「ごきげんよう、志門くん」  
ドアを開けたその先の愛らしい笑顔を見て、志門は生来のどんぐり眼を更にぱちくりとさせた。  
「理事長?」  
「はい、理事長のニアです」  
律儀に答える可憐な少女は外見こそ志門と同年代だが、彼の通う学校の歴とした理事長職についている。  
名はニア・テッペリン。テッペリン財団の令嬢にして、今はその生家と過酷な戦いの運命を強いられている。  
本来であれば生徒の一人にすぎない志門だが、様々な事情により特別彼女と懇意な間柄にあった。  
――一般的な意味でも、そうでない意味でも。  
 
見慣れた薄いピンクのスーツに身を包み玄関前に立つニアだが、わざわざ志門宅を訪れる理由がわからなかった。  
無論このような来訪は初めてだ。家まで訪ねてくる必要など無いからだ。  
休日を除いてほぼ毎日、彼女とは学校で顔を合わせている。今日とて下校前に挨拶を交わしたばかりだった。  
「一体どうしたんですか? 急に」  
「家庭訪問に来ました」  
「へ?」  
 
志門の口から間抜けな声が漏れる。  
確かに今日は、志門の家に家庭訪問で教師がやってくる予定になっていた。  
しかし家庭訪問というのは、普通担任教諭が行うものではないだろうか。  
志門の頭上にぷかぷかと浮かぶ疑問符を見て取ったのか、ニアは笑顔で続けた。  
「そうですね、確かに担任の先生が来るのが普通だと思います。でも」  
わざわざ一言区切り、ニアは続けた。  
「普段生徒の皆さんと接する機会が少ないからこそ、理事長の私がそれをなすべきだと思ったんです。  
生徒のことを理解せずして、どうして理事長職が務まりましょうか。ですから、担任の先生には無理を言って代わってもらいました」  
「え……? じゃ、じゃあ、ひょっとして学校の生徒全員」  
「はい、私ひとりで家庭訪問します!」  
「ええぇっ!?」  
いくらなんでもそりゃ無茶だろう、ていうか理事長は生徒と交流しなくても問題ないんじゃないの、と  
ニアに対する様々なツッコミがシモンの脳裡を駆け巡ったが、目の前の少女の力強く輝く瞳は本物だ。  
「と、とにかく、こんなとこじゃなんですから。上がってください」  
「はい、そうですね」  
 
あまり余計なものを置いていない、些か殺風景ともいえる1Kの室内にニアを通す。  
もともと住んでいた家は、テッペリン財団の科学者だった父を亡くしてから管理を他人に任せてしまっている。  
一人で住むには大きすぎる家であり、父の遺した研究機具や資料の諸々は志門の手に余るものだったからだ。  
アパートは学園から――もっと厳密にいえば、理事長であるニアから援助され住まわせてもらっている。  
初めは「私の家に一緒に住みましょう」などと誘ってきたニアだったが、それは志門が頑なに拒んだために実現せずにすんだ。  
一つ屋根の下など、とんでもない話だ。  
(ただでさえ僕と理事長の仲は、普通じゃないっていうのに)  
 
そう、志門とニアの関係は普通ではなかった。  
傍から見れば世間知らずな理事長が、営繕しか取り柄のない冴えない志門を気に入って振り回しているように映るのだろう。  
ひょっとしたら、何も知らない人には微笑ましくすら見えるかもしれない。  
しかし志門とニアの関係は、見た目どおりのほのぼのとしたものではなかった。  
度重なる修繕と、来るべきテッペリン財団との戦いに向けての貴重な人材である志門に、ニアは相応の――否、  
志門にとっては身に余るほどの対価を支払っている。理事長室で度々行われる淫らな儀式がそれだ。  
ニアが志門を繋ぎとめるため、また志門への報酬として差し出すのは、彼女自身の華奢な肉体そのものだった。  
そして志門は、背徳感と罪悪感に苛まれながらもそれを拒否できずに今日に至っている。  
 
