「あれ?」
自室の扉を開けて、シモンはすぐに室内の変化に気がついた。
シモンはもともと私物を溜め込むほうではないし、派手に部屋を散らかすタイプでもない。
かといって、ロシウのような几帳面さで以って常に部屋を整頓しているのかといえばそうでもない。
いつもなんとなく、中途半端に散らかっているのが彼の部屋の常だ。部屋の持ち主の性格をよく表しているとシモン自身ですら思う。
だが、今彼の目の前に広がる室内は明らかに掃除された直後の様相だった。
部屋を出る際に脱ぎ散らかしていった寝巻きはきちんとたたまれ、デスクの上に散乱していたはずの書類は分類されてまとめられている。
何があったのかをすぐに理解して、シモンは笑顔を浮かべた。
「ニア、来てくれたんだ」
ベッドに腰をおろし、整頓された室内を見渡す。彼女の残り香が感じられるような気がして、シモンの胸が温かな思いで満たされた。
すれ違いになってしまったのは残念だが、礼は明日にでも言えばいいだろう。
愛しい恋人に思いを馳せると、自然と頬が緩んだ。
「なんかこういうのって、『彼女がいる』って感じだよな」
「ぶぅい」
へら、と笑って左肩のブータにのろけると、気のせいか呆れたような視線を返された。だが今はそれすらもくすぐったい。
(そう、彼女だよ。恋人なんだよ)
脳裡にニアの笑顔を思い浮かべ、くぅぅ、と歯を食いしばる。それでも顔がにやけるのが止まらない。
我慢できなくなり、とうとうシモンは勢いよくベッドに突っ伏した。そのまま意味もなくごろごろ転がってみたりする。
多分今の自分は、とても人に見せられる顔をしていないだろう。
少し前にもこんな風にベッドの上で悶えたりしたことがあったが、あの頃の自分と今の自分とでは天と地ほどの差がある。
(だってさ……ニアと………………しちゃったんだもんなぁ)
枕をぎゅうぎゅう抱きしめて、顔を押し付ける。それでも笑いは止まりそうになかった。
ラガンでの逢瀬から数日経ち、ニアと結ばれたことに対する幸せを遅ればせながらシモンは満喫していた。
なにせあの日はそれどころではなかったのだ。
勢いに任せて二度もニアを抱いた後、気がついてみれば当然のように昼休みの時間はとうに終わりを告げていた。
身支度を整えて慌てて戻ってみれば、仲間たちが「シモンがラガンごと消えた」「何かあったんじゃ」と蜂の巣をつついたような大騒ぎを繰り広げていた。
「理由は知らないが何にせよ無事でよかった」と笑う仲間たちに心の中で土下座をしつつ、後ろめたさを誤魔化すように働いてその日は終了。
その後も今日に至るまで何かと忙しい日が続き、ニアと二人でゆっくり話す時間もとれないままだ。
だが、それでもシモンは幸せだった。
ふう、と息をつき、シモンは先日の情事を思い返す。
「……あの時のニア、可愛かったなぁ」
(いや、いつだって可愛いけどさ、この間は格別だったってことだよ)
誰に対するでもなくシモンは断りを入れる。
上品で可憐な彼女が、与えられる快感によって淫らに悶える姿にはたまらないものがあった。
頭の先からつま先まで、あの時彼女は間違いなくシモンだけのものだった。ニア自身も、シモンだけを求めていたはずだ。
「へへ」
ふにゃ、と締まりのない笑みを浮かべると、傍らのブータが「ぶぃー」と鳴いた。
あのとき彼の存在を無視しただけに、さすがのシモンも少しバツが悪い。
「い、いわゆる結果オーライってヤツだろ? そんな白い目で見なくても……」
「ぶぅぃ」
「……スイマセンデシタ」
思えば、ブータだけならまだしもニアの意向をも無視した行為だった。
結果的に彼女が受け入れてくれたからこそ今シモンは甘美な思いに浸っていられるが、もしも拒絶されていたらと思うと背筋が凍る思いだ。
いや、あの時の自分であれば、行為の最中にニアが何を言ったとしても止まりはしなかっただろう。
無論ニアは「シモンになら何をされても大丈夫」とは言ったが、それを免罪符にできると思うほどシモンの思考回路は都合よくできてはいない。
そもそも自分がこれから何をされるのかよくわかっていないであろうニアに対して、あの時の自分はよくあそこまで暴走することができたものだ。
(……ひょっとして俺、結構とんでもないことをした?)
