「殿方はおペニスを舐められると気持ちがいいのですか?」  
 
各々の仕事も一区切りついた午後のティータイム、供されるのが食堂の自動販売機から  
紙コップに吐き出されるコーヒー、或いは紅茶という名の香りのない色水であるのが  
惜しいところだが、それでも黒の三姉妹が作ったと言う焼き菓子などを摘みつつ  
(ニア謹製のどうやらクッキーらしい蛍光グリーンの物体は、シモンのみが至福の笑顔と共に食していた)  
それなりに和やかに休憩を楽しんでいた大グレン団の面々は、ニアのその発言に  
軒並み鼻や口からコーヒーを噴射する運びとなった。  
 
「……ニアちゃん!?」  
「そ、そ、そんな基本すっとばした応用編な知識をどっから仕入れてきたんだよ!」  
「ああああああ目が、目がぁーーーーーー!」  
 
ハンカチで口元を拭うアイラックと鼻腔でコーヒーを味わってしまい涙目のキッドが、  
突如繰り出された集団水芸にきょとんとした(そして原因が己にあるとは露ほども思っていない)ニアに  
テーブル越しに詰め寄った。  
その後ろではロシウが、鼻からも口からも噴射を堪えた結果目から吹き出たコーヒーに  
目の粘膜を刺激され床に転がって悶絶している。  
ニアは二人の驚愕振りに丸く見開いていた目をぱちくりと瞬かせたが、すぐに笑顔に戻った。  
質問に対する回答の為に記憶を遡ろうとしたのだろうか、その白い指をこめかみに当てて小さく首を傾げる。  
 
「ええと、先日お夜食の時間に夜勤当番の方をお起こししようと仮眠室に行きましたらそこでダヤッカさんとキヨウさ」  
「きゃああああああああ」  
「何やらベッドにお座りになったダヤッカさんの股間に跪いたキヨウさんが顔を」  
「いやああああああああ」  
「少しするとダヤッカさんがキヨウさんに『だ、出すから口を離し」  
「らめええええええええ」  
「ですが結局そのままキヨウさんは全部御飲みになったようで」  
「ああああああああああ」  
 
「……ニア。やめてあげなさい」  
 
脱力したヨーコの声が静かに制止をかけた頃には、真っ赤に染まった顔を両手で覆って  
テーブルの下にしゃがみ込むダヤッカの姿と、クロスを持ち上げてそれを容赦なく追いかける  
他の団員たちの、からかいや羨望や嫉妬の視線がそこにあった。  
ちなみに、ニアの無意識なる暴露を妨げんと張り上げられた一連の悲鳴は全てダヤッカにより  
発せられたものである。  
 
「おねーちゃん、だーいたーん」  
「ふ、不潔よっ!みんなで使う仮眠室でそんなこと」  
「てへ☆」  
 
一方、もう一方の当事者である黒の兄弟長姉キヨウは、ここぞとばかりに囃し立てる末妹キヤルや  
ダヤッカとほぼ同じ反応を見せた次妹キノンに対して殊更に悪びれる事もなく、茶目っけを含んだ笑顔で  
無言のうちに全てを肯定していた。  
この一連の暴露が引き金となり  
「あそこまでサックリバレたんだから今更隠れててもしょうがないわよダヤッカさん」とキヨウが  
押して押して押しまくり、結果更に数年の後に二人は結ばれる事となったのだがこの話にはあまり関係ない。  
 
「それはそれとしてニア」  
 
ここでようやく、鼻から垂れたコーヒーを拭ったシモンがやはり頬を染めてニアにおずおずと向き直った。  
言うべきか言わざるべきか、内容が内容なので公衆の面前の前では取り上げたくはないが  
しかしもうこれ以上ないほど公衆の面前で放たれた爆弾発言をいかに諌めるべきか。  
悩む風情を暫し見せた後、シモンは決意したのだろう、キッと顔を上げた。  
 
「ペ…ペニ、スって言葉には、『お』はいらないんじゃないかな」  
「そっちかよ!」  
 
テーブルの下で乙女泣きをしているダヤッカを除いた団員総出でツッコミが入るも、シモンは己の発言が  
どのベクトルにずれているのかを自覚すらしていないらしく、ただ男たちの大声に吃驚したのだろう、  
びくりと体を竦ませた。  
ニアに至っては団員の突っ込む声など最早日常だと言わんばかりにノーリアクションで、  
シモンより投げかけられた言葉を自分なりに理解しようと胸の前で祈るように手など組み、  
愛らしい顔に難しい表情を浮かべている。一見すれば救済に心を砕く聖女の敬虔なそれにも見えようが、  
しかし彼女の中で今葛藤の材料になっているのは男性器に丁寧語は必要か否かでしかない。  
 
「……でもシモン、ちんちんには『お』がついておちんちんになりません?」  
「あ、そっか。同じものを指しているのに何でだろうね」  
 
既にもとの話題を思い出せないほどの脱線振りに、多少の事ではその威勢を崩さない荒くれ者達も  
露骨に疲労の色を見せた。半数ほどの面々に至っては既に会話の軌道修正を放棄してもくもくと菓子を食い、  
茶を啜っている。  
 
「……それで、舐めるといいのですか?どう気持ちいいのですか?」  
「うーん、そんな事言われても俺してもらった事ないからなぁ」  
 
ようやく自分の最初の質問を思い出したらしいニアの改めての問いかけに、困り果てたシモンの声が重なる。  
だが矢張りどこか困るポイントを間違えていて、食堂にいる面々は(このまま「じゃあ試してみましょうか」  
「わかったよニア」とか言い出すんじゃねえだろうな)という共通の不安を抱き始めた。  
 
「アニキは「ヨーコにしてもらった時ゃすげー良くてちんぽ飛んでっちまうかと思った」って言ってたけど」  
 
二度目の爆弾に、一度目は何とか堪えたヨーコの口からコーヒーの飛沫が飛んだ。  
ニアがまあ、と軽く口元を押さえて感嘆めいた声を上げる。  
 
「シモンに気持ちよくなって貰いたかったのですが、飛んで行っては困ってしまいますよね!」  
「ニア、俺のために…!ありがとう、俺のシモの心配までしてくれて」  
 
手を取り合う可愛らしい恋人二人。会話の内容さえ聞かなければの話だが。  
(ナニだけといわずふたりともどっか飛んでいってそこで存分に愛を確かめてくれ)  
あちこちがコーヒーや紅茶で濡れた為に最早休憩前の面影を残さずまだらの褐色に染まった食堂で、  
大グレン団の面々は思わぬところで心をひとつにし、よりその結束を固いものにしたのであった。  
 
ロシウ?二度目にまた目からコーヒー噴いた。  
 
「目がぁーーーーーーーーー!!!!!」  
 
 

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