「ロシウ補佐官、その顔のケガは…っ!?」  
行方をくらました補佐官が、数時間ぶりにその執務室に戻ったとき、待機していたギンブ  
レーは思わず驚きの声を上げた。ロシウの左頬は赤く腫れ上がり、口元にはかすかに血の  
滲んだ痕がある。いつも丁寧にまとめられている髪は、ほどけてさんばらと広がり、いつ  
も染みひとつない官服は泥だけだ。  
「ああ、ギンブレーか。いや大丈夫、心配はいらない」  
「しっ、しかしっ!」  
「シモンさんに殴られた、それだけだ」  
「それだけ……ですか」  
ロシウ補佐官が行方をくらました、との報を受け、シモンとキノンがグレンラガンで捜索  
に出たことは、ギンブレーも知っている。なにか手がかりを見つけろ、とシモンに言われ  
て、ロシウの執務室であるこの補佐官室を調べていたのだ。  
悶々と待つこと数時間、グレンラガン帰着との報告が入るも、待ち人は作戦会議に直行し、  
ようやく部屋に戻ってきたときには、普段からは想像もつかないほど惨憺たる格好でいる。  
それでもギンブレーは、詮索したい気持ちを抑え、びしっと背筋を伸ばし敬礼した。  
「ご無事でなりよりです」  
やはり自分の目は曇っていたのだと、ロシウは改めて気づかされた。忠誠とか信頼という  
言葉は、このギンブレーの態度に表れているように、もっとまっすぐで純粋な気持ちのこ  
とだ。それを自分はただの手駒のように思ってはいなかっただろうか。  
苦い後悔が湧き上がったものの、不思議と胸の奥は穏やかだった。  
「ギンブレー、君にも心配をかけてすまなかった。でももう、僕は大丈夫だ」  
気持ちの整理がついたら、いずれ話そう、とロシウは続けて言った。  
「ご無事で……なによりです」  
ギンブレーの声が震えていることに、ロシウは気づかないふりをした。ギンブレーは再度  
敬礼すると、補佐官室を退室した。  
 
ギンブレーと入れ違いに、キノンが医療箱を抱えてやってきた。  
「これくらいのケガ、平気だよ」  
「いいえ、ダメです」  
駄々をこねるロシウを、キノンは半ば強引に椅子に座らせた。斜交いに腰を下ろし、氷嚢  
をロシウの頬にあてる。  
「痕が残ったらどうするんですか!?せっかくきれいなか……」  
きれいな顔なのに、と言いかけて、キノンは慌てて口をつぐんだ。アダイ村で抱きついて  
から、どうも気持ちの箍が緩んでいるようだ。帰り道の出来事は、思い出すだけで顔から  
火が出るほどだ。  
「きれいな、なに?」  
「なっ、なんでもありません!それより、口を開けてください。切り傷にはこの薬が……」  
キノンが取り上げた薬瓶が床に転げ落ちた。息を呑んだ。  
キスされたと気づいたのは、顔を離したロシウに名前を呼ばれてからだった。唇にはたし  
かにやわらかな感触が残っている。  
「口のケガには、これが特効薬、かな」  
すこしはにかむように微笑んでロシウが言った。ボンッとキノンのなかで火山が火を噴い  
た。嬉しいような恥ずかしいような泣きたいような気持ちがぐちゃぐちゃになって、キノ  
ンは叫んだ。  
「ゆゆゆゆゆゆゆゆ、ゆゆゆ、友情だって……!!友情だって、ゆ、ゆうぅ、じょ」  
泣き出しかけたキノンに、もう一度ロシウはゆっくりとキスをした。やわらかな感触。あ  
たたかな手のひら。かすかな鉄の味。ロシウがケガをしていたことを思い出しながら、キ  
ノンは静かに目を閉じた。  
「僕だってさすがにそこまで鈍くはないよ、キノン」  
キノンは大きく深呼吸しながら、ロシウの声を聞いた。心臓がばくばくうるさくて、とて  
も遠くに聞こえる。  
「本当のことは書けなかった」  
ロシウは顔を歪めた。最期にするつもりだった、と搾り出すように彼は言った。  
こういう、不器用な愛し方をする人なのだ。愛し方だけじゃない、生き方も、なにもかも。  
すべてを受け止めたくて、キノンはロシウの背中に腕を回した。その胸に顔をうずめると、  
規則正しい鼓動が聞こえてくる。その音はやがて、自分の内側から響く音とひとつになっ  
て溶けあった。  
 