ニアの白い身体を思い浮かべ、志門は慌ててそれを追いやった。  
不埒な感情を悟られないよう、わざとらしいくらいに元気な声で理事長を招く。  
「ど、どうぞ。適当に座っててください。今お茶いれますから」  
「ありがとう、志門くん」  
決して広くない室内だが、窮屈な印象は与えないだろう。ベッドとテーブルとテレビくらいしか場所をとるものは置いていない。  
おとなしく待っているであろうニアの気配を背に感じつつ、志門は些か緊張した手つきで茶を入れた。  
 
「理事長、お待たせしま……あぁ!?」  
部屋に戻った志門の目に飛び込んできたのは、何かの雑誌に熱心に目を落とすニアの姿だった。  
いや、「何かの」ではない。それが何であるのかは持ち主の志門が一番よく知っている。  
茶を載せた盆をがしゃんとテーブルに置くと、志門は慌ててニアの手からそれをひったくった。  
「ななな、なにしてるんですか!?」  
「志門くんはお家でどんな本を読むのかなぁ、と思って」  
「だ、だったらそこらへんに置いてあるのを見てくださいよ! なんでわざわざ」  
「はい、わざわざベッドの下に隠してあった本を見ちゃいました」  
「あぅ……」  
 
二の句がつげず、耳まで真っ赤になって志門はしおしおとうなだれた。  
(確かにベッドの下にエロ本隠すなんてお約束すぎるけどさ、わざわざ引っ張りださなくてもいいじゃないか……)  
「奥のほうに置いてあった古いのと手前の新しいのとでは、なんだか女の子のタイプが全然違うみたいです」  
無邪気且つ冷静に指摘するニアが小憎らしい。  
(そりゃ、あなたに出会ったせいですよ)  
うっかり口にしそうになり、ぐっとこらえる。これではほとんど告白だ。  
古い雑誌には、性欲むき出しの十代男子のチョイスらしく豊満なバストをもつ女性たちがむちむちとひしめき合っている。  
対して、最近購入したほうはどちらかというと華奢な――有り体にいえば、  
ニアの身体のラインを連想させるようなモデルがほとんどだった。  
営繕の必要のない日々が続いたとき――つまり理事長との密事のない日が続いたとき、  
この雑誌がどういう使われ方をするのかについては皆まで聞くなという話だ。  
 
「り、理事長! お茶冷めちゃいますから! そんな本置いといて、ほら、お茶菓子もありますし」  
「ありがとう。それでは、いただきますね」  
二人揃ってずず、と緑茶をすすり一息つく。話題を逸らすことにどうやら成功したらしいことに志門は安堵し、改めてニアに問う。  
「それで理事長、家庭訪問なんですけど。僕は親もいませんし、後見人は理事長ですから……。  
どういうことを話せばいいのかよくわからないんですけど」  
「ええ、そのことですが」  
ニアは薄い胸を張って、自信ありげに続けた。  
「私、学校での志門くんのことなら何でも知ってる自信があります。学校生活のこととか、進路のこととか……。  
いまさら私達の仲で、わざわざお家で話し合うようなことじゃない気がして」  
「そ、そうですね」  
ニアの「私達の仲」という言葉に胸を高鳴らせつつも、志門はニアに気圧された。  
「だから、私は私の知らない志門くんのことが知りたいんです。そのための家庭訪問なのです。  
現に今、また一つ志門くんの新たな一面を知ることができました」  
「え?」  
「エッチな本の趣味嗜好の傾向とか」  
「ぶはっ!」  
志門は盛大に緑茶を吹いた。全く話題は逸らせていなかったらしい。  
「も、もう、そのことはいいですから……」  
「はい。でも、こういうふうにお話するのって楽しいですね」  
「え?」  
「なんだか普通のお友達同士みたいで、ちょっと新鮮です」  
明るい笑顔でそう告げるニアに、志門は少しだけ複雑な気持ちになった。  
普通の友達同士ではない。普通の教師と生徒の間柄でもない。無論、恋人などでもない。  
なら、自分達は一体なんなのだろう。  
 
