【隙間ネタその1 ボインvsボイン】 
 
「──あんたがこんな所で何やってるのか知らないけど、シモンにまで変なちょっかい出すのやめてくれない? この子には一応ニアって恋人がいるんだから」 
 
対峙した相手を威嚇するかのように革ジャケットを纏ったヨーコの肩がそびやかされ、その動きにつれてファイアーパターンのビキニトップに包まれた豊満なバストがゆさりと揺れた。 
 
「アンチスパイラルの尖兵となって婚約まで交わした男を星ごと滅ぼそうとする恋人だがな。まあいずれにせよ、シモンの何でもないお前には一切関わりないことだろう」 
 
挑発を正面から受け取ってヴィラルが裸の胸を反らすのに伴い、剥き出しの──申し訳のように長い髪の毛先が先端部を隠してはいるが、それが余計にエログラビア写真めいた雰囲気を醸し出している──形のいい乳房が左右で僅かなタイミング差を付けてぶるんと弾む。 
 
牢獄の鉄格子を挟んでその存在を主張し合う4つの特盛りボリュームは平素ならば絶景かなといった趣だったが、今現在のこのピリピリとした空気の中、その真下で組体操のピラミッド土台担当みたいなポーズになっているシモンにとってはもはやありがたくも何ともない。 
ああ、例えばこんな人生の大問題を突き付けられてなどいない14歳の頃の自分だったらこれだけでご飯が丼10杯くらい食べられたりラガンの4、5台は軽く起動できたりしそうな光景だけど。 
 
「関わりならあるわよ! 私はシモンの──仲間っていうか、そう、家族みたいなものなんだから。ずっと敵だったあんたになんか勝手なことしてほしくないわね」 
 
「ハ、家族だと? …ああ、コレの兄の女だからか……そういえばアレは元気にしているのか? 仮にお前の身近にいるとすればの話だが」 
 
いきなり言葉の応酬がこの場にいる全員にとってものすごくデリケートな部分に触れたことで、シモンの背にぞくりと冷たいものが走る。 
思えば、6年前に自分たちの前から去ったヨーコはてっきりカミナを追いかけて行ったものだとばかり考えていたのだが、どうも今すぐそこに立つ彼女より滲み出ている微妙に剣呑な気配からするとそうではないらしい。 
 
「……これとかあれとか、随分と馴れ馴れしい言い方じゃない」 
 
「どういう間柄になれば馴れ馴れしく呼んで差し支えなくなると? どちらとも肌を合わせた程度ではまだ不足か」 
 
うわあ。こういう局面で言っちゃうのか。 
空気が凍ってビキビキとひび割れる音というものを聴覚ではないどこかで体感しながら、シモンの頭は「そういえば俺兄貴と同じ人と関係しちゃったけどこういうのってアレかなあ、ナントカ兄弟って言うんだっけ…」などとどうでもいい思考に走って目の前の現実から積極的に意識を逸らそうと試みる。 
なので、視界の端でヨーコの右手がジャケット下の左脇に吊られたホルスターから大口径のオートマチック拳銃を引っ張り出すのを見てはいても、それに対しての反応は大いに遅れた。 
 
銃声が7発。 
 
あまりの早撃ちだったため、ところどころ音が重なって5発くらいにしか聞こえなかったが、確かにその銃口から放たれた10o径の鉛弾は牢のドアの蝶番2つとシモンとヴィラルそれぞれの両手を拘束していた手枷の電子ロック各2箇所、ついでにシモンの右足に留め具の部分だけまだくっついていた足枷のロック1箇所に過たず命中し、ほぼ跳弾も貫通もしない絶妙のバランスでその機能だけを破壊していた。 
下手に避けようと身動きしていれば却って大怪我をしていたに違いない。というか実際に、その反応の速さゆえ咄嗟に腕で頭をガードしてしまったヴィラルは跳弾を喰らったらしく、頬と肩口で例の体組織の再生に伴う録画映像の逆早回しのような現象が起きている。 
ヨーコがヴィラルの反射神経をどれくらい計算に入れていたのか、不死身の再生力の事を知っていたのかどうかなどと真面目に考えると大層怖い想像になりそうだったが、兎も角もこの薄暗さで、しかも会話の流れ上、相当頭に来ていると思われる状態でこのコントロールは実に見事なものだと言わざるを得ない。 
しかしそれだけに、その沈着さが薄ら怖ろしかったりもするわけだけど。 
 
「……さて、礼を言うべきところか、ここは?」 
 
「あら、王都の戦士は礼節を重んじるんじゃなかったの」 
 
どう見ても第2ラウンド突入のゴングです。本当に申し訳ありませんでした。 
などと何かの定型文のような文章を頭に浮かべつつ、頭上のプレッシャーが重過ぎて起き上がれなくなったシモンの脳裏には何故か全体的にセピアのフィルターが掛かった色調で、マントを靡かせつつサングラスをきらめかせた7年前のカミナの姿が再生されていた。 
 
『いいかシモン、男なら何があっても胸を張って堂々と、上を向いて生きろ!』 
 
ごめん兄貴、それはちょっと無理。 
 
 
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【7年後でも生きてるカミナについての前提というかエクスキューズ】 
 
とりあえず、本編11話に相当するエピソードでグアームの罠に全力で引っかかった挙げ句真っ先に公開処刑されそうになったっていうか実際撃たれて生死の境を彷徨い奇跡的に一命を取り留めたけど左腕と内臓の一部を激しく損傷したためグレンから降りざるを得なくなり暫くはダイグレン艦橋で本編のダヤッカ的な事をしてましたがテッペリン攻防戦が終わったあと新政府の立ち上げに前後してシモンだけに見送られフラリと姿を消したという背景がこの間出来たもののSSにしたところで面白くもエロくも何ともないので割愛しました(一息で)。 
 
