紅蓮学園一の問題児、神名が学校にこなくなって1週間になる。  
 5歳年上だが、ダブりまくりで今は同級生となっている彼はクラスのムードメーカーだった為、  
彼とはかなりいい雰囲気だった陽虎ならずとも、皆何となく湿った気持ちになってしまっていた。  
 神名の男気に惚れ、彼をアニキと呼ぶ子門も、気分は全く同じである。  
   
 ガラッと戸が開いて、打矢家先生が入ってきた。  
「ほらみんな席について…今日は、転校生を紹介します」  
 先生の後から入ってきた人物を見て、特に男子はほぼ全員浮き足立ってしまう。  
 ほっそりした体。ふわりと揺れる豊かな髪。優しげに微笑む整った顔立ち。  
 子門も、気がつくと魂を抜かれたかのように彼女をポーッと見つめていた。  
「…みなさまごきげんよう。螺旋王二亜と申します。ふつつかものですが、どうかよろしくお願い  
します」  
 見た目どおりのふわりとした、それでいてよく通る声に、アホ男子はズッギャァァンとハートを  
打ち抜かれる。  
『螺旋王?…この国有数の生化学者で、その技術の実用化で今も巨万の富を稼ぎ続けているナゾの男  
の名が確か…』と疑念を抱いたのは陽虎だけであった。  
「じゃあ螺旋王君は…そこ、子門君の隣に座りなさい。子門君、とりあえず今日は教科書を見せて  
 あげなさい」  
 
 子門はもう授業どころではなかった。その細い肩が、彼に触れてしまうのではと思うほどの距離に  
座る彼女から、花のような甘い香りが漂ってくる。  
 彼女が小声で次々聞いてくる質問は、まるで子供のようなものばかりだったが、子門は一つ一つ  
丁寧に答える。  
「あなたはとても親切な人なのですね」  
と微笑みながら話しかけてくる二亜に、頭をかきながら子門が言う。  
「いや、別にこれくらいなんでモッ?!」  
 スッと顔を寄せてきた彼女の柔らかな唇が、彼の唇に重ねられていた。  
 教室が男子生徒の怒号で埋まる。だが、一番ビックリしていたのは子門であった。  
「な、な、な、なに?!」  
「人間は、このキスという動作で、親愛や、感謝の気持ちを表すと聞きました」  
 クラス全員の心が一丸となって『欧米か!』と突っ込む中、頬をわずかに染めた彼女が続ける。  
「…でも…でも、なぜこんなに胸がドキドキするのでしょう…子門、教えてください…」  
『知らないよそんな事!』と彼は心中で叫びつつも、まるで初めて神名に会った時のような、何か  
素敵な事が始まりそうな予感に、彼の心もまた震えていた。  
 
 
 休み時間になり、二亜はあっという間に女子に囲まれた。  
 子門は教室の隅に連れて行かれ、男子のほぼ全員から、激しい糾弾を受けている。  
 男子でこのスペイン宗教裁判に加わっていないのは、騒ぎを全く無視して、次の英語の授業の予習  
をしているクラス委員の炉主と、女子の輪の外で、頬に手を当てながら興味深そうに二亜を観察して  
いる理論、そして、神名のいない今、陽子を口説いていいものかどうなのか、悶絶しながら悩んでい  
る義丹位のものであった。  
 すでにその発端は忘れ去られ、「二亜は俺の嫁」「今俺の横で寝てますが何か」と勝手に祭状態の  
男子の輪の外からグイッと手が伸び、子門の襟首をガッと掴む。  
彼を狂乱の渦から引っ張り出した手の主は、陽子だった。彼女はそのまま教室の別の隅に彼を引き  
ずっていき、詰問口調で彼に迫った。  
「ちょっと、子門!あんた、彼女に何したの?!」  
 虎口を脱して獅子の口に飛び込んだ、みたいな感覚に背筋をゾッとさせつつ、子門はあわてて、  
「な、なにもしてないって!!」  
と激しく首を振る。  
 彼女は疑いのジト目で彼をねめつけると、隣にきた理論をチラッと見る。  
 理論が、何か考えながら口を開いた。  
「…うーん、とにかくユニークなのよねえ。私もちょっと話したんだけど、なんか特定分野の専門知  
識とかは驚くほどありそうなのに、日常生活とか、常識みたいなとこが、まるで赤ちゃんみたいに  
スッポリ抜けちゃってるのよねえ。私ちょっと、ううん、かなり興味をそそられちゃったわん」  
 陽子が口を開く。  
「とにかく彼女、二言目には、『子門はどこですか?』『子門は何してるんですか?』って感じで、  
 女子は『あのへタレに、こんな短時間で女の子を口説き落とす甲斐性があったなんて…』って、  
 ヘンに子門再評価の機運が高まっちゃってるわよ」  
「…これは想像なんだけど、たぶん刷り込みみたいなものなんじゃないかしら。不安で何も分からな  
いところに、親切で何でも教えてくれる男子出現!みたいな」  
 理論の言葉に、はーなるほどねー、とうなずく二人。  
「…とにかく子門!」  
 ビッと陽子が彼を指差す。  
「女子はラブ話が大好きだから、アンタと二亜を早速くっつけようとしてるみたいだけど、彼女の  
 スキにつけ込んで、エロイ事教えちゃえー、みたいなのはゼッタイ許さないからね!」  
「バ、バカ!そんな事考えるわけないだろ!」  
 嘘であった。  
 
