グアームが、囲っていた人間の女にどこからか捕らえてきた人間の男をあてがい、交尾と呼ばれる行為をさせていた。  
その理由を聞いた。  
眺めるのが趣味だと端的に答えられた。  
人間は獣と違い、子を成すためだけでなく、快楽のため、『あい』を確かめあうためにこういう行為をするのだという。  
囚われの身の儚さよ。子を宿せばまた一人誰かを消さねばならぬ。それも一興と老獣は下卑た笑いを浮かべる。  
『あい』が何かはよく解らなかったが、この光景と同じように獣人には必要ないものだとグアームは煙を燻らせた。  
ただ、必要はなくとも自然と生まれてくる感情だと付け加えて。  
この年長である獣人が言うのだから、大方そうなのだろう。  
しかし既にそれを備えているのではないかとグアームが問う。  
少し癪だったが、その正体を聞いた。アルマジロは嫌に怪訝な顔をして、鼻先で舞台を示した。これでチミルフを悦ばせればいい――。  
舞台の女は男のものをまさぐり、男のものをくわえ込む。そしていきり立ったものを迎え――。  
この行為と『あい』がどう繋がるのか?  
この男は嬉々として傍観していたが、下肢に不思議な疼きを覚えて早々に立ち去ったのを覚えている。  
次にチミルフと会ったらどう声を掛けようか。グアームの言ったのは、果たして本当の事なのだろうか。  
それも実際に会ってから確かめてみればいいだけだ。  
 
訃報が届いた。  
チミルフが死んだ。  
 
ヴィラルが目を覚ました時には、あのグレンラガンがダイガンザン諸共上司も部下も奪い去っていったと聞いた。  
顔の半分を覆う包帯の面積が減っていくにつれ、上司であるチミルフに寄り添う女性の姿が頭に浮かぶ。  
彼女には既に訃報が伝わっているだろう。  
それでも、伝えなければと思う。  
今更だとは思ったが、チミルフの部下であり、その生き残りである自分の口でその最後を語らなければならない気がした。  
その、筈だったのだが。  
 
「どうだい、おめおめと逃げ延びた気分は」  
珠の先端に針の付いた、サソリのような尾がアディーネの裾から延びて、鞭の如くしなやかにヴィラルの頬を打つ。  
「申、し訳ありません」  
包帯に覆われた傷に響き、掠れたような声を上げて、殴打に耐え直立する。  
それが気に入らなかったのか、アディーネは尾をヴィラルの頭に掛けると、一気に床へと叩きつけた。  
「がっ…!」  
何の受け身も取らなかった為、強く背を打ち体が軋んだ気がした。  
それに加え肺の空気が押し出されたような重みに、ぎこちなく視線を上げる。  
「…アディーネ、様」  
尾とは思えぬ力が肩当てを押さえていた。無理にでも体を起こそうとすれば、その先端で射抜かれるであろう。密かに息を整え、現状を把握する。  
広がった裾、上へなぞれば紅い入れ墨と白い足。その先は目を逸らす。  
全て、パーなんだよ――憎々しげに腕を組み、眼帯に覆われている左目には影を落とし、  
右の紅い瞳には怒りを貼り付けて、その深さにヴィラルは息を飲んだ。  
「…誉めてやるよ。お前だけでも生き延びてくれたことは」  
「部下だから、ですか」  
「よく解ってるじゃないか。チミルフの代わりに『あい』が何なのか、教えて貰おうかと思ってな」  
「『あい』…?」  
裾が風を孕んで白い股が露わになる。  
それを気にも留めずアディーネは倒されたままのヴィラルの下肢を覆う軍服をずり下ろした。  
「っな、何を!?」  
「黙りな」  
喉元に尾が突きつけられる。予想だにしなかったアディーネの行動にまともな判断を下せない。  
さらけ出された排泄器官を唐突に頬張られ、絡みつく熱い舌が蹂躙し、舐り、嬲る。  
 
