「なっ!何をしているんですか、ヨーコさんっ」  
顔を真っ赤に憤怒するニアにヨーコは揶揄するように微笑んで見せた。  
「ふふふ…見て分からないかしら?」  
ニアの目の前にはヨーコの豊満な胸に顔を埋めた男、シモン。  
正確にいえばヨーコ自らが己の胸にシモンを抱き寄せるようにしている。  
まるでニアに見せ付けるかのように。  
「何故、そんな…」  
「さーて、何故でしょう」  
どこか妖艶ささえ感じる笑顔の裏に渦巻く真意を知ってか知らずか、ニアはますます眉を釣り上げた。  
そしてシモンの方に視線を転じるとより一層険しい表情となる。  
「シモン、あなたもあなたです。どうしてヨーコさんの胸におとなしく納まったままなのですか!」  
「気持ちいいからに決まっているわよね〜、シ・モ・ン」  
「ナニコレ。夢現実?ココワダレオレワドコ」  
シモンはその包み込むような柔らかさに思考回路を破壊されてしまったのか、憤慨するニアの声などまるで耳に入っていない様子だ。  
完全に揺るみきってた表情でぶつぶつ独り言を零し続けている。  
「マシュマロ天国肉マンアンマンコレワ夢ダ夢ナンダ…」  
「〜っ。ヨーコさん!今すぐシモンから離れて下さいっ」  
「イ・ヤ・よ」  
あっかんべー。  
「〜〜〜!」  
シモンとヨーコの様子にニアの怒りは頂点に達しそうな所まで来ていた。  
激しい感情の波が押し寄せ、とうとう細い肩が小刻みに震え出した。  
 
全身から怒りを滲ませるニアを前にヨーコは内心拗ねていた。  
(ふーんだ。ニアが悪いんだからねいつもシモンといちゃついてばかり…)  
我ながら意地が悪いと自覚している。子供じみた嫉妬だと。  
それでもヨーコはこうせずにはいられなかった。  
まったく自分の想いに気付いてくれない相手への、ちょっとした報復。  
(私だってあんたの事が…)  
シモンを取らないでと、瞳に強い感情の色を滲ませたニアを見据え、唇をきゅっと結んだ。  
 
(ニアの事が好きなのに!)  
「ヨーコさんは私の事が好きだったのではないんですか?!」  
 
「……は?」  
心の中で爆発させた密かなる想いに被さるようにして叫ばれた言葉に、ヨーコは目を丸くした。  
「ニア…あなた、な、何言って…」  
ニア軽く深呼吸をすると、幾分か落ち着きを取り戻したのか静かに話始めた。  
「…私、知っていました。私がシモンと仲良くお話していると、いつもヨーコさんから突き刺すような視線を感じる事…」  
ヨーコはそんなニアを凝視したまま唖然と立ち尽くしてしまった。  
胸に納まったままのシモンの存在も忘れて。  
「最初はシモンの事を妬いているのかと思ったんです。でもすぐに、それは違う…そう気付きました」  
「何で…」  
「瞳です。…ヨーコさんの私を見る時の瞳はいつも熱っぽかったから…」  
「いつから…」  
「ごめんなさい。実はとっくの昔に、です。…確信したのはつい最近ですけど」  
「じゃあ…どうして…」  
途端に苦しげに歪められたヨーコの表情に、ニアの胸が脈打つ。  
そんな表情しないで…そう言うように、ヨーコの手にそっと触れた。  
「多分、ヨーコさんと同じです」  
「…同じ?」  
「他の人と仲良くして相手の気持ちを確かめたい。相手の気を引きたい。嫉妬してくれるのが嬉しい…」  
そこまで言うとニアは一旦口をつぐみ、とろけるような優しい笑顔ではにかんでみせた。  
「それって…!」  
「私もヨーコさんが好きです」  
思っても見なかったその言葉はどれほどヨーコが焦がれていたものか。  
他の誰でもない、ニアから欲しかった、夢のような現実。  
歓喜のあまりヨーコの瞳は熱くなり涙が滲んだ。  
「ニア…!」  
その瞬間ヨーコは胸に納まっていたシモンを放り投げ…、  
「うげふっ」  
呻き声をあげ勢い良く回転し、地面に激突するように沈み込んだそれなど全く気にする事なく、  
ニアに抱きついた。  
「ヨーコさん…」  
自分を包み込んできた暖かい胸元に、おそらくシモンの鼻から溢れ出たものであろう血痕がニアの目に入った。  
だけどまるで気にしない様子で、その柔らかな肌を全てを受け入れるようにヨーコを抱き締め返す。  
「ニア!あんたが好きよ、好き。好きなの、大好き…!」  
「知っています」  
「これからずっと私、ニアの隣にいていいの…?」  
「いましょう。ずっと一緒に」  
確かめるように何度もニアからの言葉を求めるヨーコに、ニアはくすくす笑う。「──ニア、愛してる」  
「私もです。…愛しているわ、ヨーコ」  
 
二人はそのままいつまでも抱き締め合っていた。  
思い描いた幸せの形が実現した事の喜びを、お互いに噛み締めながら。  
 
 
「──なあ、ダリー。なんかよく分かんねえけど、ハッピーエンドって事か?」「私に聞かないでよ…。それよりギミー、いいのかな、あれ…」  
「………ご愁傷さまって事で」  
双子の視線の先には、地面に顔をめりこませ、ピクピクと微かに震えているシモンの姿があった。  
 
《終わり》  
 

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