今日は日曜日。
ヨーコは今日は部活も休みで気の向くままに街へと繰り出していた。
特に予定もなく、ぶらぶらと散策でもしようと決め付けていたのだが、ふと街中で見知った人がいたので足が止まる。
「あら、キノン?」
「あれ、ヨーコさん。こんにちわ」
近くまで行って声をかけてみると、やはり同じ学園のキノンであった。
生徒会の書記で知的を感じさせるメガネが特徴的である。
この2年のキノンと3年のキヨウ、1年のキヤルは美人三姉妹として有名で「黒の三姉妹」と某ガンダムのようなあだ名がついている。
「どうしたの。こんな所で一人で…… さては、待ち合わせ?」
ヨーコは語気を強めると共に、顔をいやらしく歪ませる。
言葉は聞き取りようには別に何の問題もなかったが、キノンは表情で深読みをしてしまう。
みるみる顔を赤くして否定の言葉を投げ返していた。
「ち、ちち違いますよ! 会長とはそんな!」
会長とは学園の生徒会長のロシウのことだ。
キノンが投げかけるロシウへの熱っぽい視線は、ヨーコでもその意味はわかるほどだ。
周囲もそれはわかっているのだが、肝心のロシウはわかっているのかというくらいの反応だ。
「あっれ〜〜? アタシは一言もロシウと、とは言ってないんだけどな〜?」
ヨーコの言葉にはめられたと気がついたキノンは顔を膨らませて顔をさらに赤くさせる。
「う〜〜 ヨーコさん〜〜!」
「アハハハ、冗談だって! でも本当にどうしたの? いつもならキヤルとかと一緒にいるじゃない」
彼女が一人で街中で出るなど滅多にみたことはない。
大抵がキヤルやキヨウ、それか生徒会関係の友人と一緒にいるところを見たことはあるが、一人で街で出るタイプではないだろう。
「ええ、今日は友人と…… あ、来た!」
言うが早いか、キノンはヨーコの背後に手を振る。
ヨーコは後ろを振り向いてみると、そこには金色の長髪をなびかせた少女と同じ色の髪の幼児が一緒に歩いてきていた。
「こんにちわー キノンおねえちゃん!」
「こんにちわ、妹さん。今日も元気ね」
キノンのところまで来た金髪の少女は、深くお辞儀をする。その妹と見られる少女の方は元気いっぱいの挨拶をする。
それを見ていたヨーコは、キノンの友達と言われた金髪の少女に見覚えがあった。
「あれ、アンタ。保健室の……」
ヨーコがそう言うと金髪の少女も気がついたのか、軽く会釈をする。
確か保険医のリーロンがいない時に治療を担当している保健委員の子だ。
リーロン曰く、「彼女、とても有能で助かっちゃうわ〜。何なら今度、校長に頼んで助手にしてもらおうかしら♪」と不謹慎なことを言っていたのを覚えている。
ヨーコも部活で怪我をした時には彼女の世話になったこともあるので、ある程度顔見知りではあった。
「へぇ〜、アンタ達が知り合いだったなんて知らなかったわ」
「えっと、友達になったのはつい最近なんです。彼女と妹さんにはお世話になったというか何というか……」
「へ?」
「と、とにかく今日はお詫びというか、お礼というか一緒に遊びに行こうということになりまして」
そう云うキノンは複雑そうな顔をしている。
顔は多少紅潮しているが、なにやら説明に困っている顔をしている。
どうやら複雑な事情がありそうだが、ヨーコはキノンの表情を見てあえて突っ込まないことにした。
「そうなんだ。ふぅん…… ってあれ? あれって……」
そんなキノンと保健委員の二人を見ていたヨーコだったが、その視線にまたもや見知った人物が入り込んでくる。
「ニアさん、ですよね?」
「そうみたいね。あ、こっちに気づいた」
キノンも気づいた瞬間に、その人物――ニア=テッペリンがこちらに気づき、こちらに近づいてくる。
「御機嫌よう。ヨーコさん、キノンさん!」
「どうしたの、ニア。今日はシモンとデートだって言ってたじゃない」
「そうなんですけど…… ちょっと喧嘩をしてしまいまして……」
「喧嘩ぁ? アンタ達にしては珍しいわね」
少し不機嫌なニアにヨーコは本当に驚いた顔をする。
ニアは今は同じ学園のシモンと付き合っている。
その仲の良さは校内でも有名で、学園一のバカップルといっても言い過ぎではない。
そのニアとシモンが喧嘩をしたというのだ。少し興味があるとヨーコは思ってしまう。
そして何か思い出したのか、ニアの可愛らしい頬がぷくーっと膨らむ。
「そうなんです。シモンったら非道いんですよ!」
「あのぉ、お二人とも話を折るようで恐縮なんですが……」