「くっ…」  
黄昏に染まる空間には意味を成さない言葉が生み出されるのみ。  
この快楽には決して屈してはいけないと葛藤して、葛藤して、  
しかし己の反り起つものは正直で、アディーネが唇を潜らせる度に戦慄く程だ。  
「ア、ディーネ様、なぜ、こんな」  
「っは、…あの腐れアルマジロが、言ったんだよ…」  
人間の若い女を殊更好んでいたアルマジロの獣人に何を言われ、このような展開になったかは全く予想がつかない。  
頬を紅潮させ、邪魔に垂れてきた髪を後ろへやると、先端を吸い上げた。  
「っ、あ――」  
達する、というところで、アディーネの愛撫が止まる。  
限界が近いというのに、抵抗も反論も出来ず、己の股間に顔を埋めていたはずのアディーネを見やった。  
「ふん、…やれば出来るじゃないか」  
誰に伝えるでもなく言い捨てて、アディーネは裾を絡げ、ヴィラルに跨り始めていた。  
真紅の口紅に縁取られた唇に唾液が伝うのを、手の甲で乱暴に拭う。  
もう少しまともな状況であれば悩ましげだっただろうが、事もあろうに上司の親友であり、  
その親友を亡くしたばかりである彼女がこんな行為にまで及んでくるなど――。「む――無理です、こんなッ!」  
不味い、正気の沙汰でなければ悪魔の所行だ。流石に堪えきれず喚いた。  
「下等な人間共に出来て、アタシに出来ないわけないじゃないか!  
それとも何か。ヴィラル、てめえは出来ないってのかい!」  
「ですが――」  
「それ以上無駄口を叩くんじゃないよ!」  
有無を言わせず、怒張を自らの秘裂に押し付けた。  
「っく…」  
柔らかな肉の感触に今すぐ欲望を解き放ちたかったのだが、許されない。  
「痛っ…あ…」  
唾液と先走りとで滑っているとはいえ、慣らしもしていない窪みに挿入を試みるなど体を痛めるに決まっている。  
ヴィラルは力の弱まった喉元の尾をはねのけ、上体を起こしアディーネの腕を掴んだ。  
「私には出来ます」  
熱に浮かされた紅い眼が一瞬揺らぐ。  
「…ハッ!いいだろう。やってみな」  
それを合図に押し倒した。うっすらと涙が滲んだ好戦的な隻眼がヴィラルを射竦める。  
「その前に眼を…閉じていただけますか」  
視線で他人を殺められるような鋭い瞳が、ゆっくりと伏せられた瞼に隠れたことで少しばかり安堵する。  
 
粘膜を傷つけぬよう、先走りと刺激とでつつき慣らしていく。  
焦らすような速さで、ゆっくりと先端を飲み込ませては吐き出す。  
「っう…あ…」  
アディーネは、睫を振るわせていた。  
頃合いに、怒張を全て押し込んだ。  
声にならない悲鳴を上げ、おとがいを反らして回らぬ舌で怒りを露わにする。  
「って、め……後で…!」  
「罰ならば気が済むまで受けます!」  
皆まで言わせず、だくだくと腰を打ちつける。  
アディーネの中は獲物を誘うようにまとわりつき、食い千切られるのではないかという力で締め付けてくるのだ。  
互いに高まりあい、すぐに終わりは見えてきた。  
「あ、ッ!」  
「く、うっ…!チミ、ルフ…!」  
最後の言葉に耳を疑いながら、それでもどこか安堵して、アディーネの中に欲情を全て叩きつけた。  
 
 
つかつかと早足に前を行くアディーネに従いながら、  
「グレンラガン、か。奪われた艦もアタシが――ッ!」  
躓いたように立ち止まった。肩を振るわせ、振り向きながらヴィラルに尾を振るう。  
が、力は全く籠もっていなかった。それを痛感してかやり場のない怒りに唇を噛み締める。  
「くそ、これもお前が不甲斐ないからだ…!」  
「申し訳ありません」  
足腰に相当な痛みがあるのだろうが、きりきりと歩いてみせる姿には感心してしまう。  
どうしてか痛みのないこちらの歩き心地が悪いというのに。  
「――チミルフには貸しがある。仇はアタシが討つんだよ」  
そう袖を翻すアディーネを、ヴィラルは見送るしかなかった。今更傷が痛んだ気がした。  
 
 
テッペリンの麓、かつてチミルフと共に月を見上げた場所。  
今は隣を歩む者はいない。  
「チミルフ、全部てめえのせいだよ。…勝手に死にやがって」  
いくら暴言を吐いたところで、聞く者は誰もいない。  
疼く下肢の痛みは、何かに八つ当たりをせねば耐えられない。  
この痛みもチミルフに与えられたかった。  
チミルフが欲しかった。共にありたかった。  
チミルフは死んだ。  
――もういない。  
成る程、グアームの言っていたのはこのことだったか。  
ただ、気付くのが遅かった。  
「…あばよ、チミルフ。――すまない」  
その痛みの名こそが『愛』ということに気付いたとき、漸く目が覚めた気がした。  
 

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