そんな志門の心中を知ってか知らずか、ニアは志門に訊ねた。  
「志門くんは普段お家に帰ってから、どんな風に過ごしてるんですか?」  
「どんな風って……別に、普通に……」  
「その『普通』が知りたいのです」  
むう、と頬を膨らませたニアに言われて、志門は普段の自分の生活態度を振り返った。  
とはいっても、本当に特別な過ごし方などしていない。  
帰宅して、なんとなくテレビや雑誌を見、夕飯を食べ、風呂に入り寝る。我ながら驚くほどつまらない生活だ。  
ただ一つ、潤いの時間があるとすれば。  
(理事長のことを考えてるとき、かな)  
いやらしい意味ではなく――時々いやらしい意味のときもあるが――ニアのことを考えているとき。  
学校での彼女との会話や何気ない仕草、志門に向けてくれた笑顔などを思い返す。  
そのときだけは、なんの引け目も無く、普通に彼女にする平凡な男子生徒に戻れるような気がするのだ。  
 
家での平凡な過ごし方を時折つっかえつつニアに説明しながら、志門はふと思った。  
今のこの状態だって、見る人が見れば普通の彼氏彼女に見えはしないだろうか、と。  
彼女の服装がスーツである点が惜しいが、それ以外は傍目から見てこの状況を「家でのデートではない」と  
否定する材料は何もないように思うのだ。  
会話の内容も、何気ない日常話ばかり。学業のがの字もでてこない。  
 
(こういうの初めてだけど……なんか、いいな)  
ニアは相槌をうち、ときにくすくすと楽しそうに笑う。ふと目が合い、志門は慌てて視線を逸らした。  
頬にかあ、と血が上るのが感じられた。  
「……志門くん?」  
「な、なんでもないです。えっと、僕どこまで話しましたっけ」  
ぎこちなく逸らした顔を追うように、ニアが志門の顔を覗き込む。  
吐息がかかるほどに近く、志門はさらに俯くように顔を逸らした。胸がどきどきと高鳴る。  
不思議そうに瞬きをした彼女は、しかし何かを察したかのようににっこりと微笑むと腰を上げた。  
テーブルを挟んで対面していたシモンの傍らに寄り添うように座り、柔らかい手がシモンの頬に触れた。  
「志門くん、こっちを向いて?」  
「な、なんでですか」  
「なんでもいいから、向いてください」  
二度目の声には、有無を言わさない強さがあった。それでいて甘い。  
干上がる喉と高鳴る鼓動を自覚しながら、誘惑に負けて視線を合わせると、優しくニアの唇が志門のそれに重なった。  
伏せられたニアの瞳に合わせ、志門もゆっくりと瞼を閉じる。全ての感覚が唇に集中するようだった。  
頬を優しく撫で擦るニアの手に、志門は自分の手を重ねる。  
 
「理事長」  
唇が離れ名を呼ぶと、ニアはふふ、といたずらっぽく笑った。  
「だって志門くん、とってもキスしたそうに見えたから」  
「え……」  
「我慢なんてしなくていいんですよ? そういうことしたくなったら、いつでも言って?」  
 
微笑むニアの顔を見つめ、志門は喉元まで出掛かった「違う」という言葉を呑みこんだ。  
手元を見つめて俯く。  
違う。キスだとかその先のことだとか、そういうことを考えてたんじゃない。  
単純に、自分の家の中、二人っきりでいることが恥ずかしく――そして嬉しかった。それだけだ。  
自分の一方的な錯覚に過ぎないにせよ、恋人同士のような時間を過ごせて舞い上がっていた。  
 
けれどニアは――当たり前だが、そんなふうには感じなかったのだ。  
志門が彼女に恋心を寄せているなどとは夢にも思わず、ただ性欲の対象として彼女を見ていると思っているのだ。  
ニアは志門のことを「そういう奴」だと思っているのだ。  
 
