不思議な色を浮かべる大きな瞳が、シモンを見つめていた。シモンは微笑み、少女の白く美しい面を覗き込む。  
胸を満たす温かな感情に突き動かされるまま、薄く色づいた唇にキスをした。  
細く華奢な身体を抱きしめる。少女は少し恥ずかしそうにシモンの腕の中で身を捩った。  
その何気ない動作がたまらなく愛しく、自然と抱きしめる力は強くなる。  
彼女の頬を愛撫し、そのままふわふわとした巻き毛に指を絡める。唇は貪欲に彼女を求めた。  
閉じた唇を熱い舌でこじあけ、彼女のそれと無理やり絡ませる。眼前の彼女が苦しそうに眉根を寄せたが、シモンは気づかないふりをした。  
唇を合わせた瞬間に感じた優しく温かな充足感は、いつしか黒く熱い情欲に塗り替えられていった。  
 
もっと、もっとだ。もっと欲しい。  
ニアのこと、全部手に入れたい。  
 
シモンは腕の中の少女を力任せにその場に押し倒し、欲望のままにその服を引き裂いた。  
小ぶりだが形のいい乳房が露になる。少女が怯えて悲鳴を上げるのが聞こえたような気がしたが、もはやそれすらシモンの欲望を煽るものにしかならなかった。  
抵抗する細い手首を乱暴に封じる。涙を浮かべて嫌々と首をふる彼女の唇に再び食らいつき、乳房に指を這わせた。  
涙と恐怖に染まった瞳で見つめられても、罪悪感など浮かばなかった。ただ、めちゃくちゃにしてやりたかった。  
シモンの身体の下で、哀れな抵抗を続ける華奢な身体。シモンは彼女の両足を開かせ、そして――――  
 
 
 
開いた目に映ったのは、いつもどおりの自室の天井だった。そして自分が横たわっているのは、いつもどおりの自室のベッド。  
当然ニアなどいない。いるわけがない。  
 
寝ている間、いつの間にかぎゅうぎゅう抱きしめていたらしい毛布をゆるゆると解放すると、シモンはため息をつき、そのまま「あぁー……」と呻いた。  
そのまま両手で顔を覆う。  
「最低だ……俺って」  
どこかで聞いたことがあるような自己嫌悪の台詞を呟いてみたところで、あんな妄想願望大爆発の夢を見てしまったという事実は一ミリたりとも動きはしない。  
好きな女の子を、世界で一番大切にしたいと思っている女の子を、よりによって強姦する夢。  
いくら欲求不満の極みに達しつつあるからといって、あれはないだろう。  
「あー」とも「うー」ともつかないうめき声をあげて、シモンはベッドの上をごろごろと転がった。  
でも、とシモンは夢の内容を反芻する。  
嫌がるニアの表情は、それはそれで可愛かったよなあ、と思う。もちろん、現実ではあんな表情は絶対させられないけれど。  
どうせ夢なら、もっといろんなことしておけばよかったかな。  
「ぶぅぅ」  
寝台の隅に控えていたブータが、まるで諌めるような鳴き声をあげた。いつの間にか鼻の下が伸びていたことにシモンは気づき、ごまかすように笑う。  
「じょ、冗談だよブータ。それにほら、あくまで夢なんだしさ」  
「ぶぅー…」  
それならいいんですけどね、とでも言うように、ブータは身体を起こしたシモンの肩に飛び乗った。  
「さーて、やることはまだまだ山積みだし、今日も頑張るか!」  
ブータへの名誉挽回、とばかりにわざとらしいほどの元気な声を出す。  
が、その前に。  
シモンは寝巻きのズボンの中を覗き込み、小さく言った。  
「パンツ洗ってからな」  
「ぶぅぅ」  
 
実のところをいうと、ああいう夢を見るのは今回が初めてではなかった。  
それどころか、そろそろ両手両足の指全てを使っても収まりきらないくらいの回数に達しようとすらしている。  
いや、記憶に残ってない分の夢もカウントすれば、きっともう何十回もシモンは妄想の中でニアを犯しているに違いなかった。  
とにかくその度に今朝のような自己嫌悪に陥って、その一日はなるべくニアの顔を見ないように行動するのだ。  
ゆえに、シモンは昼休みを仲間たちと共にせず、建築現場から少し離れた静かな場所で過ごしていた。  
一人きり――ではなかった。肩に乗ったブータと、そしてラガンが一緒だった。  
 
