「お前、最近料理が上手くなったな」
洗い物をしている背中越しにボソリと、そんな言葉が聞こえた。
「えっ、本当!ヴァン…」
ありがとう、と思わずウェンディが満面の笑みで振り向くと、ヴァンは彼好みの味付けにしていたパスタにタバスコを大量に振りかけている最中だった。
「ヴァン…それ…」
「ん?…いやー美味いんだけど、ちょっと辛さが足りなくてな」
「ふうん。…そう」
ウェンディはキッチンに向き直ると、スポンジで丁寧にフライパンを洗い始めた。
ヴァンと再会したあの日から腹を空かせては家に訪れる彼の為に食事を作っているウェンディだが、昔ほどひどくは無いとはいえせっかく作ったものに余計な味を追加されるのは面白くない。大体、ヴァン好みの味付けにしているので普通の人には食べられないシロモノなのだ。
(理解ってはいるんだけど、ね…)
深いため息をついたウェンディは濡れた手をタオルで拭き、次にカメオのごはんを用意した。ヴァンと旅をしていた頃とは比べ物にならないほどに大きく育ったカメオは、ウェンディの差し出したごはんに嬉しそうに鳴き声をあげた。
柔らかな日差しがキッチンに注ぎ込み、穏やかな空気が流れる。まさしく、平和な日常。{最後の戦いから数年が経ち、こうしてヴァンと時間を過ごすことが増えた今、ウェンディはこの優しい時間を大事にしていた。}なし。
しかし、そんな穏やかな時間に小さな波を起こしたのはヴァンの何気ない一言だった。
「なあ、お前…付き合っているヤツとかいないのか?」
「え!?」
「だって、そうだろ?こんな上手い料理を作ってくれれば、付き合いたいって男の一人や二人いるんじゃないのか」
ヴァンは巨大化したカメオのごはんを食べる様子をしげしげと眺めながら、脳天気に続ける。
思いがけない言葉に驚いて、ウェンディは片付けようとしたお皿を落としそうになった。
「そっそんな人、いないわ。…それにこうやってヴァンが家に来るんだもの、男の人だって寄り付かないわよ」
「……あーそれは悪かったな」
一瞬の間を置いて、ヴァンが申し訳なさそうな顔をしているのが目に入る。余計な一言を言ってしまった事に気付いたウェンディは慌ててヴァンに向き直る。
「俺、あんまり来ない方がよかったか、悪かったなウェンディ」
「違うの!そういうのじゃなくって!!」
帰ろうと席を立ち上がったヴァンに縋りつくようにウェンディは彼の腕を掴んだ。
「・・・・・わたし、わたしっヴァンのお嫁さんになるんだもの!」
頬を赤らめるウェンディは幼い頃と同じような言葉を口にしていた。当時はその言葉の意味を半分しか知らなかったけれど。
きゅ、と少し力を込めてウェンディはヴァンの腕を掴んで見上げる。しかし、ヴァンは心底驚いた顔をしてウェンディの手を振り払った。
「おまえはまーだそんなこと言ってんのか。そんな昔のこと。好きでもない男のお嫁さんになったって幸せになれるわけ無いだろう」
「そんなの、わからないじゃない!」
「もっと優しくて頼りになる男を捜せばいいだろ」
「…ヴァンだって優しくて頼りになるわ」
「それに俺は童貞だ!」
「・・・・・知ってるわよ」
対抗してくるウェンディにそれこそ心底困った顔で、深くため息を吐いた。
「…悪いが、俺はずっとエレナ一筋なんだ。今でも、そしてこれからもずっとずっと一緒なんだ」
「・・・・・あたしじゃ、ヴァンのお嫁さんにはなれないってこと?」
ヴァンを見上げるウェンディの瞳が薄くぼやけているのを知り、ヴァンは顔を背けた。
さっきまでの穏やかな雰囲気は消え、二人の間に重い沈黙が流れる。
ヴァンの心の中にはいつもエレナさんがいる。自分の命を犠牲にしてでもヴァンを助けたすごい女性だ。
────エレナさんにはかなわない。そんな事は分かっている。でも、
「・・・・・・・何よ、エレナさんエレナさんって。わ、私だってもう、ひとりの大人の女なのに!
