※定時王女体化注意 
※キャラの性格別人化注意 
※カミナ生存のまま9話以降に突入した捏造並行世界注意 
※百合なんだかなんなんだか微妙な描写注意 
※エロ含有量薄すぎ注意 
 
以上に地雷臭をお感じの方はくれぐれもお読みにならないことをお奨めします。 
 
 
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息苦しい程の質量に身体の中を掻き回されている。 
無防備な柔い粘膜を抉り、擦り立てるその動きに剥き出しの神経が蹂躙され、苦痛とも快楽とも区別できない波が全身を休む間もなく責め苛む。 
内も外も、隈無く暴かれた身体はどこに触れられても淫らな刺激を脳裏に伝え、だらしなく開いて荒い呼吸を繰り返す口からは涎と野の獣じみた声が零れるばかりだ。 
 
自分の上へ圧し掛かる白い肌には蜈蚣を象った刺青がうねる。まるで紅い荊のようなそれが突然、ぐにゃりと歪んで次にその色を変えた。 
血のような紅から夜明け前の空に似た深い蒼に。有機的な螺旋から幾何学的な円弧と線に。 
逞しい肩の上、月の光で逆光になった顔が不遜に笑う。節くれた指が肌の上を這った。 
 
違う、違う。 
 
「これ」は違う、我々とは別の、相容れない生き物だ。 
「これ」に抱かれるなど、抱かれて快楽を覚えるなど、あってはならない。 
「これ」の下で浅ましくも腰を振るなど、淫らな声を上げることなど──── 
 
 
 
「うるっせーんだよッ!!」 
 
衝撃。床の上でバウンドした後、ひと転がりして膝をついた姿勢に起き上がる。 
そこでようやく、自分の体がベッドから言葉通り蹴り出されたのだという現状認識に思考が追い付いた。 
狭い窓から見える空の色は闇の底に光を孕んだ深い蒼だ。払暁まで既に間もない。 
 
「変な声出して寝ボケやがって、お前は上官の安眠を妨害しろって教育でも受けてきたのかい!?」 
 
むしろ早朝に上官──正式な配属命令は出ていないが既に事実上──の寝台から裸で蹴落とされる事態に陥った際の士官として適切な対応というものがあるというなら教育カリキュラムに入れておいてほしかった、と半ば真剣に考えながらヴィラルは床の上で跪伏の姿勢を取った。 
 
「…大変申し訳ありませんアディーネ様、お寝みのところをお騒がせしましたこと、お許し下さい」 
 
「ふん、たいそうな大騒ぎだったね」 
 
ベッドに腰を下ろし、裸身にまとわりつく黒髪を掻き上げながら螺旋四天王のひとり、アディーネが毒づく。 
すらりと長い脚が組まれ、紅い模様の絡みつく爪先が床に降りた。 
 
「で」 
 
色だけは同じ隻眼を眇めながら、彼女は言葉を継ぐ。 
 
「カミナってのは何処のどいつだい」 
 
どっ、と体中から冷や汗の噴き出す音が耳の中に響いた、気がした。 
 
「そ、そのような事、申しましたでしょうか」 
 
「申しましたも何も、サカった声で散々鳴きながら何度も呼んでただろうがよ」 
 
なんかもう、今すぐ船殻一枚外の大海原に投身自殺してしまいたい気持ちをぐっと堪えて。 
 
「ち、ちが、違います、それとこれとは別件でフギャッ!!」 
 
「要点を言いな!!」 
 
いつでも殴打用鈍器に転用できる尻尾を揺らしながら蠍型獣人の上官が威嚇する。 
ヴィラルはすごすごと頭を垂れ、それまでの経緯を白状した。 
具体的には湿原の真ん中で裸猿と夕飯の材料を奪い合ったあたりから温泉でろくでもない目に遭ったあたりまで。 
 
「──ですが、決して人間ごときに身を汚されてなどはおりません!」 
 
「お前の貞操なんかどうでもいいんだよ」 
 
懸命に死守してきたそれを少し前「なんかムカつくから」とかいう理由であっさり奪った張本人が心底どうでも良さそうに言い捨てるのに、ヴィラルの脳内で仮想の自分が両手で顔を覆ってわあっと泣き伏した。 
だいたい何が悲しくて同性の上官の枕頭に夜毎侍らされた上に張り型や尻尾で苛め抜かれたり縛られたり踏まれたりなどという仕打ちを受けなければならないのか。あんなおかしな夢を見たのもおそらく半分くらいはそのせいだ──などとは、「どれだけ理不尽であっても上官には絶対服従」という軍人根性の染み込んだヴィラルには口が裂けても言えない。 
 
