はふぅ、と小さくため息をついた。  
胸を重たく塞ぐものがある。心の奥がちりちりして、焼け付くように苦しい。そして、少しいらいらする。  
この気持ちは一体なに?  
生まれて初めて経験する感情の正体がわからないまま、ニアはしょぼんと肩を落としてシモンの部屋を出た。  
部屋の掃除は中途半端なままだったが、そのことにも気がつかなかった。  
 
 
 
感情の正体はわからなかったが、感情の原因はわかっている。  
しかし、何故あれのせいでこんな気持ちが湧き上がるのかがわからない。  
 
シモンの部屋の掃除の最中見つけたそれは、手紙だった。  
新政府の総司令にして人類を地上に解放した英雄であるシモン。自然、彼に憧れをもつ人々も多い。  
そういった人々から、彼への気持ちを綴った手紙が送られてくるのはそう珍しいことではなかった。  
地上で生まれたのであろう幼い子供が描いたグレンラガンの絵が添えられた手紙を、二人で笑いながら読んだこともある。  
カミナを主人公にした絵本シリーズの感想が送られてきて「なんで俺に送ってくるんだろう」と困りながらも嬉しそうなシモンを見るのは、ニアにとっても楽しいことだった。  
シモンが誰かに好かれている。愛されている。それはニアにとって、とても喜ばしいことのはずだ。  
捨てられた姫たちの墓の前、夕暮れに染まる中、大グレン団のメンバーにシモンが認められたときの喜びをニアは忘れてはいない。  
 
なのに、今の自分は嬉しくない。  
むしろ――とても嫌な気持ち。  
この気持ちが向けられているのは、手紙の送り主に対してだ。  
何処の誰ともわからない、おそらくは――若い女性。  
(いいえ、手紙の送り主だけじゃない)  
 
そう、自分のこの感情は、シモンに対しても向けられている。  
(なぜ? シモンは何も悪いことなんてしてないのに)  
シモンだけではない。手紙の送り主の女性だって、何も悪いことはしていない。  
自分に問いただしてみるが、はっきりとした答えは出ない。  
答えは出ないが、今シモンに会ったら、なんだかぽかぽか殴りつけてしまいそうな気がする。  
 
 
手紙はシモンのデスクの隅、書類と書類の間に隠されるように挟まれていた。  
勝手に手紙を読むなど、マナーに反することをするつもりはなかった。  
片付けようと手にした書類の間から、便箋が床にはらりと落ちるまでは。  
拾い上げたときに、読む読まないを意識する前に文面が目に入ってしまったのだ。  
(そうよ、送り主の方は何も悪いことなんてしていない。ただシモンへの気持ちを、正直に書いただけ)  
そう、彼への憧れとありったけの好意を、便箋一杯に甘ったるい言葉を散りばめて送りつけてきた。ただそれだけ。それだけなのだ。  
 
あてもなく市街をとぼとぼと歩く。  
ふとショーウィンドウに映り込む自分の表情を確認した。  
――酷い顔をしている。  
理由はわからないが、とにかく自分はあの手紙の内容が嫌だったのだ。そのことを認めよう、とニアは思った。  
シモンのことを好きだと綴った手紙が、自分は嫌なのだ。そして、その手紙を書いた送り主のことも、嫌なのだ。  
顔もわからない、会ったこともない、シモンのことを好きだと言ってくれる人のことを、自分は嫌っているのだ。  
とても嫌な気持ちだった。こんな気持ちを抱く自分のことも嫌いだ。  
そしてこの負の感情は、ただ手紙を受け取っただけのシモンに対してすら向いている。  
(私、いらいらしてる。シモンに対して怒ってる)  
どうしてこの手紙だけ隠すように置いてたの? 前にもこういう手紙をうけとったことがあるの? この手紙を読んだとき、どんな気持ちだった? 嬉しかった?  
 
