これはまだ自分の運命を知らないひとりの少女の物語  
 
宇津和庸子はとりわけ目立つ女生徒であった。  
人並み外れた動体視力と反射神経を持ち気象としても時勢としての風をも読む力に長け  
和弓部とアーチェリー部を掛け持ちしそれぞれで全国レベルの活動をしつつ  
三人で細々活動していたサバゲ同好会を正規のエアライフル部へと昇格させ  
理数パズル研究会を造型同好会と合同で長距離砲撃用可動砲部を設立し  
長年いがみ合ってきた光画部と写真部をひとつにまとめあげて情報を整理し  
新聞部の掲示物をより直感的に見やすい画面構成にしたなど  
貢献度としては枚挙に暇がない。  
またちょっと入れ込んでいたアイドルが引退しレーサーへの道を選んだという理由で  
即日モーターサイクル部を発足してしまうという茶目っ気も見せる  
 
そんな少女が学園理事長主催の私設研究部の部室に足を運んだ  
今回は思いつきというわけではない  
庸子の平均点を唯一下げているある教科を克服するためであった。  
 
年頃の女子として少々気になるその教科は。  
 
家庭科である  
 
 
 
 ようこそ料理研へ(ニアフォント)  
 
 
 
「えーと、それではー…一日体験の方もいらっしゃることですしー」  
「まずはーお料理の基本をおさらいしておきましょう」  
顧問であるニア・テッペリン理事長が合掌のかたちでぽん、と手を叩く。  
数人の「おいしいおりょうりけんきゅうかい」会員が揃ってはーいと手を挙げた。  
「あなたの大好きなひとが風邪をひいてしまいました。」  
辛そうに咳をする仕草で黒板の前を往復する、ニア・テッペリン理事長。  
「おいしいお料理を差し入れるとしたら…なにが相応しいでしょう?」  
庸子はふんふん、と頷きながらメモを取ろうとノートを出しペンケースをあけたところで  
いつの間にか目前にいた理事長にノートを奪われ、目を丸くして困惑していた。  
「ダメですよ、ヨーコさん。」  
几帳面な字で小さく宇津和庸子と書いてあるノートを筒に丸めながら理事長は言葉を紡ぐ。  
「お料理は心です。ハートです。感じるままが答えです。」  
「他人の答えはあなたの答えではありません。」  
「故にノートを取る必要はありません。だからこれはボッシューです」  
にっこりと。しかし有無を言わさぬ迫力で庸子に迫るニア・テッペリン理事長。  
「ヨーコさんは…風邪をひいてしまっただいじなひとに何を作ってさしあげますか?」  
風邪、年中薄着で抵抗力の強い庸子にはあまり馴染みのない病気であった。  
誰もまだ答えていない、誰かの答えを参考にするわけにはいかない。  
庸子は必死に考え。幼少のころの自身の体験からなんとか答えを導き出す。  
「…!も、桃の缶詰!」  
「ある意味定番ですね。が、残念ながらそれはお料理ではありません」  
「ポカ○スエットのお湯割り!」  
「確かに水分の補給は大事かと思います…」  
「先ほどより少し手が加わりましたが。それもお料理ではありません」  
庸子はぐっと声を詰まらせた。  
もうひとつ答えはあったがそれも明らかに料理とは呼べないものであったからだ  
「もう一度問いましょうか?」  
ふうわりと。理事長の柔らかな巻き毛を纏った頭が僅かに傾げられ  
不思議な花の虹彩をもつ瞳がじっと庸子を見つめる  
「…いえ、すみません。わかりません…」  
項垂れて庸子は席に座りなおした。  
「…そう、ですか。では…雫李唯さん」  
「………は、ぁーい……」  
他の会員が出した答えは「卵雑炊」「梅粥」「鍋焼きうどん」  
やわらかで暖かく、口当たりや消化の良い、そういう料理。  
少々特殊な環境でそだった庸子の家庭ではあまり馴染みのないものであった。  
理解できないものは仕方がない。わからないなら学習して身につければいい。  
庸子は決意にきゅっと口を結んで黒板に向き直った  
 