ラガンに乗り、崖の向こう側に遥かに広がる大地と青空を望む。  
陽の当たる世界に飛び出して早数年。カミナシティと名付けられた都市は驚くべき速度で発展し、そして現在も発展し続けている。  
世界は確実に変わりつつあった。  
シモン自身はこの数年で何か変わったのかと言われると、正直なところよくわからなかった。ただ身長だけはかなり伸びた。  
ニアの身長をやっと追い越したときは随分喜んだものだったが、それももう大分前の話だ。  
ラガンの座席は少々窮屈になり、今も両足は無造作に投げ出されている。  
 
変わったのは身長だけ、か。  
はふぅ、とため息をついてシモンは座席に身体を沈めた。そう、何も変わっていない。  
ニアとの関係も、出会ったときから何も変わっていない。進展していない。  
あ、いや、それは言いすぎだったな。シモンは考えを改めた。  
実を言うと、キスだけならしたことがあるのだ。たった一度だけ。  
もちろん唇と唇が触れ合うだけのもので、今朝の夢のような所謂大人のキスではないけれど。  
 
 
テッペリンでの戦いが終結して間もなく、大グレン団の仲間であるマッケンとレイテが結婚した。  
いつの間にそんなことになっていたんだろうとシモンは随分驚いたものだったが、リーロンに「男と女の仲なんてそんなもんよ」と言われると妙に納得することができた…ような気がする。  
キタンが音頭をとっての盛大な結婚式――という名の大宴会が開かれたが、その時にニアは「結婚ってなんですか? 結婚式ってなんですか?」と周囲を質問攻めにしていたようだった。  
そんなニアが「私、シモンとキスがしたいです」と言ったのは、シモンが結婚式場という名の宴会場を離れ、一人夜空を見上げていたときのことだった。  
 
「へ?」  
初め何を言われたのかが理解できず、次の瞬間にやっと理解したシモンは首まで一気に真っ赤に染まった。  
「ななななな、何言ってんのニア?!」  
「キヨウさんに聞いたんです。結婚式では愛し合う二人がキスをするものなんだって。それで『キスってなんですか?』って聞いたら唇t」  
「ちょちょちょ、ちょっと待った!」  
このままニアに話を続けさせると長くなりそうだと判断したシモンは、強引に話をぶった切る。  
「キ、キスが何なのかくらいは俺も知ってるけどさ! 何でいきなり俺とキス?!」  
「それは、私がシモンを大好きだからです」  
「え……」  
 
……俺、告白された?  
 
ニアの気持ちも、そしてシモンの気持ちも、あの戦いを通じて十分すぎるほどお互いわかりあっていると思っていた。  
だからあえて言葉にすることはなかった。必要ないと思っていた。  
でも、俺はニアに言ってもらった。言わせてしまった。  
目の前の彼女は少し恥ずかしそうに頬を染めて、でもいつもと変わらぬ優しい微笑を湛えてシモンを待っている。  
 
(ここで応えなきゃ男じゃないよな、兄貴)  
シモンはニアの両肩に手をかけた。ニアは少し緊張したようにぴくんと肩を震わせ、そしてゆっくりと目を閉じる。  
身長はニアのほうが少し高い。それだけが恨めしい。  
だって、格好つかないじゃないか。  
近いうちに絶対に追い越して、そのときは。  
シモンは目を閉じると、ゆっくりと唇をニアの唇へと近づけた。  
 