暗い感情が胸と頭で渦巻いて、気分が悪くなるようだった。今シモンに会ったら、彼に対して酷い言葉をぶつけてしまうかもしれない。  
雑踏の中を縫うように歩く。こんな日には、もう誰にも会わずに帰路に着いたほうがいいのかもしれない。  
ぼんやりと考え、目線を通りの先へと向ける。  
レストランの店先に客引きのウェイトレスの姿が見える。そういえばもう昼時だ。  
ふと、彼女たちに捕まっている若い男に目を向ける。  
それはシモンだった。  
 
困っている。明らかに困っている。  
ウェイトレスの娘に三人がかりで取り囲まれ、今にも店――どうやらステーキ店のようだ――に引きずり込まれそうになっている。  
自分が声をかければ、シモンが彼女たちを振り切るきっかけを作ることは出来るだろう。  
だが、ニアはそれをせずに、物陰からシモンの表情を窺った。  
どう見ても困っている顔だが――心なしか、気のせいか、ほんの少し、まんざらでもなさそうにも見える……ような気がする。  
一度そう思ってしまうと、そうとしか見えなくなってしまうのが不思議だ。  
むぅ、と自然に頬がふくらむ。ニアは踵を返すと、哀れな恋人を放置してその場を立ち去った。  
抵抗空しくシモンがステーキ店に引きずり込まれたのは、それとほぼ同時の出来事だった。  
 
 
「あれ? ニアじゃん」  
「あらホント」  
妹を同伴した買出しの帰り道、キヨウの目に映ったのは大グレン団調理主任の姿だった。  
どこか心ここにあらずといった様子でふらふらと街中を歩いている。その姿はどうにもこうにも危なっかしい。  
キヤルはキヨウと顔を見合わせると、声を張り上げてニアの名を呼んだ。  
「おーい、ニアー!」  
ぶんぶん手を振るキヤルに気づいたニアは、しばらくぽーっとこちらを見つめた。  
が、次の瞬間にはその不思議な色合いの瞳は潤み、その場に突っ立ったまま子供のようにしくしくと泣き出したのだ。  
「ぅええ?! ちょ、ニア、どうしたんだよー!」  
キヤルは手にした荷物をその場に放ると、慌ててニアの元へと駆け寄った。  
 
 
(やきもちだな)  
(やきもちねえ)  
コーヒーカップを口に運びながら、隣に座る妹と目だけで会話する。  
正面に座るニアはもう泣いてはおらず、落ち着きを取り戻していた。ただ、その目元はまだ少し赤い。  
 
感情の整理ができずにいつも以上に何を言っているのかわからないニアを、半ば無理矢理喫茶店に引きずりこんで、妹と二人がかりで事の詳細を聞きだしたのだ。  
シモンのもとに送られてきた手紙、その送り主、そしてシモンに対して理由のわからない負の感情を抱いている。  
こんなことは今までなかったのに自分は一体どうしてしまったのだろうか、とニアは真剣に悩んでいるようであったが。  
(ほんっと、浮世離れしたお嬢さんねぇ)  
キヨウは苦笑した。彼女にいわせればそんなもの「やきもち」の四文字で片付けられる感情なのだが、ニアにとってはそうではないらしい。  
それも無理のないことなのかもしれない。元々この娘は、他人に対して悪意を抱くという経験が極端に不足している。  
自分自身が悪意を向けられた経験もほとんど無いといっていいだろう。  
嫉妬などという感情と無縁の環境で十年以上育ってきた彼女だ。生まれて初めての気持ちの正体が説明できなくても無理はない。  
(やきもちだって教えてあげるのは簡単だけど……)  
それでは面白くないだろう。  
 
