「シモンが何処にいるか、わかりませんか?」  
「あれ、どぉこ行っちゃったかな…」  
 
テッペリン攻略から数ヶ月、何となく皆が落ち着きを取り戻し始め、さてこれから  
地上に住まう準備を…という頃のこと。  
 
陥落後のテッペリンの跡地に、新しい都市を築き始めた人類。  
その先頭にいるのはやはりグレン団の面々であり、更に彼らを率いる立場にある  
シモンも、毎日を忙しく過ごしていた。  
 
ニアもまた、そんな彼の隣に寄り添うように行動していたのだが…  
 
「珍しいわね、シモンがニアに何も言わず出掛けるなんて」  
 
破壊されたガンメンの破片やら瓦礫やらを、やはりガンメンで片付けていく作業。  
ヨーコはそれらを指揮する役割を担っていた。  
自然と、他の人間とは別に周りを見渡すような場所での仕事となる。  
 
その辺を考慮し、仕事の邪魔になるであろうことも承知の上で、ニアはヨーコに  
尋ねに来たのだ…が。  
 
「ごめん、シモンの姿は私も見てないわ」  
「そうですか…」  
 
しょぼん、と肩を落とすニア。  
ちょっとだけ伸びた髪が、ふわふわと風に揺れる。  
 
「(…全く…こんなとこまでアイツにそっくりなんだからなァ…もう)」  
「ラガンは置いていってるみたいだから、そんなに遠くには行ってないわよ。  
すぐに見つかると思うし、どの道お腹空かせてすぐ戻ってくるって」  
 
苦笑しながら、ニアを励ますヨーコ。  
同年代のはずなのだが、その姿はまるで仲の良い姉妹のようだった。  
 
「…ありがとうございます、ヨーコさん。私、もう少しシモンを探してみますね」  
「うん、いってらっしゃい。気を付けて」  
 
来た時よりも足取り軽く去っていくニアを見送る。  
その背中には、シモンと同じグレン団のマークが揺れていた。  
 
「(シモンもカミナも…断りなくいなくなっちゃうんだから。…しかしアイツも  
隅に置けないわねー…まさか女の子に追わせるなんてねぇ…)」  
 
くすりと笑みをこぼしながら、ヨーコは自分の仕事へと戻っていった。  
仕事はまだまだ山積みなのだ。  
 
〜〜〜  
 
ガリガリガリガリ…  
 
そういえば、しばらくこんな風に穴を掘ることも無かった気がする。  
愛用のドリルを回しながら、妙に心が落ち着いている自分に苦笑する。  
 
やはり、つくづく自分は『穴掘りシモン』なのだな、と再認識する。  
 
どの位掘り進めたろう?リーロンに言われ、地盤の調査云々という理由で久々に  
穴を掘り始めたわけだが…どうも夢中になって進み過ぎたようだ。  
 
シモンのゴーグルの光だけが、暗い土の筒の底を照らしている。  
見上げれば、ほんの少しだけ日の光が差すのが見えるような見えないような…  
そんな具合だ。  
 
身体に巻いたロープを伝って、ちょっとずつ来た道…もとい、穴を戻るシモン。  
ラガンで一気に突破した時と違って、重力に逆らい上るというのは結構キツイ。  
 
地上に出た頃には、シモンは汗だくになっていた。  
…と、そこにリーロンがタオルと水を持って現れる。  
 
「お疲れ様。ん〜流石というべきかしらね」  
 
地面にぽっかりと開いた穴を見やり、感心したように声を上げるリーロン。  
シモンのそれは、すでに職人の域に達しているようだった。  
 
今日はこれと同じものを、あと二、三個作らなければならない。  
 
タオルで汗を拭い、ぐいとコップに入った水を空にしながら、再びドリルを手にする  
シモン。これもまた、自分の為すべき仕事なのだ。  
 
〜〜〜  
 
「シモーン…どこですかー?」  
 
キョロキョロと辺りを見渡しながら、未だシモンの姿を捜し続けているニア。  
途中、グレン団のメンバーを見掛けて尋ねてみたのだが、誰一人としてシモンの  
居場所を知る者はいなかった。  
 
