その日。私は幼馴染を手にかけた
彼女がそう望んだからだ。
ガンメンに潰された些末な小屋の一角。
彼女は精一杯手を突っ張らせて作った隙間に弟を庇って、壁だった土塊に両足を砕かれた
動けない。腹まで血に染めて、でもその顔は幼い弟を安心させるため微笑んでいた
痛かっただろう、苦しかっただろう
血の気の失せた青い顔で優しく微笑む彼女が私に待ってたの、とか細い声で告げる。
「終わらせて」
たった14年間しかなかった彼女の人生。
漸く青く澄んだ空を知って。
頬を擽る風の香りを知って。
青年団の一人に想いを寄せていた。
まだ這うだけの弟を私みたいに育てたいと。
そういってた同じ唇で
「おねがい・・ヨーコ・・」
死を。解放を望んだのだ
私が、今までで一番重い引鉄に指を掛けたとき
彼女は漸く、安堵のため息をついて、瞼を伏せた
年齢の割りに幼い容姿の彼女には不似合いだったが
丹念に磨き上げ、花で薄紅に染めた薬莢をライフルに詰め、宙へ放った
銃身から丸い月まで真っ直ぐたなびく煙が魂の指針
獣人に掘り返されるのが嫌で、削り出してもらった岩盤で蓋をして薄く土をかけただけの
小さな彼女の墓標の前で幾刻か立ち尽くしていた私の前に影を落とす男がいた
「おめーのせいじゃねぇ」
ぶっきらぼうな男の声がきいんと張り詰めていた空気を振動わせた
「来ないで。あたしはっ・・・人殺しなのよ」
そうだ、どんな理由をつけたって。
私が持つ武器は人殺しの道具だ
「両親も、ともだちもっ・・・いっぱい・・・死んだわ。火薬のせいで、武器のせいで!」
「うるせぇ!そんなのカンケーねぇ!おめぇはあの娘を救ってやったんじゃねぇか!」
入ってこないで。土足で。ひとの心に
地面に伸びる影だけ見つめて。私の肩が震えていた
「わたしはっ・・・」
「おめぇがいなきゃもっと死んでた!リットナーだけじゃねぇ!
俺も!シモンも!ジーハの連中もだ!
何回言やぁわかる!おめぇのせいじゃねぇんだよっ!」
ぐぅっと喉が鳴って、視界が歪んだ
奥歯を噛み締めたせいだ。これは涙じゃない。
「・・・もう、泣くな・・・」
男の指が肩にかかった。こどもを宥めるみたいにぽんぽんと叩かれる
「ない・・てなんか・・・な・・・い・・」
応えに苛ついた男は指先に力をこめて私の顎をぐっと掬い顔を上げさせる
「見え見えなんだよ!女の嘘はっ!」
顎に指が食い込んで少し顔を顰めた。
男の顔が私の鼻先で怒っているのか困っているのか複雑な表情をしている
「・・・アンタの、気のせいよ・・・だって・・・泣いたら・・・
泣き声なんかあげたらガンメンが来るもの・・・私・・・っ
泣いたことなんて・・・いちども・・・ないものっ・・・」
私の顔を息のかかる距離でまじまじと見つめた男は口をへの字にして私を胸に抱きこんだ
痛いくらいの力で、動きを封じて
「クソッ・・・泣き方もしらねーのか・・・よ」
いきなり唇に当てられた指がもぐりこんできて噛み締めていた歯列を抉じ開けた。
「ぅ・・・・・・ぐっ・・・」
拒みたくてぎりっとその指に歯を立てても男は引かなかった
「声をだせ!悲しいときは泣きゃいいんだ!気が済むまで泣いたら!
・・・笑って送ってやろうや・・・でなきゃ。次の一歩踏み出せねぇだろ
・・・おめぇも、そこのトモダチも」
泣くなといったり泣けといったり、主張に一貫性のない莫迦な男。
でもその指は無骨さと酷く不器用な優しさで私の心を直截こじあけていく。
ふぐっと、無様に鼻が鳴った。横隔膜が痙攣している。
息が、うまく吸えない。
言葉を覚える前のこどものように「う」と「ん」くらいしか音が出てこない
放して、と首を振る。酸素を貪るのに漸く口をあけた。
男の指が抜かれて、私の唾液で薄まった血を纏ったままの指先が唇をゆっくり辿り
酷く優しい仕草でぬるりと頬を撫でた。
鼻の奥がつぅんと痺れて。
喉から悲鳴じみた叫び声があふれ出した。
涙腺は既に崩壊していて、視界をぐちゃぐちゃにして
こどもが駄々をこねるみたいに、やたら男の胸を叩いてたらぎゅうっと抱きしめられた
水は貴重なのに、勿体無いじゃない…なんてことまで考えられるくらい余裕がでてきて
肩を震わせてしゃくりあげたら、胸いっぱいに男のニオイが満ちて
なんだか妙に安心して、ゆっくりゆっくり私の意識は闇に溶けていった。
暖かな暗闇の中で
皆バカで生きるのに懸命だ、と
囁かれたような気がした・・・