少しは意識してくれたっていいじゃない!!」
ウェンディはそう吐き出すとヴァンにつめよった。
「うぉっ!なっ何だお前、いきなり・・・」
「ヴァンがなにも分かってないからじゃない!!私のことちゃんと大人としてみてるっていったくせに!
本当は私のことまだ子供扱いしてる!!」
「えっ?いや、ちゃんとみてるぞ、俺・・・・・」
ウェンディは早口でまくしたてながら、しどろもどろになっているヴァンをさらに追い詰めていく。
「自分だってまだ、子供のクセに!!トイレに入ったら手を洗わないし、おふろに入ったら廊下までびしょびしょにしちゃうし・・・・・!!
料理だってこれ、ヴァン好みに味付けしたのよ!?なのにタバスコかけちゃうし・・・・。舌が馬鹿になったって知らないから!!」
ウェンディは、ヴァンをとうとう部屋の隅のベット際まで追い詰めるとそのまま両手でヴァンをドンッと押し倒した。
「おぃっ!なにすんだ・・・・・・」
突き飛ばされてよろけてしまったヴァンは、そのままベットの上に倒れこんだ。その上をウェンディが馬乗りになる。
「みっ・・・見てよっ。私だって、ちゃんと大人になったんだから!!」
「ちょっ!・・・おまっ・・・・なに脱いでんだっ!!こっこんな真昼間に!!」
はしたない!!っ───と叫びながらヴァンの手はブラウスのボタンを外しにかかっているウェンディの手を掴んだ。
「離してよ!!離して!」
しばらくの間、二人の攻防は続く。が、ウェンディは無理やりヴァンの手をふりほどくと、急いでブラウスを脱ぎ捨て
ブラ一枚とスカートという出で立ちになった。
「むっ胸はカルメンさんのようにはいかないけど・・・・・」
顔を赤らめ恥ずかしそうに胸を押さえながらも、ウェンディはヴァンににじり寄ってゆく。
「おっお前、自分が何してるのかわかってんのか!?気でもおかしくなったのか!!」
「いたって、正常よ。」
何とかこの事態を逃れたくてヴァンは近くにあった枕を掴んで必死に抵抗するが、ウェンディもそれに負けじとヴァンのズボンの
ベルトに手をかける。
「なに、なに、なに、何する気だ!!ジッパーを下ろすな!!馬鹿!コラ!」
今にも泣きそうな顔のヴァンを見てウェンディは少しだけ心が緩んだ。
ほんの一瞬だけ、やめようか、という気持ちも浮かんだがウェンディはひるみそうになる心を無理やり奮い立たせ、ジッパーを
下ろすと下着に手を添えた。
恐る恐る下着の上からツゥ──と指でその部分をなぞってみる。
「・・・・・っ」
ヴァンの動きが一瞬だけ止まった。
ヴァンの枕攻撃が止んだ隙にウェンディは下着の中から丁寧にヴァンのソレを取り出すと、初めて見るであろうソレが自分の想像していた以上の質量感にびっくりした。思わず喉がゴクリと鳴る。
「・・・・・・・男の人ってここを触られると気持ちがいいんでしょう?私がヴァンのこと気持ちよくしてあげるから!!」
ウェンディは下着から出したソレにゆっくりと指を這わせていった。
外はまだ明るくて、学校の時間が終わったのだろうか?、時々子供達の賑やかな声が聞こえる。それとは対照的に二人のいる部屋は
薄暗く、男のため息とも吐息ともとれない音が時々漏れるだけで沈黙を保ったままだ。
ウェンディはただ感覚と勘を頼りに必死に指を動かしていた。気持ちよくしてあげる───なんて大見得きったのはいいが、本当のところ
自分だってやり方なんてよく知らない。昔、読んだ本に少しそのような男女の事が書いてあったことや街中の酔っ払った男達が大声で風俗の女について話していたのをたまたま聞きかじった程度の知識しか持ち合わせていない。
ヴァンは気持ちいいのだろうか?帽子で上手く表情を汲み取ることが出来ず、ウェンディは不安になった。怒っているのだろうか。
ただ、自分の手の中にあるソレは徐々に形を変えてゆき温度は熱をもってさらに自分を翻弄させる。
「ヴァン・・・・気持ちいい?・・・・ねぇ?」
問いかけるが、答えは無い。ヴァンはただ、ただシーツを強く握り締めているだけだ。
実際、並の男にしてみたらウェンディのつたない動きなど気持ちよさは微塵も感じないだろう。しかし、ヴァンは別だ。
ヴァンは己の欲望を抑えこみ、一人の女性を想って純潔をずっと守ってきたのだ。そんな彼だからこそウェンディのつたない動きでも
十分な刺激となっていた。
ヴァンのソレはさらに硬度を増していった。
どんどんと別の生き物のように変化を遂げていくその部分にウェンディは少しだけ恐怖と焦りのようなものを感じ始めた。
このまま続けたらどうなってしまうのだろう?