「あんた一人だけの問題じゃないんだから、気持ちを整理した上で、それをそのままシモンに率直に伝えなさい」  
コーヒーを一口飲んだ後、キヨウは目の前のニアにそう告げた。  
「私一人だけの問題じゃ、ない……?」  
「そうよ。シモンが原因で、あんたはわけのわかんないもやもやに悩まされてるんでしょ。だから、あんた一人の問題じゃない。シモンも一緒に考えなきゃ」  
「ちょ、ちょっとおねーちゃん?」  
キヤルが物言いたげにあわあわと動く。なんで「それやきもちよ」って教えてあげないの、と目で訴えてくるが、キヨウは妹を無視した。  
その代わりわざと挑発的にニアに言う。  
「それとも、シモンに知られるのが怖い? 自分がこんな嫌な気持ちを抱えてるってこと」  
ぽかんとキヨウを見つめるニアだが、その瞳はいつもの輝きを取り戻していた。やるべきことがはっきりしたときのこの娘の強さをキヨウは知っている。  
「そんなことはありません。……私、シモンと話し合います」  
うんうん、と満足げにキヨウは頷いた。  
 
 
「なんですぐに教えてやんなかったんだよぉ、『それはやきもちだ』って。ニアかわいそうじゃんか」  
ニアと別れた後、キヤルは我慢できないといった様子でぶーたれてくる。  
そんな妹に対して、キヨウはふふーん、と笑った。  
「んー、そっちのほうがあの子達にとってはいいんじゃないかと思って」  
「? どゆこと?」  
「少しは恋愛の醍醐味も味わったほうがいいってことよ」  
何せ出会ったときから今日まで、恋の障害らしき障害が全く無かった二人だ。  
相手の態度に不安を覚えたり、一挙手一投足にやきもきしたり――そんな当たり前の経験すら無いのではないか。  
「それはそれでいいことなんだろうけどね。さ、あたしたちも帰りましょっか」  
「よくわかんないなぁ」  
唇を尖らせる妹を見遣ってキヨウは笑った。どうもこの子は色恋沙汰にはまだまだ縁がなさそうだな、と思いながら。  
 
 
(……酷い目にあった)  
ぐったりと疲れ果ててシモンは家路についた。  
一度顔を出せと言わんばかりの村長からの連絡に、妙な義理を感じて従ってしまったのがそもそもの間違いだったのだ。  
裏口あたりから村長にだけ挨拶を済ませて帰るつもりだったのに、シモンを迎えたのはウェイトレスとなった同郷の娘たち。  
挨拶だけで帰るとの言葉は欠片も聞いてもらえず三人がかりで店に連れ込まれ、やれ販促用だのなんだのと写真を撮られたりサインを書かされたりと大変な目に合った。  
自分の肩をばんばん叩きながら満足げに笑う村長に、ちらりと殺意を抱いたのは多分あれが初めてだったような気がする。  
それにしてもあのウェイトレスの娘たちは怖かった。顔は笑っているのに、目は笑っていないのだ。  
獲物の小動物を追い詰めた猛禽類か肉食獣は、ああいう目をしているのではないだろうか。  
 
シモンはげんなりすると、上着のポケットをまさぐる。  
そこに入っているのは三枚のカラフルな名刺だった。「これ私の携帯の番号! 暇だったら連絡ちょうだいね♪」と彼女たちに渡されたのだ。  
……三人それぞれ、まったく別のタイミングで。  
おそらく、自分以外の二人が自分と同じ行動をとっているとは夢にも思っていないのではないか。  
いや、あるいはお互いわかっていてそ知らぬふりをしているのだろうか。  
(女の子って怖い……)  
そもそも、自分に対する態度の変わりようからして恐ろしい。  
ジーハ村で暮らしていた頃、彼女たちから好意を感じられる振る舞いを受けた経験は一度たりとて無かった。  
ぶるる、と身体を震わせる。こんな日はもうさっさと寝てしまおう。まだ夕方だけど。  
 