 
あれから月日は経ち、シモンはとうにニアの背を追い越した。  
だが、二人の関係はその時から結局ストップしたままだ。  
(不甲斐ないよなあ、俺)  
もちろんこの数年間、現状にただ手をこまねいているわけではなかった。  
特にキスをした直後の頃は「このあと一気にあんなことやこんなことまで」と大いに健康な青少年らしい妄想を繰り広げたものだった。  
だが、結局のところその妄想は現実にならないまま今に至っている。  
(ニアに見つめられると、どうも駄目なんだよなぁ)  
満足してしまうのだ。  
彼女が笑顔でシモンを見つめて、名を呼んでくれる。それだけでシモンの胸は満たされ、彼女と一緒にいられるだけで幸せだと思ってしまう。  
いや、「思ってしまう」なんて言い方はよくない。実際、ニアと一緒にいられるだけで幸せなのは本当なのだ。  
ただし、ニアの笑顔に一時的に吹き飛ばされはしても、シモンの男としての欲望が消えたわけではない。  
むしろ解消の機会を次々と逸していくうちに、心の奥底に澱のように溜まっていく。  
 
 
「だからあんな夢見るんだな……」  
「どんな夢を見たんですか?」  
シモンを回想から現実へと引き戻したのは、今一番会いたくない、一番愛しい少女の声だった。  
「うわああああッ!!」  
ラガンの操縦席の中、半ばひっくり返ってシモンは叫んだ。  
「ニ、ニア! ど、どうしてここに?」  
「えっと、今日はあまりシモンとお話してないなぁ、と思って」  
にこ、と悪気のないいつもの笑顔を浮かべてニアが言う。  
「うぅ、ソ、ソウデスカ……」  
ごめんニアそれわざとです、とシモンは視線を逸らす。まさか「今日俺は夢の中でお前のことを無茶苦茶に犯しました」などと正直に言えるはずもない。  
シモンの態度を不思議に思ったのか、ニアが小首を傾げる。そして、そのまま何を思ったのかひょいとラガンの操縦席に乗り込んできた。  
「ニ、ニア?」  
「ふふ、なんだか昔を思い出しますね」  
シモンの膝に乗り、無邪気な笑顔を向けるニア。息がかかるほどの至近距離に彼女の美しい顔を見るのは久しぶりで、シモンは頬を染めた。  
彼女から目を逸らして視線を下に向ければ、今度はすらりと伸びた綺麗な脚が目に入ってしまうしで、シモンの視線は行き場を求めて空を彷徨った。  
そもそも、脚に感じる彼女の温かく心地よい重みだけでヤバい。十分にヤバい。  
(昔の俺、よくこんな状態でグアームや螺旋王と戦えたな)  
「シモン」  
「へ?」  
気がつけば、真剣な瞳のニアがこちらを覗きこんでいる。  
「シモンは時々、本当に時々ですけど、変になります」  
「お、俺が変?」  
ニアに変なんて言われるようになったらお終いじゃないか? と脳内でつっこむが、もちろん口にはしない。  
「今日だってそうです。私のこと避けてました。今までもそういう日があって、私ずっと不思議に思ってたんです」  
 
ば れ て た の か 。シモンの背をつめたい汗が流れ落ちる。  
「そ、そうか? ニアの気のせいじゃないかなぁ?」  
「いいえ、気のせいなんかじゃありません!」  
ぐっと身を乗り出してニアは断言する。  
ごまかせない、とシモンは悟った。だが、まさか馬鹿正直に「俺とお前のエロエロな夢を見て、気まずくて避けてたんだよ」などとは言えない。言える訳がない。  
「何かシモンを怒らせるようなことをしたのかなぁ、とも考えたのですが、全然心当たりがないんです。  
となれば、問題を抱えているのはシモンのほうです」  
(ニア、大当たりです)  
「自分には非がない」と断言するのがニアらしいと思ったが、その通りなのだから反論しようがない。ニアには非は欠片もない。  
(いや、でも俺にだって非はないよなぁ?)  
「シモン、一体何があったんですか?」  
「いや、それはその……」  
シモンが言いよどんだとき、聞きなれた友人の声が耳に飛び込んできた。  
 
「シモンさ……シモン総司令ー! どこにいるんですかー!」  
(やばい!)  
ラガンの狭い操縦席の中、ニアと密着しているこの状態を見られてみろ。昔ならいざ知らず、完全に白い目で見られるに違いない。  
シモンはかつてない速さでラガンの頭部のシャッターを閉めると、眼前の崖下へと飛んだ。  
(すまんロシウ!)  
 
