ことの発端は、仕事帰りにギミーが言い出した一言だった。
「ダリーがさ、彼氏にふられたらしいんだよ」
超銀河大グレン艦長に任命されたばかりのヴィラルと、グラパール隊の隊長・福隊長であるギミー・ダリー兄妹との付き合いはもうすぐ20年になる。
かつてヴィラルが大グレン団の一員として迎えられた当時、彼を犯罪者として取り締まった立場であった兄妹はほんの少しだけ渋ったものの、
彼の人となりや、有無を言わせぬ実力を目の当たりにしているうちに自然に認めるようになっていき、今では固い信頼関係で結ばれている。
こうして個人的な悩みを打ち明けられるほどには、親しい間柄になっていた。
公共の場では畏まった態度を崩さない二人も、いざ私的な付き合いの場では言葉使いもくだけたものである。
「それでさヴィラル、悪いけどあんたあいつの愚痴に付き合ってやってくんない?後日なんか奢るからさ」
ギミーが言うには、ダリーは元々泣き虫な子供ではあったけど、ここ一番の我慢強さは自分より断然上で、
ショックなことほど顔には出さない性質だったのだそうだ。
「それで限界ギリギリまで一人で抱え込んで、ある日いきなりぶったおれたりすんの。
こっちが気付いてやんないと、弱音とか吐けない奴なんだよ。頼む」
「そりゃ構わないが…俺でいいのか?一番身近な間柄のお前の方が話やすいことはないのか?」
「…いや、こういうときは身内相手だと逆にとことん遠慮が無くなるから。
実際、俺以前似たような状況で愚痴に付き合ってえらい目にあったし。
かえってあんたくらいの間柄の相手が話を聞いてやる方がいいんだよ」
そういうものだろうか…とヴィラルは思った。
人間というものと親密に触れ合うようになってからおよそ27年。
彼らの文化・風習・メンタルに関しては大分馴れたつもりでいたが、
知れば知るほどに新たな謎が生まれてくることもある。
考える程に益々わからなくなることもある。
そして、人間というのはわかりにくいものだと思う一方、
なら自分達獣人ならわかりやすかったかと言えばそうでもなかったなと思う。
獣人は戦うだけの存在として生み出されながら、それなりに複雑な感情も思考回路も持っていた。
だが、多くが螺旋王の絶対支配の下で、それを有効活用することなく斃れて行ったのだ。
知性を持つ生物としては、あまりに勿体無い一生を送った者達があまりにも多かった。
…どこかに自分と同じようなことを考えている獣人は居ないだろうか。
もしも居るのなら、是非語り合ってみたいものだとも思う。
しかし、螺旋王の統治時代から生きていた者は今やすっかり少なくなり、
現在ヴィラルの部下として働いている獣人のクルー達も皆、
テッペリン争奪戦後に生み出された、螺旋王を知らない第二世代や第三世代の者達ばかりである。
彼らは人間とほぼ変わらないメンタル構造を持っているように見え、
最初から自然に人間社会に適応し、自分のような違和感を感じているものは居ないように見える。
なので今日までヴィラルのこの言い知れぬ思いを共有出来た者は居ない。
…こういったことを考えるとき、ヴィラルは己が不死者という、この世に類を見ない異質な存在であることを痛感し、
臓腑が掻き毟られるような切なさが込み上げてくる。
そしてそのたびに首を強く振って、その思いを無理矢理に振り払うのだった。
寂しいなどと言ったら罰が当たる。
自分は恵まれているのだ。良い部下達に囲まれ、信頼できる友人も居て、仕事も順風満帆以外の何物でもない。
自分が悲しいというのならあの男はどうなのだ。
両親や兄貴分…幼くして大切な人間を次々と亡くし、最愛の花嫁すらも目の前で見送り、
そして今も一人旅を続けているあの男は。
――そうだ。きっと俺程度のことを思っている者など珍しくは無い、きっと…
「正確にはふられたんじゃなくて、くだらないこと言い出すからふってやったのよ」
高そうな酒を涼しい顔で何杯もあおりながら、ダリーは淡々と愚痴を零していた。
場所は政府や軍の高官御用達の巨大マンション。その一角にあるダリーの部屋である。
時刻は22時をまわったところ。どこぞのバーか何かに席を設けるものだと思っていたヴィラルは、
「夜分に女性の部屋を訪ねるのは…」と渋ったのだが、当のダリーが
「グラパールの副隊長が人前で失恋の愚痴を零すなんて醜態晒せるわけないでしょう。
それにギミーやロシウを招くのと大差ないわよ」と強く希望したため、こうなったのだ。
「『君は僕なんか居なくても平気なんだろう』ですって。ばかみたい」
物憂げに呟いたその口調は、まだしっかりしているものの、その頬はほんのりと染まっている。
「…婚約すれすれまで行ったのに。結局あのひともそうだった。
私の方が稼ぎが上で社会的知名度も高いのを気にしてた。
男の人ってなんで女の優位に立って居ないと耐えられない人が多いのかしら」
ダリーが付き合っている男性と別れたのはこれで何度目だったろうか。
彼女はその見栄えのする容姿もあり、少女時代からとにかくもてたものだった。
だが、実際に付き合って長続きした相手は居ない。
いい加減な気持ちで付き合っているというわけでは断じてなく、彼女は常に本気である。
だが、相手が臆してしまうのだそうだ。
直接的なきっかけはまちまちだが、根底にある理由はわかりきっていた。
「アンチスパイラルから宇宙を救った生ける伝説の一人」である彼女の配偶者でいることに
耐えられる神経を持った男性が居ないのだ。
「夫になるような人が、どうして妻になる相手に対してそんな卑屈にならなきゃいけないの?
