「仮にも俺は先生、お前の担任なんだぞ?呼び捨てにする、というのは・・・その、な」  
「いいじゃない、そんなこと、別に誰かが困ることしてる訳じゃないんだし?」  
今時の子、というのが相応しいのか、大人の都合はお構いなしの笑顔で、最上段で踵を返した少女が笑ってそう答える。  
「・・・確かに、誰かが困ることをしている訳じゃない、ただ、名前で・・・呼んでいるだけ、だな」  
スカートの隙間からチラッと見えた黒い下着に、男は視線を伏せ、少女の問いに自問するようににひとりごちている。  
「だったら良いんじゃない?」  
と、納得の行かない男を尻目に、少女は南校舎へと走っていく。  
男はそれを呼び止めようと、視界に映るものを一つずつ確認するように顔を上げると、すでに少女は走り去った後であった。  
「お、おいっ!まだ話は――っ」  
思わず声が大きくなる。  
 
「――どうしたの?ダヤッカ先生」  
はっと我に返り、階段を駆け上がろうとしていた男が、声の主を探して踊り場から下の階へと目をやると、  
そこには同僚の教師、リーロンが不思議そうな目をこちらに向けていた。  
 
建設途中のビル郡が立ち並ぶ都市の外れにひとつの学園がある。  
ここ紅蓮大学付属羅顔学園は、初等部、中・高等部の教育を一貫して行う全日制の学園である。  
新興都市ということもあってか、地域との交流にも力も注いでおり、  
この時季は文化祭への取り組みで、放課後ともなれば教師と生徒の声で賑わいをみせている。  
 
学園は都市の外れにある山の一区画に面するように構えており、  
初等部の学校は山の北西に、中・高等部の学校は南東に位置しており、二つの学校は大きな中庭で繋がっていた。  
中・高等部の学校は、食堂や職員室などの施設と中等部の教室をまとめた北館と、  
図書室、科学室といった特別教室と高等部の教室をまとめた南館に分かれており、北館と南館はそれぞれの階に設けられた渡り廊下で結ばれている。  
 
その南校舎3階にある『高2-C』と書かれた教室の一番日当たりのよい席で、  
先ほどの少女は机に寝そべるように、隣接する眼下のプールを眺めていた。  
 
少女の名はキヨウ=バチカ。  
1学年300名程の中、成績は中の上、部活動はチア部に所属しており、副キャプテンを務めている。  
これも最近の子供に見られる特徴なのか――いや、周りを見渡してみるに、彼女は特別の部類に入るのだろう――成熟しきった身体は艶かしさすら覚えるといったところだ。  
パーマがかった金色の髪に、リップクリームで照りのあるぽってりとした唇は、制服でなければ到底16・7才には見えないだろう。  
彼女のことで特筆すべきは、両親とは幼い頃に死別しており、現在は兄と、二人の妹とで暮らしていることだろうか。  
このことは、大人たちの『都合という理由』で『家族構成にやや問題有り』と学園から指摘されているが、  
当の本人にしてみれば、然程問題とは感じていない。  
実際、その環境ゆえに垣間見せる彼女の面倒見の良さは、同級生だけはなく、後輩からも慕われており、  
一見したところではそんな事情を微塵も感じさせない、他の学生たちと同じ『学園生活を満喫している一人の少女』、そう映るはずだ。  
勿論それは男が持つ『色眼鏡』を通さずに見た場合の話であって、同級生の間では彼女に熱を上げる男子生徒も少なくはない。  
 
「ねぇ、先生の部活・・・もう終わった?」  
窓から身を乗り出した赤毛の少女がキヨウに声をかける。  
「今、部員は帰って行ったし、塩素も巻き終えたみたい・・・もう少しかな」  
「先生も大変よね、学園祭も近いって言うのに、3年生の最後の試合なんだっけ?」  
「ヨーコの方はどうなの?部活忙しくないんだ」  
先の質問にうつ伏せのまま首で答えたキヨウが返す。  
「弓道部にシーズンっていうのはないし、今はどっちかっていうと・・・こっちかな」  
ヨーコと呼ばれた少女はそう答えると、教室内で慌しく動く一部の生徒達の方へと向き直る。  
途中、視界にひとつの額縁が目に入る――校訓、なのだろうか?『ヨマコで、数字を取れなきゃ、姫を出せ』と書かれた額縁の正体は、  
このクラスの担任ですら首を傾げている――が、何時もの景色だと、然程気には留めなかった。  
ヨーコが窓の枠へと腰を預ける。  
 