(理事長は僕のこと……全然わかってない)  
「学校での志門くんのことなら何でも知っている」と自信満々で告げたニアを思い返し、志門は握り締めた手に力を入れた。  
身勝手な憤りだというのはわかっていた。彼女との関係を間違った方向に築いてしまった、自分の責任だ。  
そしてそれを未だ断ち切ることができずにいる、志門自身の心の弱さが悪いのだ。  
理屈ではわかっている。しかし心にどろどろと渦巻いた感情は、どうにも御しがたいものだった。  
 
 
理事長に、僕の気持ちをわかってもらいたい。  
理事長は、僕がどれだけ理事長のことが好きなのか全然わかってない。  
理事長に、思い知らせてやりたい。  
理事長は、理事長の知らない僕のことをもっと知りたいって言ったじゃないか。  
 
 
 
「まあ、雨」  
「え……」  
ニアの声に顔を上げると、どんよりと曇っていた空はいつの間にか泣き出し、  
そしてニアの声を合図にしたかのようにあっという間に叩きつけるようなものへと変わった。  
春の嵐だ。しばらくしたら雷も鳴り始めるかもしれない。  
電灯をつけていなかった部屋は、まだ夕方にもならないのに薄暗い闇色へと染まった。  
窓辺に立ち、容赦なく叩きつける雨をニアは不安そうに見つめている。志門は腰をあげ、ニアの後姿に問いかけた。  
「理事長、今日はほかに回るところがあるんですか?」  
「いえ、今日は志門くんが最後です」  
「そうですか」  
 
志門の声に何か不穏なものを感じたのか、振り返ったニアの瞳には不安の色が滲んで見えた。  
彼女の目に、今の自分はどんなふうに映っているのだろう。志門は妙に冷えた頭の片隅でそう考える。  
薄暗い殺風景な部屋の中ぼうっと立つ自分は、下手をすれば薄気味悪い幽霊のようにすら見えるかもしれない。  
「……志門くん?」  
「だったらゆっくりしていけばいいですよ」  
一歩。二歩。ゆっくりと間合いを詰めるようにニアに近づき、そして。  
獣の唸り声のような雷鳴が空に響いた。志門の心の内に芽生えた衝動そのもののような音だった。  
それに背を押されるように目前のか細い身体を乱暴に抱きしめ、耳元で囁く。  
「雨宿りの見返りは、もらいますけど」  
 
ニアは、今まで志門に服を脱がされたことはあまりなかった。  
理事長室での情事では、いつも自分で服をはだけてその身を志門に委ねるからだ。  
夕日で薄暗く染まる理事長室の中、彼を試すように微笑を浮かべながらスーツを脱ぎ捨てる。  
まるでストリップダンサーにでもなったかのようで、食い入るような彼の視線がくすぐったく、心地よいくらいだった。  
少しでも彼が視線を逸らそうものなら「ちゃんと見て」と文句をつけるくらいに。  
ブラをはずし、焦らすようにゆっくりとショーツを下ろすときが一番楽しい。  
小さな乳房の敏感な部分、先端の尖りが空気に晒されたとき。  
下腹部を覆う布地が太ももを伝って床に落ち、殆ど茂みの生えていない幼女のような丘が晒されたとき。  
志門はびくりと肩を震わせ、顔を真っ赤に染め、でも食い入るようにそれらを見つめるのだ。  
そんな志門の様がたまらなく可愛らしく、愛しい。まるで許しを待っている子犬のようで。  
 
しかし今日は違った。  
志門はベッドにニアを強引に引き倒すと、彼に似つかわしくない乱暴な手つきでジャケットに手をかけた。  
ネクタイを剥ぎ取るように床に放ると、シャツの胸元をそのまま裂くように開かせる。  
ボタンがいくつか弾けとんだが彼は一向に気にしないようだった。  
いつもなら、服に皺をつけたくらいのことで大げさなくらいに謝る彼が。  
 