玄関のドアを開け、薄暗い室内に入る――はずが、照明は点けられていた。人の気配もある。  
シモンの顔に、本日初めての安堵の笑みが浮かんだ。合鍵を渡している人間は一人しかいない。  
「ニアか?」  
心も身体も途端に温まるようだった。直前まで会っていたのがあの怖い女の子たちなのだからなおさらだ。  
恋人の優しい笑顔を求めて、シモンはリビングルームを覗き込んだ――が。  
「ニ……ニア?」  
そこには彫像のように表情を固まらせたニアがいた。  
 
 
「ど……どうした? 何かあったのか?」  
ただならぬ恋人の様子に、シモンは戸惑いながらも声をかける。今までこんな表情の彼女は見たことがない。  
何か怒っているのかと思ったが、どうも違うようだ。むしろ緊張して顔を強張らせている、そんな印象を受けた。  
「シモン……私……」  
「う、うん?」  
すぅ、と息を吸い込んで、ニアはシモンを見据えてはっきりと言い切った。  
「私、あなたがむかつきます、です!!」  
 
「…………へ?」  
目の前のニアの至って真剣な表情とは反対に、シモンの口からは気の抜けた声が漏れた。  
(……何を言ってるんだろう、ニアは)  
むかつく、などと言われはしたが、シモンはさほどショックを受けなかった。  
あまりに唐突で理解できなかったというのもあるが、ニアの表情から本当の嫌悪が見受けられなかったからだ。  
「ど、どうしたんだよ、ニア。そんなこと言うなんて、お前らしくないぞ?」  
戸惑いながら問いかけるシモンに対して、ニアは真剣な表情を崩さないまま、ばっと何かをシモンの眼前に突きつけた。  
「あ゛」  
シモンの口から思わず声が漏れる。  
数日前に目を通して、そのままデスクの書類の間に埋もれたままになっていた手紙だった。  
「この手紙もむかつきます!!」  
可憐な彼女の口から「むかつく」というあまり上品とはいえない単語が飛び出すのはなかなかに珍妙な光景だ――頭の片隅でそんなことを考えられる分、まだ自分には余裕があるなとシモンは思った。  
「ニ、ニア、その手紙は」  
「手紙の送り主の女性の方もむかつきます!!」  
そこまで言い切ると、ニアは言いたいことを言い終えて満足したのかはぁはぁと息をついた。紅潮した頬が可愛らしい。  
(しまったなぁ)  
ニアの手の中にある手紙――所謂ラブレターというもの、になるのだろうか。それを受け取り目を通したのはつい先日のことだ。  
熱烈な好意が綴られた手紙を寄せられるのは、何もこれが初めてというわけではなかった。  
それらはありがたいものではあったが、シモンにとってそれ以上のものでもそれ以下のものでもない。  
送り主である女性のほとんどはシモンと一度も直接会ったことのない人であり、自分の中で描いた憧れの存在としてのシモンに好意をぶつけている。  
シモンはそう解釈しており、ゆえに手紙の中でいくら「好きです」だの「毎日あなたのことを考えています」だのと言われても、自分がもてるようになったなどとは全く思えないというのが実際のところだった。  
ニアに対して何も後ろめたい思いをする必要はないのだが、それでもそういう類の手紙を今日まで彼女の目に触れないようにしてきた。  
気恥ずかしいというのもあったが、何より彼女に余計な心配をさせるのではないかという気遣いのつもりだったのだが。  
 