おかしいわよ。それって愛より大切なこと?」
ダリーの相手は大抵社会的地位の高い人間が多い。しかしそういう者はなまじプライドも高いばかりに、
耐えることが出来なくなるのだろう。
そうでない男性は、はなから彼女に近づくこと自体を諦めてしまう。
今日日の男は骨の無い奴ばっかり…と、
あくまで冷静な口調で愚痴るダリーを前に、ヴィラルは自身もグラスを傾けながら、黙って話を聞いていた。
「そもそも私なんてそんな大したもんじゃないのに…
20年前のあの頃だって、アンチスパイラルとの戦いに『勝ち残った』んじゃない。
結局は守られてばかりで、周りの人達が盾になってくれたおかげでたまたま生き残っただけよ。
なのにマスコミで取り上げられるときの煽り文句が『地球軍が誇る鉄の女』とか
『グラパール一の女傑』とかそんなのばかりで嫌になっちゃう」
「そうだな」
それまで黙って話を聞いていたヴィラルだったが、そこで初めて声を発した。
「俺がその昔仕えていた上官に比べれば、お前など全然女らしくて優しいよ」
ヴィラルはそう笑って、ダリーの桃色の頭をぽんぽん、とはたいた。
「…それってあなたのことをよく尻尾でぶってたっていう蠍の人?」
「ああ。あの方はお前の何倍も苛烈で厳しい性格で、敬遠されるどころか文字通り恐れられていたからな」
ヴィラル自身、今でこそ笑って話せるものの、当時は本気で命の危険を感じたことも少なくは無かった。
そんな彼にとっては、大抵の烈女・猛女と呼ばれる人間は可愛らしいものである。
「とはいえ…あの方も心では何を思っていたのかはわからないがな。
例えわかっていたところで俺にはどうすることも出来なかっただろう…」
ヴィラルは当時を思い出したのか少しだけしんみりした口調になる。
「腹が立つ気持ちもわかるし、残念だったとは思うが…お前もそう相手を責めてやるな。
いかに好き合っていても、どうしようもないということは…あると思う」
「うん…そうね。きっと誰も悪くないのよ」
「あーあ。でもこんな調子じゃあきっと私、一生結婚は無理ね。
シモンさんとニアさんの結婚式見て、ああいうのに憧れて、
いつか私もああいう結婚式を挙げて絶対幸せになってやるんだと思ってたのに。
…結局それも出来ないまま三十路になっちゃった」
ダリーはそう言って、テーブルに突っ伏した。
「ヴィラルはどうなの?一生一人で居るつもり?」
「…さぁな」
「自分のことでしょう?もっと真剣に考えたりしないの?」
「俺は獣人で、おまけに不死だからな…」
ヴィラルの言葉にダリーは「そっかぁ」と呟く。
「…ねぇ、不死になっちゃったことを後悔することって無いの?」
「全くしたことが無かった…と言えば嘘になるだろうな。しかし、よかったと思えたことの方が断然多い」
それは紛れも無くヴィラルの本心だった。
「この身体が無ければ俺はとっくにくたばっていただろう。
アンチスパイラルとの戦いに参加することも出来なかったし、こうしてお前達と仲良くなることも無かっただろう。
今がとても満ち足りているから、その点は本当に感謝しているよ。自分の運命に」
「潔いわよね…あなたって」
ダリーはほんのりと染まった頬を綻ばせつつ、ヴィラルの顔をまじまじと見た。
長い睫に縁取られた大きな瞳は酔いのせいか潤んでおり、芳い立つような色香を放っている。
その様は朴念仁と名高いヴィラルですらもどぎまぎしてしまうくらいなのだから、大抵の男性は陥落するだろう。
まったくこんな美しい女を、取るに足らない理由で諦めてしまった男の気が知れない…
と、今更ながらにそんなことを思っていたヴィラルだったが――
「あなたが人間ならよかったのに、ヴィラル。だったら私迷わずあなたを選んでるわ」
いきなりそんなことを言われて、一瞬本気で心臓が止まったと錯覚した。
…あまり人をからかうのはやめろ」
「冗談でこんなこと言えるほど機用じゃないわよ、私は」