「子門、はい、アーン…」  
 二亜が箸でつまんで差し出したエビフライを前に、子門は油汗をダラダラ流していた。  
 
 昼食開始のチャイムとともに、いつの間に準備したのか、購買の弁当が2つ「ハイ。女子全員から  
のオゴリ」と手渡され、男子が口々に『裏切り者!』『エロモグラ!』と叫びながら阻止行動に出よう  
とするのを、他の女子が実力で排除する。  
 そんな騒動の中、いつの間にか子門と二亜は、屋上で二人きりで並んで座っていた。いや、正確に  
は二人きりではない。屋上に出るドアが、鉄製にも関わらずさっきからギシギシいっているのだ。  
『きっとこのエビフライを食べた瞬間、ドアからみんながドドッと流れ出てきて、エロいのなんの  
 いわれまくるんだろ…その手はくわない!俺をだれだとお』  
「子門?」  
 せっかく子門がリキみかけたところを、二亜の心細そうな声が彼を現実に引き戻した。  
「…映像資料で、親しい男女はこうして食事をしてましたが…私、なにか間違ってましたか?…」  
 彼女の不安げで寂しそうな表情にハッと心を打たれ、子門は妙な迷いを瞬時に振り切った。  
『なんだ俺!彼女に一目でイカレちまったくせに!そうだよ!俺をだれだと、まあいいや』  
 パクッ!モグモグ!…ゴックン。  
「おいしいよ、二亜」  
 彼女の表情が、まさに花が咲いたかのようにパァッと明るくなる。  
 
「では私ですね。アーン…」  
 頬をわずかに染めた二亜が、軽く目を閉じながら、桜の花びらのような可憐な唇を開く。  
 さっきのキスの感触をつい思い浮かべてしまい、ドギマギしながら子門は卵焼きを彼女に  
食べさせる。かわいい口をしばらくもぐもぐさせて、コクンとそれを飲み込んだ彼女は  
「とてもおいしいです、子門」  
とまたニッコリする。  
 子門は、もう胸の鼓動の高鳴りを抑えることが出来なくなっていた。  
「あら子門、顔が真っ赤ですよ」  
と二亜が心配そうに言う。  
「私は、メディカルチェックは簡単にしか出来ませんが…」  
と、その細い手を子門の胸に押し当てる。彼女の手の温かみが、ジワッと伝わってくる。  
「子門、すごい心拍数です!この学校に医療設備はありま…」  
「ち、ちがうよ二亜。これは、病気じゃなくて、あの、なんていうか…」  
 言葉が続かず、思わず彼がジッと二亜を見つめているうちに、彼女の顔もだんだん赤く  
なってくる。  
「あ…これは…どうして…子門…私…私も…メディカルチェックを…」  
と、彼女は子門の腕を取り、自分の小さな胸のふくらみにいきなり押し当てた。  
「qあwせdrftgyふじこlp!」  
と、その温かく柔らかな感触に、子門は懐かしい表現でパニック状態に陥る。  
 二亜は目をギュッとつぶり、真っ赤な顔しながら、切なげな声で彼に訴える。  
「あ、だめです…私も…胸が…なんで…子門…」  
 彼女の鼓動も急激に激しくなったのを感じたシモンが、ついクラッときてバランスを崩し、  
彼女の胸のふくらみを包んだ手を、つい下からクイッと押し上げるような形になってしまう。  
「…アッ…」  
 その刺激に、可憐な唇から思わず小さな喘ぎ声をもらしてしまった二亜に、子門の理性が  
『じゃ、終わったら呼んでね』と彼から出て行こうとした瞬間、ドアからみんながドドッと流れ  
出てきた。  
「しまった、このタイミングだったかぁー!」  
 
 しばらくの間、子門は「鬼畜王」「微乳王」「肉門」「陰門」等の称号を授かる事になった…  
 
おしまい  
 

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