「しかし成る程ねェ、チミルフからダイガンザンを奪った人間共の頭目か」 
 
薄闇の中で、化粧を落としているはずなのに尚も紅い唇が嘲う形に吊り上がった。 
目顔で命じられて寝台の側まで膝行り寄ったヴィラルの顎を、なめらかな仕草で持ち上がった爪先が捉え仰向かせる。見上げた先ですうっと細められる深紅の眼。 
 
「よし、お前、今日にでもダイガンザンに潜り込んでそのカミナとかいう奴をヤッてきな」 
 
「……は?」 
 
いまいちその発言の意図が汲めずに間抜けな返事をしたところで、すかさず横っ面へ尻尾がワン・ツー。 
ぼたぼた垂れる鼻血が床を汚さないよう、手の甲で必死に押し留めているヴィラルへ更に言葉の追い打ちが投げられる。 
 
「カマトトぶるんじゃないよ鬱陶しい。要するにだ、螺旋王様に楯突く叛乱分子の親玉ともあろう男が獣人の女に閨で寝首を掻かれたと知れ渡れば……人間共はさぞかし幻滅するだろうねえ?」 
 
「そ、それは……」 
 
いくらなんでも軍人のすることでは、と喉の所まで出かかった言葉を辛うじて飲み込む。 
ここで武人の誇りがどうのと言ったところでアディーネの怒りを余計に買ってどつき回されるのは目に見えていたし、改めて認めるのも痛苦だが、今日まで失地を重ねた自分にこれ以上落とすほどの武名があるとも思えない。 
 
それに──夢に出てまでこの自分に屈辱を与えるあの男の存在を、経緯はどうあれ自らの手で消し去ることが出来るのならば。 
 
「……は、拝命、致します……」 
 
>>> 
 
荒野を進む移動要塞型ダイガン・ダイガンザン改めダイグレンの行く手にまたも水の壁が噴き上がったのはその日の昼前のこと。 
甲板上を豪快に洗い、幾つかの解放エリアを水浸しにした波濤の中から飛びだして来たのは例の如く螺旋四天王のひとり流麗のアディーネが駆るセイルーンだったが、奇怪なフォルムのそのガンメンは迎え撃つ大グレン団のガンメンをひととおり蹴散らし、合体して出てきたグレンラガンと幾度かお義理のように斬り結んだだけで、何故か唐突にそれが現れた逆巻く水柱の中へと再び姿を消した。 
大部分はまた四天王を追い払ったと呑気に気勢を上げる大グレン団の中にもこの目的不明な、いささか不自然な襲撃と撤退に疑いを持った者は僅かながら存在したが、艦の外部をざっと走査したところで何かを仕掛けられたというような痕跡も見あたらず、不審に思いつつも今日のところはやはり敵襲をしのいだのだ、という結論に落ち着こうとしていた。 
 
 
──が、確かにそれは艦内への侵入を果たしていた。 
 
基本的に寄せ集め所帯の上にリーダー以下大雑把な人間の多い大グレン団の性質上、その発覚は遅れに遅れた。 
ハンガーの片隅で昏倒していた整備員3人は、てっきり徹夜続きが祟って居眠りをしているものと思われており、後に医務室へ担ぎ込まれてその鳩尾付近に強く殴打された跡が認められるまでには余裕で1時間ほどが経過していた。 
食堂でヒマを持て余すガンメン乗り達の雑談の中で、キッドとゾーシィが別々の場所で怪しい人影を見たと主張するもあっという間に他の話題で流された。もっとも、2人の話を総合したところで「たぶん女だった、よく見えなかったが結構美人だった、正体を質そうとする間もなくその姿がかき消えた、もしかしたら幽霊か何かかもしれない」と具体性に欠けすぎた内容ではあったが。 
人気のない通路で遊んでいたギミーとダリーの「壁から知らないお姉さんが出てきて天井に入っちゃった」という報告は、保護者代わりのロシウが動力室の手伝いから戻ってくるまでおおむね2時間半ほどスルーされっ放しだった。 
 