そりゃあそうだろう。行為そのものは強姦と言われても否定できないものだったのだから。
(いやいやいや、でもニアは「嬉しかった」って言ってくれたし!)
その理屈だと「彼女が受け入れてくれさえすれば何をしてもいい」ということになりはしないだろうか。
「……う〜……」
浮かれた気持ちが徐々に消え、シモンの頭は生来の冷静さを取り戻した。
ニアと結ばれたことが間違いだったとは思わない。
「嬉しい」と言ってくれたニアの言葉も真実のものだろう。
だが、あの時のシモンが――もはやどうしようもなかったとはいえ、紳士的ではなかったことは事実だ。
(……なら、俺が今するべきことは一つ)
シモンはがばっと身を起こすと、携帯電話に手を伸ばした。
キッチンに立ち夕食の後片付けをするニアの後姿を、シモンはソファに腰掛けて幸せな気持ちで見つめていた。
(そうだよ、こういうのが正しい恋人同士の光景なんだよ。……多分)
なにせ「正しい恋人同士」のお手本が身近に殆どいない。
しかし、少なくともガンメンの中で情事に耽るよりは、今日のようなデートをすることのほうが理想的なカップルの姿に近いであろう事くらいは、シモンにもわかる。
「久しぶりに、二人だけでどこかに遊びにいこう」というシモンの申し出をニアは喜んだ。
都市としての機能が安定してきたカミナシティでは、娯楽施設も発展しつつある。
買い物をして、映画を見て、お茶を飲んで。
特別なことは何もしていない。ただ二人だけで時間を共有することを純粋に楽しんだ。
(とりあえず形から入ったけど、ニアも喜んでるし。…………前回の暴走、これでチャラになったかな)
なんとなく、判断を求めるようにブータを見やる。
「ぶみゅー」
それはどうでしょうかね、といった風にブータが鳴いたような気がした。
シモンはニアを送り届けてデートを終えるつもりだったが、彼女は「せっかくだから」とシモンの部屋に寄り夕食を作ってくれたのだ。
皿を洗い終えたニアが振り向き、天使のような笑顔をシモンに向ける。
「シモン。私、今日は本当に楽しかった」
隣に座るニアに、シモンも彼女につられてほわんとした笑顔を見せた。
「俺だってそうだよ。最近二人でゆっくり話す時間、とれなかったもんな」
シモンの言葉にニアは嬉しそうに微笑むと、彼の肩にことんと頭を預けた。
彼女の肩を優しく抱くと、どちらともなく視線が合い、やがてその唇は自然に重なった。言葉にしなくとも互いの望みが分かり合えたのが嬉しかった。
ただ触れるだけの口付けを、角度を変えて何度も繰り返す。数日前の貪るようなキスに対する、シモンなりの反省のつもりだった。
自然に彼女の身体を優しく抱き、柔らかな髪をゆっくり梳くと、ニアの唇から「ん」と甘えるような吐息が漏れた。
唇を離し、ニアに何とは無しに問う。
「ニア、髪の毛触られるのが好きなのか?」
ニアは答えようと口を開きかけ、一瞬迷ったような目をし――そして、恥ずかしそうに頬を赤らめて言った。
「シモンにしてもらうのだったら、何だって好き」
(…………わざとか!? ニアはわざとこういうことを言ってるのか!?)