ニアがヨーコに話をしようとするのを、長話になりそうと察したキノンが間に入ってくる。
「立ち話もなんですので、そこのファミレスに入りません?」
それからヨーコ・キノン・ニア・保健委員姉妹の5人は近くのファミレス「ジーハキッチン」で軽食を取ることにした。
ブタモグラステーキが人気の「ジーハキッチン」はこの周辺一帯にチェーン店を出しているファミレス店である。
だが女性陣はそんなステーキは食さず、甘いものをほうばりながら雑談を楽しんでいた。
「まぁ、そうなんですか。キノンさんは保健委員さんとお友達なんですね」
「わたしもともだちだよ!」
「可愛らしい妹さんですね。とても元気がある友達に恵まれて、キノンさんが羨ましいです」
「ありがとー! ニアおねえちゃん!」
ニアは隣りに座っている保健委員の妹の頭をなでなでする。
姉である保健委員の女の子はそれを微笑ましそうに隣りで眺めている。
「それで、ニア。なんでシモンと喧嘩なんてしたの?」
「珍しいですよね。シモンさんとニアさんが喧嘩なんて」
ニアの正面に座っていたヨーコとキノンは、パフェを食べながらさきほどのニアの話を聞こうとする。
「そうなんです。聞いてください!」
その言葉にシモンのことを思い出したのか、ニアの顔が再び風船のように膨らむ。
「シモンったらまたエッチの時にコスプレを強要してくるんです!」
「「ぶーー!」」
ニアの激白にヨーコとキノンは食べていたパフェを壮大に噴出す。
突然の出来事に周囲の席からはざわめくが、二人は気にしていない。
「ア、アンタ…… 今なんて……?」
「えっとですね。前に一度ナースのコスプレでエッチしたんですが、私はシモンとそのままエッチがしたかったのでそれからはしないことにしたんです」
(シ、シモン…… アンタ、ニアに何をやらしているのよ!? それをやるニアもニアよ……)
実際はヨーコの考えるよりは事情は複雑なのだが、細かいことは気にしていられない。
そしてさらにニアの過激な告白は続く。
「でも今日、シモンとホテルに行った時にそういった衣装が揃っている部屋を選んで…… それでコスプレさせようとしたので怒って出て行ってしまったのです」
「アンタら…… この真昼間からホテルかい……」
ヨーコはぐったりと机に倒れ掛かって呆れている。
(ってことはシモンの奴、デートとは名ばかりでニアとホテルでH三昧するつもりだったわけ!? しかもコスプレなんてマニアックなものを…… カミナより変態じゃない!)
ヨーコは内心シモンに呆れ、隣のキノンは両手を頬に当てて思いっきり紅潮している。
目の前の保健委員も下を俯いて恥ずかしそうに話を聞いているが、間にいる妹は幼さ故によくわかっていないようだった。
「ねーねー、おねえちゃん。こすぷれってなーに?」
純粋無垢な小さな少女は、これまた邪念のない質問を姉に対してする。
その質問に下を向いていた保健委員の女の子はあわあわと慌てるが、その隣のニアがにっこりと笑って妹の方向を向いて何か答えようとしている。
「妹さん、コスプレというのはですね……」
「わーー! 幼児に悪影響なことは教えない!」
ニアが教育に悪い答えを言い出そうとするのを間一髪でヨーコが阻止する。
「ですが知りたがっているのに教えないのは……」
「だまらっしゃい! そもそもこんなアダルトな話を幼児の前でしない! しちゃいけないの!」
「そうなんですか」
「そうなの!」
ハァハァと息づきをする必死の形相のヨーコに、ニアは残念そうな顔をして妹の方を見る。
「ごめんなさい、妹さん。コスプレの意味は大人になったら教えてあげますね」
「うぅ〜! じゃあわたし、はやくおとなになるね!」
残念そうな妹だったが、子供らしい元気な返事をニアにする。
「……はぁ。アホらしい。ただの痴話喧嘩じゃない」
ニアがシモンと喧嘩するなんて何かとんでもないことでも起きたのかと思えば、なんてわけはない。
ほんの他愛なことで喧嘩してしまっただけなのだ。
それでもヨーコは世間知らずだったニアの変化を微笑ましく思っていた。
(シモンが変えたってわけよね。何だかちょっと羨ましいかな)
「そういえばヨーコさんはどうなんですか? 兄貴さんとは」
「はぁ!? なんでそこでカミナが出てくるのよ!」
ニアの質問にヨーコの胸が高鳴る。
ヨーコとカミナは付き合っていない。いや、付き合っているかどうか正直微妙な関係なのだ。