この行為自体は薄ぼんやりと知っていたウェンディだったが、その先のことなんて知らない。どうしたらいいのか分からなかった。
ポツンと浮き出た恐怖と焦りはどんどんとウェンディの心を染みのように広がらせていく。
「ねぇ、ヴァン・・・・」
ウェンディはその染みの広がりをなんとか食い止めようと、忘れようと話しかけた。
「ヴァン・・・・私ね昔、みんなでカギ爪を追っていたときプリシラさんに言われた事があったの・・・・・『ヴァンのことは好きか』って。」
「・・・・・・・」
それまで黙っていたヴァンがチラリとこちらに目線を一瞬だけ投げかけた。表情はなんだか苦しそうだ。
ウェンディはかまわず話し続ける。
「その時、私はなにも答えることが出来なかった。兄さんのことで頭がいっぱいだったし、ヴァンのことそんな風に考えたことなんて
なかったから・・・・・・。」
そう、そんなこと考えたこともなかった。
最初はちょっとだけ怖いと感じてはいた。兄さんよりも背が高くて全身黒づくめで表情はなに考えてるかわからなくて、側に
いるとなんとなく緊張して上手く話すことが出来なかった。
でも一緒に旅をしていくうちに彼の素直さや弱さや駄目な所を知った。ぶっきらぼうで口が悪い所があるくせに、変な所で優しかったり
下手くそな気遣いをしてくれたりする。
神様がくれたあの日の偶然の再会は嬉しかった。この人とずっと一緒にいたい。
それは昔の口約束を果たそうということではなく、もっと純粋で単純な気持ちだった。
今ならきっと自分の気持ちに正直になれる。プリシラさんのようには、なかなかなれないと思うけれど。
目線を落としていたウェンディは顔を上げ、まっすぐにヴァンを見つめる。
「・・・・でも、今なら言えるわ。私、ヴァンのことが好き。あなたが好き。ずっと一緒にいたい。」
ガタン!!
と、その時ふたりの乗っていたベッドが大きく揺れた。
「きゃあっ!!」
「うぁっ・・・・・・」
ウェンディはバランスを崩してヴァンの胸に倒れこんだ。どうやら側で寝ていたカメオが寝ぼけて足をベッドにぶつけたらしい。
「カ・・・・カメオ!!大丈夫?ヴァン」
「へっ?あっ・・・あぁ・・・・」
ウェンディは惚けた顔をしているヴァンの顔を覗き込む。すると、ヴァンは何かに気付いて一瞬だけ驚いた表情をみせると、たちまちトマトのように赤くなった。
「えっ?何、どうしたの?」
凝視しているヴァンの視線をたどると、自分のスカートの部分に白い飛沫が飛び散っていた。
「何、これ・・・・・・・・・きゃっ!!」
ヴァンは、まじまじとスカートの飛沫部分を観察していたウェンディを押しのけ、フラリと酔っ払いのように立ち上がるとドアを開けて足早に外へと飛び出していった。顔色は赤から青色へと変化している。
「あっ!ねぇっ、どこ行くの?ヴァン、待ってよ!待って・・・・」
ウェンディは起き上がり、後を追いかけようとしたが鏡に映った自分の姿に気付いて足を止めた。
「ヴァン・・・・・・・・」
毛布で胸を隠して窓を覗いていると小さくなっっていく彼の姿がみえた。