「ぃや……!」  
いつもの彼とは違う何かを感じ取ったニアの口から、拒絶の悲鳴があがったがすでに遅かった。  
押しつぶすように圧し掛かる志門の身体に、腕を突っ張るように抗ったがまるで歯が立たない。  
欲情の熱を宿した唇が抵抗の言葉を塞ぎ、程なくして生温かい舌が口内に差し込まれた。  
「んう……んっ、ふぅ……!」  
逃げるように顔を背けても彼の唇は許してくれず、より深く食らいつくように吸い付いた。  
ニアの舌にむりやり絡め、口内の天井を撫でる様に刺激し歯列をなぞる。  
唾液も悲鳴も、全て彼に食らい尽くされた。  
唇を貪られながら、はだけられた上半身を二つの掌にまさぐられる。  
細い腰、白い腹を円を描くように愛撫し、ずり上げたブラから露になった白い小さな膨らみをふにふにと揉まれた。  
用を成さなくなったジャケットとシャツはネクタイの後を追い、ニアの視界から消えた。  
 
「志門、くんっ……!」  
がちゃがちゃとベルトをはずす音が信じられなかった。ざあざあと叩きつける雨音も相まって、  
ニアの混乱に追い討ちをかける。  
 
貪るように抱かれること自体には慣れているはずだった。  
どんなに遠慮がちでおどおどしているように見えても、一旦劣情に火がともれば彼もやはり男だ。  
雄の本能が満たされるまで何度も何度もニアの身体にむしゃぶりつく。  
理事長室の床で、ソファで、そんな彼からの辱めを受けるとき、ニアの心には喜びすら湧いた。  
自分はまだ、彼に必要とされているのだと。  
自分は彼に、対価を支払うことができているのだと。  
 
耳元で志門が熱っぽく囁く。  
「どうしてそんなに怖がるんですか。今更じゃないですか、こんなの」  
スラックスとショーツをも脱がされ、とうとうニアは一糸纏わぬ姿にされた。  
雨のせいで冷えた室内は肌寒く、ニアは縮こまるように自分の裸身を抱きしめた。  
ニアを組み敷く少年も衣服を脱ぎ捨てる。薄暗闇の中、小柄だが思っていたよりも逞しい身体が浮かび上がった。  
そういえば、彼の裸を見るのは初めてだ。いつもは中途半端に服を着たままだから。  
 
裸の乳房が再度彼の胸板に押しつぶされ、舐るような愛撫が再開された。  
一向に止まない雨の音に、二人の荒い息遣いと切ない吐息が交じり合う。  
逃げられないことを悟ったニアは、結局いつものように彼を受け入れその手を背に回した。  
熱に浮かされた視界の中、彼の表情を盗み見る。彼が何を考えているのかわからないことには変わりないが、  
それでもわかったことが一つだけあった。  
 
(志門くんは、私を求めてる)  
それだけは確かなことだった。  
思えば、どんなに志門がニアの身体を蹂躙したとしても、今までは常にニアが与える側だった。  
全てのきっかけはニアの方から作り出していた。  
今日が初めてだったのだ。志門のほうから、ニアを求めてきたことは。  
 
(だから、私……少しびっくりしちゃったんですね)  
身体を這う志門の指先に嬌声を上げながら、ニアの心に安堵と喜びが広がった。もう恐怖は感じない。  
彼がどうしてそのような心境になったのかはわからないが、それは別に構わなかった。  
彼に求められてさえいれば、それでいい。彼にとって不要な存在にだけはなりたくない。  
志門が求めてくれる限り、ニアは自身にできるすべてをかけて彼に応えるつもりだった。  
 
「ひゃっ?!」  
不意に彼の手が下腹部に伸び、赤い縦筋をそろりと撫でた。すでに蕩けて熱くぬめる襞を指先で弄び、  
秘裂の上部、ピンク色の肉芽を指の腹でくりくりと擦る。  
「あっ……やぁ、いきなりそんなところ、触らない、で……っ」  
白い柔肉に舌を這わせ続ける彼の頭に抗議の声をあげると、それを遮るように再度唇を塞がれた。  
「ふぅ、むぅ……っ!」  
熱っぽく唇を貪られ、時折ついばまれる。そのたびに身体の内から電流のように快感が湧き上がり、  
それは淫靡な露となって可憐な割れ目を濡らした。  
志門の身体の下、ニアは白い華奢な肢体を快感にくねらせた。舐る舌にいつしか自分から舌を絡め、唾液を啜りあう。  
手は自然に彼の後頭部を愛しげに撫で擦った。  
湿った秘所をくちゅくちゅと志門の指が出入りし、もう一方の手はこりこりと尖ったピンク色の乳首を押しつぶすように摘む。  
 