「本日の実習はケーキを作っていこうと思います」  
がたん。と庸子の額が机を打った。  
「クリスマスも近いことですし…あら?どうしましたヨーコさん?」  
レシピ本でわからない匙加減を身につけたいと思っていた庸子にとっては  
理事長の言葉はがくり首を項垂れるものであった  
洋菓子作りとはどちらかといえば正確に分量をはかり化学反応を利用するもので  
料理というよりは化学の実験に近い、むしろ得意分野だった。  
脱力して机と仲良くなった庸子は科学物理を肌で解く。理数系の女である  
導入としてはそれもいいかと顔を上げた庸子の前にまたもや理事長が立っていた  
「ヨーコさんは今回は私と共にデコレーションを担当していただきます」  
「ケーキのキモチになって」  
「だいすきなひとを喜ばせてあげましょう」  
ふわふわと。花が綻ぶような笑顔の理事長に手を取られ頷くしかない庸子は  
オーブンからスポンジの焼ける香り漂う中理事長と共に  
 
氷の浮かぶ水風呂に浸かっていた。  
「クリームやバターやチョコレートは、体温で溶けてしまいますから」  
「な、なるほど…」  
かちかちと歯を鳴らす庸子にニアは文字通り涼しい顔で言う  
意外と洋菓子道も甘くないと痛感した  
 
暖房の切られた家庭科室  
白く滑らかな陶磁のような器に冷蔵庫で冷やされたスポンジがクリームで貼られ  
シロップをたっぷり含んだ刷毛が踊る。  
本場瑞西直輸入の薫り高いチョコレートが刻まれ、散らされる  
「あの…理事長…こ」  
「私のことはニアと呼んでください。ああ、やっぱり赤いと映えますね」  
「ニア…理事長」  
「そんな堅苦しい呼び方はしないでいいのです。とろとろ…とろーり」  
「じゃぁ…ニア。これは…なに?」  
小花を模ったマジパン細工を髪にちりばめた理事長が小首を傾げる。  
「ケーキです」  
庸子の髪にも同じものを梳きこみ。無着色のアンゼリカを葉のかわりに挿しながら  
アザランとバラの飴細工を留めるために煮詰めたメイプルシロップをとろり垂らす  
理事長は、その身を飾る砂糖菓子以外なにも身につけていない。全裸であった  
そして、庸子もまたそのメリハリの効いたダイナマイトボディを余すところなく開放し  
よく冷えた巨大な皿に横たわり、肌を晒す羞恥ではなく寒さに震えていた  
「ヨーコさんに料理のキモチになってもらうために。」  
「ヨーコさんを器としてケーキをデコレイトします」  
宇津和さんですし。と邪気など全くない風情で理事長が微笑んだ  
 
刷毛やゴムベラ、ホイッパーなどで全身くまなく散々弄り回され  
全身に甘いものを塗布された庸子がすっかり脱力するころ  
「さて、本来ならこのあたりで試食係の出番なのですが…」  
「ヨーコさんのお胸が大きすぎてクリームが足りません」  
「なので…」  
くちゅくちゅと楓蜜の絡む理事長の乳首が庸子のぷくんと立ち上がりかけた乳首を擦り、  
たっぷりボリュームのある乳肉にメレンゲを隔ててねっとりと押し付けられる。  
甘い香りにフットンチッドの青い匂いが絡みつくとだんだんと意識の混濁が促進され  
途切れ途切れに呼吸困難をおこし胸を大きく喘がせながら庸子の息が荒くなる。  
「堀田士門君。クリームの追加をオネガイ…しますね」  
からりと軽く開く戸車のおとをBGMにニア・テッペリン理事長の細くたおやかな指が自身の。  
そして庸子の女性器を扉の向こうから現れた男子生徒に見せ付けるように押し開く  
よく練りあわされたバタークリームより滑らかで髪や胸に垂らされたメイプルシロップよりま  
 
