、そりゃ怖い夢を見たな。でももう大丈夫だ。怖くない怖くない。俺はここにいるから安心していいぞ
ほんとに…? ほんとにだいじょうぶ……?
ああ、大丈夫だ。お前をだっこしてる俺はちゃんとここにいるだろ? だから安心しておやすみ
うん…。……ねえ、おにいちゃん
何だ?
おにいちゃんといっしょにねてもいい?
ああ、いいぜ。今日はお兄ちゃんと一緒に寝るか
うん!
………
……
…
-*-
目が覚める。昔、自分が幼かった頃の懐かしい思い出。
「ふぁーぁ、今日は随分と懐かしい夢をみたなぁ」
私は、よっ、と掛け声を上げて起き上がりコボシのように起き上がる。
うん、いい目覚めだ。懐かしい夢も見れたし、今日はいいことがありそうな気がする。
「おはよー、兄ちゃん。 ゴハンは?」
「もうキヨウが作ってくれてるよ。 さっさと食わねぇと置いてっちまうぞ」
兄は新聞を読みながら私を急かす。兄の朝は早い。なにせ法務局長官なのだ。
押し付けられた役職とはいえ、大きな権力を持ち、また同時に大きな責任を負っている。
おまけに兄には仕事に加えて、法律の勉強という厄介な代物まで付いてきている。
もともと門外漢だったのに、法律家のトップという仕事を押し付けられた兄には同情せざるを得ない。
一時期は朝4時に出て帰ってくるのが夜12時という日もあった。
とはいえ何年もやっていると、余裕も出来てきたらしく、今は私たち家族と一緒にご飯を食べている。
「まってまって、すぐに食べるからさ」
私はというと、兄の仕事場で雑用をしながら、勉強をしている。
兄は仕事が忙しいため、あまり私に手を割くことは出来ないが、昼休みなど、時間が空くときには出来るだけ教えてくれる。
まさかあの単細胞兄貴に勉強を教えられる日がこようとは。人生分からないものである。
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カミナシティは大きい。3年前と比べると信じられないほどだ。
この短期間でここまで発達するなんて、人間の潜在能力はすごい、と改めて思った。
2人で歩いていると、かつてのロージェノムの居城、テッペリンに到着した。
私たちが勤める法務局はこのテッペリンを流用した行政区の中にある。
「おはようございます、キタン法務局長」
「おう、おはよーさん」
兄と共に法務局に入ると、必ず挨拶される。当然兄がだが。
受付譲は私を見ると、いつも微笑ましいものでも見たかのように笑いかけてくる。
「うん、兄ちゃんは俺がいないとなーんにも出来ないからなー」
「ふふ…、そう、今日もお兄さんのお手伝い頑張ってね」
彼女は強がりを言う私を見てクスクスと笑う。含みのある笑い。
もしかしてバレているのだろうか。私の秘密が。
私は兄が好きだ。これは家族的な好きではなく、男女間の好きである。
いつから好きかと言われれば、多分、出会ったその時から好きだったんだろう。
私は昔捨て子だった。身よりも無く、村人からいじめられている所を兄が助けてくれたのだ。
あれは確か5,6歳の時の話だったかな……
「おーい、何してんだ。置いてくぞー」
兄の声で、自分が考え込んでいたことに気付く。
パタパタと急いで兄の後を追う。
「いやー、ごめんごめん。ちょっとボーっとしちゃっててさ」
「しっかりしろよ。お前ももう15歳なんだからな。あと2年も経てば十分大人だ」
「ごめんってば。でも、そっか……、俺はもうすぐ大人なんだなぁ……。そっか大人かぁ……、ふふ、ふふふ、うふふふ」
私は兄のの大人発言に、つい頬が緩んでしまう。あと2年経てば、自分はもう大人扱いされるんだ。
もっと頑張れば、兄と一緒に仕事をしてても様になる日もそう遠くないかもしれない。
「な、何だよ。いきなりニヤニヤ笑い出しやがって気持ち悪ぃな。何かあったのか?」
「なーんでも。ほら執務室に着いたんだから仕事仕事!」
ニヤニヤ笑う私を若干引き気味で眺める兄をデスクに押しやり、私も夜の間に届いた案件の整理を始める。
その日の仕事が始まると、次から次へと案件が舞い込んでくる。兄のデスクの上はもう書類でいっぱいだ。
これだけ技術が発達したのだから、パソコンで処理できそうなものだが、いかんせんまだまだ書類決済が主流である。
兄は書類決済だけではなく、多くの人とも面会しなければいけない。
そうしているうちに、事前にアポを取っていた人との面会時間がきた。
今回の面会人は、なんと妙齢の美女である。私の手前、兄は必死で取り繕おうとしているが、少し鼻の下が伸びている。
かすかな変化だが、長年一緒にいた私の目を誤魔化せるはずがない。
「兄ちゃん……さっきの女の人に鼻の下伸ばしてただろ。まったく……、妹として情けないぜ」
「……なんだよ、仕方ねぇだろ。えらい美人だったんだ。たまには役得があったっていいじゃねぇか」
面会人が帰った後、私のジト目による追求に対し、兄はばつが悪そうにする。
