「い、いつも世話になっているからお礼をさせて欲しい!」  
 
風紀委員であるヴィラルは夕方の保健室でそう叫んでいた。  
相手は目の前にいる金の髪をなびかせる美しい保健委員の女の子。  
実際ヴィラル自身、生傷が絶えない学校生活を送っている。  
問題児であるカミナ達との衝突、さらに敬愛するアディーネ先生の愛の制裁など理由は様々ではあるが。  
そういったことで保健室で治療を受けるのだが、いつもいる保健医のリーロンの他にこの保健委員の女の子から手当てを受けているのだ。  
優しい微笑みを浮かべて、そのガラス細工のような手で丁寧に治療を施してくれる。  
天使を思わせるその献身さにヴィラルはいつも感謝の念を持っていた。  
そして溢れ出してくる気持ちのままにその言葉が出ていた。  
 
「前から思っていたんだが、このままではオレの気がすまない。だから今度の週末に、その……」  
もはや引っ込みが付かずに言葉は続けるヴィラル。  
だが女の子を誘うなどの経験など皆無な彼には圧倒的に経験が足りない。  
それ故に言葉が止まってしまう。  
 
(ええい! もうどうにでもなれ!)  
心中でそう思いながらヴィラルは叫んだ。  
「か、買い物に付き合ってくれ!」  
その言葉に目の前の女の子は目をパチパチさせていたが、やがて状況が理解できたのか――顔を伏せてしまう。  
そして数秒というヴィラルにとっては人生で最も長いかと思わせる沈黙の後、彼女は顔を上げて―――いつもの笑顔で首を軽く縦に振った。  
 
 
一方、保健室のドアの外――僅かに空いている隙間から聞き耳を立てる二つの影。  
「ほぉ〜う? こりゃあ面白いことを聞いちまったなぁ、シモン」  
「あ、兄貴……? まさかとは思うけど……」  
「くっくっく。ここでヴィラルの野郎の漢っぷりを見ないことには、俺様の漢が廃るってものよ!」  
「ってことでシモン。今週の週末は空けとけ」  
「ええっ!? でも今度の日曜はちょっと……」  
「問答無用だ! カミナ様行くところにシモンありだろ、兄弟!?」  
「そ、そんなぁ〜……」  
この後、シモンは約束していたニアとのデートをキャンセルすることとなる。  
なお、珍しく怒ったニアの機嫌を直すためにシモンが最大限努力したことは言うまでもない。  
 
 
 
(く、くそ。オレは何を緊張しているんだ!)  
ヴィラルは保健委員の彼女との待ち合わせ場所に行くために脚を進めながら、心中は乱れまくっていた。  
 
(単に彼女への恩を返すだけだ。決してやましい気持ちがあるわけではない! そうだ、オレは冷静だ!)  
あくまで冷静であろうと心に言い聞かせる。  
 
(オレは風紀委員。不順異性交遊などあってはならん! 今日はあくまで純粋な感謝の気持ちを持って彼女に礼を尽くすのだ!)  
シモンとニアの例にあるように、学園での恋愛を禁止しているわけではない。  
だがヴィラルの中で風紀委員とは、全校生徒のモラルの規範となるべき存在と思っている。  
故に昨今の性の乱れやら、行き過ぎた異性との付き合いなどはタブーだと思っていた。  
 
 
だがそんなこんなで辿り着いた場所でヴィラルの心中はまたしても乱れることなる。  
 
「なっ!」  
ヴィラルは風紀委員らしく時間には正確で、待ち合わせ時間の15分前に到着した。  
だがすでに待ち合わせ場所には彼女が立って待っていたのだ。  
あわててヴィラルは待っている彼女の前に近づく。  
 
「す、すまない。待たせたか?」  
そう声をかけると振り向く彼女。  
振り向く瞬間にその長く美しい金髪がなびき、いつも見る微笑の表情でヴィラルに向き合う。  
服装はヴィラルでもわかるであろう可愛らしいもので、彼女はヴィラルの問いに対して首を横に振る。  
その姿、その仕草にヴィラルは己の時が止まるのを感じた。  
 
