「・・・あ、んん・・・・・・ロシウ・・・」  
いつの頃からかこれがキノンの日課になってしまっている。眠る前にロシウを想いながら  
自分の体をまさぐることが。  
「あっ、あぁぁん・・・っ、ロシ、ウ・・・ロシウっ!」  
「僕がなにか?」  
ぱっと部屋が明るくなる。キノンが目を上げるとそこには、たったいままで妄想の中にい  
たロシウが立っていた。彼は手に持った大量の書類を、投げ捨てるように机に置くと、体  
の底から吐き出すようにため息をついた。眉間にしわを寄せ、嫌悪感を隠そうともしない。  
「僕の名を呼んで・・・なにを考えていたのか想像はつく」  
キノンは慌ててはだけた胸元を隠し、足を閉じた。恥ずかしさに首から耳まで真っ赤にし  
て、キノンはうつむいた。ロシウの射るような視線が痛い。  
「汚らわしい」  
胸に大きな杭をずどんと打たれたようだ。キノンの食いしばった歯の間から、こらえきれ  
なくなった嗚咽が漏れた。行為を見られたことよりも、彼に軽蔑されることが辛い。  
「ごめ・・・・・・な、さ・・・」  
「謝るくらいなら最初からしなければいい」  
吐き捨てるように言うと、ロシウはベッドに押し付けるようにしてキノンの唇を塞いだ。  
いつの間にか彼女の背丈を追い越した少年は、その体躯を利用してキノンの自由を奪った。  
抵抗する間もなく腕を縛られ、布で目を塞がれた。  
やめてと悲鳴をあげたキノンを  
「あなたが望んだことだ」  
とロシウは言って、押さえつけた。半そでのシャツから覗く白い腕を、指先にむかってゆ  
っくりと舐め上げる。抵抗を試みる手を捕まえて、指先を口に含んだ。口内でもがく指を  
ロシウは、軽く噛み舌でその細い指を絡めとった。時折キノンがびくっと震えるのを見て  
取って、ロシウは冷ややかに言い放った。  
「あなたがこんな下品な人だとは思わなかった」  
目隠しをされていても、いまロシウがどんな表情をしているか、キノンにはありありとわ  
かった。唾液に濡れた指が彼の口から解放された。終わったのだと思った。7年かけてゆっ  
くり育んだ想いもなにもかもが終わったのだと、そうキノンは思った。  
 
「 !! ・・・・・・や・・・っ、ロシウ、なに・・・ぁ、あぁぁんっ!」  
生暖かくて湿った舌が、キノンの首筋をたどり、下へと這っていく。骨ばった大きな手が  
胸元をまさぐっている。シャツのすそはとうに捲くれて腰の辺りにある。薄手のシャツ一  
枚で身を守るのは不可能だった。  
先ほどの行為の名残もあって、キノンの体は敏感に反応した。視覚を奪われているせいな  
のか、体に圧し掛かっている重みと彼の体温を余計に強く感じた。胸をまさぐっていた彼  
の手が下へと降りていき、濡れそぼった場所を探り当てる。湿った隠微な音がいやに大き  
く耳に届いた。  
彼に触れたい、触れられたいとずっと思っていた。でもこんなふうに、じゃない。  
「・・・・・・やめて・・・お願い・・・・・・ぁぁあ、んっ、いやぁっ!!」  
快楽の波にこのまま飲み込まれてしまわないように、キノンは縛られた腕を振りまわした。  
爪の先がなにかをかすった。ロシウがかすかにうめき声を発した。大丈夫といいかけたキ  
ノンの口に、ロシウの指が放り込まれた。おそらく傷口をぬぐったその指先は、案の定鉄  
の味がした。  
「・・・・・・あなた方はいつもそうだ。平和の上に胡坐をかいて」  
くちゅくちゅと卑猥な音を立てて、ロシウの指はキノンの口の中を掻き回した。  
「色恋沙汰にうつつを抜かしてばかりいる!」  
キノンの口を離れた指は、そのまま彼女の髪をつかんだ。ぐいっと髪を引っ張り、無理や  
り顔を上げさせる。混乱と恐怖とかなしみが渦巻いて、キノンの頬を伝い落ちた。  
あなたも彼等と同じだ、とロシウは嘲笑った。その声はずいぶん上の方から聞こえた。疑  
問に思う間もなく、キノンの口に熱くて硬い何かが侵入してきた。  
受け入れてから、その侵入物の正体にキノンは気づいた。顔を背け逃げようとした彼女の  
頭を、ロシウは両手で掴み押さえ込んだ。打ち付けるようにしてキノンの頭が前後に動い  
た。喉の奥まで犯されて、キノンは吐きそうになるのを必死にこらえた。目から零れ落ち  
ていく水が、何故に溢れていくのかさえ、もう分からない。  
 