自分の耳やら首やらが一瞬のうちに真っ赤になるのをシモンは感じた。
前回といい今回といい、どうして彼女は、シモンの心のど真ん中をこうも的確にぶち抜いてくるのだろう。
いや、彼女が打算や計算の元にこういうことを言える少女ではないことはシモンが一番よく知っている。
彼女の言葉はいつだって正直で、時に残酷なくらいに真理を鋭く抉る。
……つまり彼女は、心の底から思っているのだ。
シモンにしてもらうのなら何だって好きだと、本心から思っているのだ。
(可愛い……!)
数日前のラガンの中で何度繰り返したかわからない心の叫びを、シモンは再び叫ぶこととなった。
喜びやら恥ずかしさやら感動やらで二の句が告げないシモンの心中を知ってか知らずか、ぽてっと身体を預けてすりすりするニア。
数日前にそういう行動をした結果、シモンに何をされたのか忘れてしまったのだろうか。
力一杯彼女を抱きしめたい衝動にシモンは駆られた。同時に、二人の置かれた環境が一瞬で脳裡を駆け巡る。
(俺の部屋。二人きり。――ドアの鍵、かけてある)
視線は室内の環境を確認する。
シャワールーム。ベッド。時間はもう…………夜だ。
(いやいやいや、駄目だろ!)
ぶるぶるぶる、と頭を振ってシモンは不埒な考えを頭から追いやった。
前回の獣のような行動――と言ったら獣人が怒るかもしれない――を反省してのデートだというのに、ここでまた欲に流されては意味がないではないか。
(焦ることないんだ。ニアとはこれからもずっと、ずっと一緒にいられるんだから)
彼女の身体を今にも抱きしめそうになっていた手で、子供をあやすようにニアの頭をぽんぽんと撫でる。
必死に何気ないふうを装って、シモンはニアに微笑んだ。
「腹もこなれたし、そろそろ家まで送るよ」
あまり遅くなるとココ爺が心配するもんな、と続けるシモンに対して、ニアは少し不満げな顔をした。
そしてすぐに、何かを決意するような瞳でシモンに対してこう言い切った。
「シモン……今日は泊まっていってもいいですか?」
「……はぃ?」
自分の口から出た間抜けな声にも驚いたが、それ以上にニアの口から飛び出た突拍子のない言葉にシモンは固まった。
泊まりたい。
泊まりたい?
えーと、それって、つまり。
問うような視線をニアに向けると、彼女は頬を赤くしてそのまま無言で俯いてしまった。
ニアのことだから、本当にただ純粋に泊まりたいだけ、という可能性だって十分にあったはずだったのだが。
(本当に、そういう意味で『泊まりたい』のか!? ニア!?)
一瞬でシモンの顔、背中にぶわっと汗が吹き出る。
「で、でもさ、ココ爺も心配するんじゃ」
「おじいさんには、今日は帰らないと出かけるときに伝えてきました」
「へ?」
再びシモンの口から間の抜けた声が漏れる。
出かけるときに伝えてきた?
つまりニアは今日、最初から、そのつもりで?
ニアはもう俯いてはいなかった。紅潮した頬はそのままに、澄んだ瞳でまっすぐシモンを見つめている。
「ひょっとして……泊まっては迷惑ですか?」
「め、迷惑なんかじゃないさ! ただ……その」
うー、とシモンは呻いた。
本当に今日は、そんなつもりじゃなかったんだ。
ただニアと一緒に出かけて、楽しく過ごせればそれだけでよかった。
もちろん前回のアレに対する罪滅ぼしってのもあるけど、恋人っぽいデートをしてみたいっていう気持ちもあったんだ。
最後にもう一度、シモンは言い訳するように繰り返す。
(俺はそんなつもりは全然なかったんだ。……少なくとも、今日に関しては)
でも、ニアが望んでいる。
ニアが望んでいるのなら、前回のキスと道理は同じだ。断る理由なんて一つもない。
――むしろ、ここで応えねば男が廃るというものだろう!