「む……むかつくんだ、ニア?」  
「うん、とっても」  
まだニアの表情は幾分か硬いが、それでも先ほどよりは普段のニアのそれに近くなっている。  
彼女は一杯一杯の様子で言葉を続ける。  
「……私、おかしいの。シモンがいろいろな人に好かれるのはすごく嬉しいことのはずなのに、このお手紙を読んだ後とても嫌な気持ちになりました。  
お手紙の送り主の方のこと、嫌いだって思ったの」  
ニアは努めて平静に自分の感情をシモンに伝えようとするが、話すうち自然と語尾が震える。  
「それどころか、シモンのことだって嫌いって思ったのよ。シモンは何も悪いことしてないのに、おかしいってわかってるのに、なんでこんな気持ちになるのかわからないの」  
そこまで言い切ると、ニアの大きな瞳はうるうると揺れ始めた。シモンも流石にそれにはぎょっとする。  
「な、泣くなよニア」  
思わず彼女の肩を抱き寄せ、参ったなぁ、とシモンの視線は空を彷徨った。  
多分、彼女の感情は単純なやきもちだ。シモンにとっては少々くすぐったくもあり、ちょっと嬉しいかも――とすら思える程度の問題だが、ニアにとっては一大事なのだろう。  
(照れくさいけど、説明してやらないわけにもいかないしなあ)  
ニアを抱き寄せ、ふわふわした頭を撫でながらシモンは言った。  
「ニア、あのさ……それって、やきもちなんじゃないのか?」  
 
 
(…………疲れた)  
ニアの肩を抱いたまま、シモンはぐったりと肩を落としてため息をついた。  
恒例の「やきもちって何ですか?」に始まる大説明会が終了する頃には、日もすっかり落ちていた。  
ただでさえ口下手なシモンが、色恋に纏わる感情――しかも、自分に向けられている嫉妬について説明する様は、第三者からすればきっと拷問にしか見えないだろう。  
それでも懇切丁寧に答えた結果、ニアの心のもやもやは解消したらしい。腕の中の彼女のすっきりしたような表情を見て、シモンは苦笑した。  
「すっきりしたか?」  
「ええ。でも、お手紙も送り主の方もシモンのことも、まだちょっとむかついてるの」  
「あ、そーなの……」  
悪戯っぽくニアは言うと、そのままぎゅう、とシモンの身体に抱きついて甘えた。少し恥ずかしそうに、シモンを見上げて告げる。  
「シモンはわたしの恋人です。ほかの人にはあげません」  
 
 
(……こういうところなんだよなぁ)  
シモンの心を捉えて離さないのは、彼女のこういうところなのだ。  
頬が赤くなるのを感じつつ、シモンはニアの頭をぐりぐりと撫でる。ふわふわした髪と伝わる温もりが心地良い。  
「あー……えっと、ニア」  
「ん?」  
腕の中の彼女が小首を傾げる。  
「あのさ……今日、泊まってかないか?」  
視線を逸らし、照れを隠すようにシモンは言った。  
 
 
 
 
 
「ふぅ……んん、……ぅん、っふぁ……」  
くちゅくちゅといやらしい音をたてて唾液と唾液が混ざり合う。  
ニアは壁に押し付けられた状態でシモンの舌を受け入れていた。腰を抱く腕は身を捩ることすら許してくれず、右手はニアの太ももを這いスカートのスリットの内へ進入を果たそうとしている。  
ひどい。まったくひどい。泊まっていくかとの問いに、はいと答えた途端にこんなことになるなんて。  
シャワーも浴びていないし、服だってお互い着たままだ。おまけに場所はリビング。  
抗議をしようにも唇は塞がれ、そこからもたらされる熱はニアの身体から容赦なく力と思考力を奪う。  
飲み込みきれなかった唾液がつう、と顎を伝う。もはやそれがどちらのものなのかすらわからなかった。  
わざとらしく立てられる、舌と舌が絡み合う音がニアの身体の内を疼かせる。  
押しのけようとしても、彼の胸に這わせた手には力が全く入らない。  
抗議の意を込め薄目を開けて彼を睨んでみても、熱に浮かされたような瞳の彼は一瞬視線を合わせただけで、すぐにその瞼を閉じてしまった。  
だめだ、こうなってしまっては彼はもう止まらない。  
 
