極彩色の最後の輝きを纏って、銀河・星雲・太陽系・そして通信から殲滅対象の断末魔が聞こえる。
宇宙の断末魔は、砂漠を通り過ぎる乾いた風や、夜明けに聞く潮騒とよく似ている。
それは、すべからく母性の塊であろう。
それならば、あれは断末魔ではない。母が子に口ずさむ、美しい子守唄である。
俺がその音に酔いしれるように、クルーたちもまた銀河の子守唄に耳を傾けている。
何もかも止まらない。
数年前に地球を発ち、いつ終わるとも知れないこの殲滅戦も、この俺を突き動かす螺旋の胎動も。
幼少のみぎりより感じていた螺旋の胎動は近頃更に激しくなり、俺の体から宇宙が生まれるような幻覚さえも抱く。
いや――、最早幻覚ではない。これこそがスパイラルネメシス、止められない螺旋の覚醒にして、宇宙を滅ぼす哀しみの心。
二重螺旋が四重螺旋になり、数え切れないほどの魂を載せて回る俺のドリルは、無限螺旋の宇宙葬送曲だ。
悲しみは鳴る――。
コアドリルを引き抜くと、体から激流のような螺旋力が溢れ出し、力を溜め込むようにコアドリルに吸い込まれていった。
その様子を眺めていたブータの表情に、後悔と申し訳なさがないまぜになった苦悶の表情が浮かんだ。
間違いなく、俺が宇宙を滅ぼす。最早周知の事実である。
戦いによって生まれる俺の螺旋力が宇宙の進化を促し、やがては宇宙を滅ぼす。
それでも、今更戦いを止めることはできない。
戦いを止めれば、俺に残されるのは永遠のように続く馬鹿長い時間と、深い悲しみだけだ。
何もかも止められない。回転は回天を促し、回天を続ければ滅びるのが形ある物の運命だ。
「よぉし! 総員、第一種戦闘態勢のまま交替で待機! 天の光に気を許すなよ!」
俺はクルー全員に檄を飛ばし、一人温室に向かった。
宇宙にあるはずも無い陽光を浴びながら、俺は美しい百合の花を摘んだ。
あいつはどんな表情をするだろう。
喜び、美しく微笑んでくれるだろうか。それとも、俺を見ただけで唇をかんで口を噤んでしまうだろうか。
――本当に、こればっかりは判らない。
「絵にならないわね」
余計なお世話だ、と俺は毒づいてリーロンに向き直った。
「どうしたらいいだろう」
「そんなこと、私に聞かれても困るわ」
その通りだ。リーロンに弱音を吐いてもしょうがないことは判っているし、この質問も今日で通算百九十八回目だ。
「どんどん、判らなくなってくるんだ。
最初はただ憎かっただけなのに、あいつはどんどん俺の気力を削いでくる。
なぁ、俺どうすればいいか判らないよ、リーロン」
知らず知らずのうちに、言葉が幼児退行していく。
どれだけ強い口調で俺を装っても、心の中はあの雨の日から何も成長していない。
ロシウを殺した時に、もう判り始めていたんだ。
俺はまだ子供のままで、でっかい武器を手に入れて喜んでるだけだって。
「そればっかりは、私にもどうしようもないわ」
「そんなぁ」
人口太陽を見上げると、痛いほどの光が目を焼いた。
どうすればいいか判らない。だけど、この問題を越えればきっと、何もかも上手く行く気がしてるんだ。
俺はリーロンに『またな』と言い残して、温室を去った。
最後にリーロンが何かを言ったのが、心の隅に引っかかった。
「哀しいわね。愛を知らなくて、誰も愛を教えない」
――愛? なんだ、それ。
理由は何でも良かった。
いらいらするとか、さっきの言葉が気に触ったとか。
なんでもないような理由で彼女を抱いた。
そうすることで、この世の一切のしがらみから解き放たれるような気分を味わった。
彼女を抱くことによって得られる不思議な気分は、俺とこの宇宙を何とかできるような気がした。
「ん……し、もぉん」
腕の中で、彼女がくぐもった声を上げる。
気持ちよくなってくれているのだろうか。彼女はおもむろに俺の首の後ろに両手を回した。
俺は何故だかそれが嬉しくて、彼女を抱いたまま仰向けになり、下から彼女を突き上げた。
「ひゃあ! だめぇ、もう……だめだよぉ」
彼女はそれだけ言うと力なく俺の上に倒れこみ、俺の精を受け入れるとゆっくりと眠りに就いた。
俺も段々眠くなって、彼女の胸の中で赤ん坊のように丸まって眠った。
眠りながら、砂漠の風とも潮騒ともつかぬ優しい音を聞いた。
銀河の子守唄である。
この音だけが、この温もりだけがこの宇宙を救い、この俺をも助けるのである。
「ニア……」
絶えず銀河の光を映し、乾ききった俺の双眸から、涙が流れた。
宇宙を、俺を助けてくれ。