シモンはニアを見つめ返し――やはり少し照れくさくなり、そっぽを向くように視線を逸らして言った。
健全なデートを健全なままで終わらせてくれなかったニアに対して、少しだけ拗ねたような声で。
「……ニアのこと、すぐに寝かせてあげられるとは思えないけど。それでもいいなら」
彼女は瞳を瞬かせ、そして悪戯っぽく微笑んだ。
「望むところです」
(俺は悪くない。俺は悪くないぞ)
シャワーを浴び、バスタオル一枚を腰に巻いた姿でベッドに腰掛けるシモンは、誰に責められているというわけでもないのに言い訳を繰り返していた。
いつの間にかブータは姿を消している。それだけに、余計にこの状況が気恥ずかしい。
ニアがシャワールームに姿を消してからしばらく経つ。
冗談っぽく「覗いちゃ駄目よ」と言うニアに「むしろ一緒に入りたかったんだけど」と言いたくなるのを抑えて、少し引きつった微妙な笑顔で見送った。
(実際一緒になんか入れるわけないけどな)
そんなことをしたら、間違いなくシャワールームでそのまま押し倒す。
頑張って自制する自信など欠片も無かった。そもそも先日の自分の所業を鑑みれば、結果は火を見るよりも明らかだ。
(……でもまあ、いずれ、そのうち、そういう機会もあるよな)
静かな部屋の中ぼんやりとニアを待つ。シャワーの流れる音がかすかに耳に届く。
(……ニア、今どこ洗ってるんだろ)
ちらりと横目でシャワールームの扉を見る。
(髪の毛? 腕? 脚? それとも……胸とか? ひょっとして、まさか――)
「シモン、お待たせ」
「ぅわあっ!?」
「?」
背後からかけられた声に妄想を中断され、飛び上がらんばかりにシモンは驚いた。
が、次の瞬間ニアのバスタオル姿に気づき、耳まで真っ赤になる。
瑞々しい白い肌はほんのりと上気し、タオルの裾からすらりと伸びる足が妙に艶かしい。
頭が真っ白になっていくのをシモンは感じた。
(な、何を今更照れてるんだよ。初めてってわけでもないのに)
見れば、ニアの顔も赤い。だが、その表情はどちらかというと、恥じらいながらもこれからの行為に対する期待に輝いているようにも見える。
(……ニアって結構、積極的なんだな)
いや、積極的なのはこちらとしても大歓迎なんだけど、とシモンは胸中で呟く。
ベッドに並んで腰掛けると、ニアのいる右側だけがじりじりと熱くなってくる。
奇妙な気恥ずかしさを打ち消すように、シモンはニアの手に手を重ね、その唇に再度キスを落とす。
ニアの瞳がゆっくりと閉じた。
(ちゃんと服を脱いでするのって、今回が初めてになるんだな)
頭の隅でぼんやりとそんなことを考えながら、シモンは優しくニアをベッドに押し倒した。
「……電気」
「ん?」
「電気、消して」
じゃれあうような愛撫の最中、唐突にかけられた言葉に、シモンはきょとんとしてニアを見つめる。
「明るいままだと、やっぱり恥ずかしいから……」
「わ、わかった」
愛撫のせいか羞恥のせいか、ニアの声はわずかに震えていた。
正直なところつけたままにしておきたかったというのが本音だが、シモンは慌てて枕元のリモコンをひっ掴み、部屋の照明を消す。
たちまち部屋は、お互いの顔も確認できないような暗闇に包まれた。
姿が見えない分、肌の感触や息遣い、ちょっとした身じろぎなどがいやにリアルに伝わってくる。
風呂上りの肌はしっとりと水気を帯び、且つ確かな熱をもってシモンの腕の中にある。
しばらくすれば暗闇に目も慣れるのだろうが、やはりニアの顔が全く見えないというのは少し不満だった。
「ニア、枕元の明かりくらいはつけてもいいだろ?」
「……ん」
手探りでスイッチを入れるとオレンジ色の光が二人を照らし、闇の中から浮かび上がるようにニアの肢体が現れる。
