「……つまり、ごっこ遊びみたいなものなんですね」  
パソコンの画面を見つめ、ニアはふむ、と得心のいったように頷いた。  
シモンに「コスプレっていったい何ですか?」と疑問をぶつけたのは今日の昼食時のことだ。  
シモンはコスプレが何であるのかを知っているようだったが、妙に歯切れ悪くナースがどうのと言ったきり、その話題に関しては黙り込んでしまったのである。  
 
シモンが教えてくれないのであれば、自分で調べるしかない。  
そういうわけで、ニアは自室のパソコンでコスプレについて調べてみたのだ。  
文明の利器のおかげで、コスプレがどういうものであるのかはわかった。しかし、まだまだ疑問が残る。  
 
ニアにコスプレという単語を吹き込んだのは友人のキヤルだ。  
彼女によれば、コスプレは「愛し合う二人の絆をより深めるために必要不可欠なもの」だという。  
だが、アニメのキャラクターの服や特定の職種の制服を着ることがどうして愛を深めることに繋がるのか、それがわからない。  
(そこが私の一番知りたいところなのに……)  
ニアはふうとため息をついた。  
 
目を閉じてシモンの顔を思い浮かべる。  
優しいシモン。大好きなシモン。シモンのことを想うだけで、胸の中がぽかぽかと温かくなる。  
今だって自分はこれ以上無いくらいシモンを好きだし、シモンも自分のことを好いてくれている。  
でも、さらに二人の愛を深める手段があるのなら臆せずに挑戦してみたいのだ。  
(ひょっとしたら私、欲張りなのかしら……)  
 
そして、もう一つわからないのがシモンの態度だ。  
コスプレのことを話したとき、シモンは妙に後ろめたそうな表情をしていた。  
仮装の話で何故あれだけ恥ずかしがるのかがいまいちよくわからない。  
(シモンは照れ屋さんだから、こういう奇抜な格好をするのが嫌だったのかも)  
ならば、自分だけでもコスプレをするしかない。ニアは決意する。  
――だが、コスプレをして…………それから先は、一体どうするのだろう。衣装を着て、それで終わりなのだろうか?  
 
ニアは更なる知識を得るべく、パソコンとのにらめっこを再開した。  
 
 
――そして彼女は、「性行為を彩るためのコスプレ」についての知識を得てしまったのである。  
 
 
繋いだニアの手が柔らかい。  
普段であればその感触と温もりは、シモンに甘酸っぱい緊張感とときめきをもたらしてくれる。  
だが、今このときに限っては違った。  
シモンは迷っていた。今ならまだ、引き返せる。ニアを説得して、止めることができる。  
だが結局何も言い出せないままでいるのは、引き返したほうがいいという思いと同じくらい、このまま突き進んでしまいたい思いが自分の中にあるからだ。  
 
(まさか、あんな他愛無い会話のことを覚えてたなんてなぁ……)  
ニアと手を繋ぎ歩きながら、シモンはしばらく前の出来事を思い返す。  
キヤルに適当な知識を吹き込まれたニアが、コスプレのことを訊ねてきたのが一ヶ月ほど前のことだった。  
しどろもどろになってその場を切り抜けて以来、彼女がそのことを口にすることはなかった。  
甘い誘惑に耐える日々を覚悟していたシモンはほっと胸を撫で下ろしていたのだが、先日思いがけずニアが再度コスプレのことを口にしたのだ。  
 
そう、ニアの部屋に招かれ、追試対策の勉強会をしたあの日。  
勉強を始めて三十分で我慢できなくなり、ニアを押し倒したあの日。  
 
二回目を拒否されしょげる自分に、ニアが耳元で囁いたのだ。  
 
『今度の追試、一回でクリアできたら……ナース服でえっちなこと、してあげる』  
 
(……あれは反則だよなぁ)  
思い返すだけで顔が火照ってくる。  
あの時の自分が、そんな誘惑の言葉に抗えるわけがなかった。  
追試をクリアした先に待っている禁断の世界の扉を開くべく必死に勉強し、結果は見事に一発合格。  
恐るべきは十代男子の底の見えない性欲、といったところか。  
 
だが「じゃあ、約束のご褒美ですね」と天使のような笑顔で迎えてくれたニアを見て、ようやく煮立った頭が冷静さを取り戻したのだ。  
まずい。このままでは、自分とニアは本当の本当に、行き着くところまで行ってしまう。  
 