ヴィラルは極力平静を保つよう努力をしたが、内心酷く狼狽していた。
自分が人間の女にとっての恋愛の対象になりえるものだとは思っていなかった上に、
ダリーは子供の頃から、彼女の兄ともども当たり前に慣れ親しんできた相手である。
人間で例えるなら、お隣か親戚の子供、くらいの認識だろうか。
それは彼女が一人前の女になった今でも変わらない。
…変わらないはずだ。
「思えば、今まで振られてきたのには、私にも原因はあるかもしれない。
私は私なりにこれまでの相手を真剣に愛しているとは思っていたわ。
でも本当はあなたが一番だったのかも…
それが相手にも伝わっていたのかもしれないわね」
混乱しているところにそんなことを畳み掛けられては、もはやどうしていいのかわからなかった。
「困るわよね、こんなこと言われたら。私もあなたに愛して頂戴なんて言わない。
…いえ、一生言わないでいようと思っていた。
でもごめん……なんか今日は全然駄目。許して」
ダリーの顔がいつの間にか間近に迫っていた。
今にも泣き出しそうなくらいに歪んでいた。
その顔が、あの多次元宇宙の夢で連れ添っていた彼女の顔と―― 一瞬、だぶった。
ヴィラルは慌てて目を逸らし、その幻想を振り払う。
「…やめておけ。人間は人間と添い遂げることが最も幸せなことなんだ。
俺はお前に不幸にはなって欲しくないぞ、ダリー」
「うん、だから…だからね、今夜だけ」
言って、ダリーは目の前の相手の首に手を回し、その肩に顔を埋めた。
ダリーにはわかっている。ヴィラルは決して自分を好きになることはないだろう。
彼は自分では気付いて居ないかもしれないが、いつだって、
一緒に街を歩いているときも、金髪の女性を見つけては目で追っているのを知っていた。
その目はあまりに切なげで狂おしく、もうこの世には居ない、
もしくは二度と会うことの敵わない相手を見ているのだとわかった。
その顔を目にするたびに、いつしかダリーは酷く胸を痛める自分に気付いていた。
これが同情なのか恋なのかはわからない。
ただはっきりしているのは、今、彼に壊れるくらいに抱きしめて欲しいという気持ちだった。
ベッドに二人して腰掛け、ダリーは自分の服に手を掛けた。
上半身が脱ぎ捨てられると、下着に包まれた豊満な胸が露わになった。
それをどこか他人事のようにぼんやりと見つめながらヴィラルは、
その昔子供だったダリーが、ギミーに「まな板胸」とからかわれて憤慨していたのを思い出し、
「ああ立派に育ったんだな」と見当違いなことを思っていた。
そうしている間にもダリーは、フロントホックの下着の、その前だけをパチンと外すと、
視線だけでヴィラルを促した。
未だに戸惑っているヴィラルは、おずおずとその胸に手を伸ばす。
そっと下着を外すと、桜色の尖りが綺麗に上を向いた乳房が露わになった。
思わず、ごくりと喉をならしたヴィラルに、ダリーは笑ってその手を取り、自分の胸に押し当てた。
「あまり力を入れないようにね」
彼女の胸は柔らかく、それでいて張りもあり、感触は心地よかった。
しばし緩やかに揉みしだくことに無心に没頭していると、ダリーが苦笑した。
「…ねぇ、胸触ってるだけ?次にはいかないの?」
「ああ…すまん」
「謝らなくっていいから。…そうだ、私だけ脱いだのは不公平だからあなたも脱いで」
「…わかった」
ヴィラルは自分の服も緩めながら、胸の痛みを自覚していた。
なし崩し的にこんな状況になってしまったが、果たしてよかったのだろうか。
ダリーは自分のことを好きだと言う。でも見返りは期待しないから慰めて欲しいと言う。
自分はその頼みを聞こうとしているが、それはとても酷いことではないか。
彼女の為を思うなら、ここは撥ね退けるのが正解なのかもしれない。
だが、寂しがっていたこと自体はヴィラルも同じで。
それを癒すにはあまりにもうってつけすぎる身体が目の前にある。
いいのかそんなことをして。
