「生徒の皆さん、先生方、皆さん、オーヴァロード」  
学園の1週間は、生徒にとっても、教師にとっても憂鬱な時間で始まる。  
毎朝行っている教室毎のホームルームに変わって、学園長の何時もの挨拶ではじまった校内放送がその理由だ。  
中・高等部部だけでも約600人、初等部の生徒も含めれば1000人を超えるこの学園では、  
それだけの人数を一箇所に収容できる施設もないため、全校朝礼ともなればこうやって放送で行われる。  
この校内放送は、放送部が昼休みに行っている『シベラのoh!My mind』や、職員の連絡網としても一役かっている。  
 
一様の時期ネタを話し終えた学園長が、何時ものように自慢の愛娘の話題に移し始めたあたりで、  
そこらの教室からため息や雑談、イスを引く音などが聞こえ始め、『高2-C』と書かれた教室の担任は「どこも一緒か」と思った。  
 
「全校朝礼はまだ終わってないんだ、あまり大声でだけは騒がんでくれよ」  
そういって律儀に教壇の前に立ったまま、腕組をし、頭上のスピーカーを見上げた担任は、  
校内一の問題児を抱える自分のクラスへ、一応にだけ言っておいた。  
というのも、この全体朝礼は放送で行われているのだし、  
学園長の声はスピーカーから聞こえていて、それぞれの教室の様子など知るわけもない。  
しかし、自分の教室に限ってか「皆が静かになるまで5分かかりました」と言う学園長の声は、どこかに盗聴器の類でも仕掛けているのではと思うほど正確なのである。  
 
昨日行われた水泳部の大会――入賞こそ逃したとはいえ、自己ベストを叩き出す健闘を見せてくれたことは、  
顧問として思わず涙した――の疲れもそこそこに、今週からは文化祭の練習が本格的になる。  
深く息をつき、準備で煩雑とした先週までの教室とうってかわり、スッキリと片付いた景色を見渡す。  
そして、いつの間にか自分の瞳に、金色の髪を窓から入る風に遊ばせる女子生徒の姿しか映っていないことに気付き、喉を鳴らした。  
 
「神様に言われたとおり、持ってきたの?」  
「喜んでくれると良いんだけど」  
「ほほう、ちゃんと作ってきたんだ?どぉ〜れ・・・見せなさいよっ」  
そういって自分のカバンに手を伸ばすヨーコを慌てて止めると、キヨウはダヤッカを一瞥しヨーコの耳に口元を近づけた。  
 
 
キヨウの日課――とは言っても、学園に登校しなければならない日に限ってだが――は、兄弟の中で一番早く起きることから始まる。  
まずはキッチンに向かい炊飯器のスイッチを入れ、次は兄を起こして新聞配達のバイトへ送り出すと、  
洗面所で洗濯機をまわしシャワーで眠気を覚ます。  
両親の居ない彼女の家では彼女が母親代わりで、兄が父親代わりになることが多いが、  
ひとつしか違わない兄は同年代によく見られるように、女から比べれば子供じみたところが多い。  
さっぱりとした頭で、冷蔵庫の中から夜のうちに準備しておいた食材を取り出し、コンロの火をつける。  
 
暫くして先ほどスイッチを入れた炊飯器と洗濯機がほぼ同時に、  
甲高い音を上げる頃になると、二人の妹も眠気眼を擦りながらキッチンへと姿を現す。  
「おはようございます」  
「おはよう、姉ちゃん」  
「顔を洗ってきなさい、で、キノンはこっちを手伝って、キヤルは洗濯物をお願いね」  
キノンとキヤルと呼ばれた2人の妹たちも、キヨウと同じ学園に通っており、学年は2つ下で中等部の3年生だ。  
兄はキタンいう名なのだが、こちらは今年卒業を控えた高等部の3年生で、この家族の大黒柱でいなければならないはずが、  
血の気が多く学園やバイト先でのいざこざが絶えない。  
「あら、このお弁当箱、ひとつ多いみたいだけど」  
「なになに?姉ちゃん、男?手作り弁当かよ」  
何時もは3つしかない弁当箱の横に置かれた、見慣れない弁当箱を指差しキノンが尋ねると、  
男の子の様な口調で二人の間から顔を割り込ませたキヤルも、その大きさから男物だと見破るところは、やはり女の子といった感じだ。  
「お兄ちゃんには内緒にしておいてよ、ややこしくなっちゃいそうだから」  
出来上がった弁当箱を包み、足早に自室へと帰るキヨウの後姿に、  
妹たちは相手の存在へ想像を膨らませていった。  
 
「――皆さん、こんにちは、お昼休みのパーソナリティことシベラのお送りする――」  
何時もの校内放送が校舎に響く中、職員室では学年ごとの教師同士で集まったりすることもなく、それぞれが自席で昼食をとっていた。  
食堂は学生しか使用することができないので、大抵の職員は持参の弁当か、コンビニなどで買って来たもので済ましている。  
そんな中、グァーム教頭と古参の教師陣だけは、『バチョーンの食いだおれパラダイス』か、『ブタモグラステーキ』という近くの店から出前をとっており、  
新米の教師たちにしてみれば羨ましいやら憎いやらといったところである。  
3年前に就任したばかりのダヤッカが、この出前組みに入れるわけもなく、  
今日も寮から持ってきたカップ麺に給湯室で湯を注ごうとしていた時だった。  
「ダヤッカ先生、クラスのヨーコさんが来てるみたいよ」  
職員室の入り口でこちらに声をかけてきたリーロンの横で、中を窺うように顔を覗かせ、手を振るヨーコがそこに居た。  
 