照明によって独特の陰影がついたその姿は、すべての照明をつけた中でのそれよりもよほどいやらしく見えた。
きめ細やかな肌の質感、曲線が、薄暗い室内の中強調されるようにシモンに迫る。
柔らかな線を描く乳房、折れそうなほどに細い腰が、ニアの息遣いで僅かに上下を繰り返す。
恥ずかしそうにシモンを見上げるニアが愛らしい。
(これは……いいかも)
口元が緩みそうになるのを必死でこらえるシモン。心の中でガッツポーズをキメる。
しかしすぐに我に返り、気を引き締めた。
前回はニアのことなど完全に無視して暴走した。同じことを繰り返すわけにはいかない。
シモンはニアを気遣うように、白い肌に優しく唇を這わせた。
愛撫の合間に、ニアに訊ねる。
「なあ、ニア……どこが気持ちいい?」
「や、んっ……」
恥ずかしがるようにいやいやするニア。返答はない。
「ね、どこ?」
愛撫を続けながら問う。
「ここ?」
「あぁっ、やん…」
「こっちは?」
ニアの身体中に指と舌を這わせる。ニアは幼い子供のように頭を振り、シモンの身体に縋りつく。
「んっ……、そんな恥ずかしいこと、聞かないでぇ……やぁっ」
「ここがいいんだ」
喘ぐニアの表情を見つめるシモンの顔に喜色が浮かぶ。穴を掘り続けていた昔、宝物を見つけたときの感覚に少し似ていてなんだかくすぐったかった。
シモンはニアの身体を横抱きにすると、快感に尖った乳首をゆっくりと舌で転がした。乳房をゆっくり揉みながら、左手でニアの秘所を探る。
「あああぁんっ!」
既に潤っていたそこにやわやわと指を這わせ、膣口にゆっくりと中指を挿入すると、腕の中のニアの背がしなる。
「ひあぁっ……! シモ、ン……だめぇっ……!」
駄目じゃないことは、ニアの顔を見ればわかる。切ない悲鳴を上げるニアの唇を吸う。
乞うように舌を入れると、しばしの逡巡ののちにニアも恐る恐る舌を伸ばした。
初めは拙い動きだったそれも、やがて自らシモンを求めるように唇を食み、舌を絡める。
時折もれるくぐもった声がなんとも色っぽい。
出し入れする指の動きを早める。溢れる愛液はニアがちゃんと感じてくれていることの証明のようで、シモンに快楽と同時に安心を与えた。
「シモン、シモン……わたし、もう……ッ!」
シモンの腕の中で、ニアの身体がびくん、と跳ねた。シモンの腕を縋るように掴んでいた手に力が入る。
「ニア……?」
ぐったりとしたニアの顔を覗き込むと、とろんとした瞳は視点が定まっていないようで、濡れた唇は物欲しげに薄く開かれていた。
シモンは満足げに小さく笑うと、力の抜けたニアの身体をうつ伏せにさせる。
そして、そのまま熱く濡れた秘所を一気に貫いた。
「あああぁぁっ!!」
嬌声を上げるニアの表情は肩越しにしか見えない。
それが少し惜しい気もするが、同時にシモンを高揚させる。
シモンが突くたびに白い身体が揺れ、背がしなる。振り乱された髪、肩、うなじに唇を落とし、背後から乳房を揉みしだく。
ニアの口から、濡れた声があがった。
「シモン、シモン……っ!」
口から漏れる吐息は熱い。
ニアの手は縋るものを求めてシーツを握り締める。
いつも視界にあるはずのシモンの姿がなく、身体に与えられる愛撫と首筋にあたる熱い吐息、腰に打ち付けられるそれだけがシモンがそこにいることを証明している。
顔が見えないままの行為は不安であったが、逆に奇妙な興奮をニアに与えもした。
「はあ、あぁぁん……シモン、もう、だめ、だめなのぉ……っ!」
ニアの細い腰が小さく震える。シモンを熱く呑み込む膣はきゅうきゅうと縮こまり、彼女の限界が近いことをシモンに知らせる。
「ニア、ニア……っ!」