たかがコスプレに、ここまで躊躇を覚える必要はないのかもしれない。  
しかし、どんなに深い仲になってもシモンにとってのニアはある種の聖域なのだ。  
この子のことを汚してはいけない、恋人として身体を求め合う仲になっても、最低限守らなければならない節度がある。  
そういう強迫観念のようなものがあるのだ。  
 
――だが、正直なところ。  
ナース服姿のニアを見たい。そりゃもう見たい。  
(……だって、絶対可愛いに決まってるもん)  
ナース姿でどんなことをしてくれるのかを考えただけで、下腹部のあたりに血が集まってくるようだった。  
結局相反する思いはせめぎ合い、覚悟を決めることもできないままシモンはいつの間にかホテルの一室にいた。  
ベッドに腰掛け、往生際悪く悶々と思考する。  
(どうする、どうするんだ? と言ったってこんなところまで来た以上、今更『ナースはやっぱいい』なんてニアに言えるわけが――)  
「シモン?」  
「はひッ!?」  
「どうしたんですか? さっきからずぅっと、何か迷ってるみたいです」  
「そ、そんなことないよ!? やる気満々だよ!?」  
必死になんでもない風を装い、心の内の葛藤をニアに気取られないようにする。  
ニアはきょとんとして小首を傾げるが、にこっと笑って言った。  
「じゃあ、私着替えてくるから。……待っててくださいね」  
頬を赤く染め恥ずかしそうに言うと、ニアはぱたぱたとシャワールームのほうへと消えていった。  
(ちくしょう、可愛い……)  
今はただその愛らしさが憎たらしい。  
 
嗚呼、出会ってからたった数ヶ月で、まさかニアとこんなことをするような仲になるなんて。  
シモンはニアとの恋の軌跡を思い返す。  
 
ニアがどうだったのかは知らないけど、自分は一目ぼれだった。こんなに綺麗な女の子見たことない、と思った。  
校長の娘だと知ったときの衝撃。彼女の作る弁当の美味しさへの感動。  
とりとめのない彼女の言葉はわけがわからなくて、でも不思議と温かくて気持ちいい。  
初めて手を繋いだときのこと。初めてキスをしたときのこと。告白のこと。  
そして、初めて彼女と一つになったときのこと。  
 
想いは常に一緒だった。  
 
俺はこの子を守りたい。大切にしたい。  
ニアは俺の元に舞い降りた奇跡なんだ。彼女に求めていいことと悪いことを、彼女が世俗に疎い分、俺自身が分別をつけるべきなんだ。  
俺の欲で、ニアを冒涜するようなことがあってはいけない。  
 
 
シモンは決意すると、勢い良くベッドから立ち上がった。そのまま振り向き様に叫ぶ。  
「ニア! 俺やっぱりナースプレイは―――――」  
「シモン、お待たせ!」  
「あ゛」  
 
振り向いたシモンの視界に飛び込んできたのは、薄いピンク色のナース服に身を包んだニアだった。  
ボトルネックのナース服は身体にぴったりとフィットするデザインで、ウエストのくびれを強調している。  
スカートの丈は膝よりもかなり上であり、それが本物のナース服などではなくコスプレ衣装であることを物語っていた。  
実際にこんなスカート丈で仕事をされたら医者もたまったもんじゃないだろう。すらりと伸びた白い脚がなんとも悩ましい。  
頭にはナースキャップがちょこんと乗り、首には聴診器、そして手にはカルテ。  
――完璧である。完璧なナースである。  
 
言うまでもないが。当然のことではあるが。  
 
(めちゃくちゃ可愛い……!!)  
 