結果として、殆どの人間がが艦内に潜在する脅威にさして警戒を払わないままにその日もとっぷりと暮れようとしていた。 
 
>>> 
 
狭いエアダクト内を這うように移動していたヴィラルは前方に張った幾度目かの蜘蛛の巣を払い除け、煩わしげに頭を振る。 
 
勝手知ったる艦内とはいえ、こうもあちこちに有象無象の裸猿共がうろついていては好きなように歩けもしない。 
かつては長たるチミルフの下、地上軍に属する獣人の砦だったダイガンザンが人間如きに占拠され我が物顔で使用されている事に、その人間などの目を盗んで鼠の如くこそこそと動き回らなければならない己の現状に、つくづくと言い表しようもない怒りと屈辱を覚える。 
それもこれも、何もかもあのふざけた大バカ裸猿、カミナのせいだ。一刻も早く、あのニヤけたタレ目面を刃でカチ割って蒼い縞模様通り五体をバラバラに分割してやりたい。 
無論、それと同時に誰の目にも明らかなよう、今や叛乱分子共の旗印とまで成り上がったらしいその名を失墜させてやる必要があるが。 
 
奴がこのダイガンザンを乗っ取った人間共の首領として君臨しているというのなら、その最終的な居場所はやはり艦長室しかない筈だ。 
思い知らせてやろうではないか、艦も武勲も、何もかもを奪い取られたかつての主の無念を。 
 
闘争本能と復讐心、その双方が満たされんとする期待にヴィラルの唇は歪み、薄闇の中で凄絶な笑みを形作った。 
 
>>> 
 
内部構造を熟知していたとはいえ、狭く複雑に交錯するダクトの中を思い通りに移動するのは殊の外に骨が折れ、艦長室天井の換気口から眼下にその室内を確認する頃には既に、時刻は夕を過ぎて夜に差し掛かろうとしていた。 
 
艦長室とは言っても質実剛健な人柄だったチミルフの居室はさほど華美でもなく、一般乗組員用個室より多少広い程度の室内には必要最低限の備品しか置かれていない。ただ、面積が通常のものの2倍はあるベッドや大きく頑丈そうな椅子だけがかつての主の魁偉な容姿を偲ばせていた。 
元からあったものをそのまま使っているらしい、その広々としたベッドの真ん中あたりに、シーツに埋もれるようにして丸まっているのか奇妙に小さく見える盛り上がりが見える。 
人間め、何も知らず呑気に眠っているようだ。 
 
手早く固定ボルトを外して格子を除け、天井に開いた四角い穴からぶら下がるように宙へ身を放り出す。 
穴の縁に引っかけていた手を外し、身を隠すために頭から被っていたマントを落下する一瞬の間で脱ぎ捨て、身軽な姿で床に降り立つ。 
ベッドに横たわっていた人間が流石に気配を察して起き上がろうとするのに先んじて床を蹴った獣人は放たれた矢のように飛びかかり、声を出せないようその口を掌で塞ぐと残る片方の手で慌てて抵抗しようとする二本の細い手首をまとめて掴んで寝台の上に押し付けた。 
 
「…………!?」 
 
──細い、手首? 
 
薄暗い部屋の中、ヴィラルは自分が組み敷いた人間の顔を改めて見下ろす。 
鋭い爪を具えた大きな手にまだ子供じみた輪郭の顔の下半分をほぼ押さえ込まれた状態で、恐慌にか息苦しさにかいっぱいに見開かれ、目尻に涙を滲ませたどんぐり眼が獣人の金色の眼をじっと見返していた。 
 
>>> 
 
少しばかり時間は遡り。 
 
 
ただっ広い、小柄な自分の体に比せば尚のこと広々と感じる艦長室にシモンはふらふらとした足取りで入ってきた。 
靴とジャケットを脱ぎ捨てるのももどかしく、何故こんなに大きいのかさっぱりな寝台へと転がり込む。シーツを手繰り寄せ、枕を抱えた自分の上をすっぽり覆うように被ってしまえば昔、故郷の村で狭い穴の中に丸まっていた時を思い出して幾らか気分が落ち着いた。 
 
今日も疲れた。 
 
昼に戦闘があったから、じゃない。 
というか今日の敵は何をしに来たんだと訝しくなるほどにさっさと撤退してしまってむしろ物足りないくらいだった。 
戦闘、というよりはグレンラガンに乗っているときはまだ気が楽だ。自分が何をすればいいのか、何をすれば皆の役に立つのかちゃんと解るから。問題はそれ以外の時間にある。 
 
あの日、10日ほど前にこのダイグレンを手に入れた時からグレン団の、シモンを取り巻く環境は大きく変わった。 
まず本拠地が出来た。それまでは寝起きするのも野外の地面の上、食事も材料を探したり狩ったりするところから始まり風呂に入って体を清潔にするなんて事もそうそうままならなかった生活が、一転して獣人達の使う「文明」とやらの恩恵を受けたものに。 
そして仲間が増えた。各地で獣人達に苦しめられていた人々がグレン団の旗の下に集まってきたのだ。グレン団のリーダーたるカミナが戦う姿に勇気づけられ、希望を感じて。 
 