向けられた視線の先には、眼鏡をかけた小太りの男子生徒の指示で、  
数名の生徒が木材やダンボールで何かを作っているグループがひとつ。  
桃色の短い髪が特徴的な女子生徒が、本を片手に教壇付近に集まった生徒たちと、抑揚のない言葉を交しているグループがひとつ。  
 
キヨウはヨーコの視線を追ってそれぞれのグループ目をやり、  
最後に賑やかだが慌しくはないグループへと目をやった。  
教室の一番後ろに積み上げられた机の上で胡坐を掻き、アクセサリーなどは禁止されているはずの学園内で、  
赤いサングラスをかけている彼は、このクラスの――いや中・高等部の学校内では良くも悪くも噂の絶えない――中心人物である。  
その彼を中心に笑い声を上げている男子生徒のグループだ。  
 
「アイツはホンットなにやらせてもダメよね、協調性がないっていうか、他人任せっていうか」  
両腕を胸の前で組み、赤いサングラスの男子生徒に呆れ返った様子でヨーコが鼻を鳴らす。  
「そこまで分かってるのに自分から声、かけないんだ?他人任せってわかってるのに??」  
「そういうことには自分で動く奴なの、欲望には従順っていうの?獣とかわんないわよっ」  
キヨウがヨーコに『愚痴という名の悩み相談』を聞かされるのは、最近にはじまったことではなく、  
頬を赤らめ息を荒げるヨーコが、この男子生徒に好意を寄せていることはキヨウも知っている。  
「ホントわかりやすいんだから、気付かない本人も、よっぽどよね」  
今度は声を上げて笑うキヨウに、ヨーコは手にした本を乱暴に開き、顔を隠してしまった。  
 
「で、どうなの文化祭?今週も今日で終わりだけど、来週から立ち稽古なんでしょ?」  
「さーね、今日の出来次第よ、絶対アイツが足引っ張るんでしょうけどねッ」  
 
このクラスの学園祭での出し物は演劇。  
ヨーコが手にしている台本には事細かに赤ペンで書き込みがされており、どうやらこの出し物で配役をもらっているのだろう。  
一方のキヨウはというと、衣装を担当しており、殆どの作業は終わっていて、  
読み稽古ばかりしている最近では、ヨーコの出番を待つ間は二人で話をしているか、プールを眺めている。  
最近というと、教室を飛び交う話題に彼女たちのハートを鷲掴みにするものがある。  
体育教師のチミルフ先生と、英語教師のアディーネ先生の熱烈な噂話がそれだ。  
噂というのも「二人が一緒に帰るのを見た」、「その時、手を繋いでいた」、「ホテルから出てくるのを見た」など、  
どこまでが真実で、どこからが尾びれなのかも分からない話題だが、二人もこういった話が嫌いなわけではない。  
感受性豊かな年頃だけあってか、『人の恋愛』も『自分の恋愛』と変わりなく、貪欲なまでの好奇心が最大限に発揮されるのだろう。  
勿論キヨウ自身もそうであった。  
が、最近ではそういった話も耳を通り抜けているのが正直なところで、  
この変化に当の本人は自覚があれば、理由も分かっているし、ヨーコも相手の顔こそ知らないが、薄々感づいている。  
分かり易いところはお互い様である。  
 
 
プールの方から小気味よいサンダルの音がこちらへ走ってくるのが聞こえる。  
「もう少し時間が経てば、あたしもアディーネ先生と同じ立場に・・・なれるのかな」  
キヨウがポツリと呟く。  
その様子を見て、ヨーコが大袈裟な咳払いをひとつ。  
「しってる?保健室に恋愛成就の神様が居るって噂・・・ま、噂だけどね?」  
その言葉を聞いたキヨウは、机に身を伏せたまま窓の外からヨーコの顔へ顔を向け、腕に顔を疼くめるように言う。  
「明日付き合ってくれない?その恋愛成就の神様のところに、一緒にさ」  
キヨウのその問いにヨーコが返事をするのと同時に、教室のドアが開き、担任の声がした。  
「すまない、遅くなってしまった!」  
 
-つづく-  
 

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