キノンは落ち着かない気持ちでベッドに腰掛けた。補佐官室には隣接して仮眠室が備え付  
けてある。仮眠用とは言うものの、帰宅する時間すら惜しいというロシウにとって、ここ  
はほとんど自宅のようなものだ。簡易キッチンとシャワールームが設置され、大量の書籍  
を除けばほかに調度品らしい調度品もない。ロシウらしい、とキノンは思った。  
それにしても落ち着かない。今夜は一緒にいてほしい、と言ったロシウの言葉を、どう受  
け止めていいのか、キノンは戸惑っている。深読みしていいのか悪いのか、でもまさか、  
もしかしたらひょっとして、だけどでも―――泡のように浮かんでは消えるいくつもの期  
待と不安と落胆。何度も深呼吸を繰り返しても、動悸が静まらない。  
隣室からはカタカタ、とキーボードを打つ音が聞こえる。時折その音が止むと、今度は途  
切れ途切れに紙をめくる音がする。サラサラとペンが紙の上を走る音。くしゃっと紙を丸  
める音。交代で聞こえてくるいくつかの音に、キノンは耳を澄ませた。目を閉じると、机  
に向かういつものロシウの姿が目に浮かぶ。  
(シモンさん、本当に、本当に、ありがとうございます…!)  
幸せはいつも日常のなかにある。シモンが取り戻してくれた、キノンの日常は、隣室から  
響くこの静かな音だ。目を閉じたまま、キノンはずっとその音に聞き入った。  
 
―――はっと、気づいて上半身を起こすと、いつの間に掛けたのか、シーツが体から滑り  
落ちた。眠り込んでいたらしい。一瞬自分がどこにいて何をしていたのか状況が掴めなか  
ったが、ガチャリと扉の開く音に、キノンは現実に引き戻された。  
「ごめん、キノン。起こしてしまったね」  
濡れた髪をタオルで拭きながら、ロシウが浴室から出てきた。どぎまぎしながら、キノン  
は「ううん」と小さな声で否定した。引き寄せたシーツは、キノンが眠り込んでいるのを  
見て、ロシウが掛けてくれたのだろう。  
「……仕事は、もう、終わったんですか?」  
「うん。昼間ロージェノムが言っていたことを調べていたら遅くなった」  
ロシウはベッドに腰掛け、小さな咳払いをひとつしてから、キノンを抱き寄せた。これで  
何度目のキスになるのだろう、まだ遠慮がちなキスを二人は交わした。  
「その……いい、かな」  
こくんとキノンが頷いたのを確かめると、ロシウはゆっくりと覆いかぶさった。  
 
「え…っと、あの、ここ……です」  
女子職員の制服に困惑していたロシウを見かねて、キノンが口を挟んだ。腕章と肩章を外  
し、上のボタンを外して、袖口のファスナーをあけ、襟周りを脱がせ、腰のベルトを外し、  
脇のファスナーを下げ……と、キノンに言われた手順で彼女の衣服を脱がせていく。ハイ  
ネックのニットを脱がせると、ようやく白い肌が露出した。  
「女性の制服がこんなに面倒だとは知らなかった」  
ベッドの外に放り出された制服に気を取られたふうにロシウは言った。  
「今度、制服の改正をしたほうがいいな」  
「ばかっ」  
こんなときでもロシウの意識から仕事が離れることはないらしい。下着姿にされてしまっ  
たキノンは、拗ねたようにそっぽを向いた。その視線の先に、補佐官の地位を示す肩章と  
緑色の腕章とがばさりと投げ出された。官服、ズボン、インナーと続いたのに気づいて、  
キノンは恥ずかしさに目を閉じた。  
ロシウの骨ばった手が、下着を剥ぎ取り、素肌に触れた。そこだけが灼け付くように熱い。  
「……………ん、…は、ぁっ」  
ロシウの手は首筋から鎖骨を辿り、やわらかな乳房へをたどり着く。その頂を軽くつまみ  
上げると、キノンはたまらず声を上げた。  
手の中にすっぽりとおさまる乳房は、大きすぎず小さすぎず、そこから腰にかけてのライ  
ンはゆったりとしたラインを描いて、ふくよかな臀部へと続いている。子どもっぽさも、  
過度な性的アピールもしない、均整のとれた健全で清潔な姿形。それはロシウの、情欲に  
対する嫌悪感を随分と和らげた。禁欲的な村で生まれ育った彼には、自身のこうした類の  
関心や生理的反応を疎んじる嫌いがあったが、彼女に対してそれらを向けるのはごく自然  
に感じられた。  
体に触れ、舌を這わせ、彼女の吐息に混じった艶やかな声を聞く。腹の奥底で小さく灯っ  
た欲望の熱が、煽られて次第に大きな炎となっていく。その様を、ロシウは楽しんだ。  
 