ダリーが泣くから、というのを言い訳にして彼女を都合の良い道具にしようとしていないか。
そんな彼の心中を見透かしたのか、ダリーが囁いた。
「あなたが罪悪感を感じる必要はないのよ。悪いとしたら全部私。
あなたの寂しさも知っていて、付け込んでるの。
それでも今夜のこと…絶対に責任取れとか言ったりしないし、後悔もしないから」
言って、ダリーはヴィラルの唇に自分のそれを合わせた。
「――ごめんね、朝が来たら忘れて頂戴」
自分がこういう台詞を言うときが来るなんてね…。と、ダリーは我ながら呆れていた。
もう自分は一生ニアのようにはなれないだろう。だが、それでいい。
しょせん自分は自分にしかなれないのだ。
こんなふうに相手の同情に縋りつきながら、みっともなく生きていくしかない。
だが、後を引いてヴィラルに迷惑をかけることだけはしてはいけない。
それだけは決してしてはいけない。
そのためにも、今しっかりとヴィラルを感じなければ―――そう思った。
ヴィラルの体躯は男にしては相当な細身ではあるが、貧弱さとは無縁だ。
全身は引き絞られた筋肉で覆われており、鞭のようにしなやかだった。
その力強い腕に抱きしめられ、全身をくまなく愛撫されながら、ダリーはうっとりと身をよじる。
ふと、自身の身体に視線を下ろすと、紅い斑点が盛大に散っており、ダリーは頬を赤らめる。
「…やりすぎよ。数日はシャワー室とか大浴場使えないじゃない」
「…すまん。つい面白くてな」
上目遣いに睨んでそう言うと、相手はばつの悪そうな顔をした。
面白い、ときたもんだ。
まぁ、ヴィラル自身はその強烈な再生能力のせいで、ダリーが同じことをしても、痕なんかすぐに消えてしまうし。
そんな彼にとっては痕の付く人間は面白いのかもしれないけれど。
しかしこちらがあちらに痕を付けられないのはちょっと悔しい…などとダリーが思っていると、
ヴィラルが物凄く言いにくそうな顔で囁いた。
「その…そろそろ入れたいと思うのだが…俺の手では慣らせないので………
悪いが自分でやってくれないか?」
そんなことを言われてダリーは少しだけ頬を引きつらせた。
そういえばそうだった。こんな鋭い爪の付いた指を秘所に挿入されたりしたら恐ろしいことになる。
―――軽く羞恥プレイだわね。でも、言い出したのは私だし仕方ないか…
ダリーはヴィラルの下から身を起こすと、自らの秘所へ右手を伸ばした。
既に充分濡れそぼっていたそこは、ぐちゅ、と音を立てて指を飲み込んだ。
思わず吐息が漏れ、ぶるりと身体が震えるが、ダリーは構わず指を掻きまわす。
次第に内部が収縮し始めてやわらかくなったところで指を増やし、更に動かす。
薄暗い部屋に水音が充満し、それはおのずと彼女自身の情欲も煽った。
「ふぅ…もういいわよヴィラル……ってなにその顔」
ダリーがヴィラルに視線を戻すと、彼は目を見開いて、口を半開きのまま硬直していた。
「いや…」
「ふふ、人の自慰見て興奮した?」
「い、いや確かに興奮…も、したが………なんだか凄く衝撃だ…あと少し落ち込んだ」
どうやらヴィラルは己の想像以上に、清楚可憐なダリーに幻想を抱いていたらしい。
そんな彼にダリーはくすくす笑う。
「純情なんだから、もう」
言って、寝転がると相手に向って脚を開いた。
「来て」
「はっ…うん……!」
身体の中心に熱い杭が穿たれているのを感じる。
その熱に浮かされながらダリーは今にも飛びそうになる理性を必死でつなぎとめるのに苦心していた。
出来れば理性など吹き飛ばしてしまいたかったけれど。
だが、自分を抱いている相手の表情をしっかりと覚えておくためにはそうするわけにもいかなかった。
「……っダリー…!」
霞んだ視界の先で、苦しげに自分を呼ぶヴィラルが見える。
彼のこんな余裕の無い表情を見るのは、あのアンチスパイラル戦以来かもしれない。
そして彼にそんな顔をさせているのは紛れも無い自分なのだと知って、確かな満足感を覚える。
「あ…っん…!ヴィラル、きもち、いい……?」