シモンは、自分の頭が端から真っ白になっていくのを感じていた。  
 
 
「どう、似合う?」  
その場でくるりんとターンしてみせるニアに、無言でかくかくと頭を縦に振り肯定する。  
ニアがそれを見てぱぁ、と頬を赤くして顔を輝かせる。……これがまた犯罪的に可愛い。  
そして彼女は、本物の白衣の天使も裸足で逃げ出すようなその笑顔でシモンに言った。  
「それじゃ、診察をはじめましょうか」  
「はいっ!!」  
 
……抗えというのが無理な話だった。  
 
 
 
「どこが痛いんですか?」  
「え、えーと……頭が痛いです」  
面白味も何もない返答をしながら、シモンは眼前に迫るニアの顔を緊張しながら見つめていた。  
 
シモンはベッドに座らされてニアの「診察」を受けている。診察をするのは医者じゃないのか、とか細かいことを気にしたら負けだ。  
この状況の是非についても気にしちゃ駄目だ。  
 
そうだ、思えばニアとの「初めて」を迎えるまでの自分も散々似たような葛藤を繰り広げたんじゃないか。  
ニアとしたい、でもニアを汚しちゃいけないと散々悩んで――結果、今どうなっている?  
散々身体を求め合う仲になっても、ニアは欠片も汚れてなんかいないじゃないか。  
ニアの輝きは、セックスをしただのしてないだの、コスプレをしただのしてないだのといった小さなことで失われるものじゃないんだ。  
ニアがニアである限り、彼女は永遠に俺にとっての宇宙一の花嫁……じゃない、恋人なんだ!  
 
(だからコスプレも問題ない! これは断じて言い訳なんかじゃないぞ!)  
 
 
それにしてもニアはすごい。まったく照れというものを感じさせず、完全にナースになりきってシモンに接している。  
「それじゃ、お熱を測りますよ〜」  
ニアの口調はいつにも増して甘ったるい。  
患者に優しく対応するナースのイメージなのだろうが、まるで自分が幼児にでもなったようでシモンとしてはかなり気恥ずかしい。  
しかし、そんな思いも次なるニアの行動で吹っ飛んだ。  
「ふぁ!?」  
こつん、とニアのすべすべした額がシモンの額に当てられる。  
まん丸に目を見開いたシモンの眼前には、瞳を閉じたニアの顔があり得ない程の至近距離で迫っている。  
かあぁ、と首から耳からあっというまに真っ赤になったのが、鏡を見なくてもわかった。  
普段だったら当然、そのまますぐにその唇は重なりあっているはずだ。だが今日はそうはならない。  
額と額が合わさったまま、ニアの顔を見つめ続ける。  
(こ……これは恥ずかしすぎる……!)  
 
「うーん、少しお熱があるみたいですね」  
心配そうに眉を寄せながら、ニアの顔がシモンから離れていく。  
ほっとしたのもつかの間、次なるニアの行動にシモンは仰天した。  
「ニ、ニア!? 何やってんの!?」  
「ニアじゃありません、看護師さんです」  
ニアならぬ看護師さんは、シモンの制服の上着をはだけさせるとインナーのシャツのボタンを手際よくはずしていく。  
「あ、あの、看護師さん……恥ずかしいんですけど」  
「診察のためですから我慢してください」  
ニアの白い指先がはだけたシャツの中にするりと侵入し、優しくシモンの胸を撫でる。その感触にシモンはぞくりと身体を震わせた。  
「あっ、シモン、どきどきしてる」  
聴診器をシモンの胸に当て、嬉しそうに目を輝かせてニアが言う。  
(ニア、すっごく楽しそう……)  
「もっと心臓の音、よく聞かせて?」  
そう言うと、ニアは聴診器を胸に当てたまま、シモンの耳たぶをかぷっと食んだ。  
「っ……!」  
ちろちろと耳を舐め、そのまま頬、首筋、鎖骨へと、ニアの舌はゆっくりと這っていく。  
その間にも、可憐な指先は拙い動きながらもシモンの性感を高めるように彼の上半身をまさぐった。  
十代の少年らしい張りのある肌を、細い指と赤く色づいた唇が伝う。  
動きは拙いが、シモンに気持ちよくなってもらいたいという想いは十分すぎるほど伝わってくる。  
胸の頂点をちゅう、とニアが優しく吸うと、シモンの口から呻きとも喘ぎともとれない声が漏れた。  
 
「すごい……シモンの鼓動、どんどん早くなってる」  
「そ、そういうこと言うなよ……ところで、さ」  
「ん?」  
「ニア……じゃなくって看護師さん、ひょっとして、俺のやり方……真似してる?」  
「?」  
「だから、その……身体の触り方とか、その」  
「??」  
そこまで言ってシモンは口をつぐんだ。  
そうなのだ。ニアのシモンに対する愛撫の手順は、シモンのそれをそのまま真似たものだった。  
シモンにしてみれば自分のやり方をリプレイされているようで、これまた恥ずかしいことこの上ない。  
無論ニアにはそんなつもりはなく、単に参考にできる対象がシモンくらいしかいない故のことだというのはわかっているのだが。  
(というか、俺以外に参考にできる相手がいても困るけど)  
そんな事実が判明したら自分は泣く。恥も外聞もなく泣く自信がある。  
 
