炭水化物をエネルギーへと代謝するのに必要なビタミンB1やB2が豊富な果物。
ミネラルバランスを確保するために必要なカリウムとマグネシウムを多く含んだ果物。
それがバナナ。
キヨウはそれを割り箸にさし、チョコレートの海へ沈め右へ左に泳がせた。
トプンッ
音を立て引き上げられたバナナは、その先端からチョコレートが滴らせながら、
競走馬の毛並みのようにテラテラと光を放っていた。
キヨウはごくりとのど元を鳴らしながら、ぽつりと口走る。
「チョコバナナ……の…チョコ、バナナ」
もう一度のど元を鳴らしたキヨウの目は、どこか遠くを見つめ、
ピンクに彩られた口は力が抜けたようにだらしくなく開いていた。
その時、螺巌学園の職員寮の一室の扉が開いた。
「職員室から持って来たんだが、他に買いに行ったほうが良いかな」
おにぎり型の煎餅菓子がつまった袋と、カレー味の煎餅がつまったプラスチック製の入れをもった男が姿を現す。
どれだけ煎餅が好きなのかは分からないが、どちらも男の容姿に合う代物だ。
キヨウはトロンとした目を持ち上げ男の顔を見つめると、次第にその下腹部へと視線を落とす。
「先生のチョコバナ――」
「コンビニいった方が良いかな?」
突然の訪問になにも用意をしていなかった男が、様子を伺うように顔を覗き込む。
「キヨウ?」
男がもう一度呼びかける。
その声ではっと我に返ったキヨウが応える。
「な、なんでもないの、バナナとチョコがあったから、ほら、こんなの作っちゃったし」
「チョコバナナ?なんだか出店みたいだな」
狭い台所を半身になって男は笑いながら居間のほうへと消えていく。
途中キヨウの腰に男の片手が添えられたが、それ以上のことは何もしなかった。
「今日は負けないからな」
「また、尻太郎鉄道?飽きないわね」
「キヨウだって、最後はいつも熱中してるだろ?」
「そりゃ、まぁそうなんだけどね」
数ヶ月前から何も進展はしていない二人の姿が、そこにはあった。