「あっ……シモ、ン……やぁっ」  
やっと唇が解放されたかと思えば、彼の唇はそのままニアの耳を食み、そのまま頬、おとがい、首筋を伝う。  
ぬるりとした舌が肌を這う感触に、ニアは喉の奥から搾り出すような声を上げた。  
「ひぅ……んっ……ふぁ、んっ……」  
かくん、と膝が崩れるが、腰を抱く腕はその場に崩れ落ちることを許してくれない。  
「っ! や、シモン、やだっ」  
しばらくスリットの中を這っていた指はニアのショーツに掛かり、そのまま膝のあたりまでするりと下げられた。  
秘所が外気に晒された刺激と、服を着たまま下着だけ脱がされる羞恥にニアは震える。  
「すごい、ニア……もうこんなに濡れてる」  
中途半端に脱がせたショーツに視線を落としてシモンが言う。顔から身体から火が出るような思いだった。  
内ももの更に奥、肉と肉が擦りあうたびにぬるりとした感覚がニアを襲う。  
(一体誰のせいだと思ってるの)  
恥ずかしさに瞳を潤ませ、眼前の恋人を睨む。しかし、腹立たしいのは事実だが抗議はしない。できない。  
(……腹立たしいのは本当なのに…………嫌じゃないのが不思議)  
この気持ちもやきもちと同じで、理屈では上手く説明がつかないのかもしれない。  
シモンは悪くないのにシモンを嫌いと思ったのと同じように、シモンに対して怒ってるのに嫌ではないのだ。  
 
(……だったら、気持ちに正直に動いたほうがきっと素敵ね)  
「ぅむっ!?」  
ニアは勢いまかせにシモンの唇に自分から再度口付けた。ちゅ、ちゅ、とわざと音をたて、少し乾燥した彼の下唇を自分の唇でついばむようにキスを繰り返す。  
ありったけの愛しさと、ほんの少しの憎らしさを込めて。  
シモンは初めこそ驚いたような表情をしたものの、ニアから積極的にキスされるのも悪くないと思ったらしい。静かに目を閉じて彼女の行為を受け入れる。  
ただし彼の手はじっとなどしておらず、ニアの胸の膨らみをやわやわと這い、胸元のアクセサリーを器用にはずすとそのまま胸元をはだけさせた。  
露になった白い乳房をシモンの手がゆっくり揉み上げる。  
「ひゃっ……! や、ぁ……」  
下着に続いて中途半端に服を脱がされ、与えられた刺激にニアは頭を振った。唇は離れ、切ない声が漏れる。  
快感を与えられ痺れるように尖った乳首を、シモンの指は押しつぶすように擦る。  
喉元を降った唇は焦らすように肌を吸い赤い痕を刻むと、わざと歯を立てるように優しくニアの乳房の先端を含んだ。  
シモンの背にしがみついてなんとか立っていたが、それも限界だった。かくんと膝が折れ、今度こそニアは背を壁に預けたままその場にずるずるとへたりこむ。  
シモンももう無理にニアを立たせようとはせずに、ニアにあわせてその場に膝をついた。  
胸に顔を埋めるシモンの髪が、ニアの頬をくすぐる。行為自体はこんなにいやらしいのに、乳房を熱心に舐るシモンの姿が赤ん坊のように思えて、ニアは小さく笑った。  
「シモン、なんだか可愛い」  
「は??」  
「だって、なんだか赤ちゃんみたい」  
突拍子もない言葉に顔を上げたシモンは、「赤ちゃんみたい」というニアの評に少なからず男のプライドを傷つけられたようだった。  
少々むっとした顔をしてニアに言葉を返す。  
「赤ちゃんはこんなことしたりしないだろ」  
「でもそう思ったんだもの」  
 
いまいち男の心理を理解してくれないニアにシモンは不貞腐れかけたが、ふと思い直してニアを見つめる。  
その表情は、少々意地の悪い――いや、どちらかというといたずらを思いついた子供のような笑顔だった。  
「……ニア、赤ちゃんの我侭だったら聞いてくれるよな?」  
「??」  
 
 
 