「か、看護師さん。結局俺の身体、どうだったんですか?」  
話題を変えようと、この状況にふさわしい質問をニアに投げかけてやる。  
シモンの態度に首を傾げていたニアも、自分が誰であるのかを思い出して深刻な表情を作った。  
「はい、心臓の音が今にも破裂しそうなくらい大きいんです。それと……」  
「それと?」  
「腫れてます」  
「腫れ……って、どこが?」  
「ここです!」  
びしっとニアが指差した先にあったのは。  
「…………」  
あったのは、すでに半勃ちになったシモンのそれであった。  
「今すぐ治してあげますから、シモンはじっとしててくださいね」  
「あっ、ちょっ……ニアぁ!?」  
指摘に呆然となったのもつかの間、シモンのベルトをかちゃかちゃとはずすニアにシモンは叫んだ。  
が、引っぺがしてでも彼女の行動を制する――とまではいかないのは、シモンもやはりそれを望んでいるからで。  
しばしの後、そそり立つそれを興味深げに見つめるニアと、それを見下ろすシモンの姿があった。  
 
(うわあ……)  
まるで穢れを知らないといった美しいニアの眼前に、赤黒い肉棒がそそり立つ様は背徳的としか言いようがない。  
おまけに彼女の衣装は白衣の天使のものだ。  
正直、非常に男の加虐心をそそる画である。これからニアがしてくれるであろうことを考えれば、なおさら。  
(で、でも、本当にいいのか? ニア?)  
 
「すごい……こんなに大きくなるものなんですね」  
ニアが感心したように呟く。こんなに明るい場所で、間近でこれを見るのは初めてなのだ。  
さすがに緊張しているのか、それとも興奮しているのか、彼女の頬もほんのりと赤くなっている。  
そんな彼女の顔を見下ろし、シモンは待ちきれない気持ちで一杯になる。  
「か、看護師さん、早く治してほしいんだけど」  
「あ、うん」  
急かすようなシモンの言葉にはっとすると、ニアは決意したように、恐る恐るその手を肉幹に這わせた。  
「んっ……」  
ぎこちなくゆっくりと動くニアの指。それを見るだけで、シモンはナースプレイをしてよかったと心の中で万歳をした。  
(手でしてもらうの、初めてだもんなぁ)  
別に、今までに頼んで嫌がられたことがあるというわけではない。ただなんとなく、気恥ずかしくて「してほしい」とは言えなかったのだ。  
それが、ナース服になっただけで「治療」の名目で彼女から積極的に奉仕してくれる。こんなに幸せなことはない。  
 
経験がないゆえにぎこちなかった彼女の指は、それでも裏筋を攻めるとシモンが感じることに気づいたようだった。  
「ここが気持ちいいの? シモン」  
「っ、うんっ……」  
「よくなってきた?」  
ニアの問いは「身体は回復したか」の意であるのだろうが。  
(別の意味ですっごくイイよ、ニアっ……!)  
どうやら行為に慣れてきたらしいニアの指は亀頭を攻め、右手は睾丸を優しく包むように愛撫する。  
何の情報もないままここまでの動きに到達できるとは、ひょっとして彼女は天性の才能の持ち主かもしれない。  
ああ、このまま手でイカせてもらうのもいいかもしれない。  
いいかもしれないけど、でも。  
 
「か、看護師さん」  
「はい?」  
「あの…………口でして」  
「え?」  
「口で治して」  
ありったけの勇気を振り絞って口にする。ニアはきょとんとした顔でシモンに問い返した。  
「口で……するの?」  
「そ、そう。口で。俺がニアにするみたいに」  
「シモンも気持ちよくなる?」  
「なるなる。すっごくなる」  
「……」  
「……駄目、かな?」  
そこで一度引いてみる、と。  
(俺、一体いつからこんな小芝居うてるようになったんだろう……)  
シモンの言葉に引っかかったのか、はたまたナースとしての奉仕の精神に殉じようとしたのかはわからないが。  
ニアはシモンを見つめると、にこっと笑った。  
(おめでとう、俺!)  
シモンの心の中で、高らかにファンファーレが鳴り響いた瞬間であった。  
 