「どうしたんだ、午前の授業でわからないところでもあるのか?」  
そう言って、何時ものジャージ姿で頭を掻く担任に、ヨーコは後ろ手に隠した包みを差し出す。  
「これは?」  
「お弁当、先生、何時もカップラーメンだって聞いたから」  
そういって二人の横で腕組をするリーロンに、ヨーコはウィンクをしてみせた。  
2人の様子に少し困惑しながら包みを受け取るった担任は、顔の前まで持ち上げ大袈裟に鼻を鳴らし始めた。  
「すまんな、生徒にまで気を遣わせてしまって・・・しかし、大丈夫なのか?」  
「なにがよ?」  
「いやなぁ・・・お前は家庭科の成績がよくないだろ?」  
やはり大袈裟にため息をついて見せた担任は、保険教師の横で腰に手を当て、  
『お世話になります』という表情をして見せると、ヨーコが耳を赤くし頬を膨らませる。  
「ね、先生開けてみてよ?」  
「ここで、か?」  
周りの様子を窺いながら、再びヨーコに視線を戻すと、担任は一瞬躊躇しつつも弁当を開けると、  
野菜を肉で包んだものや、ウィンナーやリンゴが動物の形になっている、女性の手作りらし弁当が姿を現した。  
「まさかお前がこんな家庭的な弁当を作れるとは、思ってなかったよ」  
担任として、ヨーコの男勝りな部分は少し心配の種でもあった。  
実際、家庭科の成績だけは何時も欠点をとっており、  
以前に調理実習の授業を担任としてお呼ばれされた時は、彼女の班で生き地獄をみたのは記憶に新しい。  
「美味しそうでしょ?」  
「・・・そう、だな、美味そうだ、箱は明日でも良いのか?」  
下から顔を覗き込むように聞いたヨーコに、身を仰け反らせ照れくさそうにそう答える。  
「これ、誰が作ったと思います?」  
「誰?って、ヨーコ、お前なんだろう?」  
話の流れがわからなくなった所へ次の言葉が止めを刺した。  
 
「実は、キヨウが作ったんですよ、そのお弁当」  
まるで手品の種を明かすように大げさなポーズで答えたヨーコは、  
このあとも同じノリで話しが続くのだろうと思っていたし、悪気があったわけではなかった。  
しかし、担任から帰ってきた言葉にヨーコは自分の耳を疑った。  
 
「・・・え?なに、言ってるんですか、先生・・・」  
「すまないが、これは受け取れないと言っているんだ」  
やはり意味が分からないヨーコの横で、リーロンが小さくため息をついていた。  
リーロン自身、先週の出来事で、ダヤッカがキヨウの気持ちに気付いており、  
また本人もまんざらでもなさそうな様子から、後は押しで何とかなると思っていたからだ。  
 
「意味、わかりませんよ・・・アタシのなら受け取れたのに、キヨウの作ったのだとダメなんですか!そんなの、意味が分かりません!!」  
その時、廊下に隠れていたキヨウが走り去る姿がダヤッカの目に映る。  
「キヨウ!待って!!」  
ヨーコもそれに気付くと―頬を赤くし、期待と不安の混じった、  
複雑な表情をしたキヨウの顔が頭をよぎる―考えるよりも早く、体が動いていた。  
 
生徒が教師に手をあげる、まして職員室の前でだ、それをすればどうなるか分からない訳ではなかったが、  
許せなかった、この担任が、いやこの男が許せなかったのだ。  
しかし、平手を食らわせるよりも早く、鈍い音とともに担任は後ろの机に身を打ちつけられていた。  
 
――ズコォンッ!ドンガラガッシャァンッ!!  
 
赤いマニキュアを塗ったその手で、転んだ男の胸倉を掴み自分の顔を近づけながら、眼帯をした女が言う。  
「アンタ、何様のつもりなんだぃ?えぇっ!?」  
「アディーネ、先生」  
ヨーコとリーロンが口をそろえて言う。  
「女泣かせて、あんたそれでも男かぃ?とんだ玉無し野郎だね!!」  
その場だけでなく、職員室全体が静まり返る。  
崩れたままの姿勢で、手に握ったままの弁当箱に目をやり、3人の顔を見渡してみたところで、  
ダヤッカに『答え』をくれる者は誰も居なかった。  
冷え切った弁当を握り締め、男は走り出していた。  
 
 
結局、ダヤッカは昼休みの間校内を駆け巡ったがキヨウを見つけることはできずに、  
職員室へと戻ってきた時には、自席の上に『早退届』が一枚置かれていた。  
放課後になっても、連絡簿で調べた番号を押すこともできない自分が情けなかった。  
教師とはなんなのか、わからなくなっていた。  
 
机の上に置かれた弁当箱を開け、口にした玉子焼きがやけにしょっぱかった。  
 
-つづかせてください-  
 

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