「あっ、ああっ……やっ、んぁ……ひぅ…!」  
シモンに乞われるままに彼の身体に跨り、彼の顔を見下ろしながら腰を振る。  
自分が能動的に動かなければならないこの体勢と、口から漏れるはしたない声のせいで身体が溶けてしまいそうに熱かった。  
赤ちゃんみたいだなんて言わなければよかった、などと今更思っても後の祭りだ。  
「挿れる場所がよくわからない」「どういう風に動いたらいいのかよくわからない」という泣き言は一切聞いてもらえなかった。  
「ニアがいいように動いて」と言われても、恥ずかしくて快感を感じるどころではない。  
大体「いいように動く」だなんて、自分から快楽を求めにいっているようではしたないではないか。どうしても心情的に抵抗がある。  
 
(……でも、このままだと私も辛いし、それに)  
ニアは乱れて顔にかかった髪の房の合間から、眼下のシモンを見遣る。  
拙い動きでもそれなりの快楽を与えることは出来ているのか、彼の顔は赤く、呼吸も乱れているようだった。  
この体位ゆえに、シモンの動きは当然限られてくる。  
いつもニアを激しく求める彼を、自分の動きだけで満足させることが出来れば、それは少し気分のいいことかもしれない。  
シモンの胸についた手に少し体重をかけると、ニアはためらいを誤魔化して腰の動きを早めた。  
 
「あ、はぁっ…んぅ、ひぁ……はぁ、あっ、あんっ……」  
目をきつく閉じたまま身体を動かす。シモンと目など合わせられない。恥ずかしいのには変わりないのだ。  
視覚を遮断すると、自分の声と結合部の淫猥な音がいやに耳につくが、シモンと目を合わせるよりはまだこちらのほうがいい。  
彼の目に自分の痴態はどのように映っているのだろうか。考えたくもないことなのに、頭にはそのことばかりが浮かんでくる。  
腰を動かすたびに髪は踊るように乱れ、半開きになった口からは嬌声があがる。  
身体を動かすたびに揺れる乳房は、見上げる彼の視界からはさぞいやらしく映ることだろう。  
「やぁっ、シモ、ン……っ!」  
蕩けるように濡れた秘肉は、くわえ込んだ彼をぎゅうぎゅうと締め付け収縮を繰り返す。  
シモンよりも先に、ニアの限界のほうが近づいていた。  
「ぃあッ、はっ、やあっ、ん……!」  
突然与えられた刺激に背を仰け反らせる。シモンが身体の下から、腰を突き上げてきたのだ。  
ぐちゅぐちゅと卑猥な音をたてて、秘所と秘所がぶつかりあう。  
「はぁっ、あっ、あっ、あっ、やぁ、私、私……もう、……ッ!」  
頭の奥が真っ白になるような感覚を味わい、ニアはそのままシモンの胸へとくずれ落ちた。  
荒い呼吸のニアの頭を、シモンの手が優しく撫でた。  
 
 
 
 
 
浅い眠りからニアは目を覚ました。シモンの裸の胸を枕代わりに眠っていたらしい。  
ニアの肩を抱き寄せるようにして眠るシモンの表情はそれこそ幼子のようで、先ほどまで自分を組み敷いてした人物と同一人物とは到底思えない。  
裸の上半身をゆっくりと起こす。最初こそ中途半端に服を着たままだったが、情事を繰り返すうちにいつのまにか全て脱がされてしまった。  
(……結局、何回したのかしら?)  
ぼうっとした頭で思い返すが、判然としない。まあ、それもいつものことだ。  
シーツ代わりに身体にかけられていた彼の上着と、リビングの隅に放られた哀れな自分の服を見遣る。朝になったら洗濯だ。  
ふと、シモンの上着のポケットに目をやる。鮮やかな色合いの名詞のようなものが零れ落ちていた。  
「……?」  
何気なく手に取り、書かれた名前と添えられたメッセージに目を通し……ニアは、安らかに眠る恋人の頬を思いっきりつねり上げた。  
 
 
 
終  
 

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