皆、自分の仕事でいっぱいいっぱいなのだ。  
 
「シモン…」  
 
トボトボと地面を見つめながら歩くニア。  
ふと、疑問が過ぎる。  
 
「(どうして私は、こんなに必死にシモンを捜しているの?)」  
 
別にシモンが死んでしまったわけではない。  
それなのに…  
 
「(落ち着かない…姿が見えないと…側にいてくれないと…)」  
 
思えば、捨てられた自分を助けてくれたあの時から、シモンはいつだって側に  
いてくれた。笑顔を見せてくれた。笑顔にさせてくれた。  
 
「(…苦しい…の?何で…?)」  
 
朝になったらおはようを言って、他愛ないことを喋って、それだけで一杯で…。  
たった一日それが無かっただけで、自分はどうしてここまで不安になるのだろうか?  
 
…あの日、テッペリンから身を投げた父。  
どうしても、最期のあの笑顔が瞼に焼きついて離れない。  
 
何度夢に見てうなされたかわからない。  
飛び起きて、不安で眠れない時…いつもシモンが慰めてくれた。  
朝になって「おはよう」と言葉を交わすだけで、心が満たされた。  
 
「シモン…どこですか?」  
 
まるで小さな子供が親とはぐれてしまったかのよう…ニアの様子はそれに近かった。  
 
そもそも、ちゃんと親からの愛情を受けながら育ってきたわけではない。  
それが当たり前だと思っていた。でも、違っていた。  
ヒトはとても温かくて、みんな優しい心を持っていた。  
 
中でもシモンは、沢山のものを自分に与えてくれた。  
シモンだけは、特別だった。  
 
ニアは恋というものはまだわからなかったが、これが愛情に繋がるものだという  
ことは何となく理解出来ていた。  
愛しく感じる。故に、今、彼が居ないのが寂しくて仕方が無い。  
 
「…シモン…ぐすっ…」  
 
涙目になりながら、シモンの姿を捜し続けるニア。  
…それが、だからこそ、逆に注意力を奪わせていたのかもしれない。  
 
ふっと、地面の感触が消えた。  
何…と思った次の瞬間には、ニアの身体は小さく深い穴の底に叩きつけられていた。  
 
人一人がようやく通れるくらいの穴だったのが不幸中の幸いだったようで、  
結構な深さながらあちこちぶつかって落下速度が落ちた為、大した怪我は  
しなかったようだ。  
 
いたた…とお尻を擦りながら、上を見上げるニア。  
随分とヘンテコな所に落ちてしまったものだ。  
一体、どうしてこんな場所にこんな穴が…?  
 
その頃、少し離れた場所で賢明にドリルを回転させていた少年が、クシュンと  
くしゃみをしたとかしなかったとか…。  
 
〜〜〜  
 
それからどのくらい経ったろうか…ニアは穴の底で、体育座りしたまま俯いていた。  
何度か昇ろうと試してはみたものの、女の子の体力ではやはり無理があるようだ。  
 
助けが来るだろうとも思っていたが、そもそも誰がこんな所に人が居ると思う  
だろうか…。考えれば考えるほど、事態の深刻さに気付かされるばかりだった。  
 
ニアは知る由もないが、この穴はリーロンが調査の為にシモンに作らせた穴である。  
リーロンが調査とやらを始めれば、ニアはすぐに発見されていたかもしれない。  
 
しかし、運悪くこの穴の調査はすでに終わってしまっていたのだった。  
 
「(………)」  
 
自分がほとほと嫌になる。  
他の皆がそれぞれの仕事をこなしている時に、自分は一人で寂しがってウロウロと  
彷徨って、その挙句がこのザマだ。  
 
自己嫌悪に苛まれながら、このまま消えてしまいたいと思う。  
 
…このまま…  
 
箱に詰められ、捨てられた時のことを思い出す。  
自分は眠らされていたので気付かなかったが、シモンが見つけてくれなかったら、  
そのままそこで静かに生を終えていただろう。  
 
他の姫達がそうしたように…。  
 
「(まるで、もう一度箱の中に戻されてしまったみたい…)」  
 
以前の自分だったら、こんなに悲しく感じることは無かっただろう。  
こんなに寂しく思うことは無かっただろう。  
 
自分は何が変わった?  
どうして変わってしまった?  
 