あんな女にデレデレして、気に入らない。全く持って気に入らない。
私の気なんて知らずに呑気なものだ。美人に弱い兄に、いつもどれだけ気を揉んでいることか。
ただ、いつまでもグチグチ言っているわけにはいかないので、私たちは仕事を再開する。
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午前中は2人とも黙って仕事をしていた。
午後1時を過ぎ、少し空腹を覚え始めた所で、兄が口を開く。
「あ゛−、腹も減ってきたし、そろそろ昼飯にするかー」
「うん、俺もおなかすいたー」
兄と一緒に弁当を食べていると、デスクの端に無造作に置かれた手紙の束が目に留まった。
決済書類でもなさそうだ。なら何なのだろうか。
「兄ちゃん、その手紙の束はなんなんだ?」
「あぁ、これか。自称シティ有力者からの見合い話だよ。ウチの娘と結婚しませんかだとさ」
「み、見合い!? 結婚!? 何だよそれ!」
「落ち着けよ。それに有力者っつったって、つい3年前まで穴ぐら生活してた連中だぜ。ただのくだらねぇ成金共だ」
兄としては、あまり乗り気ではなさそうだ。しかし、面子や体面というものがある。
本人が乗り気ではなくても、受けざるを得ない可能性もある。妹としては一応確認しておかなくては。
「そ、それで、兄ちゃんはその話受けるの……?」
「んな訳ねぇだろ。誰がこんな連中を相手にするかよ。権力に寄ってきた女なんてロクな奴じゃねぇ」
兄はきっぱりと否定してくれた。私はほっと胸を撫で下ろす。ここで見合いを受けるなんて言われたら、どうなっていたことか。
まして結婚を考えているなんて言われた日には、訳の解らないことを喚きながら暴れだしてしまいかねない。
兄のお嫁さんの席は私のものだ。誰にも渡すものか。
「そ、そっか。まぁ兄ちゃんは見合いでもしないと結婚できなさそうだけどなー。実の所、少し未練あるんじゃねーの?」
「うるせぇ。どーせ俺はモテねぇよ。へん、そーだよ、どーせ俺なんか死ぬまで独身だよ……」
ちょっとイジめたら、兄はいじけてしまった。床にのの字を書いている。その高速回転っぷりは床に穴を掘らんばかりだ。
少し悪いことをしちゃったかな、と自己アピールも兼ねて兄を慰めることにする。
「……なあ、兄ちゃん。その……、お、俺が彼女の振りしてあげよっか?」
「あん? 何だって?」
「い、いや、ホラッ、兄ちゃんも浮いた話の1つも無いとナメられるかもしんないだろっ?
だ、だからさっ、俺が兄ちゃんの彼女の振りをしてあげようかなぁーと思った…んだ……け…ど……」
恥ずかしさで言葉が尻すぼみになってしまう。どうしよう、やっぱり言わない方がよかったかもしれない。
どうやって誤魔化そう。きっと兄は私のことを変に思っているだろう。
そんな風に思われるのは嫌だ。私が焦っていると、兄が口を開いた。
「悪ぃなキヤル。気を使わせちまったみたいでよ。はぁ……、妹に気を使われるようじゃ、まだまだだな俺も」
「う、ううんっ。いいんだ、兄ちゃんが平気なら」
兄の謝罪に私は再び慌てる。むしろ自分が悪いのだから謝られても困ってしまう。
しかし、やはり私の遠回しの告白には気付いていないようだ。ほっとしたような、残念なような。
まあこの鈍感な兄だ。直球ストレート、しかも160kmの剛速球でないと気付かないかもしれない。
少しのモヤモヤを抱えながら、私は午後の仕事と勉強を始めた。
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今日の仕事も終わり、朝と同じように2人で帰途へとつく。
昼間の出来事のせいか、少し気まずい。まあ私だけかもしれないけども。
「あのさ、兄ちゃん」
「ん? なんだ?」
「……ううん、やっぱ何でもない」
兄に結婚したいかどうか、尋ねようとして失敗する。
言い出す勇気が出ない。私らしくない。
「どうしたんだよ? 今日のお前、何かおかしいぞ。気になることでもあるのか?」
言うべきか言わざるべきか。
「なぁ、兄ちゃん……。兄ちゃんはいつか結婚したいと思ってる……?」
やはりどうしても気になって兄に尋ねてしまう。所詮私は妹だ。
血が繋がっていようといなかろうと、兄にとっては同じことだ。
兄が結婚すると言っても私が止められるはずも無い。
でも、それは嫌だ。兄にはずっと一緒にいて欲しい。
「なあ、キヤル。心配しなくても、そんなすぐには結婚なんてしねーよ。そもそも結婚してる俺を想像できねぇしな。
お前の面倒も見なきゃなんねーし、仕事も忙しい。結婚なんて考えてる暇は無い、ってのが正直な所だな」
「でも……、いつかは結婚するかもしんねーじゃん……。そしたら俺一人ぼっちだよ……。
キヨウ姉もキノン姉もなんかいつの間にか彼氏できてるしさ」
「ならお前も彼氏を作ればいい話だろ?