なのに。 
 
奪い取ったダイガンザンの甲板に立ち、居並ぶ面々に向かって今後よりこの艦をダイグレンと名付けると宣言したカミナは続けて言った。 
「今から大グレン団のリーダーはシモンだ」と。 
勿論、皆そんな事をシモン本人も含めて認めはしなかったし、思い直すように説得もしたのだが、カミナはその長所でもあり短所でもあるところの強情さを遺憾なく発揮し頑として意を曲げようとしない。曰く、敵を撃ち破ったのもこの艦を分捕ったのもシモンの功績であって俺は弟分のものを自分のものにしたりしねえとか何とか。 
結局、周りがそのことを納得するまで少し時間を置けばいいというリーロンの意見をようやく容れてリーダーの座を譲るのは(一時的にという前置き付きながら)諦めてくれたものの、それでもダイグレンはシモンのものだからシモンが艦長を務めるべきという主張は撤回してくれなかった。 
今でも主な方針を決めたり皆に指示を下すのはカミナの役目だから、自分は名誉職をもらったと思ってのんびりしていればいいのかとも思っていたのだが現実はそうでもなく、艦長としてやらなければいけないことは思いの外に沢山ある。 
続々と合流してくる大グレン団参入志願者を受け入れて艦内での配置を割り振ったり、彼らに部屋や装備を手配したり。食糧の備蓄や機材の品目・点数を確かめて足りないところや優先順位はどうやりくりするか考えたり。勿論リーロンやダヤッカなども手助けしてはくれるがそれでも気苦労は一向に絶えない。 
なによりも、一番シモンを疲れさせるのは面識の薄い団員と話すたびに有言無言様々に放たれる「こんな子供がどうして団の要職に?」という疑問だった。 
 
そんな事はシモン本人が一番知りたいのに。 
 
「おれには向いてないよ……」 
 
囁くような音量でも声に出してしまえばその思いはより実感を伴って胸を抉る。 
人や物資の取りまとめならダヤッカやキタンの方に一日どころではない程の長があるし、艦そのものの事なら今やリーロンが第一人者だ。自分に出来る事なんて、ラガンで一時的に制御を奪うくらいでしかない。 
それに、何よりもグレン団に集まった人たちが頼みにするのは、従いたいのはカミナなのだ。 
自分はせいぜいドリルを使うくらいしか能のない、小さくて頼りない穴掘りシモン。兄貴と、カミナとは全然違う。あんな風にいつだって自信と行動力に溢れて、強引にでも奇蹟をものにし誰彼構わず惹き付けてしまえるような人間には到底なれない。 
 
ぐるぐると思考の淵に沈みながら、いつの間にか眠気に侵食されかけていた意識が微かに聞こえた物音で不意に現実へと引き戻された。 
上の方、たぶん天井で何か硬い物が触れ合うような音がする。ほぼ同時にシーツ一枚を隔てた室内の空気がざわりと動く気配。 
誰かが、ドアじゃないところからこの部屋の中に、入って──? 
 
慌てて跳ね起きようとしたところをものすごい勢いで飛びかかってきた何かに突き倒される。視界を覆うシーツをどけようとする間もなく、伸びてきた大きな手に口と鼻を押さえられて声も上げられない。相手の身体を押し返そうとした手が両方とも掴まれて頭の上で交差する形に押さえ付けられる。 
 
「だ、れ」 
 
懸命に問う声は口を塞ぐ掌に阻まれて音にもならなかったが、ようやく闇に慣れはじめた目はその答えを視線の先に見出した。 
顔の半分以上を隠す白っぽい金の髪の隙間から覗いている、やや緑がかった金色の眼。縦に裂けた瞳孔は暗さのせいか常よりも円に近付いて見える。 
 
ヴィラル。 
 
今までに何度も自分達を付け狙い、戦い、怒りと恨みを向けられたことのある女獣人。 
その手の中に己の命が握られたことを悟って、シモンの全身からぞっと血の気が引いた。 
 
>>> 
 
暫し、双方無言のままに──相手は口を塞がれているのだから当然のこと──視線だけが交錯する。 
 
何故、カミナではなく小さい方の裸猿がここに寝ている? 
これまでに耳にしたやり取りからすれば兄弟のようだし、ガンメンに乗り込む際といい常に傍らに置いているらしい事は知っていたが、よもや寝室まで一緒に使っているとでもいうのか。それとも── 
 