「(変わってしまったんじゃない…変えてくれたんだ…)」  
 
彼が。シモンが。  
 
 
 
『自分を信じる、自分を信じろ』  
 
 
 
「あ…」  
 
シモンから聞かされた言葉。  
シモンが、アニキさんから貰ったという言葉。  
 
…そうだった。こんな所でウジウジしていても仕方ないのだ。  
自分を信じてあげよう。自分に出来ることをしよう。  
 
遥か上に小さく見える光に向かって、ニアは出来る限りの大声をあげ始めた。  
 
「誰かー!いませんかー!」  
「助けてくださーい!」  
 
声は虚しく穴の中に響き、消えていく。  
それでも、ニアは諦めない。  
助けを呼ばなきゃ。そしてまたいつものように、シモンと会うんだ。  
 
〜〜〜  
 
はぁはぁという自分の吐息だけが、耳に届いてくる。  
一向に助けがやってくる気配は無い。無いが、ニアは諦めようとはしなかった。  
 
もう一度、天に目掛けて、声をあげる。  
今、一番会いたい人の名を。  
 
「…シモォーンッ!!」  
 
 
 
『ポコッ』  
 
「…あれ?ニア、何でこんな所に?」  
 
 
 
「………え?」  
 
突然背後から聞こえてきた声に、振り返る。  
 
そこには、ゴーグルを外しながら不思議そうにこちらを見つめるシモンの姿があった。  
朝からずっと捜し求めていた、シモンの姿が。  
 
「いや…何か人の声がするな、と思ってこっちに掘り進んできたんだけど…って、  
わッ…ちょ、ニア?!」  
 
自ら開けた横穴に腰掛けながらも、状況を把握しきれていないといった様子のシモン。  
そんな彼に、ニアは縋るように抱き付いた。  
 
「なな、何?だ、大丈夫?ニア…!」  
 
しどろもどろになりながら、ニアを抱き留めるシモン。  
腕の中の彼女は、嗚咽をあげながら小さな声でシモンの名を呼び続けていた。  
 
冷静になって、彼女の格好に目をやる。  
ニアの服は所々土と擦れ合ったように汚れており、剥き出しの足には擦り傷も  
いくつかあるようだ。答えはすぐに出た。  
 
「ニア、もしかしてここに落ちて来たの!?怪我は?平気?」  
 
今度は違う意味で慌てながら、ニアに言葉をかけるシモン。  
例え怪我をしていなくても、ずっとこんな所に閉じ込められていたのだ。  
不安にならないわけがない。  
 
回した手で、あやすようにニアの背をさするシモン。  
 
「(シモン…優しい…)」  
 
安堵と喜びで、また目に涙が浮かんできてしまう。  
シモンの土まみれの肩に、ニアは甘えるように頬を寄せた。  
 
「大丈夫…シモンが来てくれたから…」  
「…ぇぁ…ぅ、うん…」  
 
抱き付くニアの体温と、耳元で囁かれた声に、頭から湯気が出そうになる。  
 
掘っていれば、宝物を掘り当てることもある。  
だが、まさか穴に落ちたお姫様を掘り当てることになるとは。  
 
「と、とにかく…無事みたいだね、良かった…」  
「…ありがとう、シモン…」  
「あ〜…その…えぇと、そんなにくっつくとニアまで汚れちゃうよ?朝からずっと  
土の中の作業だったからさ」  
 
