その日のニアは少し様子が違っていた。  
「はうぅ…寒…」  
その様子を隣でココ爺が心配そうな面持ちで見張っていた。  
「あ…。大丈夫よ、後で少し横になれば元気になるから」  
ニアもココ爺も、風邪なんだろうと薄々気づいていた。  
しかしニアはシモンの為に夕飯を用意しに行く気満々だった。  
いくらココ爺が行くのを止めても、無駄な事だった。  
「…」  
「…ココ爺?」  
ココ爺が差し出した手の上にはニンニクが乗っていた。  
「これを私にくれるのね?ありがとう!」  
そろそろ夕方になる。早くシモンの家に行って用意をしなければ。  
ニンニクを手に、ニアはココ爺に行ってきますと告げシモンの家へ向かった。  
風邪に効力のあるニンニクは、ニアに食べてもらおうというつもりでココ爺は渡したのだが…。  
 
「はぅー、ダメダメ!しっかりしなきゃ…」  
寒気とダルさからか、調理の手は全くスムーズに動かない。  
早くしなければお腹を空かせたシモンが帰ってくる。  
「せめて…これだけでも……」  
その言葉と同時に、ニアの体は床へと崩れ落ちた。  
 
それから暫くして、ただいまーというシモンの声が部屋中に鳴り響く。  
「…?」  
返事がない。  
「ニア…?」  
靴があるのに返事がない。どうしたんだろうか?とキッチンの方へ歩み寄る。  
「ニー……アッーーーーーー!!!?」  
倒れているニアの姿を見て、シモンは驚愕した。  
「ニア…、ニアーーっ!どうしたんだ!ニア、ニアっ!!」  
彼女の体を抱き起こしても、何も反応は無かった。  
 
 
頭がスーっとする。気持ちいい。  
そんな感覚と同時に意識が戻ってきた。  
(……あれ、私……)  
確か、シモンの家でご飯の用意をして…いた、筈なのに…。  
「ひもんっ!!」  
 
それまで反応の無かった体が急に起き上がった。  
「あ、ニア…。駄目だ、まだ寝てないと」  
起き上がったと同時にその体はすぐに倒された。  
「ダメじゃないの、シモン。まだご飯出来てないの」  
「駄目だ。ニア、お前風邪引いてるだろう?何で無理なんかしたんだ」  
ニアはあの日からずっと心に決めていた。  
シモンのご飯を作る事が私の仕事だと。  
ニアの作ったご飯を食べるとシモンは幸せそうに微笑んでくれる。  
義務とかではなく、ただシモンを喜ばせたくてご飯を作りたいのに。  
 
「ダメなのっ…!私シモンにご飯作ってあげなくちゃダメなのっ……!」  
風邪のせいからなのか、思考がめちゃくちゃになってる事は自身で分かってはいた。  
「私…シモンに…、シモンのご飯はっ……」  
びたん、と頬を叩かれ、それと同時に口に柔らかい感覚が入ってきた。  
「ふっ…?ィモ…ン…」  
いつもと同じあたたかいシモンの口。  
でもいつもと何かが違う……。  
「にんにく…?くさい…」  
「ニアの作ってくれたご飯ならもう食べたから。な、俺は大丈夫」  
作ったご飯……といっても、唯一出来たのはココ爺から貰ったニンニクの丸焼きだけだ。  
「あれを食べたの…?」  
どうりで臭い筈だ。  
しかしニンニクだけって…だけしか作ってあげられなかったのに…。  
「ニア、もうちょっと待ってて」  
そう言ってシモンはニアの体を落ち着かせると、キッチンの方へと消えていった。  
 
(にんにくだけ…にんにく…)  
ニンニクだけで満足する筈が無い。もっとちゃんとしたものを作りたいのに。  
ずっとそんな思いがグルグル回っていた。  
「…?」  
ニアの鼻に、優しく温かく、美味しそうな匂いが漂った。  
「ニアっ、出来たよ」  
シモンが運んできたのは、土鍋に入ったおかゆだった。  
「シモン…?これ…今作ってたの…?」  
蓋を取り、おかゆを少しすくってフーフーと冷ますと、そっとニアの口に運ぶ。  
ニアは躊躇する事も無く、ぱくっと一口で食べてしまった。  
「…おぃひい……」  
「まずくない?美味しいか?…なら良かった」  
「…あ、私食べ……。シモンだってまだ食べてないのに…!」  
またフーと冷ましてニアの口に運ぶと、自動的にぱくっと食べてしまう。  
「ダメよシモン。私だけ食べるなんてそんな!」  
「俺はニアが作ったのを食べたから大丈夫」  
「でもっ…もぐもぐ…。そんなのずるい!私モグ…何もしてあげてないのに…」  
 
大きい手が、ニアの頭をぽんぽんと叩く。  
「ニアが俺を喜ばせたいように、俺だってニアを喜ばせてあげたい。って、それだけだよ」  
「シモン…」  
「こういう時はもっと甘えて、もっと俺を使っていいんだよ」  
「シモンっ…!」  
涙を目に溜めながら、シモンの与えてくれるおかゆを食べるニア。  
ニアのお腹もいっぱいになったが、ニアの喜ぶ顔を見てシモンも幸せでいっぱいになった。  
 
「シモン、本当にありがと。とっても美味しかった」  
べッドの横でシモンはずっとニアの手を握っていた。  
「シモンの手…温かい」  
「ニア、寒くないか?」  
「まだ少しだけ寒気はするけど…シモンがいてくれるから大丈夫よ」  
握ってくれているシモンの手は温かく、とても安心する。  
「なあニア。体くっつければ…もっと暖かくなると思うんだけど」  
「うん?でもあまりくっつくと、シモンに風邪うつしてしま……シモン?」  
するするっとシモンの手がニアの服の中へ入りこむ。  
まだ何も返事はしていないのに、ベッドの中へお邪魔するシモン。  
「もうっ、うつるって言ってるのにっ…!」  
肩紐もずらされ、あられもない姿になるが、力も入らなく抵抗すら出来ない。  
 
「昔の人はこうやって体を暖めるって、アニキだって言ってたぞ?」  
「そんなの…知りません」  
シモンの体が熱いからか、ニアも段々火照ってくる。  
そのせいで何だか抵抗する気すら起きなくなってきてしまった。  
なのにまだ、布団の中でモゾモゾとシモンが動く。  
「シモっ…今日はダメです…っ」  
「ん…、だから今日は暖めてるだけ…」  
 
いつの間にかニアもシモンも、着るものは剥ぎ取られて身一つになっていた。  
「そこはおっぱいです…」  
「うん、ちょっとだけだから、な?」  
何がちょっとだけなの…と思いつつも  
ニアもシモンの体にぎゅっと抱きつき、温もりを感じていた。  
「シモン…そういえばあなた、にんにく…」  
ニアがこんな状況にも関わらず、シモンが精力的なのは……。  
「気のせいじゃないか?」  
「むぅ…気のせいじゃない…」  
さらにギュっと羽交い絞めするかのように、シモンの体を強く抱きしめた。  
「うげっ…、きつ…きついよニア…」  
「今日はしてあげられないから、だから、いつもよりくっついてあげてるの」  
ニアの胸はシモンの胸で押しつぶされて、感触を楽しむ事は出来ないが  
「ん、しない分は妄想でカバーするから大丈夫」  
くちゅ、とニンニクのにおいがまたニアの口内へ進入する。  
「ぅんっ…、くさい…シモン…」  
 
翌朝、家はニンニクの臭いで満たされていた。  
 

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