いつの時代にも、学校という空間には様々な噂が流れるものだ。  
この学園もそれは例外ではなく、七不思議とまではいかないものの生徒たちの好奇心を煽る様々な噂が飛び交っている。  
ただし、この学園の噂は他の学校のものと多少性質が異なっている。  
普通の学校の噂は学校という空間、あるいは学校特有のモノ――理科室の人体模型だったり、あるいは女子トイレであったり――にまつわるものが多数であるが、この学園の場合は、今現在学園で活動している人々にまつわる不可解な噂が圧倒的多数を占めるのだ。  
 
曰く、校長室に飾られているアンスパ理事長の涎を触ると絶対的絶望が訪れる。  
曰く、校長は夜な夜なその肖像画を的にしてダーツに興じている。  
曰く、実は校内のそこかしこに盗撮用の隠しカメラがしかけられていて、グアーム教頭が女子生徒のあられもない姿をコレクションしている。  
 
 
迷信じみたものからかなり信憑性が高いと思われるものまで様々だが、その噂の中には学園の保健医リーロンにまつわるものもあった。  
曰く、保健室のリーロン先生に恋愛相談すると、その恋は必ず叶う――というものだ。  
暁のラブ☆ネゴシエイター、究極の縁結び屋、彼(彼女?)にかかればセックスレス五年の冷や飯よりもまだ冷たい関係の夫婦も、たちまちシモンとニアのような炊きたて熱々、ひょっとしたら煮立ってるんじゃないのってくらいのラブラブな関係に修復可能――ということらしい。  
噂になっている張本人がいるのに何故「らしい」が取れないのかというと、リーロン本人がそのことについて明言を避けているからだ。  
もとより謎の多い彼(彼女?)だが、職務に対する姿勢は真摯だ。学校という彼(彼女?)にとっての職場の中で、仕事以外のことについてあまり多くを語りたくはないのかもしれない。  
 
 
「というわけで、リーロン先生本人から噂の真相を聞きだすのは無理だと思われまーす」  
明らかにやる気のなさそうなツイン・テル子他二名に対して、私はそう告げました。  
 
あ、初めまして。私、新聞部員のメガ・ネッ子といいます、はい。テル子に比べるとどうもマイナーな私ですが、どうぞよろしく。  
私たち四人は新聞部の部室の隅に陣取って、来月発行の校内新聞の紙面について話し合っています。  
学校新聞ですからメインはやっぱり学校行事がどうの、とか面白みのない話題が中心になっちゃうんですけど、そればっかりじゃつまんないんでたまにはスポーツ誌みたいなネタを扱ってみよう、という。  
でも、いきなり先行きに暗雲が垂れ込めています。リーロン先生の口を割るなんて、大御所タレントに突撃インタビューするよりまだ難易度高そうですし。  
おまけにツインテル子と他二名は早くもダレてます。  
 
「それじゃあ企画倒れじゃん、どうすんの。もうウニコ先輩に『リーロン先生にまつわる噂の真相をネタに記事書きます』って言っちゃったんでしょー」  
「ちちち、甘いですよテル子。本人に聞き出すのが無理っぽいのであれば、先生に相談した女の子に話を聞けばいいんです」  
「それって……」  
「はい、突撃インタビュー名簿は作成済みです。行きますよー」  
うぇ〜、と声を上げる三人を引き連れて私は部室をあとにしました。……こいつらなんで新聞部に入部したんだろ。  
 
 
 
「そんなわけで、お話を窺いたく。よろしくお願いします、ニアさん」  
「はい、私で協力できるのでしたら」  
 
突撃名簿トップバッターは、校長の娘にして学園の名物カップルの片割れニアさんです。  
まだ教室に残っていた彼女を運よく捕まえることが出来ました。  
まあリーロン先生によるテコ入れの結果が「シモンとニアのようにラブラブになれる」と例えられるくらいなんだから、この子に話を聞いておかないことには始まらないというものでしょう。  
最近では、シモンくんと校長が拳と拳で語り合った結果、二人の仲は晴れて校長公認のものとなったとか(ちなみにこの話題は先月発行した校内新聞号外のネタになりました)。  
 
それにしても、ニアさん可愛いです。あの筋肉ダルマみたいな校長から、どうしてこんな華奢で可憐な女の子が生まれるんでしょう。  
ひょっとして私、遺伝子の神秘というものをいま目の当たりにしているんじゃないでしょうか。  
 