ああ、なるほど。いくら捜しても見つからなかったはずだ。  
ニアはクスリと笑うと、抱き付く腕に更に力を込めた。  
 
「今度からは、ちゃんと何処に行くか言って下さいね、シモン」  
「…ごめん」  
 
〜〜〜  
 
その格好のまま、何分くらい経ったろうか。  
シモンに言わせれば、数分とも数時間ともいえる時間だった。  
 
大好きな女の子が、自分の腕の中にいる。  
しかもいつもと違って、完全に二人きり。ドキドキしないわけがない。  
 
「(ニア…良い匂い…)」  
 
いつもの土の匂いだけじゃない。  
ニアのふわふわした髪から自然と流れてくる花のような香り。  
そして首筋に微かに感じるニアの吐息。  
 
それら全てが、シモンの全身からふにゃふにゃと力を失わせる。  
 
「(あ…何か…寝ちゃいそうだな…)」  
 
連日の疲れと今の居心地の良さで、軽い睡魔に襲われそうになってしまう。  
流石にこんな場所で、ニアも居るのに寝てしまうわけにはいかないだろう。  
 
「に、ニア…そろそろ…」  
 
名残惜しいが、いつまでもこうしているわけにはいかない。  
二人で地上に出れるよう、何かしら行動せねば。  
 
ゆっくりと体を離し、向き合う形になる二人。  
そこでシモンは、眠気も吹き飛ぶ体験をすることとなった。  
 
「!??!??!?」  
 
近い。ニアの顔が恐ろしく近い。閉じられた瞳と、長い睫毛が見える。  
唇にはこれ以上無い程の柔らかい感触が…  
 
「(―――きす?きすですか?これがきすといふものですか?)」  
 
思考回路が天元突破したまま、シモンは動かない。動けない。  
その間にも、ニアの腕はシモンの首に回されていく。  
 
自分の胸にニアの胸が触れた所で、カラン、とドリルが土の上を転がった。  
 
〜〜〜  
 
「…あら?穴が横に広がってるわね…」  
 
素早く機械を操作していたリーロンの手が止まる。  
不思議そうに眺めている画面には、シモンの掘ったあとが映し出されていた。  
 
最初は真っ直ぐ掘り進んでいたようなのだが、途中で角度を真横に変えている。  
どうやら、最初に開けた穴の方に向かっていったようだ。  
 
「どうしたのかしら?」  
 
顎に手をやりながら考え込むリーロン。  
…と、その時。  
突然ガリガリと盛り上がった地面から、シモンが顔を出した。  
ちょうどリーロンの目の前の位置だった。  
 
「あら、シモンじゃない。何でそんな場所から…って、あら?」  
 
シモンの後ろからひょこっと顔を出したニアを目にし、ますますわけが  
わからなくなる。…ついでに、何でシモンの顔が赤いのかも。  
 
〜〜〜  
 
「ごめんなさい、そのまま穴を放置してしまった私の責任だわ」  
 
事情を聞き、謝罪の言葉を述べるリーロン。  
その姿を見て、気にしないで下さい、とニアが言う。  
 
「普通、落ちる前に気付きますから…あの時は、ついぼーっとしていたので…」  
 
そう言って微笑むニアからは、怒った様子は伺えない。  
それでもリーロンはもう一度謝罪すると、土まみれで汚れてしまったニア達に  
シャワーを浴びて今日は休むよう促すのだった。  
 
「お疲れ様、シモン。ニアもね」  
「じゃあ、お先に失礼しますね」  
「行こうか、ニア」  
「ええ」  
 
仲睦まじく手を繋ぎながら歩いていく二人。  
その背中に、一言だけリーロンが言葉をかけた。  
 
「お湯も節約しなきゃだから、どうせなら二人一緒に入っちゃいなさーい♪」  
 
その言葉に、シモンが盛大にずっこけたのは言うまでも無い。  
 
 
 
ちなみにその後、本当に二人でシャワーを浴びたかどうかも、不明である。  
ただ、その翌日、妙に機嫌の良いニアの姿があったということだけ、記しておく。  
 
 

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