 
ニアの柔らかそうな唇が開かれ、赤い舌がちろちろと覗く。  
あの可愛らしい舌が今から自分のそれを這うのだと思うと、期待に胸を膨らませずにはいられない。  
 
ニアの舌はゆっくり、恐る恐る肉幹への奉仕を始めた。  
(ああ、俺ってすっごく罪深い人間かもしれない……!)  
彼女の舌は、下から上へ這うように何度も何度も幹を舐め上げる。左手で同時に擦りあげるような愛撫を続け、右手は先ほどに続いて睾丸を優しく包みこむ。  
とうとう亀頭に達した彼女の唇は、ゆっくりとそれを含んだ。愛しげに唾液を絡めて顎を上下に動かす。  
与えられる快感にシモンの口からは呻くような声が漏れ、腰はベッドから半分浮く。  
ニアの濡れた唇は亀頭をしばらく舐るように攻めた後、幹、股の付け根についばむようなキスを降らせ、右手で愛撫していた睾丸を舌先でくすぐる様に舐めた。  
時々口に含み、ゆっくり転がしもする。  
本当に初めてなのか疑いたくなるくらいのテクニシャンっぷりだった。  
しかし、行為そのものの快感より何より、ニアが口でしてくれているというこの状況がたまらない。  
 
奉仕を受けるシモンに限界が近づいていた。  
呼吸は荒く乱れ、射精の衝動が身体の内からせり上がってくる。  
まるで痛みに耐えるかのような苦悶の表情を浮かべたシモンは、夢中で奉仕を続けるニアの頭へと手を伸ばし……。  
 
「んぅ?」  
 
固定した。  
 
……押さえ込んだ。  
 
 
ニアが「なに?」と問いかけるような視線を送ったときにはすでに時は遅く。   
 
――しばらくの後。シモンの身体がびくんと大きく跳ね、彼の白い欲望の塊は余さずニアの口内へと注ぎ込まれた。  
 
息を乱し、射精の快楽に酔う。  
それだけではない。シモンはニアを蹂躙した快楽にも打ち震えていた。  
さすがにニアも口内に広がる経験したことのない味に抵抗を感じたのか、口を閉ざしたまま涙目になっている。どうしたらいいのかわからないのだろう。  
「んんぅ」  
色っぽく紅潮した顔で、目をうるうるさせながらシモンに目で問うニア。  
その様はシモンの罪悪感と嗜虐心を煽り、同時に火をつける。  
 
「ご、ごめん、ニア。吐いてい……」  
狙ってやったくせにごめんも何もないが、口からは出させてあげる、と。  
(さすがに飲んでもらうのは、ちょっと――――)  
「………」  
……しかし、シモンの言葉はそこで止まる。  
ニアの痴態を見つめ、迷う。  
可憐なナース服姿。潤んだ瞳。さくらんぼのような愛らしい口の中に、今は俺の、俺の――――――  
 
 
しばしの沈黙の後、シモンはなんとも微妙な表情を浮かべてニアに言った。  
 
「ニア……えっと………………飲んで」  
 
 
男 の ロ マ ン を 優 先 さ せ ま し た 。  
 
 
恥ずかしがるような小さい声で言ったって、「飲め」って言ってることには変わらない。それはわかっている。  
だが、飲んでもらいたいものは飲んでもらいたいのだ。  
言われたニアの頭上に「が〜ん」という擬音が見えたような気がしたが、そもそも性についての知識がほとんどない彼女だ。  
シモンが飲めといえば、飲むものなのだと素直に受け取るに決まっていた。  
(わかってるよ、わかってるよ! 酷いことしてるって!)  
 