あれ、ツインテル子他二名が露骨に面白くなさそうな顔してますね。  
ああ、そっか。彼女たち三人とシモンくんって、確か小学校時代からの顔見知りなんでした。  
おとなしくて地味めだった彼のこと、随分馬鹿にしてたようなことを聞いたことがあります。  
そんな馬鹿にしてた男の子が、自分たちよりどこをどうとってもレベルが上の女の子を彼女にしてラブラブなんですもん。  
そりゃあ面白くないってもんですよね。わかります、はい。  
 
「二人の馴れ初めについて話を聞きたいんですけど」  
「ええ、体育館裏の物置に閉じ込められてた私のことを、シモンが助けてくれたんです」  
 
げたっ。  
 
私の後ろで椅子に座っていたテル子たちが、椅子ごとひっくり返りました。  
 
…………お前らかい。  
 
「どうかしました?」  
「ううん、なんでも〜。それでそれで、リーロン先生にはどんな感じで相談したの?」  
小首をかしげるニアさんに、急かすように本題を振るテル子。  
ですが、返ってきた回答は意外なものでした。  
 
「相談、してませんよ?」  
「は?」  
「先生には、シモンとのことで相談をしたことは一回もないです」  
「恋の相談、一回もしてないの……?」  
「はい」  
「ええええ〜!?」  
 
 
こ、これは意外な展開です。  
私も含めて、リーロン先生の噂を信じる乙女たちは皆、シモンくんとニアさんの仲もリーロン先生のアドバイスの賜物だと思い込んでました。  
それが、一切ノータッチ。  
噂の真相をネタにするとはいっても、「噂が実は嘘でした」じゃお話になりません。どうしましょどうしましょ。いっそ聞かなかったことにしちゃおっかな。  
 
「あ、でも昨日シモンの健康のことについて、ちょっとリーロン先生に相談しました」  
はい、それ聞かせて!! 内容を十倍くらい拡大解釈して記事にするから!  
 
「最近シモン、寝てるときの歯軋りが酷いんです。なにかストレスを抱えてるんじゃないかって先生は仰ったんですけど」  
「なるほどー歯軋り…………歯軋り?」  
 
歯軋りって、ふつう完全に寝ちゃってるときにするもんですよね?  
シモンさんとニアさんの関係が具体的にどんなもんなのか知りませんけど、仮にホテルとかでにゃんにゃんするような仲であったとしても、その後そのままぐーぐー朝まで寝ちゃうってことはあんまりないと思うんですけど。  
それがまるで日常的な出来事であるかのようなものの言い方。これは一体……?  
 
「一ヶ月前からシモンのお家で一緒に暮らしてるんです、私」  
「ええええええええ〜〜〜〜〜〜!!?」  
 
ニアさん曰く、校長による花嫁修業の一環としてシモンくんの家に滞在しているそうです。……校長、アンタって人は。  
シモンくんのご両親、何も言わないんでしょうか。  
ていうか百歩譲って同居はまだいいとして、毎晩一緒のベッドで寝るってどういうことなんですか。そっち方面の花嫁修業ってことですか。  
このネタ、学校新聞の紙面どころかスポーツ誌の誌面を飾れちゃうんじゃないですか? 教育委員会卒倒モノです。  
平穏な学園生活を望んでる私はそんなことしませんけど。  
 
 
 
いろんな意味で心のヒットポイントを削られまくって、私たちはニアさんとお別れしました。  
「いろいろと予想外でしたねー……。なんだか遠い目になっちゃいます、私」  
「結果的に収穫ゼロだけどね……。次、誰なのよ」  
テル子の言葉に、私は突撃リストに目を落としました。  
 
 
 
 
「新聞部も大変ねー、噂の真相解明なんて」  
「練習中にお邪魔しちゃってスイマセン」  
「いいわよ、別に。話しかけられたくらいで集中乱してちゃ大会なんて勝ち進められないし」  
 
次に私たちがやってきたのは弓道場。目の前にいる袴姿の女の子はヨーコさんです。  
颯爽としたポニーテールと均整の取れたプロポーション。ニアさんとはまた違う魅力に溢れた女の子です。  
 