不意に、押さえ付けていた体が苦しげに捩られる。口だけではなく鼻も塞いでしまっていたことに気が付き一旦引きかけた手を、再び伸ばして首筋に鋭い爪の先を押し当てる。 
 
「何故貴様がこの部屋を使っている? カミナはどこだ、言え」 
 
げほげほと咳き込む子供の呼吸が整うのを少しだけ待ってやる。程なくして、咽せる息に掠れて弱々しい声が返ってきた。 
 
「あ、にきは、ここ……いない、おれ、が、ダイ、グレンの、艦長、だ……」 
 
「…貴様のような小僧がダイガンザンの主だと? ふざけるな!」 
 
哀れを誘うほどに撚れて震えた声の中にもどこかふてぶてしい響きが含まれているのが癪に障って、首に掛けた手へ幾らか力を籠める。首筋にほんの僅か食い込んだ爪の先に顔を顰めながらも、見上げてくる目は先程よりも意志の強さを孕んだように思えた。 
 
「…お前も、おれじゃダメだって言うのか、おれが、子供だから……」 
 
「愚問だな、私が欲しいのはカミナの、人間共が担ぐ叛乱分子の頭目の首だ。解ったら大人しく奴を呼べ。それとも、貴様に少し悲鳴を上げさせてやれば勝手に駆け付けて来るかな?」 
 
しかし獣人に組み敷かれたシモンは悲鳴も命乞いも口にする気はないとばかりに固く唇を引き結び、ぷいと視線を逸らした。表情からは子供らしい弱々しさが失せ、据わった三白眼が随分と憎たらしい印象を作る。 
 
「自分の立場というものが解っていないようだな」 
 
ゆっくりと首筋に爪の先を埋め込めばぷつりと細い血管が切れ、滲み出した血液が表面張力で小さく玉を結ぶ。だがシモンはそれにも小さな呻き声を漏らすだけに留まった。 
 
「…お、おれ一人くらい殺したって、大グレン団には兄貴も他のみんなもいるから困ったりなんかしない……それに、お前が獣人でいくら強くても、ひとりで全員を倒してここから帰るなんて、無理だろ…」 
 
やっと口を開いたかと思えば、逆に脅しているつもりなのか生意気なことを言う。 
 
さて、どうしたものか。 
あれの弟で、幾ら大層に過ぎる肩書き付きとは言え、獲物としてはやはり小さすぎる。かと言って既に姿を見られたからには逃がす訳にも行かない。 
この細い首をねじ切るかどうかしてカミナの前に突き出してやったならさぞ悔しがる様が見られるかもしれないが、そういった事は自分の流儀ではないし、そもそも死体を引きずりながらこの艦内に奴の居場所を再度探すのはあらゆる面で非効率的だ。 
 
「ならば、やはり貴様に役に立ってもらわねばな。せいぜい哀れな声であの男を呼ぶがいい」 
 
「声、なんか……」 
 
喉元を撫で上げる尖った爪端の感触に、シモンは例え甚振り殺されたとしても悲鳴などは意地でも上げてやるものかとばかりに歯を食いしばる。 
今にも与えられるだろう痛みに備え、眉根を寄せてぎゅっと目を閉じた顔の上を、不意にさわりとした感触が擦った。 
 
「……?」 
 
薄く目を開けて見上げる先、互いの吐く息が掛かる程の近さに獣人の女の顔がある。 
落ちかかる金髪の先端が未だ柔らかい輪郭を残した頬を撫で、鋭い爪を具えた指先が固くへの字に結ばれた口元をなぞるように動いていた。 
強く顎を掴んで抑え付けられているため顔を逸らすこともできない、真正面から覗き込んで来る金色の眼の中で、縦長の瞳孔が針のように細く引き絞られるのをシモンは訳が解らないままに眺める。 
唇に、何か柔らかいものが触れた。 
 
「痛めつける以外にも声を上げさせる方法はいくらでもある……お前のような未成熟な個体には早いだろうが、な」 
 
>>> 
 
食堂の片隅に陣取ったカミナは遅い夕食を摂っていた。 
 
今日は艦内至るところで変な人影を見ただの怪しい物音がしただのという噂が持ちきりとなっているため、リーダーとしても一応見回りの真似事くらいはしておかなければならなかったのだが、思いの外にそれで時間を食ってしまった。 
徒労の割には結局、何もそれらしいものは見つけられなかったが噂の大半を占める幽霊なんて説はくだらないとカミナは思う。 
人間も獣人も死んでしまえばそこまでだ。死者が居座り続けても許される場所があるとすればそれは生きてる者の心や記憶の中だけで、剥き身の魂だけがその辺をウロウロ歩いてたりするようなものではない筈だ。 
 