営繕の際、巧みにドリルを扱う彼の手はニアにとって好ましいものだった。  
少し硬くて、武骨で、しかしどこか職人の繊細さを感じさせる彼の指先が好きだった。  
その指は今、ニアの蕩けた胎内を掻き分けるように蠢き、ニアの身体に抗えない快感を与え続けている。  
淫靡な蜜が次々と溢れ、細い脚の付け根を汚す。まるで志門の楔を待ち焦がれて涎を垂らしているかのようだった。  
「ん、ふぁ……ひぅ、ふ、ぅうん……っ!」  
唇を貪られ、身体を指が這い、女の苑をかき回される。快楽の逃げ場がどこにもなかった。  
 
「……――っ!」  
絶頂を迎え、頭の中が真っ白になる。力の抜けた身体から志門が離れたかと思うと、ニアはそのままうつ伏せにされた。  
細い腰を掴まれ、小さな尻を突き出すような姿勢をとらされる。  
「やっ……」  
心理的にあまりに抵抗のある姿勢だった。彼の眼前に突き出された秘所に痛いほど視線を感じるというのに、  
自分からは彼が全く見えない。ニアの視界に映るものといえば、白いシーツとそれにしがみ付く自分の指くらいだった。  
「理事長のここ、すごいです……。ひくひくして、ピンク色で……すごく、いやらしい」  
「そ、そんなこと、わざわざ言わなくていいですっ……!」  
左右の肉の門を押し開かれ、柔らかな肉襞が空気に触れた。獣のような姿勢で、志門の視線に晒されている。  
それを思うと暗い興奮と官能がニアの身体に走り、新たな潤みをそこにもたらした。  
「志門くん、お願い、早く……」  
羞恥に悶え、顔をシーツに埋めながら彼に懇願した。見られるだけの状態には慣れているはずなのに、  
どうしてかたまらなく恥ずかしかった。なにより一度達した身体が、男の硬い漲りを待ちわびている。  
 
ニアの言葉に、志門の身体が動く気配がした。熱く硬い塊があてがわれ、ぬめった泉を確認するように動き――  
そしてそれは、蕩けた口へと一気に沈んだ。  
「あああああっ!」  
ニアの胎内は悦びの声と共に怒張を受け入れ、まるで力の限り抱擁するかのように肉襞で締め付けた。  
熱い雫が内腿を伝い、更に志門を呑みこもうときゅうきゅうとすぼまる。  
すぐに激しい律動が始まり、何度も彼の腰が叩きつけられる。秘所を潤す蜜がぐちゅぐちゅと泡立ち淫靡な悲鳴をあげた。  
志門の表情はわからなかったが、汗ばんだ熱い肌と首筋に当たる劣情の篭った荒い息が、彼の興奮を伝えてくれる。  
「志門くん……志門くんっ」  
たまらず彼の名を呼ぶ。獣のような姿勢で屈服され、好きなように蹂躙されている。  
そのことが興奮を倍化させ、ニアは何度も彼の名を呼んだ。  
 
「……ニア」  
不意に、一番親しんでいる声で、一番聞きなれない名を呼ばれた。  
そしてそれは、何度も何度も繰り返される。  
「ニア……ニア、ニア、ニア……っ!」  
ニアを突き上げながら、志門はうわ言のようにニアの名を繰り返し呼ぶ。  
頑なにニアの名を呼ぶことを拒み、他人行儀だからやめてくれと言っても頑なに理事長と呼び続けた彼が、  
ニアの名を呼んでいる。  
 