ヨーコさんに突撃したのは、ヨーコさんがリーロン先生にアドバイスを受けたから……というわけではありません。  
リーロン先生とヨーコさん、学園に勤務・入学する以前から親交があったみたいなんですよね。  
なので、リーロン先生について何か知っているのではないかと思ったわけです。  
それになんとなくですが、ヨーコさんって恋愛相談とかしないイメージです。むしろ一人で抱え込んでぐるぐるドツボにはまっちゃいそうな……。  
「なんか言った?」  
「いえ何も。それより、先生のことなんですけど」  
「リーロン先生ねー……。確かに入学前からの知り合いだけど、あたしも深い部分に関してはよくわからないってのが本当のところかな」  
そう言ったあと、ヨーコさんが放った矢は見事的の中央を射抜きました。おお、すごいです。  
 
「ただ、言ってることはいつもまともだし、核心を突いてるから。恋愛相談を受けたとしたら、客観的な視点でまともなアドバイスをくれるんだろうなって気はするわ」  
「なるほど。外見に反した理論的な面が、噂の信憑性に一役買っているのかもしれないですねー」  
「ただ、誰彼かまわずほいほい相談に乗るとも思えないわよ。よっぽど危なっかしくて見てられない、って子になら助け舟を出すかもしれないけど」  
その理屈だとヨーコさんも十分範疇に入るような……うおお、怖いから矢をこっちに向けないで下さい。  
 
「だったらさあ、あの噂もひょっとしたら本当だったりするのかな」  
退屈そうにケータイをいじっていたテル子が、突然何かを思い出したかのように言いました。  
「ほら、保健委員の無口な子いるじゃない。最近リーロン先生の後押しで、風紀委員の彼と一線をこえたとかなんとか」  
「うそー、マジでぇ?」  
「でも確かにあの子じゃさあ、先生の後押しないとなーんもできそうにないよねえ。手繋ぐだけで一年くらいかかっちゃうんじゃないの?」  
 
私個人の見た限りでは、むしろなんもできそうにないのは風紀委員の彼のほうのような気がするんですけど。  
きゃははは、と三人が笑い声をあげたところに、どすっという音が響きました。  
……ヨーコさんの放った矢です。的から大きく外れてます。二メートルくらい。  
 
「リーロン先生の、後押しで……?」  
「う、うん。なんか怪しげな薬を使ったとか使わないとかいう噂があるんだけど」  
「長いこと膠着状態だった仲が、一気に親密になったとか聞いたよねえ」  
「そう」  
 
どすっ。  
ヨーコさんの放った矢は、やっぱり的から大きくはずれました。三メートルくらい。  
 
うあー、これはやっぱり、カミナくんのことが頭をよぎってるからなんでしょうか。  
弟分のシモンくんとニアさんの仲がこれ以上ないほど分かりやすいのに比べて、兄貴分のカミナくんとヨーコさんの仲の本当のところって誰にもわからないんですよね。  
付き合ってるんだか付き合ってないんだかよくわからない状態がかなり長いとも聞いたことがあります。  
ヨーコさん自身、今までリーロン先生の噂に頼ろうなんて思ったことはないにしても、自分たちよりも奥手そうなカップルが先生の後押しで完全成立しちゃったと聞いたら……。  
そりゃあ、心中穏やかじゃないですよね。動揺もしますよね。  
 
「ヨ、ヨーコさん、お話ありがとうございました。それじゃ私たち、次に行きますんで」  
何か深く考え込み始めたヨーコさんをそのままに、私たちは弓道場をそそくさと退場しました。  
個人的に、これからヨーコさんがリーロン先生を頼るかどうかについては一応チェックしたいと思います。  
 
 
「この流れでいくと、次は当然……」  
「貴方しかいないわけよ」  
 
テル子たち三人に取り囲まれて困った顔をしているのは、金髪が綺麗な保健委員の女の子です。なんだかいじめっ子といじめられっ子みたいだなー。  
考えてみれば、リーロン先生と学校で一番接する機会の多い生徒は彼女です。そして、保健室で過ごす時間が一番多い生徒も彼女。  
つまり保健委員さんに話を聞けば、実際に先生が恋愛相談を受けているのか否か、その後の成立の是非を調べることができるというわけですね。  
 
無口な彼女から話を聞きだすのは骨が折れましたが、具体的なお話をしてくれるので大変興味深かったです。  
まず彼女自身と風紀委員くんの関係ですが……これに関しては聞き出そうとすると可哀想なくらい顔を真っ赤にして恥ずかしがるので、武士の情けというやつでスルーすることにしました。テル子たちは聞きたがりましたけど、そこは鉄拳制裁です。  
あんまり保健委員さんをいじめるとそれこそ鉈を手にした風紀委員くんが現れかねません。  
 