そんな比較的真面目なことを考えつつも、左手に骨付き肉の塊を持って囓りながら右手のレンゲでチャーハンをかっ込むという結構器用かつ豪快な食事真っ最中の大グレン団リーダーの前に、ふわりと柔らかい色のシルエットが近付いた。 
 
「ごきげんよう、アニキさん。今、お食事ですか?」 
 
「おう」 
 
ふわふわとした不思議な色の髪に迂闊に触ると折れてしまいそうなほど華奢な手足、上品でおっとりした物腰のこの少女はニアという名で、シモンが以前、事故で──といってもダイグレンのカタパルトアームをカミナが興味本位でいじっていたらうっかり甲板上にいたシモンが乗ったままのラガンを掴んでぶん投げてしまったとか言う間抜けな理由だ──迷子になった際、たまたま崖の上から落ちてきたコンテナの中から拾ってきたという風変わりな女の子だった。 
その後になって敵の親玉である螺旋王の第一皇女だと判明したり、実は王自ら捨てた娘なのだとか獣人の四天王に命を狙われているとかややこしい経緯が色々あったりした末に、結局なんとなく大グレン団の仲間として居着いてしまっている。 
地下の女とも地上に出ている女ともまた一線を画して浮き世離れした「お姫様」という未知の人種のファンになる男の団員も多かったが、彼女は至ってマイペースに、自分を箱の中から出してくれたというシモンに大抵はくっついて回っていた。 
 
まあそれはいいんだが、シモンが最初に「おれの兄貴だよ」と紹介したせいでいつまで経っても「アニキさん」と呼ばれるのはちょっと問題だな、とカミナは最後に残ったチャーハンを口に放り込みながら思う。 
 
「ずっと幽霊さんを探していたのですか?」 
 
「ああ、けどサッパリだな……こういう得体の知れねえ探しもんは俺にゃ向いてねえ。でもまあ、こんな事まで面倒掛けてシモンの仕事増やすワケにも行かねぇし」 
 
リーダーなんか普段はいるだけで何もしてないからこういう時くらい働かないとな、と笑いながら手にした骨付き肉をただの骨に変えているカミナの向かい側で、かたりと椅子が引かれてふわふわの少女がそこに腰を下ろした。 
花のように愛らしい顔はふと思案げな表情を作り、「そういえばずっと不思議だったのですが…」と口にした少女の不思議な色の眼が、宙のどこかに答えを探すよう視線を彷徨わせる。 
 
「艦長さんのお仕事をしているとき、シモンはなんだか辛そうにしています。お仕事が向いていないわけではないのに、シモンは艦長さんをするのが好きではないのでしょうか?」 
 
言葉を選びながら、しかし思ったことを素直に口にするニアをカミナは思わず感心したように眺めた。 
 
「ああ、そうかもな。あいつ自分が人より上の立場に置かれるのに慣れてねえから」 
 
「それを御存知なのにアニキさんは、どうしてシモンを艦長さんにしたのですか?」 
 
咎める風でもなく、純粋に疑問として投げかけられる言葉についつい口が弛む。普段は自分の思考の過程を他人に明かすことなど無いのに珍しい、とカミナは内心ちらりと思った。 
多分、この少女が本心からシモンのことを気に掛けているからというのもあるのだろう。何事も内側に溜め込みがちな弟分は自分からは辛いとか、嫌だとかいうような事を最近は今まで以上に表に出さなくなったし、自分はそういった相手の細やかな気持ちを汲むのがあまり得意ではない。 
みすみす自分の気付かないところでシモンが痛みを我慢してしまっているのかもしれない時に、それを心配してくれる者がいるというのはありがたい事だった。 
 
「正直、勇み足すぎたとは思ってる。ちょっと焦っちまったんだよな、早く知ってほしくてよ」 
 
「どなたに? 何をですか?」 
 
「この大グレン団にいる奴ら全員に、何よりシモン本人にだ。あいつが、シモンが、本当にすげえ奴だって事を」 
 
それを聞いたニアはきょとんとした顔で小首を傾げた。心の底から不思議そうな顔。 
 
「シモンはいつだってすごいのに、シモンも皆さんも御存知ないのですか?」 
 
「皆がお前さんみてえに思ってくれりゃあ世話ァ無えんだがなぁ」 
 
ばりばりと、空色の髪を掻きながらカミナは椅子の背に体重を預けて後ろに傾いた。天井を見上げる紅い眼が、そこに張られた金属板の継ぎ目の線にちゃんとした解答が隠されているのだと言わんばかりにその行方を端まで辿る。 
 