「…………キノン」  
耳元でささやくと、キノンはびくんと体を震わせた。耳たぶをかるく噛んで、耳のひだを  
舌で舐めまわす。キノンは体を震わせながら、甲高い悲鳴のような嬌声をあげた。  
「ロ…シ、ウ」  
熱に浮かされたような潤んだ瞳で、キノンはロシウを見つめた。彼の頬を手で包みこみ、  
吸い付くようにキスをした。舌が絡み合い、唾液が混ざった。口を離すと、細い透明な糸  
を引いた。  
線の細い印象を受けるロシウだが、首周りは太く、肩幅もがっちりしている。キノンは彼  
の体をなぞりながら、うっとりと見惚れた。鎖骨が浮き上がった体には、贅肉などかけら  
も見当たらない。きれいな逆三角形を描くラインを目で追って、キノンは白い肌の上に青  
く濁った箇所があるのを発見した。  
「やっぱり、痣になっちゃいましたね」  
「あの勢いだ、痣で済んだことに感謝したいくらいだよ」  
右肩のひときわ大きな痣を見やって、二人はくすくすと笑いあった。  
 
下腹部の向こうの、茂みの奥へ、ロシウは手を差し入れた。やわらかな肉に包まれたその  
場所は、ぐっしょりと濡れていて、その粘液をロシウの手に絡みつかせた。すごく濡れて  
る、と素直な感想を口にしたロシウを、キノンは軽くきゅっとつねった。  
勝手が分からず、くちゅくちゅと襞の間をさまよっていたロシウだったが、やがて敏感な  
ポイントを見つけ出した。粘液の絡んだ指でそこを擦り上げると、キノンは驚くほど大き  
く反応した。  
「…ここ、そんなに気持ちいい?」  
「ば、かぁ…っ!や……ぁ、だめ……やだ…ぁぁんっ」  
「いやならやめようか?」  
「……んん、んんんんっっ!!」  
嫌だとはっきり言ったくせに、キノンは激しく首を横に振った。困惑しながらロシウは、  
女の子って難しいなとちらりと思った。  
 
「そろそろ、いい…かな」  
キノンは肩で大きく息をしながら、かすかに頷いた。熱い熱の塊が、太ももに押し当てら  
れた。  
「っ!やっ、そこ…ちがう」  
「ごめん、その、場所がよく……」  
わからないとロシウは申し訳なさそうに言った。キノンは怒張した彼自身に手を伸ばし、  
一旦手を引っ込めたものの、意を決して自らの秘所に導いた。  
十分すぎるほど濡れそぼったそこは、しかし頑なに異物を拒んだ。ぐ、ぐ、と奥に侵入し  
ようとするが、まるで貝のようにその入口をかたく閉ざして、なかなか受け入れようとは  
しなかった。  
「…う、く……い、たぁ………い…」  
身を裂く痛みに耐えかねて、キノンはいやいやと首を横に振った。腰を引こうとしたロシ  
ウに  
「いい、の。わたしは…平気……続けて」  
とキノンは告げた。  
ロシウにしても、躊躇っていられるほど余裕はなかった。申し訳ないと思いつつも、ロシ  
ウはキノンの肩を押さえつけ、こじ開けるようにして中へと侵入した。  
「本当に入った……すごい、な」  
かすれた声でロシウは言った。生命の営みの神秘さに、感嘆せずにはいられなかった。愛  
の言葉を期待していたキノンは、ちいさく「ばか」と呟いた。それでも、結ばれた喜びに、  
全身が満たされている。キノンはロシウの背中に手を伸ばしてしがみついた。  
ゆっくりとロシウが動きはじめた。痛みに顔をゆがめていたキノンも、かすかに艶かしい  
声を発し出した。  
「あ、あ、あぁ………や、あ、だめ…だめぇ…っ、ああぁぁんんっ」  
杓子定規に対応してはいけないらしいと学んだロシウは、今度は動きを止めなかった。彼  
自身限界が近かった。キノンが大きく仰け反って、ひときわ高い声で鳴いたとき、ロシウ  
もその精を彼女の中に解き放った。  
虚脱感に襲われ、彼女の胸に顔をうずめるようにしてロシウは崩れ落ちた。キノンは優し  
く受け止め、赤子をあやすように彼の頭を撫でた。  
 