突然ロシウは動きを止めた。いままでキノンの口の中を満たしていた侵入物は、あっとい  
うまにその硬度と熱を失い縮んでいった。それは、ためらうように口の中をさまよってい  
たが、あまり火を通していないブタモグラステーキのような感触になってぬるりと出てい  
った。  
ロシウが離れていく気配がして、それきりになった。キノンは、抵抗する間に緩んだ結び  
目から手を外し、視界を覆っていた布を取り払った。  
ベッドの端に腰を下ろし、両手で顔を覆った彼は、肩を落とし泣いているようにも見えた。  
「・・・・・・ロシウ?」  
呼びかけると、ロシウは弱々しい笑みを浮かべてキノンを見やった。  
「色恋さえ満足にできない僕が言うことじゃない」  
そう言ってロシウは、はは、と力なく笑った。  
いたたまれなくなって、キノンは視線を外した。視界に散らばった書類が映る。ロシウが  
持ってきたものだ、失敗、起動、原因、生体・・・・・・目に付いた文字をなんとなく拾って、  
キノンは気がついた。先日行われた何十回目かの生体コンピュータ起動実験のリポートだ。  
彼の幾年もかけた夢は再び失敗に終わった。近頃の会議では、怒鳴り通しだとキタンがぼ  
やいているのを聞いた。孤軍奮闘。八方塞り。ロシウの自信に満ちた姿を頼もしく思って  
いたが、彼はキノンよりも年下で、決して万能ではないのだ。  
「ロシウ、これを持って、もう一回部屋に入りなおして」  
キノンは言いながら散らばった書類をかき集め、ロシウに手渡した。  
「やり直そう、部屋に入るところから、もう一回。わたし、着替えてくる」  
立ち上がったキノンの腕を、ロシウは慌てて掴んだ。  
「・・・そんなことをしても、なかったことにはならない。僕はあなたを傷つけた」  
「そんなふうに、ひとりで全部しょいこまないで」  
ロシウを優しく抱き寄せ、母親が子どもをあやすように、キノンはぽんぽんと背中を叩い  
た。強張っていた彼の体から、緊張がほどけていった。  
「わたし、あなたの役に立ちたいの。ずっとそう思ってた」  
「あなたは優秀だから、いまだって十分すぎるくらい・・・」  
「つらいときは我慢しないで。受け止める覚悟はできたから」  
ぽんぽんと彼の背中を叩く。躊躇いがちにロシウの腕がキノンの腰に回された。次第に強  
く抱きしめられていく。キノンの胸に顔をうずめ、ロシウはもしかしたら泣いているのか  
もしれなかった。  
ふとキタンの顔が思い浮かんで、キノンは口の端を緩めた。  
(ごめんね、お兄ちゃん)  
いつかロシウとキタンの歩む道は別れるだろう。そのときはロシウとおなじ道をともに歩  
みたい。静かな決心を胸に、キノンは優しくロシウを抱きしめた。  
 

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