着地の衝撃が収まると、シモンは腕の中のニアに詫びた。  
「ごめんニア、いきなり飛んだりして。どこか打ったりしてないか?」  
「怪我はしてないけど、その……」  
少し言いよどみ、頬を染めてニアは言った。  
「嬉しいです」  
「は?」  
なんのこと? と聞き返そうとして、シモンは今の二人の体勢を見てはっとした。  
ニアを着地の衝撃から守るため、シモンは右手でニアの身体を引き寄せて、半分抱きしめたような形になっている。  
それをニアは嬉しいといっているのだ。  
「最近、あの、シモンをこういう風に近くに感じることってなかったから……」  
顔を少し俯かせ、赤くなってニアは小さく言う。  
 
(そ、そういうことを言うかぁ!?)  
……可愛い。可愛すぎる。  
心臓を鷲づかみにされたような心持ちになり、シモンは奥歯をぎゅうっと噛みしめた。  
こんな可愛い子に思われている自分は、多分三国一の幸せ者に違いなかった。いや、この星に国なんてないけれど。  
腕の中のニアはシモンから離れるでもなく――むしろ甘えるように、彼の胸に身を任せている。  
柔らかな巻き毛がシモンの頬をくすぐる。甘い吐息が当たり、肌をざわつかせる。布越しの柔らかな感触は、その下に隠れる白い肌を妄想させる。  
(ま、まずいだろ、コレは)  
これ以上くっついていたら、いろいろとその、まずいことになる。  
「ニ、ニア、でも、そろそろ離れてくれないと崖の上に戻れないし」  
わたわたと言葉を紡ぐシモンを、ニアは不思議そうな目で見つめる。  
「シモン、それは無理です」  
「え?」  
「だって、シモンが私を放してくれないと、私はシモンから離れることができません」  
な、何言ってるんだ? と聞こうとして、シモンは自分の右手に目をやり、そして絶句した。  
心の内とは裏腹に、シモンの右手はニアの腰をしっかり抱いたままだった。  
「あ、いや、これはその」  
「シモン、シモンが私に離れて欲しいというのは嘘です。だから、このままでいいんです」  
いや、ロシウのことも少しは気にしてやったほうがいいんじゃ……と、彼から逃げた本人が突っ込んでいれば世話はない。  
操縦席の中、かつて二人で乗ったときよりも随分お互いが近くに感じられるように思えた。  
それもそのはずだ。お互い手足も伸び、一人で乗っているときでさえ多少窮屈に思えるくらいなのに、今は二人でしかもシャッターを閉めている。  
薄暗い空間の中、お互いの息遣いと体温だけが嫌に生々しく感じられるような気がした。  
シモンは自分の胸に甘えるニアを見やる。初めて出会った時の長さに近づいた巻き毛。長い睫。伏し目がちな瞳は、心なしか潤んでいるようにも見える。  
 
 
シモンはごくりと唾を飲み込んだ。  
キスしたい。ものすごく、キスしたい。  
キスだけなら、ニアはきっと何の抵抗もなく許してくれる。  
でも、キスだけじゃない。それから先のこともしたい。いろいろしたい。  
視線は自然と彼女の細い首筋、胸、そして太ももを這うように眺める。  
それぞれの部位に対してやりたいことがそれぞれ十項目以上即座に脳裡に浮かび上がり、あわててそれを打ち消した。  
いまキスしたら自分はきっと歯止めがきかなくなる。そのまま彼女を押し倒して、力ずくで、無理矢理に。  
それこそ、今朝見たあの夢を再現することになる。  
我慢しろ俺。耐えろ俺。今までずっと我慢してこれたじゃないか。  
「ぶぅぅ」  
ブータが心配そうに小声で鳴いた。  
そうだ、ここにはブータがいるんだ。ブータの前で、みすみす欲望に押し流される様を見せるわけにはいかないだろ。  
 
脂汗をだらだら流し、容赦なく摺り寄せられるニアの柔らかな膨らみの誘惑に耐えながら、シモンはこの天国なんだか地獄なんだかわからない、  
でも彼にとっては間違いなく至福のひとときが一刻も早く過ぎ去ってくれるのを願った。  
「シモン……あの」  
しばらく沈黙を守っていたニアが、口を開いた。  
そのまま潤んだ瞳で、シモンの顔を見つめる。  
「……キス、したいです」  
消え入りそうな、小さな声だった。  
 
