くわあああああ。  
大きな欠伸をし、カミナは寝転がった視線の先にある天井をぼんやりと眺めた。  
彼の住む世界は閉塞していた。息苦しかった。  
毎日毎日目に映るのは変化のないしみったれた天井に、その下でこそこそ生きる陰気なツラ引っ下げた村の奴ら。  
つまらなかった。面白くなかった。退屈だった。  
物心ついたときからこの現状に苛立っていたような気がする。  
胸の中でぐらぐら煮えたぎる何かに突き動かされるまま、地上を目指したこともある。  
だがカミナは、現状を打破するには至っていない。未だこの身は地下にある。  
父の背中にはまだまだ追いつけそうになかった。  
 
 
「ちょっとカミナ、私が隣にいること忘れてない?」  
「んぁ?」  
傍らから拗ねたような女の声が聞こえ、次いでカミナの顔を覗き込む少女と目があった。  
唇を尖らせていた娘だが、すぐに甘えるような笑顔になり彼の胸につぅ、と指を這わせる。  
「ナニ考えてたの?」  
「さあな」  
そういやこいついたんだっけ、と口に出したら引っ叩かれそうなことを考えながら適当に返事をする。  
(……つぅか、名前何だったっけか?)  
はて、と五秒ほど思い出そうと努力をし……結果その努力は全くの無駄となった。  
(まあ別にいっか)  
くわああ、と再度欠伸をする。部屋で暇を持て余しているカミナの隣に、いつの間にか擦り寄るようにやってきた少女。  
こういう女は何人かいる。  
普段はカミナに近寄りもせず遠巻きに眺めるだけのくせに、村長の目が届かないとなると妙な期待を込めた目で近寄ってくるのだ。  
カミナとしてもその期待に応えてやるのにやぶさかでもないため、それらの少女達の態度にあまり文句をつける気はないのだが。  
 
(あー、つまんね)  
傍らの女の手はいつの間にかカミナの頬をくすぐる様に撫でている。瞳は何かを求めるようにカミナを見つめる。  
カミナは大儀そうに上半身を起こすと、ばりばりと頭を掻いた。そしてそのまま、傍らの少女の肩に手をかけて荒っぽく押し倒した。  
「きゃっ」  
何がきゃ、だ。初めっからそのつもりだったんだろうが。  
少女の身体に覆いかぶさりながら、カミナは心の中で呟いた。  
 
「あっ…やぁ、はあ……あっ、あ、あぁんっ」  
うつ伏せにされた少女の背は、カミナに突き上げられるたびに小刻みに揺れ、しなる。  
鼻にかかった甘い声をあげる少女の背に圧し掛かり乳房を揉みしだくと、白い喉元が反り返り嬌声をあげた。  
その様はそれなりに色っぽくもあったが、しかしカミナの心はどこか冷えたままだった。  
(惚れた女じゃねえから、か?)  
それとも、頭上の忌々しい天井のことが気にかかっているからだろうか。  
だから目の前の女のことも、自分の身体のことすらも他人事のように感じるのだろうか。  
(それでも勃つもんは勃つんだから、男の身体っつーのは単純なもんだな)  
 
「カミナ……カミナぁ……ッ! 私、もう…っ!」  
カミナの身体の下で少女が喘ぐ。  
限界が近いようだった。少女の熱く濡れた肉襞はきゅうきゅうと収縮し、呑みこんだカミナのそれを容赦なく締め付ける。  
カミナは無言で少女の細い腰を掴むと、力任せに上半身を起こさせた。  
「あああぁぁっ!」  
少女自身の体重も加わり、より深くカミナは彼女を貫く。細い身体を抱きしめて、カミナは本能のままに更に激しく少女を突き上げた。  
少女のものともカミナのものともつかない汗が飛び散る。  
「カミナ、カミナ……ッ!」  
腰を動かしながら少女の顔に目をやると、乞うような視線を投げかけてくる。熟れた唇からは、誘うように赤い舌と白い歯が見えた。  
カミナの唇を求めているのは一目で見て取れたが、カミナはごまかすように少女のうなじに舌を這わせる。  
何故キスをしなかったのかは自分でもよくわからなかった。  
「あぁぁんっ…、ああっ、はぁ…っ! やああ……っ!」  
「っく……!」  
びくん、と少女の身体が大きく痙攣し、カミナを呑みこむ蜜壷の壁が一際強く収縮する。  
それと同時に、カミナは果てた。  
身体は確かに火照っていた。だが、心の芯に火は燈らないままだった。  
 
 
カミナは身を起こすと、窓から外を見下ろした。  
すでに少女はこの部屋にはいない。事を終えた後身支度を済ませると、「水汲みがあるから」などと言って去っていった。  
少女が向かったのであろう村の中心の湧水に何気なく目を向けると、小柄な少年がそのほとりを歩く姿が目に映った。  
 
シモンだ。鬱々としたカミナの表情に喜色が浮かんだ。  
カミナと同じく親のいない彼は、しかしカミナとは違い村長に忠実に従い村の拡張作業に勤しんでいる。  
自分とは対照的な口数少ない職人気質の少年に、カミナは好意を持っていた。  
声でもかけるかとカミナが口を開きかけた瞬間、不意にシモンがびくりと萎縮したような気がした。  
(なんだ?)  
目を瞬かせ、そしてカミナはシモンの態度の原因に気がついた。  
 
湧水のほとり、寄り集まった数人の少女たちがこそこそと蠢き、なにやら小さく笑っている。  
いや、嗤っている。  
シモンを見て、嗤っているのだ。  
 
シモンは少女たちに何を言い返すわけでもなく、しかし彼女たちの視線を完全に無視できるでもなく、怯えたような視線を彼女らに向ける。  
しかしその視線もすぐに逸らし、結局彼は背を丸めてとぼとぼとその場を去った。  
少年の背に、少女たちの嘲笑が追い討ちをかける。  
 
男を見てくれでしか判断できねぇような馬鹿女どもが。  
カミナは怒りを込めて少女たちを睨みつけるが、ふと少女の一人に目が留まる。  
それはカミナが抱いた、あの少女だった。  
カミナに対して向けた媚びるような態度はどこへやら、侮蔑を露にしてシモンの背に向けてなにやら言っている。  
 
ちっと舌を鳴らし、カミナは再び寝転んだ。  
まーたつまんねぇ女とやっちまった。  
シモン、あんな女どもに何言われようが気にすんな。お前の良さがわからねぇ女なんて、ブタモグラにでもくれてやれ。  
 
不機嫌に睨みあげるさきには薄暗い部屋の天井が映る。  
だが建物の外に出たところで同じだ。  
カミナの上に覆いかぶさり、蓋をするかのような陰気な天井。  
物心ついたころから、ずっと彼を押し込めて燻らせてきた天井。  
 
絶対にぶっ壊して、地上に行ってやる。  
地上に行けば何かが――いや、何もかもが変わる気がする。  
そして、その時は多分シモンも一緒だ。予感めいた思いがカミナの胸に浮かんだ。  
根拠などどこにもなかったが、何故かその予想ははずれる気がしなかった。  
 
 
 

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