 
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【隙間ネタその2 ラブコメっていったい何ですか?】 
 
「──なんで上がすっ裸なのかは訊かねえけどよ」 
 
7年ぶりに見た、いつの間にかそれなりに年齢を重ねて大人びた顔付きとなっていた男は空色の髪をばりばり掻きながら肩越しに振り返った。 
左頬に一筋走る引き攣れたような傷と中身を持たずに翻るくたびれたコートの左袖が、7年前突如として、男が自分との勝負から一方的に降りた理由を無言のうちに物語っている。 
 
「流石に目の毒ってヤツだ、外にいる奴らが鼻血で死なねえようにこれでも巻いとけ」 
 
ぬっ、と突き出された男の右手には何重かに輪を作った白く細長い布。 
 
「何だこれは」 
 
「見りゃ解るだろ、サラシだよ。それとも巻き方から教えてやんなきゃダメか?」 
 
「いや、それは、別に……」 
 
いくらなんでもこんな原始的な衣類の着け方くらいは解る。 
手渡されたそれを試みに胸回りにひと巻きし、そこから下の方へ向けて──思ったより少し難しい。 
 
「ホントは下から巻くモンだからな、ちょっとコツがいるしよ」 
 
端を自分で押さえておくよう言って、胸の下を動いた男の手は背側へ回り、しまいには体全体が背後へ回って再びぐるっと戻ってくる。所々で角度や引っ張る強さを変えて、胸から下をかっちりと巻いた布は程良く肌を締め付け、心なしか背筋までぴんと伸ばされる気さえした。 
 
「どーだ、気合、入った気がするだろ?」 
 
これは昔と変わらない、不遜なようでどこか人懐っこい、変に愛嬌のある笑みを口の端に乗せて覗き込んで来る男の顔から、何とはなしに逸らした視線は首筋から胸元、変わらず筋肉の引き締まった腹──但し左側には一度何か強い力で抉られたような古い傷跡が幾つも残っている──へ降り、そこではた、と今自分の上半身に巻き付いている布切れの出どころに気が付いた。 
 
「……どうりで変な匂いがすると……」 
 
「悪ぃ悪ぃ、こないだニュースとかいうヤツで月が落っこちてくる責任を取らせてシモンを私刑にしやがるなんて聞いたからよ、慌てて取るモンもとりあえず歩き通しで帰ってきたんだが、そんな調子だから風呂にもロクすっぽ入ってなくてなー」 
 
言うほど悪いとも思っていなさそうな顔でからからと笑った男は気安い態度で彼の匂いがする布に包まれた背を叩き、次いで裸の肩を抱き寄せるようにして顔を近付けた。 
ひそりと、耳に滑り込む潜められた声。 
 
「…シモンのこと、頼む」 
 
「なに?」 
 
「グレンはお前にやる。今の俺は見ての通りであいつの役には立ってやれねえ。だから──本当は、お前との勝負も全うしてやれなかった俺が頼める筋合いじゃねえが、でも頼む。あいつを、助けてやってくれ」 
 
頼む、などと。 
この男に本気からそんな事を言われる日が来るとは夢にも思わなかった。 
いつでも倣岸で、常識知らずで、他者に頭を下げる事など考えもしない、己の欲するものは全てその手で奪い取る男なのだと思っていた。 
負った傷が、ないしは歳月が男を変化させたのか、ただ単に自分がこの男の事を何も知らなかっただけなのか。 
 
喜びとも、落胆ともつかない複雑な思いは縒り合わされて仄かな面映ゆさとなり、その収まりの悪い心地がつい憎まれ口を叩かせる。 
 
「私に“やる”だと──? 元々、あれは貴様が我々から奪ったものだろうが。グレンラガンの兜もだ。盗人猛々しいとは貴様のことだな」 
 
ずっと言いたかったことを言ってやると男は驚いたように目を瞬き、次いで「やられた」とでも言うようにへらりと破顔した。 
 
「そういやそうだ、ケダモノ大将に一本取られたな」 
 
しかしそうなると他にやれるようなものも──などと口の中でぶつぶつ言っている男の顎を掴んで顔をこちらに向けさせる。 
 
「ならば、貴様の一番大切なものを私に寄越せ。命のある限りは面倒を見てやる」 
 
男は一瞬呆気に取られたような表情を見せ、僅かに間を置いてからその言葉の意味を呑み込み、頷いた。 
 
「……ああ」 
 
「ついでにこれも貰っておいてやろう」 
 
「へ?」と間抜けな声を洩らして再びぽかんとしている男の口元に唇を押し当てる。 
一瞬戸惑ったように相手の肩が揺れ、そして僅かに間を置いてから片腕が背に回り、力の緩い、子供をあやすような手つきが背中から肩を撫でて、髪を軽く梳いた。 
 
数秒も掛からず、技巧も何もない押し付け合うだけの口づけだったが離れていく時に一抹の寂しさに似たものが胸の端を掠め、それを認めるのも癪なのでわざわざ余計な一言を付け加える。 
 
「……ちなみに、今ので貴様の弟と間接キスだ」 
 
「あ、そうなの?」 
 
「しかも貴様の方が下手だ」 
 
「へぇ、あいつがねぇ」 
 
別段悔しがるでもなく、むしろ何故か自慢げにニヤニヤしているのが少し面白くない。 
電気の切れた暗い通路の向こうから先に行った3人が呼ぶ声に、必要以上の大音量で返事をして踵を返した男の足を軽く蹴ると、「痛ぇ」と微妙に笑いを含んだような声がした。 

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