(か、可憐だ……)  
その立ち尽くすヴィラルに疑問を感じたのか、保健委員の女の子は顔を覗き込む。  
(い、いかん! 見とれている場合ではないだろう!)  
その行為にわれを取り戻したヴィラルは、顔を引き締めて街の方向に身体を向ける。  
「そ、そうか。じゃあさっそくだが行こうか」  
彼女はそんなヴィラルの背中を見ながら、コクリと頷いた。  
 
 
――そしてそのヴィラル達の異性交遊を追尾する二つの追跡者達。  
「……くっくっく。ヴィラルの奴、あれじゃまるで小学生のデートじゃねぇか。すっげぇ面白ぇ!」  
「……ねぇ兄貴ぃ。止めた方がいいと思うんだけど」  
「それは却下だ。見てぇものは見てぇんだ」  
「うぅ…… 人のデートを覗き見なんて何だか後ろめたいなぁ」  
 
知らぬは仏と言うべきか――そのヴィラルにニアとのデートを調査されていたことなどシモンは知ることもない。  
 
 
その後ヴィラルと保健委員の女の子は一日かけてショッピングを楽しんだ。  
ヴィラルはこういったことは不慣れなので、保健委員の女の子が望む場所に付いていくだけだったが。  
昼は普通にファミレスで食事をしたりしながらも、街で目に付いたブレスレッドが彼女の目についた。  
ヴィラルはそんな視線を見逃さなかったのか、即座にそのブレスレッドを購入した。  
 
そしてショッピングもひと段落した後、近くにあった公園で二人は休憩を取っていた。  
「こんなものでよかったのか?」  
手に持っていていた包装された箱を見て、ヴィラルは彼女に問いかける。  
全く高くない他愛もない安価なブレスレッドだ。  
みればあまり詳しくないヴィラルでも可愛らしいアクセサリはいくつもあった。  
それでも彼女は優しく、いつもの笑顔を浮かべて頷いてた。  
「そうか…… ではこれを受け取ってくれ」  
だが彼女が選んだものならと、ヴィラルは手に持っていた箱をプレゼントした。  
それに彼女は満面の笑みを浮かべて、ヴィラルにペコリと頭を下げる。  
 
これで義理は果たした。礼もできた。そう思おうとしていた。  
だがヴィラルの中で、ある想いが湧き出ていた。  
「お、おい。一つだけ聞きたいことがあるんだが……」  
もっと彼女のことを知りたい。せめて名前だけでも――  
その想いに突き動かされるように、ヴィラルは言葉を口にしようとしていた。  
「お前の……」  
 
 
――だがその言葉で出る前に場違いな声が響く。  
「あれー、カミナとシモンじゃない!」  
「バッ! ヨーコ! 大きな声出すな!」「ヨーコ!」  
その方向から聞こえてきたのは、女性と男性二人の声。  
そしてその声はヴィラルにとって聞き慣れた声であった。  
 
「っていうか二人で…… 何? 出歯亀? 趣味悪いわね」  
木に隠れるカミナとシモン。そして風紀委員のヴィラルと女性。  
誰がどう見ても状況を察することができる。  
だがヨーコは俄然空気を読まずに声をかけてしまったことに少し後悔していた。  
「うるせぇ! 俺の勝手だろうが!」  
「ふぅ、暇人ねぇ。それだったらならアタシと…… あー! 私は用事があるんでこれで!」  
ヨーコは一瞬顔を青ざめた後、一目散にその場を離脱する。  
 
「お、おい! ヨーコ! …………(汗」  
その原因は察することができた。カミナの背後でヴィラルが獣が獲物を狙うが如き殺気でカミナを睨んでいるからだ。  
 
「……カミナ。貴様、そこで何をしている?」  
「あっはははは…… いやその……」  
「どうやら貴様を倒さん限り、俺の心の平安は訪れんらしい。ならばちょうどいい。今日、この場で貴様を抹殺することにしよう……」  
そしてヴィラルの手にはどこに持ち込んでいたか知らないが、彼愛用のナタが握られている。  
カミナは後ろに後ずさる。必殺モードに入っているヴィラルに、さすがのカミナも今はただ退路を探す他なかったからだ。  
「に、逃げるぞ、シモン…… っていねぇ!」  
「カァァァミナァァァァァァ! 覚悟しろォォォォォォォォ!」  
 