「だってシモンから聞きました。兄貴さんとヨーコさんは付き合っているじゃないかって」
「シ〜モ〜ン…… 何でも喋って…… 覚えておきなさいよ」
「やっぱり兄貴さんもコスプレでエッチしたがるんですか?」
「しない! そもそもカミナとは…… そこまでの関係じゃないし」
「じゃあエッチはしてないんですか?」
「何でもエッチに結び付けない! ……キスくらいよ」
前に不意打ち気味でキスした一回を棚に上げるヨーコ。
それで少しは仲が進展するかと思ったが、カミナとの関係はそのままだ。
「そうなんですかー!」
そう思い出しながら正面のニアはパァーと満面の笑みを浮かべる。
その表情に悪意は全く感じられないのだが、ヨーコはとても恥ずかしくなってしまう。
「ア、アタシよりキノンよ! ほら、ロシウといい仲じゃないのよ!」
「ヨ、ヨーコさん!」
居たたまれなくなったヨーコは話を隣のキノンに振る。
さっきまでニヤニヤしながら聞いていたキノンは、ヨーコに不意打ちに目を見開く。
そして無垢な表情なニアは質問アタックが始まった。
「そうなんですか。キノンさんはロシウさんとエッチしているんですか?」
「ち、ち、ちちち違います! 私と会長はそういう関係じゃないんです!」
「そうなんですか? じゃあ付き合っていないんですか?」
「そ、そうです! 私と会長は生徒会での先輩後輩ってだけで……!」
「じゃあロシウさんのことは好きじゃないんですか?」
「え……、それは……」
「嫌いなんですか?」
「違います! 嫌いなわけじゃないですか!」
「じゃあ好きなんですね! ならロシウさんがキノンさんのことを好きであれば、お付き合いできますね!」
「だ、だから〜! そういうことじゃ〜……」
真っ赤になって答えるキノンと笑顔で質問をするニアの終わることない問答。
キノンも本音を言わないから、純粋なニアは質問を終えることはない。
そのやりとりにヨーコは苦笑しながら見つめている。
「全く、あいかわらずなんだから……」
「ねー、ヨーコおねえちゃん。ロシウっておとこのひと?」
キノンとニアの対話はまだ続いていたが、ヨーコは正面の小さな少女に質問をされる。
「うん。そうね」
「そうなんだ! キノンおねえちゃんのそのすきは、おねえちゃんのふうきのひとのすきとおなじってことだね」
そういう少女に今度は隣にいた姉である保健委員の女の子の顔が真っ赤に染まる。
「へ? ふうき?」
「うん、ふうきのひと。おねえちゃんってむくちだけど、そのふうきのひとのことはうれしそうによくはなすの。だからおねえちゃんはそのふうきのひとがすきだとおもうの!」
少女はニッコリと笑いながらヨーコに話す。
対して保健委員の彼女は両手の指を動かしながら、どうしていいかわからず慌てている。
「……ふうきって風紀委員のことよね。アンタがよくいるのって、もしかしてヴィラル?」
ヨーコのその突っ込みに保健委員の女の子の顔はボンッという音と共に耳まで真っ赤になる。
「………ぁぅ」
「そ〜なんだ〜♪ あんまり喋らないんであれかと思ったけど、きっちり恋愛はしてるわけね」
その表情ですべてを察したヨーコは、いやらしい笑顔を浮かべる。
「保健委員さんはヴィラルさんが好きなんですか?」
「え、そうなの!?」
その会話を脇で聞き取っていたニアとキノンは、その標的を顔を下に向けている少女に変えていた。
「皆さん好きな人がいるんですね。私、安心しました!」
ニアの質問タイムが終わり、ヨーコ・キノン・保健委員の女の子はぐったりと疲れ果てていた。
疲れもそうだが、気恥ずかしさも先行して疲労は倍増だ。
「なんで安心するわけ?」
「だって恋ってポカポカしてとっても温かくて気持ちいいものです。だから皆さんも同じ気持ちになってもらいたいんです」
(ああ、そうだったわ…… ニアってこういう性格なのよね…… 全く本当に幸せな頭してるわ……)
ヨーコは内心納得しながら、改めてニアのことを好ましく思っていた。
「なるほどね。アンタらしいわ」
「だから皆さんの恋愛がうまくいくようにコスプレをするといいです。男の人はコスプレをすると好きにならざるを得ないとシモンが言っていました!」
「いや、だからそれは違うって!」
「……そうなんですか」
「……(///」
「そこの二人! 今の話、真に受けないように!」
前言撤回。やはりニアは少し自重すべきだ、とヨーコは思っていた。
そして今日も少女達の休日は過ぎていく。
FIN