「シモン君、修繕お疲れ様でした。いつもながら見事なドリル使いでしたね」  
「いえ、そんなの……大したことないですよ。僕にはこれくらいしか、能が無いし……」  
「そんな風に謙遜することはありません。シモン君の才能はこの学園にとって必要不可欠なもの。あなたはもっと自分を誇るべきです」  
 
理事長はそう言ってにっこりと微笑むと、僕の手を優しく握った。柔らかくて温かいその感触が恥ずかしくて、目を合わせることができない。  
かといって、彼女から目を逸らして下を向けば握られた手が視界に入るしで、結局僕はどこを見るべきなのかわからなくなって、きょろきょろと理事長室のあちこちに視線を彷徨わせた。  
 
「シモン君、どうしたのですか?」  
「ぅあっ!? あ、いえ……なんでもないです……」  
不思議そうに見つめる理事長の視線が、僕の羞恥心と劣等感を刺激した。  
きっと理事長の目には、完全に挙動不審の気持ち悪い奴に映ったに違いない。  
自分が冴えない奴だなんてこと、とうの昔に知ってる。それでも情けなさで胸がいっぱいになった。  
どうして僕みたいな奴が理事長と懇意にできるんだろう。  
 
……理由はわかってる。僕の父さんが、理事長の生家――テッペリン財団お抱えの科学者だったからだ。  
そして、父さんから遺された対ガンメン決戦兵器ラガンのパイロットだから。  
加えて、たまたまちょっとした営繕の才能があったから――ただそれだけだ。  
 
父さんのことがなかったら、きっと僕なんか理事長と一生口をきく機会すらなかったに違いない。  
理事長は大財閥の令嬢で、外国人で……おまけにものすごく可愛い。理事長の視界に僕が映ってるってこと自体が奇跡なんだ。  
僕は自分の身の程を知ってる。わきまえてる。いくら理事長が優しくしてくれても、妙な期待なんかしない。  
勘違いしてのぼせあがって、気持ちを伝えたりなんか絶対にしない。  
そんなことしたって玉砕するのはわかりきってるし、それに……今の理事長との、この関係が壊れてしまうのが嫌だった。  
僕と理事長だけしか知らない、秘密の関係が。  
 
 
なんでもないふりをしながら、いつも通り理事長が「その一言」を口にするのを期待して、待つ。  
 
 
「それじゃあ……シモンくんには、いつも通りごほうびをあげないといけませんね」  
待っていたその一言に、心臓がどきりと音をたてる。気づかれないように唾をごくりと飲み込んだ。  
理事長の優しい微笑みが、熱っぽい何かを帯びた笑みへと変化する。俺はそれが何なのかを知っている。  
 
 
「り、理事長……。もう、こんなことやめたほうがいいんじゃないですか? 理事長がそんなことしてくれなくたって、僕は……」  
姑息な台詞を口にした自分がつくづく嫌になる。  
こんなことが許されないことを理解してるのは本当だし、「ごほうび」なんかなくたって理事長のために働くのは本当だ。  
でも、僕は本心ではこのごほうびを手放したくない。もし本当に理事長がこの関係を断ち切ろうとしたら、きっとひどくがっかりするだろう。  
断ち切る気なんて更々ないくせに、いい子ぶって「もうやめよう」と言っておく。  
「この関係は理事長が望んでいるものなんだ」という言い訳を、僕は欲しがってる。  
 
「じゃあ、やめましょうか」  
「ええっ!?」  
「嘘です。やめませんよ」  
 
にこっと笑う理事長に見つめられて、僕は顔から火が出るほど恥ずかしかった。  
全部見透かされてたんだ。本当は期待していたことも、僕がこの関係を続けたいと思っていることも。  
……最悪だ。死にたい。  
 
俯いた僕の頬を、理事長の手が優しく撫でた。おずおずと顔をあげると、いつも通りの微笑みの理事長が僕を見つめていた。  
「シモン君。可愛い人」  
そして、僕の唇に軽いキスをした。それだけで僕は夢見心地になる。膝から力が抜けそうになるのをなんとか我慢して踏ん張った。  
僕の身体を抱きしめて、制服の胸を撫でながら理事長は言う。  
「あなたには、これからもっと頼らなければなりません。財団との戦いも激しいものとなっていくでしょう。  
家から離れて一人になった私が、あなたにしてあげられること……。それは、あなたをひと時だけでも癒すことくらいです」  
理事長は僕の目を見つめると、僕の手をとってゆっくりと自分の胸へと導いた。  
小さな膨らみの柔らかさは、スーツ越しでも掌へとしっかり伝わってくる。  
 