「今のところ、ほんの少しの例外除いて大抵の奴はシモンを俺のオマケか何かだと思ってるみてえだが本当は違う。シモンが居なきゃ俺なんか何遍死んでたか解ったもんじゃねえ、バカを続けてばっかの俺をここまで来させてくれたのはシモンの力なんだ。あいつはどうせ、自分が穴掘るくれぇしか出来ねえとか言ってるんだろうが、あいつの掘った穴は俺を──いや、俺達をいつだって助けてくれる。岩の天井だとか、獣人だとか、俺達の頭を押さえ付けて閉じ込めてきた代物から自由にしてくれたり、色んな見たこともねえ新しい何かを見せてくれたりする大したもんなんだ。何で手前ぇでそれに気が付かないのかは解らねえが」 
 
椅子を揺すりながら、頭の中で考えていることを整理するように、時折大きく手振りを交えつつ言葉を口に乗せるカミナをニアは興味深げに眺めやる。 
ぱちくりと瞬かれた眼が、ふいに得心したような色を湛えて瞠られた。 
 
「アニキさんもシモンに、外の世界へ連れて来てもらったのですか?」 
 
「そうだ」 
 
「まあ、おそろいですね、私たち。……あ、でも」 
 
突然、何かを思い出したようにニアの表情がふっと曇る。 
 
「私、シモンに嫌われてしまったのでおそろいじゃないです」 
 
「何だァ? そんな訳ねえだろ、シモンに限って」 
 
相手が誰であれ、シモンがはっきりと態度に出して他人を嫌いだと言った事など、幼い頃から近くで見てきたカミナにもさっぱり覚えがない。 
しかし、見る間にしゅんと肩を落としたニアの様子は嘘をついているようには到底見えなかった。 
 
「何があった?」 
 
「さっき、シモンのお部屋を訪ねたら『嫌だ、来るな』と言われてしまって……」 
 
疲れているのに邪魔をしてしまったのがいけなかったのかしら、と思案げなニアの向かいでカミナががたりと机に身を乗り出した。 
 
「おい、そりゃ確かにお前に、ニアだって解った上でそう言ったのか?」 
 
「え…あら、そういえば、まだドアをノックしただけでした」 
 
いくら疲れていようと誰彼構わずそんな言葉を投げつけるようなシモンではないはずで、ならばドアの外に関係なく、そういった言葉を発するような事態といえば── 
 
「そりゃぁ……ヤベエんじゃねえのか!?」 
 
立ち上がった拍子に椅子を蹴倒したのにも気付かず、カミナは足早に食堂を出て行く。 
歩調はどんどん早まり、通路に出る頃には駆け足に。 
 
「あっ、カミナさん! こんな所にいたんですか、ちょっとお話が」 
 
通路の反対側から駆け寄ってきたロシウが慌てて声を掛けるがその足は止まらない。 
 
「急いでる、手短に言え!」 
 
「さ、先程ですね、ギミーとダリーが壁から手の大きい金髪の女性が出てきたという箇所を念のため調べてみたら確かに船殻内の保守点検用と思しき通路があ痛ぁッ!?」 
 
「バカ野郎! 何でそういう報告を真っ先に上げて来ねぇんだデコッパチ!!」 
 
強烈なデコピンを喰らった額を押さえてしゃがみ込んだロシウの横を、ぱたぱたと軽やかな足音と共にニアが駆け抜けて行く。カミナの姿は既に通路の向こうに消えていた。 
 
「ひどいですカミナさん……ってあれ、ニアさんまでどうしたんですか?」 
 
「ええとー、アニキさんがー、ヤバイかもしれないのですってー」 
 
ほわわんとした口調でいまいちよく解らないことを答えながら走って行くニアの姿も通路を曲がって視界から消える。 
額をさすりながら立ち上がったロシウはとりあえず点検用通路の詳細な見取り図があれば見せてもらおうと気を取り直し、ブリッジにいるはずのリーロンのもとへと足を向けた。 
 
>>> 
 
「シモォォン!!」 
 
ドアを蹴破る──勿論、金属製のドアは施錠されておらず開閉スイッチで普通にスライドして開いたが気分の上では──勢いで艦長室に踏み込んだカミナの目の前で、細い喉が空気を求めてひくりと震えた。 
壁を背にして後退った金髪の獣人の大きな手で、喉元を掴み上げられるような体勢になったシモンの足先は床から頭一つ分ほど浮いている。自らの体重の殆どを首で支える形で宙に吊られ、それまで抵抗して暴れていただろう手足から次第に力が抜けていくのが判る。 
 