なんで。なんで。  
(なんで今、そんなこと言うんだよー!)  
今キスをすれば、間違いなく自分は暴走する。ニアを傷つけてしまう。  
シモンには、ニアが自ら禁断の扉を開こうとしているようにしか思えなかった。  
でも、したい。キスしたい。……あわよくば舌とか入れてみたい。  
ニアが望んでるのなら、拒む理由なんて本来一つもない。  
ただ、ニアを本当に思っているからこそ俺は耐えるんだ。  
(ニア、俺の気も知らないで!!)  
ニアを傷つけたくない、その一心で自分は欲望を必死に抑えて耐えている。なのに、なのに。  
シモンが何も答えられないでいると、ニアはやがて小さく肩を震わせ――そして、突然ひっくひっくと泣き出した。  
 
「ニ、ニア!? どうしたんだよ!!」  
今度こそ仰天して、シモンはニアの顔を覗き込んだ。  
「だ、だって……初めてキスしたあの時から、シモンは一回も私にキスしてくれなかったから」  
「え?」  
ぐずりながらのニアの言葉に、シモンは頭を殴られたような衝撃を受けた。  
確かに、あの最初のキス以来シモンからも、そしてニアからもそういうアクションは無かった。  
(でもニアは、俺のこと待っていた? 俺が行動を起こせなかっただけで?)  
思えばあの最初のキスだって、最初に行動を起こしたのはニアだった。  
 
「だから、シモンは私のこと、私が思っているほどには好きじゃないのかなぁって」  
ぽろぽろと涙をこぼす彼女がいたたまれず、シモンは我を忘れてニアを両手で抱き寄せた。  
彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐる。  
そんな言葉だけは、否定しておかねばならなかった。  
「そんなわけないだろ!」  
「え……」  
シモンはニアの髪を、安心させるように梳きながら言葉を続けた。  
「ニア、ごめん。……俺、意気地なしだった。ニアはちゃんと態度で示してくれたのに、勇気が足りてなかったんだな」  
「シモン……」  
安堵したように、ニアが名を呼ぶ。  
「……でも俺、今ここでニアにキスはできない」  
「どうしてですか?」  
ニアはもう泣いてはいなかった。ただシモンの答えを待っている。  
 
こんなこと言ったら、がっかりされるかもしれない。嫌われるかもしれない。  
(でも、正直に告白するのが、ニアを不安にさせたことへの俺の罰だよな)  
 
「俺だって、ニアとキスしたかった。でも俺がしたいのはそれだけじゃない。  
もっともっと沢山、したいことがあったんだ」  
「……どんなこと?」  
ニアの問いかけにシモンは一瞬ためらい、しかし言った。  
「…すごく、いやらしいこと」  
言葉の意味がよくわかっていないのか、ニアから反応はない。シモンは構わず続けた。  
「俺、酷いんだ。現実でそんなことする勇気がないから、夢の中でニアにいろんなことした。  
夢の中のニアは俺に従順で、都合が良くて、俺がどんなことしても嫌だって言わないんだ」  
ニアは何も言わない。  
「今キスしたら、俺、絶対に歯止めが利かなくなる。夢の中でニアにしたこと、そのまますると思う。  
今だって本当は、ニアのこと」  
 
「ニアのこと、めちゃくちゃにしたいって思ってるんだ」  
 
抱きしめたニアの肩に顔をうずめ、シモンは言った。  
顔から火が出るほど恥ずかしかった。自分は最低なことを言ってると思った。  
嫌われたって仕方ないと思った。  
でも、それが偽らざる本当の気持ちだった。大好きだから、大切だから、だからめちゃくちゃにしたい。  
その衝動を、今までぎりぎりのところで押さえ込んできたのだ。  
 
ニア、頼むから俺のこと拒絶してくれ。  
じゃないと、もう俺、たぶん。  
 
しばらく操縦席を沈黙が支配した後、ニアはゆっくりと口を開いた。  
「あの……シモンが言ってること、よくわからない部分もあるんだけど」  
シモンは顔をあげ、ニアを見つめる。  
「でもね、あの……」  
シモンに見つめられ、ニアは恥ずかしそうに瞳を伏せた。  
「私、シモンにだったら何をされても大丈夫だと思います」  
 