ニアの動きを期待に満ちた目でぎらぎらと見つめる。  
彼女はしばらく縋るようにシモンに目で何かを訴えているようだったが、やがて意を決したように肩を震わせ、そして。  
 
ニアの白くほっそりとした喉が、ごくんという音と共に小さく震える。  
けほけほと小さく咽るニアを、シモンは妙な感動と達成感、そして罪悪感を抱いて見つめていた。  
 
 
「ご、ごめん、ニア。大丈夫?」  
「ニアじゃありません、看護師さんです」  
その台詞がいえるなら大丈夫だな、とシモンは安堵する。  
口内の違和感からどうにか立ち直ったらしいニアは、再びナースの顔に戻っていた。  
「シモン、身体はもう大丈夫ですか?」  
「う、うん。看護師さんのおかげでもう元気いっぱい」  
「そう、よかった!」  
 
その笑顔を見つめ、シモンは小さく言葉を続けた。  
「……だから、今度は看護師さんの番」  
「え?]  
言うが早いか、シモンはニアの身体を引き寄せて、後ろから抱きしめるようにして動きを封じた。  
「え? え?」  
「看護師さんも、腫れてるみたいだから」  
「ひゃっ……!」  
シモンはナース服の上から、ニアの小ぶりな胸を掬い上げるようにゆっくりと撫でた。  
「ほら、腫れてる」  
「んッ……、わ、私のは、そんなんじゃ……」  
反論は聞かず、首元のボタンをはずしてナース服をはだけさせる。  
「んっ、やぁっ……シモン、患者さんはおとなしくしてなきゃ……んっ!」  
露になった乳房を揉むシモンに、ニアはあくまでナースとしての怒りの声をあげる。  
「実は俺、非番の医者なんだ。これ触診」  
「いったいいつからそんな設定だったんですか!?」  
「たった今っ」  
左手で胸を愛撫しながらニアのナース服のスカートを力任せにまくり上げると、白いショーツが露になる。  
「やっ、シモン……!」  
「ニアを治すためには、注射しなくちゃいけないみたいだから」  
「注射……って……」  
ニアの顔があっという間に赤く染まる。背に当たるシモンのそれは、とうの昔に硬度を回復しているようだった。  
「ま、待ってくださいシモンっ! あっ、やぁぁんっ」  
 
 
 
 
――こうして、いつの間にか立場が入れ替わった「診察」は、時間一杯まで続いたのであった。  
ちなみにニアがシモンに何回「注射」されたのかについては、シモンも、ニアも、そして天井裏に潜んでいた風紀委員も正確な数は把握できなかった。  
 
 
 
 
そして、全てが終わっての帰り道。  
 
「ニアのコスプレ、あの……すごくよかった」  
「本当? 喜んでもらえて嬉しいわ、シモン」  
「でさ……つ、次はなんのコスプレしよっか?」  
「次?」  
きょとんとして、ニアが答えた。  
「コスプレはもうしませんよ?」  
 
「――――はい?」  
興奮と期待でほかほかになっていたシモンの脳が一気に固まる。  
「な、なんで!? もしかして、本当は嫌だったとか!?」  
「そんなことないわ。とっても楽しかった」  
「じゃあなんで!」  
信じられないといった表情のシモンに、ニアはほんわかとしたいつもの笑顔で答えた。  
「今回コスプレをしてみてわかったんです。  
何かになりきってシモンと愛し合うよりも、私は私、シモンはシモンのままで愛し合うほうがやっぱり素敵だなぁって。  
だから、コスプレはもうしません。する必要がないと思うんです」  
 
……正論だった。ぐうの音もでない。  
 
(でも俺はナースだから興奮したんじゃなくて、ニアがナースの格好をしてるからあんなに燃えたんだけどなぁ……)  
 
しょぼ、と肩を落とすシモンの気落ちの原因がわからず、ニアは不思議そうにその顔をのぞきこむのだった。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――――  
 
 
「……これが、私の調査の結果全てです」  
「………ヴィラルよ」  
「はっ!」  
「………下がるがよい」  
「………はい」  
 
 
 
 
風紀委員の青年を退室させると、校長――ロージェノムは、部屋の壁に飾られていたモノを手に取った。  
三十口径の狩猟用ライフル。彼の愛銃『ラゼンガン』だ。  
 
次のトビタヌキ猟解禁まで眠っているはずであったが、思いのほか早く活躍の場面がやってきたようだ。  
 
彼の拳によって叩き潰されたデスクはすでに片付けられ、六人の秘書たちによって新しいものが用意されていた。  
ロージェノムはデスクにゴトリとラゼンガンを置くと、来るべき日に備えて整備を始めるのであった。  
整備を進めるその手は、小刻みに震えていた。  
 
 
終  
 

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