「…こいつぁいったい何の冗談だ、ケダモノ大将」 
 
その言葉に答えは返らず、代わりに喉に掛かる手を弛められたシモンが咳き込む音が沈黙を破った。 
別段絞め殺すつもりはないのか、脇の下から腕を回して抱え直された小柄な体は乱暴に扱われるままにぐらぐらと揺れる。上着も靴もなく、ハーフパンツは剥ぎ取られ、腹部のサラシも半ばほど切り裂かれた状態で守る物の殆ど無い姿はいやが上にも頼りなげに見えた。 
 
「おうおう、獣人ってなぁガキに夜這いかけたりすんのもアリなのか?」 
 
「子供かどうかなどは関係ない」 
 
薄暗い部屋の中で金色の目が炯々と光る。薄い肩の向こうで嘲笑う形に吊り上がった口元から覗く牙が奇妙に白く見えた。 
 
「貴様が後生大事にしているものを奪ってやれるのなら、そんな事は、な」 
 
「ンだと……?」 
 
気色ばみ、更に部屋の中へ踏み込もうとしたカミナへ見せつけるよう、シモンの首筋に鋭い爪の先がひたりと押し当てられる。 
咄嗟に足を留めた男の悔しげな表情に、得たり、とばかり獣人の唇には更なる薄笑いが乗った。 
 
「少なくとも、苦労して手に入れたダイガンザンをくれてやる程度にはご寵愛という訳だ。そうだろう?」 
 
「ちが…う…!」 
 
随分と下世話な言われように、何と言い返してやろうかとカミナが考え込んだところで反駁は思わぬ場所から発せられた。 
 
「兄貴はそんな理由で皆にとって大事なことを決めたりしない! バカにするな!!」 
 
抱え上げられた体がやにわにじたばたと暴れる。その程度で獣人の腕の力は弛みこそしなかったが、僅かの間全員の注意が逸れた空白に、カミナの体の脇をすり抜けて室内に新たな人影が飛び込んで来た。 
 
「その通りです! それにシモンは物ではありません、アニキさんから奪ったりもらったりなど出来る筈がないでしょう! あなたは失礼です!」 
 
びしっと指を突き付けたニアの姿と声にその場が一瞬固まる。 
次の瞬間、全裸一歩手前もいいところの自分の姿を顧みて「ひっ」と小さな声を上げたシモンがそれまでよりも強く身を捩った。 
流石に滑り落ちそうになったその体を抱え直そうとヴィラルの意識が僅かに逸れた隙を突いて、足元から小さな影が獣人の体を駆け上がる。 
 
「な゛…っ!?」 
 
突然、何やら毛むくじゃらの物体に顔面へ貼り付かれて狼狽えたヴィラルの腕からシモンを引っぺがし、返すステップで反対側の腕にニアを掬い上げドアまで退いたカミナの口から快哉が飛んだ。 
 
「よくやったブータ! えらい!」 
 
グレン団員として十二分の働きを見せたブタモグラの仔は獣人の手に掴まれる前にその顔から飛び退き、床を転がるように駆け戻るとカミナの体伝いに友人の頭まで登り上がって「ブィッ!」と一鳴きしながら得意げに胸を反らす。 
その尻のピンクの星形に、今しがた自分の顔に貼り付いた小動物が前に見たとき何処にいたのか思い出したヴィラルが心底嫌そうに呻き声を上げた。 
 
「これで普通に話が出来そうだな?」 
 
「……ふん、まあいい、そもそもの標的は元より貴様だ、裸猿の頭目」 
 
抱えていた二人を降ろして通路の側に押しやり、自分は部屋の中へ足を進めようとするカミナにシモンが慌てて駆け寄ろうとする。 
手を上げてそれを制し、カミナは床やベッドに落ちていたシモンの服や靴を拾うと持ち主に向けて放った。飛んできた物を反射的に受け止めた拍子に2歩ほど後ろに下がったシモンの鼻先で、金属のドアがスライドして閉じる。 
 
「あ、兄貴!?」 
 
「心配すんなシモン、こっからは俺と大将の一対一のケンカだ。お前はニアを安全なとこまで連れて行ってやれや。あ、眠くなったら俺の部屋使っていいからな」 
 
ドアが閉まりきる寸前の隙間から、ぐっと親指を立てた手だけが見え、すぐに視界から消えた。 
 
 
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〔Bパート01/02へつづく〕 
 
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