「本当に嫌だったらその時は言いますから」とニアが続けようとしたその瞬間には、シモンは腕の中のニアを乱暴に押し倒し、唇に噛み付くようなキスをしていた。  
 
 
「私、シモンにだったら何をされても大丈夫」  
 
妄想の中で何度ニアに言わせた台詞だろう。  
ニアの言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。  
シモンを繋ぎとめていた理性が全て吹っ飛んだ。  
もう嫌われるのが怖いとか、そんなのどうでもいい。ただ目の前にいるニアを味わうことが出来ればそれでいい。  
俺のことを拒絶しなかったニアがいけないんだ。  
(ニア! ニア! ニア!)  
押し倒した彼女に覆いかぶさり、そのまま深く口付ける。口内を蹂躙する。子猫のような可愛らしい声が漏れたが、行為を中断する気は更々なかった。  
「ふぅ…んぅ、ん……」  
逃げ惑う彼女の舌を捕らえ無理矢理絡めると、シモンの下の彼女の身体がびくんと仰け反った。  
抱きしめた細い身体は、縋るようにシモンの身体にしがみつく。それがたまらなく愛しく、嬉しい。  
「ニア、好きだ」  
彼女の唇を解放するやいなや、シモンはニアの瞳を覗き込んではっきりと告げた。  
「え……」  
ただでさえ朱に染まっていた彼女の顔が、更に真っ赤に染まっていった。  
うるんだ彼女の瞳に映るシモンの目は据わっている。なんというか、愛の告白をする目ではないとシモン自身も思う。  
だが、ニアにはそんなことは関係ないようだった。シモンの服を掴む両手、そしてシモンの下の身体から、ふにゃりと力が抜けるのが感じられた。  
 
唇から耳、首筋、鎖骨へと、シモンの唇はニアの肌を這う。両手は力の抜けた華奢な身体をまさぐり、ワンピースのファスナーへとたどり着く。  
「やぁ…」  
シモンの意図がわかったのかニアはびくんと身じろぎしたが、抵抗はしなかった。仮にしたとしても、シモンにはもはや彼女を解放する気などない。  
ファスナーを下げ、乱暴にワンピースの上半身を脱がせる。  
外気に肌を晒されて、ニアは身をすくめた。しかし、何よりシモンの視線がひどく恥ずかしかった。  
思わず両手で乳房を隠し、顔をそらす。  
が、その細い手首は無慈悲にもシモンの両手に押さえつけられる。  
「ひゃあんっ」  
シモンの舌が、容赦なく白い乳房を蹂躙し始めた。  
 
ニアの手首を拘束していた両手は、今は彼女の乳房を乱暴に弄っていた。薄く色づいた先端を悪戯するように捻ると、ニアの口から快感に濡れた悲鳴が上がる。  
それがシモンの欲に新たな刺激を与えた。  
「シモン……シモン……っ」  
ニアの手は縋る場所を求めてシモンの頭にしがみつく。乳房に顔を押し付けられる形となったシモンは、そのまま先端を熱い舌で舐るように吸い上げた。  
「ああぁんっ」  
与えられた快感にニアは背を仰け反らせたが、押さえつけるシモンの腕はそれ以上の動きを許してはくれなかった。  
そもそもシモンに動きを封じられなくても、この狭いラガンの操縦席の中で大した動きが取れるわけでもないのだが。  
淡いピンク色の乳首を下から上へ、舌の先端でつつく様に舐め、吸う。  
じっとりと汗ばんだ白い肌はひどく扇情的だった。シモンは夢中で唇を這わせ、あちこちに赤い痕を刻む。  
乳房だけではない。首にも、腕にも、腹にも、脚にも。  
(全部、全部だ。全部俺のものだ)  
 