 
その夜。ロシウは夢を見た。  
 
夢の中の彼はまだ幼い。幼い彼のいるアダイ村はしかし、記憶とは裏腹に、光に満ち溢れ  
ている。村人たちが彼の名を呼ぶ。誰もが晴れやかな、満ち足りた顔をしている。幾人か  
の顔を見渡してロシウはぎくりとした。あの人とあの人、それからあの人も。神の名にお  
いて自分たちが、いや、自分が犠牲にしてきた人たちだ。  
―――司祭さま  
夢の中のマギンも、幾分若い。しかし彼の手に聖典はなく。手には小さな袋を持っている。  
その袋には植物の種が入っているのだとロシウは直感した。マギンは、傍らの女性をロシ  
ウに引き合わせた。黒髪のその女性は、どこか懐かしい感じがした。  
―――この方は…?  
おやおや、とマギンは微笑んだ。  
『忘れてしまったのかい、ロシウ。この人はお前の』  
僕の。  
 
 
―――母さん  
 
女性の顔は靄がかかったようにおぼろげだったが、その口元に微笑が浮かんでいることだ  
けは不思議とはっきりと分かった。  
 
 
910 名前:ロシキノ8/11 投稿日:2007/09/09(日) 02:40:16 ID:eqCS+GJt 
どんどんと激しく扉を叩く音にロシウは目が覚めた。時計を見るともう昼近い。こんなに  
ぐっすりと眠ったのは何年ぶりだったろうか。微かに残る夢の記憶に、ロシウは苦笑した。  
ここ数年、見る夢といえば、なにかに追い立てられるような、押しつぶされるような、そ  
んな夢ばかりだった。  
扉を叩く音がさらに激しくなる。ロシウは上体を起こして言った。  
「開いている。なんだ?」  
ばっと扉が開いてギンブレーが顔を出した。ロシウがいままでこんな時間まで出勤しない  
ことはなかったから、心配したのだろう。ギンブレーの顔が緊迫した表情から、安心した  
表情になり、そして慌てて目を逸らした。  
「し、失礼致しましたっ!!」  
言うや否や、扉を閉めてギンブレーは出て行った。  
そういえば裸だったな、とロシウは気づいて、隣にキノンがいないことに気がついた。  
 
ロシウは、手早く身なりを整えて、隣の補佐官室に赴いた。すでに書類を整えてギンブレ  
ーが待っている。今日のスケジュールを確認し、ひとつひとつ書類に目を通していく。  
「ところで、今日キノンは?」  
「休みです。体調を崩したとか」  
「……。そうか、珍しいな」  
そういうこともあるだろう、とのん気に構えていたロシウだったが、翌日、翌々日と欠勤  
が続いたことで、次第に不安になってきた。  
 
アダイ村から戻った翌々日、ロシウは鬼のような勢いで仕事を片付け、午後の予定をすべ  
てブランクにした。とにかくキノンに会って話そう、と決心したものの、悪いほう悪いほ  
うへと考えが傾いていく。暗い顔をして廊下を歩いていると、シモンとすれ違った。  
「ロシウじゃないか。どうした?なんか、悩み事でもあんのか?」  
「……シモンさん!」  
地獄に仏、渡りに船とはこのことだ。ロシウがぱぁっと顔を明るくして、縋るように見返  
してきたので、シモンは声をかけたことを少し、いやかなり後悔した。  
「―――つまり、キノンが休んでるのはヤっちまったせいじゃないか、と、こういうこと  
だな」  
「下品な言い方は止めてください」  
どう言ったっておんなじだろ、とシモンは混ぜっ返した。うだうだぐだぐだと、ノロケと  
も懺悔ともわからない話を我慢して聞いてやったのだ。曰く、乱暴にしてしまったのかも  
しれないとか、彼女の好意に甘えすぎてしまったのではないかとか、急ぎすぎたのではな  
いかとか云々云々。忍耐強く聞いていたシモンも、いい加減うんざりしてきた。  
 