(志門くん……)  
胸が締め付けられて苦しかった。彼が呼ぶニアの声は、あまりにも切ない響きを伴っていた。  
その響きに込められている感情を、興奮と熱情に浮かされた脳裡で、それでもニアはおぼろげに理解してしまった。  
(志門くん、志門くん、志門くん……)  
ニアの胸に甘い疼きと高鳴りがもたらされる。それは劣情からではなく、  
もっと別の温かなものからもたらされたものだった。  
 
昂ぶった身体に限界が近づいていた。熱く濡れた襞は志門の精を搾り取ろうと収縮し、  
志門もそれに応えようとするかのように動きを早める。  
小さな尻に彼の腰が叩きつけられる音、二人のいやらしい液が交じり合う音、互いの名を呼び合う声。そして雨の音。  
その全てが交じり合い、そして二人を更なる高まりへと導く。  
シーツに顔を沈め、ニアは不思議な充足感に満たされながら二度目の絶頂を迎えた。  
同時に志門の欲望も放たれ、ニアの胎内を熱く満たした。  
ずるりと楔が引き抜かれ、志門の身体がベッドに崩れ落ちる。  
貫かれている間一度も見ることができなかった彼の顔がそこにあった。  
ニアの可愛い人――そして、愛しい人の顔がそこにあった。  
 
荒い息が少しずつ整い、どちらともなく自然に寄り添った。  
あれだけ激しかった雨はいつしか優しい雨音に変わり、心地よく事後の二人を包んだ。  
志門は何も言わず、ニアの身体をただ抱きしめた。何を言えばいいのか分からなかった。  
ほとんど八つ当たりに近いような行為だった。  
自分の気持ちを分かってもらえないことに腹を立て、そのくせ結局何も伝えていない。  
ひょっとしたら、嫌われてしまったかもしれない。  
 
(言わなくちゃ)  
手遅れだっていい。伝えられないまま終わるのは絶対に嫌だった。  
こんな状況のあとに気持ちを伝えるのはずるいのかもしれない。  
だが、何も言わずに逃げることのほうがよほど卑怯なはずだ。  
「……理事長」  
緊張に掠れた声が情けなかったが、顔を上げたニアの瞳を見据え、決意を固める。  
「あの、ですね」  
言え。  
「僕は……僕は」  
伝えろ。  
「僕は、理事長のことが好」  
 
言おうとした言葉はニアの唇によって塞がれた。  
たっぷり十秒、触れ合うだけの甘いキス。  
「り、理事長?」  
「その先は、財団との戦いが全て終わったときまでとっておきます」  
「え?」  
「お預けです」  
「え、でも、僕はその」  
「聞いてあげません」  
「ええええぇ……」  
 
すっかりいつもの調子を取り戻したらしいニアの笑顔に、志門はしょぼんと肩を落とす。  
ありったけの勇気を振り絞って気持ちを伝えようとしたのに、この仕打ちは酷い。  
結局今までの関係が、当分先まで続くのだ。いざ財団との戦いが終わったとき、  
再度この勇気を出せるかどうかは甚だ疑問だった。  
 
すっかりニアに吸い取られてしまった勇気の残りカスで、志門はニアにおずおずと問う。  
「理事長……僕達って、どういう関係なんでしょう」  
ニアは目を瞬かせ、暫し考えた後に優雅な微笑を浮かべて言った。  
 
「持ちつ持たれつの関係……しいて言うなら、共犯でしょうか」  
「共犯……?」  
「そんなことよりも、志門くん」  
なじみの無い言葉に戸惑う志門に、ニアはいたずらっぽく笑いかける。  
「雨がまだ止みそうにないんです。汗が冷えてまた肌寒くなりましたし、もう一度温めてくれませんか?」  
「あ、えっと、理事長?」  
言い終わるか言い終わらないかのうちに、今度はニアの身体が志門に妖しく絡まる。  
どうやら今度は、いつもどおり主導権を彼女に明け渡さなければならないようだった。  
 
 
終  
 

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