ニアの身体中を弄るシモンの視線は、自然とある一点へと注がれた。  
短いスカートの、その中。スカートからのぞく白い内太ももは、シモンを誘うかのように上気し、薄く色づいていた。  
太ももを這わせていた指を、恐る恐るそこへと進める。  
そして、白いショーツごしにゆっくりと指を這わせた。  
「やあっ!」  
頭を振り乱して、ニアがシモンの身体に縋る。涙で潤んだ瞳、高潮した頬、濡れた唇……全てがシモンの欲を煽る。  
羞恥に赤く染まったニアの耳元で囁く。  
「気持ちいいの、ニア?」  
「んんぅ…っ」  
返答など期待していない。ただ、羞恥に悶えるニアが見れればそれでいい。  
シモンは何度も指を這わせる。快感から逃げようとニアは身を捻るが、シモンは覆いかぶさるようにしてその動きを封じる。  
いつしか指はショーツの中に潜り込み、熱く濡れたそこを好きなように弄っていた。  
 
「シモン…シモン……っ!」  
ニアはシモンの腕にしがみつき、ただ押し寄せる快楽に打ち震えた。  
下半身、誰にも触れられたことのない場所を愛撫する合間にも、シモンの唇はニアの耳に、首筋に、髪に、まぶたに、頬に、唇に容赦ない口付けを降らせる。  
「ふぅ……んん、んぅ……っ!」  
唇を強く吸われ、互いの唾液が交じり合う。ニアはこんなキスがあることなど知らなかった。  
 
シモンは、ずっとこんなことがしたいと思っていたんだろうか。  
私と。私と。  
(シモンは、こんなに私を求めてる…!)  
びくん、とニアの身体に電流のような快感が走り、次いで何か熱いものがとろりと自らの内から流れ出るのを感じた。  
 
「ニア、すごく濡れてるよ……」  
シモンは濡れそぼったニアのショーツに指をかけると、ゆっくりと脚を滑らせた。  
外気に晒された刺激に、ニアがぴくんと震える。  
シモンは容赦なくニアの脚を開く。  
ごくりと唾を飲み込む。  
初めて見る、女の子の、ニアの、一番恥ずかしいところ。愛液に濡れたそこは、シモンを誘うかのようにてらてらと滑った口を覗かせていた。  
恥ずかしさに必死に耐えるニアがびくんと身体を震わせると、それに合わせるように愛液が溢れる。  
シモンは慌てて自らのベルトを緩めた。正直もっとじっくり見たかったし、いろいろとしてみたいことはあったけど、今はもう一刻も早く挿入れたかった。  
シモンはニアの両脚を抱えると、熱くそそり立った自身をニアにあてがう。  
そして、そのままゆっくりと腰を沈めた。  
 
「あうぅぅっ!!」  
ニアの顔が苦痛に歪む。普段のシモンであれば、この時点でニアを気遣って行為をやめていたかもしれない。  
しかし今のシモンにそんな心遣いはなかった。  
もっと、もっと深く、奥まで。  
ニアを感じたい。ニアが欲しい。ニアを手に入れたい!  
 
ニアの手はシモンの背をぎゅっと掴み、ただ痛みに震えている。  
シモンはニアの身体を強く強く抱きしめると、一気に貫いた。  
 
「入った…入った……けど」  
シモンは呻いた。  
(気持ちよすぎるだろ、これっ…!)  
ゆっくりと腰を引き、再び沈める。  
「ひぁっ!」  
「ニア…ニア…!」  
一度動き出したらもう止まらなかった。ニアの脚を抱えたまま、叩きつけるように腰を揺らす。  
結合部からは愛液と破瓜の血が交じり合った音がぐちゃぐちゃと音をたて、操縦席に淫靡な匂いを充満させた。  
熱く猛ったシモンのそれを、ニアは容赦なく締め付けた。  
激情に押し流されるままにシモンはニアの身体を蹂躙する。ただ本能に命じられるままに腰を動かし、犯す。  
身体の下のニアは喘ぐ。叫ぶ。なく。  
 
ずっとずっと、何度も夢見た。  
ニアをこんな風に、自分の好きなようにしたい。  
理性や優しさで自分を押さえつけることなく、欲望に従ってめちゃくちゃにしてやりたい。  
それが今、叶っているんだ。  
シモンの心を黒い歓喜が支配する。  
 
限界が近かった。  
シモンは腰を叩きつけながら、半ば意識を手放しかけているニアに、もう何度目なのかもわからない口づけをする。  
(ニア……ニア………っ!)  
 