彼女の名を呼びながら、細い腰を掴んでシモンは最後の仕上げとばかりに腰の動きを早めた。
シモンの動きに呼応するかのように、ニアの肉襞はより深くシモンを呑みこもうと熱く潤う。
いつしかシモンの動きは激しさを増し、前回のラガンの中でのそれと大差ないものとなっていた。
身体の下のニアの肢体を両腕で強く抱きしめ、シモンは腰を打ちつけた。
それと同時に限界が訪れ、シモンはニアの中で果てた。
「ニア……っ!」
荒い息遣いのまま、無言でニアの身体を抱きしめる。汗ばんだ互いの肌が心地よかった。
(やっぱり服は、ちゃんと脱いでしたほうがいいよな)
真っ白になった頭のなか、どこかずれているのを自覚しつつぼんやりとシモンは思った。
情事の熱も収まり、心地よい余韻に浸りながらシモンは寄り添うニアの頭を優しく撫でた。
ふとニアの顔を覗き込むと、どこか釈然としないような、不満なような……真剣に考え込んでいるような表情をしている。
「どうした、ニア?」
「私はまだまだだなぁって思ったんです」
「?」
「シモンに気持ちよくなってもらいたいって思ってたのに、私ばっかり気持ちよくしてもらいました」
ぷう、と頬を膨らませて、拗ねたようにシモンの胸に頭を預けるニア。
「そ……そっかー、気持ちよかったんだ」
「はい、とっても」
(その言葉だけで十分だよ、ニア!)
男としての勝利に浸りつつ、シモンはニアに気づかれないよう小さくガッツポーズをキメる。
そんなシモンの心中を知ってか知らずか、突然ニアは真剣な眼差しになってシモンにずいと迫る。
「だからシモン、今度はシモンの番です」
「へ?」
ニアが何を言っているのかわからず、きょとんと見つめる。
「シモンがして欲しいこと、私に何でも言って。シモンが気持ちよくなることなら、私何だってします」
ニアの瞳は真剣だ。燃えている。する行為の内容とは対照的に、純粋ですらある。
「い、いいんだよ、そんなに気にしなくて。俺だってすごく気持ちよかったし」
「よくありません。だってシモン、前回みたいに激しくなかったです」
「……いやあのそれはだね」
前回は単純に欲に流されたから激しかっただけであって、今回がそうでなかったからといって気持ち良くなってないってことにはならないんだよ――とニアに説明しようとして、シモンはそれをやめた。
ニアの言葉を反芻する。
『シモンが気持ちよくなることなら、私何だってします』
(……本当に何でもしてくれるのかな)
して欲しいことならたくさんある。そりゃもう山のようにある。
シモンは確認するようにニアに問いかけた。
「本当に、なんでもしてくれるの?」
「はいっ」
邪な期待に胸を膨らませるシモンとは対照的に、ニアの笑顔は天使のようだった。
「……当分眠れないことになると思うけど」
「望むところです」
言ったな。
シモンは心の中だけでにやりと笑う。
「じゃ、じゃあさ」
ちらりと視線を部屋の一角に向ける。
そして、何気ない風を装ってニアに提案した。その顔は期待と興奮と照れによって、少し赤い。
「とりあえず、一緒にシャワー浴びよっか」
「シモン総司令、この雑誌を見てください」
「? ロシウがこんな俗っぽい雑誌持ってるなんて珍しいな…………げ」
「『シモン総司令、噂の恋人Nさんとお忍びデート! 杏仁マンゴーパフェを食べさせっこ』……大衆の関心を大いに集めそうな見出しですね」
「参ったなぁ」
「照れないでください。おまけに全然参ってないでしょう。
出版差し止めを通達しておきましたから世間に出回ることはないですが、以後注意してください」
「わかったよ。……あのさ、この雑誌記念に一冊貰っといてもいいか?」
「…………どうぞ」
ロシウ補佐官がシモン総司令に死刑宣告するまであと4年。