同時刻。  
キノンもまた、キヨウにうだうだぐだぐだした話を聞かせていた。  
「いい加減仕事行きなさいよ」とキヨウが苦言を呈したのがきっかけだった。  
「だって……気まずいよ」  
「最初はみんなそんなもんよ。ずる休みなんかしてないで、さっさと行っちゃえばいいの。  
仕事だって溜まってるんでしょ」  
手厳しいが正論だ。でもだって、と言いながらキノンはクッションをぎゅっと抱きしめた。  
あんなふうに声をあげて、あんなふうにしがみついて、きっと下品でハレンチでどうしよ  
うもない女だと思われたに違いない。軽蔑のまなざしを浮かべたロシウの顔をありありと  
思い描くことができる。もうだめだ、とキノンはクッションに顔をうずめた。  
 
キヨウがキノンからクッションを取り上げたとき、シモンは、うつむいたロシウの額を指  
で弾いていた。  
「大事なのは、あんたの気持ちでしょ、キノン」  
「大事なのは結果じゃない。気持ちだろ、ロシウ」  
 
 
それぞれに発破をかけられた二人は、カミナ像の前で出くわした。  
「や、やあ、キノン。その……体のほうは、その、なんていうか」  
「ロシウさんこそ……ええっと…」  
心の準備を整える前に再会して、ロシウもキノンもうまく言葉をつなげなかった。けれど  
もシモンとキヨウの言葉をそれぞれ思い出して、キッと相手を見つめた。  
「その」  
「あの」  
同時に口を開いてしまい、また口ごもる。そんなことを何回も繰り返して、やっとロシウ  
がその続きを口にした。  
「…あの日の僕は……シモンさんに殴られて、ばらばらになりそうで、とても…不安だっ  
た。でも、誰でもよかったわけじゃない」  
一つ一つ言葉を選びながら、ロシウは続けた。  
「君だから、そばにいてほしかった。………す…っ、……す、す…っ」  
好きだ、とロシウはやっとの思いで言った。キノンは感極まって、ロシウに抱きついた。  
昼間なのにとか、人目がとか、堅苦しいことをロシウは言わなかった。何も言わずに、ロ  
シウはキノンをぎゅっと抱きしめ返した。  
 
が、すぐに引き離すと  
「キノン、なんだか視線を感じないか」  
と言って近くの植え込みを睨み付けた。  
ニヤニヤしながらシモンとヨーコが、すこし不貞腐れた顔でキタンが、なぜか照れながら  
ダヤッカが、以下略。ぞろぞろと大グレン団の面々が顔を出した。  
「あ、あなた方は…一体、なにを……!」  
「心配して来てくれたんだ、みんな。お前たちがうまくやれるかどうかって」  
殊勝な台詞だが、シモンの口元はニヤニヤと緩みっぱなしだ。どう見てもからかっている  
ようにしか思えない。  
「ちぃーっとばかし気に食わねぇが、お前が選んだんだ、俺ぁうれしいぜ、キノン」  
「おにいちゃん…」  
「今晩、うちでお祝いをしようじゃないか、ロシウ。キヨウもきっと喜んでくれる」  
わいのわいの、とみんなで囃し立てる。こんなんでも、ほんとに心配してたのよ、とヨー  
コがフォローを入れようとしたときには、すでに手遅れだった。  
「いまは訓練の時間でしょう!?あなた方はなにをしているのですかっ!!」  
拳を握り締めて、ロシウは怒りを顕わにした。宇宙という特殊な空間を想定した訓練のメ  
ニューを、昨日徹夜で仕上げたばかりだ。出発まで間がないというのに、なぜ彼らがここ  
にいるのか、なんのためにいるのか、思い至ってロシウは怒鳴った。  
「仕事をしてください!いますぐにですっ!!」  
 
その後もロシウの怒りはなかなか静まらず、宇宙に出るためのもろもろの準備はロシウ抜  
きで行われることが多かった。結果としてその分だけはやく地上復興が進んだ点はよかっ  
たのだが、そのために犠牲になったものはあまりにも大きかった。  
満足気に新しい衣装に身を包んだシモンたちを見て、ロシウは言いたいことをまたぐっと飲  
み込んだ。以前ほど頭や胃が痛まないのは、キノンがいてくれるからだ。彼女がいてくれて  
よかったとつくづく思う。おかげでこうして、にこやかに彼らを見送ることもできるのだ。  
飛び去っていくグレンラガンの背中を、晴れやかな気分で、ロシウはいつまでも見送った。  
 

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