ダリーの絶え絶えの言葉にヴィラルはわずかに頬を緩め「ああ」と答える。
「……お前は?」
「…ん、も、へんに、なりそう………!」
――でも、まだ私を気遣ってるでしょ?ヴィラル。
ダリーはヴィラルの首に腕を回し、その耳に囁いた。
「…もっと、激しくしていい、から。だいじょうぶ、私は…
簡単にこわれたりしない、から……!」
言葉とともに、ダリーの内部が強く収縮し、自身を締め付けるのをヴィラルは感じた。
たまらずに、彼はその腰を思いっきり突き上げた。
「あああぁんっっっ……!!」
ダリーがひときわ高い声を上げ、ぎちぎちと締め付けられるのを感じながら、
ヴィラルは自分も相手も限界が近いのを感じた。
「…中で出すぞ。いいか…?」
「……ん……」
わざわざ許可を取る相手の律儀さが愛おしかった。
獣人となら子供が出来る心配は無いから愚問もいいところなのに。
―――子供…。なんで作れないんだろう。ヴィラルの子供だったら欲しいのにな。
そんなことがふと頭をよぎった。
―――きっと凄く可愛いから、男の子だろうが女の子だろうが思い切り可愛い格好させて可愛がるのに…
それはとても楽しい想像だったが、そんなことを考えている余裕は、激しい突き上げによって遮断された。
限界ぎりぎりまで昂った相手の欲が胎内で弾けるのを感じながら、ダリーは意識を手放したのだった
「――というわけで、これが今回の任務報告です」
ダリーが差し出した報告書を受け取ったヴィラルは、それを一瞥して確認すると、うむ、と頷いた。
「相変わらずこういう仕事に関してはお前の方が断然早いな。ギミーにも見習わせなければ」
「まったくです」
言って、二人は笑いあった。
あの晩から一ヵ月後のことである。
あれから一夜明けた翌朝、ヴィラルが目を覚ました頃には既にダリーは起き出していて、
身支度もしっかり整え、朝食の支度までしていた。
どういう顔で挨拶をしようかと悩みながら台所に出たヴィラルは、
いつも職場で挨拶を交わすときと変わらない顔で笑いかけられて面食らったほどだった。
そして早や一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、一ヶ月経って今に至っているが、
ダリーの態度は以前と変わらないものだった。
「では、私は部署に戻ります」
「ああ」
一礼して部屋を退出しようとしたダリーだったが、ふと足を止めてヴィラルを振り返った。
「もうすぐロシウの誕生日よね」
「ああ、そういえばそうだったな」
「今日終ったら、ギミーとプレゼント選び手伝ってもらえる?」
「ああ、もちろん」
「ありがとうございます」
一瞬、素に戻った彼女は、その一瞬のやりとりのうちに再び仕事の顔に戻って礼を言うと、
今度こそ部屋を退出して行った。
20年前から何度も繰り返した、お決まりのやりとりだった。
あの日、一晩慰めてくれればいいからと言った彼女は、一晩で本当に立ち直っていた。
…人間の女は強いと思う。
自分などよりも、よほど―――
そして自分はそんな彼女に支えられて生きている。幸せ者だ。
以前は言い聞かせているだけの言葉が、今では確かな実感を持って感じられている。
――慰められたのは断然に俺の方だったな。ありがとう、ダリー。
今のヴィラルは、ダリーを見るたびに親愛の情とはまた別の感情がわきあがってくるのを感じている。
この感情は果たしてただの羨望なのか、それとも恋愛感情という奴の始まりなのかは判別がつかない。
――今は、まだ。
この感情が、万が一恋愛感情に発展したとして、その思いを彼女に伝えたとき、
果たして彼女はなんと答えるだろうか。
自分は不死者であり、同じ時を共有することが敵わない存在だ。
それでも彼女は着いてきてくれると言うだろうか。
まぁいい。
今はただ、この心地よい感情に身を任せていよう。
ヴィラルはそう胸のうちで呟くと、仕事に戻ったのだった。
―終―