だ甘い二人分の愛液が理事長の指の間で細い糸を引き、きらりと光を反射した  
「え…っ、あ、いや…」  
嘗める様にねっとり絡む男の視線に気づいた庸子が腿を閉じようと足掻くが  
意外な力強さとばねを秘めた理事長の巧みな拘束がそれを赦さない  
「ホラ、とろとろ。二人とも十分蕩けてますから、遠慮はいりません」  
「お好きなほうを使ってくださいな」  
ひた、と冷たい手が理事長と庸子、両方の尻に触れる  
「…そんな、僕、選べません…だから」  
熱く滾るドリルが二人の狭間を抉りこんだ  
庸子の喉からひゅぅっと声なき悲鳴が迸る  
包皮に護られ大事に育てていた場所をはじめて空気に晒され理事長に散々弄られて  
敏感になりすぎた場所を堀田のドリルの雁縁に引っ掛けられたのである  
「あ、ぁ、あん。イイ、ですよ…堀田…シモン…君…とっても…お上手…」  
歌うような理事長の声に奮起する堀田士門のドリルは更に勢いを増し熱量をあげる  
うんと冷やされた筈の二人の身体も段階を踏んで熱せられ  
バタークリームが、アイスが、アプリコットジャムが、瑞西産高級チョコレートが  
メイプルシロップがホイップクリームがムースにスポンジカスタード砂糖菓子が  
踊る二人の身体の狭間で混ざり合う  
「いや、ぁ、だめ、そっ…あぁああっ、ぁ…」  
ニアの腹に、庸子の胸と顔に堀田のドリルから搾り出されたクリームがこんもりとデコレートされるころには既に庸子の意識は飛んでいた  
 
 
 
 
翌日かすかに甘いバニラの残り香を漂わせたまま言葉少なく登校し、  
頬を紅潮させ半ば瞼を伏せて気だるそうにため息をつく庸子の姿は不思議な色香に溢れ  
数名の男子生徒の起立を困難にさせた。  
いや別の意味で部分的な起立を促進させたとも言えるが。  
 
不穏な空気に重役登校の神野神名が先ず扉で、そして席に着く前に首を捻る。  
気になる事を放置しておけない神名が足早にその根源、庸子の元へ向かう。  
「おい、どうした?」  
顔を覗き込んだ神名にようよう反応し庸子の熱に潤んだ瞳が男の姿をとらえる  
「な、んでもっ…な…」  
赤くなった鼻梁と頬を隠そうと両手で顔を半分覆い視線を逸らす  
速くなる鼓動、荒くなる呼気。情事の翌日羞恥に顔を逸す乙女の姿が確かにそこにあった  
どよめいたクラスの大部分が瞬間的にそう、誤解した。  
 
わけのわからない焦りに神名は女の顎を掴んで顔を上げさせ  
ひっしに我慢していた庸子の最期の砦である掌を強引に外した  
「ヨー…」  
瞬間  
「ふぇっ、くしゅぅぅん!」  
響いた破裂音。  
「…あ、ごめ…」  
ずずっと鼻をすすりながらぼうっとする頭で状況を理解しようと庸子は努力を見せる。が  
「てんめぇぇ!ヨーコォォ!風邪ひいたときくれぇ家で大人しく寝てやがれぇぇ!」  
庸子の鼻水と唾を盛大に浴びて逆切れた神野神名に両腿をがしりと掴まれ  
「な、に、するのよぉ…皆勤がぁぁぁ……やっそこっ…ダメぇっ…」  
「ろーかでヘンな声出すんじゃねぇっ!デカっ尻女!」  
荷物のように肩に抱えあげられて教室から自宅まで強制送還させられた  
 
 
数年ぶりにひいた風邪で  
想い人の顔におもいっきりクシャミをした宇津和庸子は更に赤くなった顔でその日早退し  
根性と睡眠と桃缶とカ○リーメイトとポカ○スエットで翌々日回復した。  
人間、長年しみついた習性はそうそう挽回されないようである。  
 

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