嫌だ。兄以外の男と付き合う自分なんて想像したくない。私はずっと兄と一緒にいたい。
兄のお嫁さんになりたい。それ以外はNGだ。
「そんなのやだ…。俺は兄ちゃんと、みんなと一緒にいたいんだ……」
「だから心配すんなって。俺はお前が俺をいらない、って言う日までどこにも行かねぇよ。
それまでは一緒だ。だからそんならしくない表情すんなよ」
兄はそう言ってくれる。本当だろうか。私が拒絶するまで一緒にいてくれるのだろうか。
もっとも私が兄を拒絶することなどありえないので、自動的にずっと一緒、ということになるのだが。
それでも兄は私の傍にいてくれるのだろうか。
「ほんとに…? 本当に一緒にいてくれる? 俺、ずっと兄ちゃんから離れられないかもしんないよ。
……それでも……いいの?」
「へっ、それならそれで兄冥利に尽きるってもんだ。お前がそうしたいってんなら俺は構わねぇぜ。
約束する。ずっと一緒にいるよ」
兄はきっぱりと言う。約束。確かに約束してくれた。
昔から兄は約束を破ることはしなかった。
ということは今回も約束を守ってくれるのだろう。
私は嬉しくなって兄の手を握る。
兄はきょとんとしていたが、苦笑して握り返してくれた。
そこで私は今朝の夢を思い出した。ついでだし、もう1つお願いしておこう。
「兄ちゃん、今日、兄ちゃんと一緒に寝てもいいかな?」
「一緒に? お前もう15歳だろ?」
「だめ、かな……?」
「いんや、構わねぇよ。しかし何か今日のお前、妙に子供っぽいな。昔を思い出すぜ」
兄がそう言うと、私は少し恥ずかしくなった。確かに子供っぽい。
でもそれでもいいか、とも思う。兄がこうして構ってくれるのだし、子ども扱いされるのも悪くない。
私と兄は手を繋ぎながら家に帰った。
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帰宅すると、兄と一緒に晩御飯を食べて、一緒に歯を磨いた。
流石にお風呂は別々に入ることになった。私としては構わなかったのだけど、兄が強硬に抵抗したので断念する。
夜12時を回ったので私たちは寝ることにした。
兄と一緒に布団へともぐる。
私は、一緒に寝たい、と言い出す原因となった今朝の夢を兄に話した。
その夢の話を聞いて、兄は苦笑する。
「なるほどな。だから今日はそんなに子供っぽかったのか。ようやく納得したぜ」
「迷惑だったかな……?」
「何度も言わせんなよ。んな訳ねーだろ。むしろ昔のお前を見てるみたいで懐かしい。お得な気分だな」
「ばか……、恥ずかしいじゃんか……」
またまた恥ずかしくなって私は顔を隠す。
すると兄が頭を撫でてきた。その手つきは、普段の兄からは想像できないくらいに優しい。
そういえば、昔もこうして撫でられたっけ。そして気が付いたら眠っているのだ。
撫でられていると、眠くなってきた。心なしか、いつもより眠気が回るのが早い。
兄と一緒にいるせいだろうか。すごく安心する。
「おやすみ、キヤル」
兄の言葉に私も返事をしようと思うが、眠くて上手く言えない。
もにょもにょと言葉にならない返事をする。
眠りに落ちる瞬間、兄の優しい微笑を見た気がした。
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……
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おにいちゃん、わたしおにいちゃんのおよめさんになる!
お、そうかー、俺の嫁さんになってくれるかー
うん! おっきくなったらぜったいおにいちゃんのおよめさんになるんだ!
なら俺は結婚相手に心配しないでよさそうだな
だからね、わたしがおおきくなるまでけっこんしちゃだめだからね?
分かった分かった、約束するよ。お前が大きくなるまで結婚しない
じゃあゆびきり! ゆびきりして!
へいへい、ゆーびきーりげんまーん
うーそつーいたーらはーりせんぼんのーますっ、ゆびきったっ!
………
……
…