好きだ。好きだ。大好きだ。  
こんなに好きだから、だからこんなに酷いことをしてる。  
そんなのって、おかしい。  
おかしいって、わかってるのに。  
 
「ニア……ッ!」  
小さく彼女の名を叫び、シモンは欲望の全てを彼女の中に注ぎ込んだ。  
 
情事の熱が残る狭い操縦席の中、シモンとニアはお互いの身体を強く抱きしめ合い、果てていた。  
お互い言葉はない。聞こえるのは、二人の荒い呼吸と鼓動の音だけだった。  
酷く身体が気だるい。ニアを抱きしめたまま寝てしまいたい誘惑にシモンは襲われたが、そういうわけにもいかないだろう。  
なんとか身体を起こし、ニアに目をやり――シモンは固まった。  
 
めちゃくちゃに脱がされたワンピースに、体中に散らされた赤い痕。それと対比するように、シモンの欲望の白い痕がニアの足を汚している。  
美しい巻き毛を乱したニアは、意識はあるものの放心状態のままだった。  
よくよく見れば、身体のあちこちに痣さえできている。  
こんな狭い中で、あれだけ激しく動いたのだ。そりゃあ、あちこちぶつけもするというものだろう。  
さー…と、音を立てて血の気が引いていくのがシモンの耳に聞こえたような気がした。  
 
「ニ…ニア?」  
恐る恐るシモンが声をかけると、ニアは潤んだ瞳でシモンを見つめ、ふらふらと身体を起こし……そして、そのままぽすんとシモンの胸に身体を預けた。  
「シモン……」  
名を呼ぶ声は怒っているようには聞こえない。だが、だが。  
「ニ…ニア! ごめん、俺、なんていうか歯止めがきかなくなっちゃってっ……! でも、でも俺、本当にニアのことが……!」  
今更理性を取り戻したところで、後の祭りというものだ。だが、シモンはそれでもあわあわと弁解の言葉を紡ごうとする。  
「シモン」  
ニアは再びシモンの名を呼ぶと、その唇に小さくキスをした。  
 
「ニア…?」  
シモンの腕の中のニアは頬を赤らめ、上目遣いに彼を見つめている。  
「あの…あのね。シモンが私にしたことの意味、まだよくわからない部分もあるんだけど……。  
でも、シモンがすごく近くに感じられて……私、嬉しかった」  
にこ、とニアが笑う。それはいつもの、シモンが一番好きなニアの笑顔だった。  
 
「ニア……」  
きゅうううん、と胸が締め付けられる。  
胸が愛しさで押しつぶされそうになる。  
(本当に、本当に、なんでニアはこんなに可愛いんだろう!)  
シモンは感情に命じられるまま、今度は自分からニアに口付けた。  
 
ニアもそれを受け入れたが、やがて彼女は違和感を感じる。  
唇を割って入ってくる舌。  
彼女の身体を抱くシモンの指は再び妖しい蠢きを始め、彼の身体は再びあの行為の最中の熱さを取り戻している。  
 
「シ、シモン? あの、ひょっとしてまた」  
「だって…だってさ! ニアがそんな可愛いこと言うから! 俺…俺……っ!」  
「きゃんっ!」  
言うが早いか、シモンは腕の中のニアを再びラガンの狭い操縦席へと押し倒した。  
 
 
隅に控えていたブータが、蠢く二人を見つめながら今度こそ呆れたように「ぶぅぅ」と鳴いたが、シモンにはもう聞こえていないようだった。  
 
 
余談。  
 
 
「シモン、シモンは夢の中で、私と他にどんなことをしていたんですか?」  
「ぅええっ!? な、なんでそんなこと聞くんだよ、ニア」  
「それはもちろん、私がちゃんと現実で、シモンがしてほしいことをしてあげたいからです。  
ね、どんなことをしてたんですか?」  
「そ、それはその……えっと」  
「?」  
「口で……とか、その……」  
「??」  
「あと、お風呂…とか、あの……」  
「???」  
「ニア、お願いだからもう許してくれよぅ……」  
 

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