保健委員さんによれば、噂を信じてリーロン先生に恋愛相談を持ち込む女子生徒は確かに多いようです。  
先生も大人ですから、無下に追い返すようなことはしないで一応話を聞いてあげはするそうですが、具体的なアドバイスをしているかというとそれは違う、とのことでした。  
むしろ聞いてあげることで相談者の不安を解消してあげて、結果的にそれが功を奏しているのではないか……というのが保健委員さんの見解でした。  
 
先生の人徳を考えれば、そんな噂が広まるのも無理はないですね、と保健委員さんはにっこり微笑みます。  
人徳……ですか。まあ確かに例えようもないオーラを放っているのは間違いないですが……。  
 
 
「具体的にさ、どんな子がどんな相談をしてったの?」  
テル子の問いに保健委員さんは少し困った顔をしました。個人的なことだから、あまり話すべきではないと思ったんでしょうね。  
結局、実名は伏せるという形でどんな相談がなされたのかを教えてもらうことができました。  
 
 
教師との恋愛に悩む女子生徒の相談であるとか。  
「いきなりディープですねー」  
「……この学校、大丈夫なわけ?」  
 
真面目で色恋沙汰を目の敵にしているような彼にどうアプローチしていいのかわからなくて、もう十三回も保健室に通い詰めになっている女子生徒であるとか。  
「十三回……」  
「その行動力で押し倒せば話が早いんじゃない?」  
 
地味で冴えないと馬鹿にしてた昔馴染みが最近ちょっとかっこよくなっちゃって、しかも彼女まで作って悔しいんだかなんなんだかどうしたらいいのかわからない女子生徒であるとか。しかも3人。  
「ぶはっ!!」  
「どうしましたのテル子」  
「な、なんでもないわよ……」  
テル子たちの視線が「あんたあの時保健室にはいなかったはずじゃ」と保健委員の女の子に問いかけているような気がしましたが、保健委員さんはそれを笑顔で受け流しました。か弱そうに見えて彼女もなかなか剛の者ですね。  
 
 
「統括すると、噂の発端は不明にせよ、先生に相談する生徒が多いことは紛れもない事実。  
ただし先生は聞き手にまわることがほとんどで、具体的にどうこうしろとアドバイスされることは稀、と。各相談者の恋の行方については、リーロン先生の噂が今も根強く信じられていることから、良い方向に転んだ者が多いと推測される。  
……大筋はこんな感じでまとめちゃっていいですね?」  
部室に戻って、私たちはまとめの作業に入ってます。といっても、ペンを動かしてるの私だけですけど。  
 
「なんか、当たり障りのない内容じゃない?」  
「相談して、しかも上手くいったっつー具体的な体験談とかないとさあ」  
「一番話聞き安そうな保健委員の子はなんも話してくれないし」  
 
ぶうぶう文句を言う三人に、私は机から顔を上げて言いました。  
「なら、これから成功体験談を作ればいいんですよ」  
「ど、どういうこと?」  
「地味で冴えないと馬鹿にしてた昔馴染みが最近ちょっとかっこよくなっちゃって、しかも彼女まで作って悔しいんだかなんなんだか  
どうしたらいいのかわからない女子生徒三名のうちの誰かが、略奪愛に成功すればいいんです。そしたら私が根掘り葉掘り話を聞きだして、新聞の一面を飾ってあげます」  
「ぐ……」  
テル子たちは苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んじゃいました。  
まあ、あそこのカップルは鉄壁ですし。突き崩すのは校長をタイマン勝負でフルボッコするよりまだ難しいと思いますので、こんな風にテル子たちを炊きつけたことを許してくださいニアさん。  
 
 
 
後日、私の書き上げた記事は無事学校新聞の紙面に掲載されて、なかなかの好評を頂きました。  
でも、やっぱりテル子たちの言うとおり、具体的なインタビューが欲しかったですね。  
あーあ、次は何の記事を書きましょう。グアーム教頭の盗撮疑惑とかかな? でもあれ、この間女子更衣室で盗撮用小型カメラ見つけちゃって、完全に黒だって私知ってるんですよ。知ってることを記事にしてもつまらないしなぁ。  
 
あ、ちなみにカメラにはちょっと手を加えさせてもらって、つぎに画像チェックした際には私の秘蔵の写真集ガチムチキングダムから引っ張ってきた、ガチムチな男たちの屈強な肉体がグアーム教頭にお披露目されるようになっています。  
グアーム教頭、次の画像チェックが楽しみですね。  
 
 
 
 
 
 
終  
 
 

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