 
そして、カミナとの喧騒の後の帰り道――  
結局全力で逃げたカミナを捕えることができずに、学園で殺すことを誓うヴィラル。  
その後、本来言おうとしたことも言える雰囲気ではなかったので、そのまま彼女を近くまで送ることにした。  
 
「……今日はすまなかった。厄介事に付き合わせた」  
夕日を背に歩くヴィラルに、隣りの彼女はフルフルを首を横に振る。  
迷惑ではなかったと言いたかったのだろう。  
 
「そうか。だがカミナめ、この報いは必ず晴らす!」  
そう心で決意し、拳を握り締めるヴィラル。  
そして彼女の帰路が違う所まで辿り着き、彼女は丁寧におじきをする。  
「ここでいいのか? ……今日は本当にすまなかった。これからも世話になるかもしれんがよろしく頼む」  
そう言ってヴィラルは保健委員の彼女に真摯に頭を下げる。  
彼女も頭を下げたのを見届けた後、ヴィラルは自分の家を帰ろうと脚を進める。  
 
なんだかんだいっても充実した休日だったと思っていた。  
少なくともこの時までは―――  
帰ろうとしていたヴィラルは後ろから突かれるのに反応して、後ろを振り向く。  
「なん……!!!」  
次の瞬間―――ヴィラルの目の前に彼女の顔があった。  
ヴィラルは何が起こったのか理解できずに目を大きく開いたが、それが余計に現実を知覚させられることとなった。  
彼女は目を閉じており、薄い紅色の唇はヴィラルの唇に触れていた。  
顔の肌は軽く紅潮しており、白い肌がより艶っぽく感じられた。  
何よりその美しい髪からは、ヴィラルがこれまで嗅いだことのないいい匂いがして頭がぼーっとしてくる。  
 
だがさらにヴィラルを驚愕させる出来事が起きる。  
女の子の肌と匂いに誘惑させられて緩みきったヴィラルの口に、何と彼女の舌が進入してきたのだ。  
次々と襲い掛かる不測の出来事に、もう何が何だかわからなくなるヴィラル。  
彼女の舌はヴィラルの舌と口内で絡み合い、唾液がクチュクチュと混ざり合う。  
その未知なる愛撫にヴィラルは脳まで溶けそうになっていった。  
 
やがてそんな恋人のようなディープキスが終わると、ヴィラルは顔が真っ赤になっていた。  
そしてヴィラルの胸に顔を埋める保健委員の女の子も耳まで紅潮している。  
そんな二人は数秒硬直していたが―――彼女はヴィラルの身体にか細い指を当ててゆっくりを文字を書く。  
 
―――オ・レ・イ・デ・ス  
 
言葉は発しなかったが、それ以上の想いがその指文字から感じられた。  
ヴィラルは脳髄まで刺激が走り、そして完全にショートしてしまった。  
 
 
週末明けの月曜、ストーキングのバレたカミナはかなりの警戒をして登校していた。  
だがその日に校門にいたのはチミルフ先生のみで、ヴィラルはいなかった。  
何でも超高熱を出してヴィラルは休みを取ったというのだ。  
健康児で風邪もひかないヴィラルが珍しいとチミルフ先生は笑っていたという。  
 
「やあ、カミナ君。今日も平和だね。空も晴れ渡っているよ。ハハハハハハ」  
翌日はヴィラルも登校してきたが、何があったのか完全壊れた状況で、頭がやられているとしか思えない発現。  
とても風紀委員ヴィラルはそこにいなかったという。  
 
それでも1週間後には、カミナへの怒りと持ち前の正義感から完全復活を遂げる。  
そして今日も問題児を追い、その結果が起こした不始末でアディーネからの愛の制裁を受ける。  
 
 
放課後。生傷を作ったヴィラルは保健室の扉を開けていた。  
そこにいたのは、いつもの優しい笑顔を浮かべた保健委員の彼女。  
だがヴィラルは爆弾が暴発寸前のように真っ赤に顔を紅潮させて、いつものように椅子に座る。  
「い、い、い、いつもす、すまない!」  
 
彼女も僅かだが顔を赤めて、目の前にいるヴィラルの傷を介抱していく。  
その美しい右手首には銀色のブレスレットが光り輝いていた。  
 
FIN  
 
 

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