「さあ、シモン君。いつものように、私をあなたで満たして」  
 
 
薄暗い理事長室の中、僕と理事長の切ない吐息だけが聞こえる。  
理事長室のソファは、身体が埋もれるのではないかというくらいに柔らかくて座り心地がいい。  
そのソファに僕は理事長を押し倒して、ただ夢中で腰を動かしていた。ぐちゅぐちゅと溢れる愛液と先走りの汁が高級なレザーを汚す。  
中途半端に脱がせたジャケットとシャツの間から控えめな膨らみと薄く色づいた先端が覗いて、僕の動きに合わせて小さく揺れた。  
つんと硬く立ち上がった先端を見るとたまらない気持ちになって、気づいたときには夢中でそれに吸い付いていた。  
理事長の胸はお世辞にも大きいとはいえないけれど、それでもその柔らかさはたまらなかった。きっと、僕の身体のどこにもこんなに柔らかい場所なんてない。  
夢中で乳房をまさぐると、僕の頭をきゅ、と抱きしめて理事長が言った。  
「ごめんなさいね、もっと大きければシモン君のこと、たくさん喜ばせてあげられるのに」  
 
「きゅんと胸が締め付けられる」っていうのは、きっとこういう感じなんだろうなと思った。  
大きさなんかどうだっていい。理事長であればそれでいい。  
でも、そんなことを彼女に言う勇気は僕にはない。だから、せめて行為で表そうと必死になった。  
吸い上げて、舌先で転がして、指先で擦る。大きく円を描くように乳房を揉むと、白い喉を逸らして理事長は切ない声をあげた。  
 
 
「ふふっ、シモン君……そんなにあせらなくても、私は逃げたりしません」  
がっついてると思われたんだろうか。俺に突かれて喘ぎながらも、どこか余裕のある笑みを浮かべて理事長は言う。  
別にあせっていたわけではないけど、なんだか謝らないといけないような気がしてしどろもどろ言葉を返す。  
「す、すいません……」  
「いいんですよ、謝らなくても」  
僕も理事長も、たぶん限界が近かった。理事長の汗ばんだ肌はきれいに紅潮して、吸い付くような柔らかさを僕の身体に伝えてくる。  
叶うのなら、ずっとこうしていたい。  
理事長は僕の背に腕を回すと、僕の耳元で熱っぽく囁いた。  
「私の身体は全部、シモン君のものです、からっ……シモン君が私に飽きるまでは、ずっとずっと、傍にいます……あぁっ!」  
違う。違うよ、理事長。飽きるとか飽きないとか、僕はそんな目であなたを見てるわけじゃない。  
姑息な嘘は見抜けるのに、なんで僕の気持ちはわからないんですか。  
か細い身体を抱きしめて、激しく腰を打ちつけた。理事長と、僕自身への苛立ちをぶつけるように。  
 
好きな女の子に告白する勇気もない。  
その子からの誘惑に、抗う意思の強さもない。  
流されるままに体の関係を結んで、仕舞いには「両思いなんて高望みはしないから、この関係だけはそのままにしたい」なんて願ってる。  
そのくせ、彼女が自分の気持ちに気づいてくれないかと期待してる。  
「自信をもって」と励まされるたびに、それができないのはあなたとの関係があるからだと心の中で責任転嫁するようになった。  
 
 
……最低じゃないか。こんな奴のこと、理事長が好きになってくれるわけない。  
 
「理事長……理事長っ……!」  
「ああっ、シモン、くんっ……!」  
一際強く腰を打ち付けて、僕は理事長の子宮に欲望の全てを叩き付ける。  
ずるりとペニスを引き抜くと、欲望の白い痕が彼女の内股を汚した。  
しばらく二人して情事の余熱を引きずったまま、ベッドの上で抱きしめあっていたが、やがて理事長がくすくすと笑い出した。  
「理事長……?」  
「今日のシモン君、元気一杯でしたね」  
「す、すいません……」  
先生に叱られたように僕はしょぼくれる。……いや、彼女だって一応先生か。  
「よかった。私、まだまだシモン君のこと癒してあげることができそうで」  
 
嬉しそうに笑う理事長に、なんて言葉を返したらいいのかわからなくて。  
僕は、今まだ腕の中にある理事長の身体をおずおずと抱きしめた。  
 
 
 
 
 
 
部屋のドアを閉めて、通学鞄を床に放る。そのままベッドにどさっと横になった。  
今日の理事長とのことを思い出す。……僕はいつまで、あんなことを続ける気なんだろう。  
のろのろと身体を起こして、サイドボードの引き出しを開ける。伏せた写真立てを取り出して、見つめる。  
写真の中、理事長と僕が一緒に映っていた。  
この頃はまだ理事長とはあんな関係じゃなくて、ただ純粋に彼女に憧れて、恋してた。  
 
「……理事長」  
写真の中、楽しそうに笑う理事長に向かってぽつりと言う。  
「僕はあなたのこと、好きなんですよ……」  
 
 
胸の中にはただ空しさだけが広がっていった。  
自分でもどうしていいのかわからなかった。今自分が前に向かって進んでいるか、それともどんどん後退しているのか、それさえわからなかった。  
 
 
 
これからしばらくの後、ある一人の男との出会いによって僕の心には一筋の光明が射すことになる。  
 
終  
 

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