「何で、置いていってくれなかったの?」
「……すみません。同志の夢が潰え去った今、貴女が絶望するのは解っていました。でも」
廃屋の中で、少年は懺悔するように呟く。
「酷いことをしているのは解っています……それでも、僕は貴女に生きて欲しかった」
生き残ってしまった女は、ただ涙を流し続ける。
何故、自分を連れ出して来たのかと。同志があの男に打倒された時に、自分の存在意義も消え去ったと言うのに。
生身ででも構わずあの男に吶喊して討ち死にするか、せめて、あの瓦礫に押し潰されて死んでいれば良かったのに。
なんで、この少年は自分を助けたのか。
自分と同じように、同志の導きに全てを委ねていた筈なのに。
何故、理想が潰えた後でも、生きようとするのか?
かぎ爪に救われ、かぎ爪に存在意義を与えられた女は、少年が理解出来なかった。
自分よりも強い力を持ちながらも、揺らぎ、迷い続けていたこの少年が。
「理解してくれなくても構いません。憎んでくれても構いません。今の貴女が抜け殻なのならば……」
「……」
服が、速やかに剥ぎ取られる。
脱力しきっていた彼女は、抵抗する様子も無く、決意に満ちた少年を見上げる。
かつて、彼女が少年に女を教えた時とは逆に、少年から女に触れた。
「僕が、貴女を……」
その先は、声にならなかった。
少年が女の虚ろを埋めれたかどうか、それは定かではない―――。
「さようなら、兄さん」
背中で聞いた妹の声は、酷く悲しげでそれでいて決意に満ちていた。
もはや、逢うことは二度とあるまい。兄妹2人で身を寄せ合って生きてきた時は戻らない。
エバーグリーンでの生活は、もう過去の事になってしまったのだ。
「ミハエル君!!しっかりして……ねぇミハエル君!!」
朦朧としながらも、歩き続けた後。
気が付くと、ファサリナさんの顔が、こっちを見ていた。
ああ、そう言えば、あの男の一味の女に武器を向けられてて、僕が割って入ったんだっけ。
彼女も酷く悲しげだった。同志が崩御されたからだろうか?
それとも……?
「!!」
天井の、壁に大きな罅が入るのが見えた。ファサリナさんは、こっちを見てて気付かない。
銃創と、妹を庇った時に受けた傷を無視して彼女を引っ張って転がる。
間一髪で瓦礫の下敷きになるのを逃れた。
全身が酷く痛むが、ファサリナさんが無事なら、どうという事でもない。
「大丈夫、ですか?」
「ミカエル、くん」
ファサリナさんが、僕の顔を見上げて来る。彼女は常に儚い。同志の傍らに居た時も。
オリジナルセブンの一人として行動する時も。鎧を駆って戦う時でさえも。
彼女を確かに感じれたのは、彼女と1つになった時だけだったかもしれない。
柔らかい唇と紅くてねっとりとした舌。汗に濡れた絹のような滑らかな肌。
ファサリナさんの中は、何処までも深くて熱かった。
彼女と出来るだけ長く繋がっていたくて、腰を動かし続け、何度でも放った。
今思えば。あの時だけ、僕は彼女だけを見ていた。
同志の掲げる大義も、捨て去りながらも思い続けた妹の事も。
彼女が僕と肌を合わせた理由も、掻き消えていた。
ファサリナさん、僕は貴女に僕を見て欲しかった。
同志が崩御され、貴女は絶望しあの女に殺してくれと懇願していた。
僕は彼女の絶望を知っても尚、彼女に生きて欲しかった。
見上げてくる貴女の顔は、涙に濡れている。彼女を支えて来たものが崩れた絶望か。
それとも、僕の為に流したのか解らない。それでも、僕は嬉しかった。僕に、駆け寄ってきてくれて。
儚かった彼女の心の中に、僕が存在していた事が解って嬉しかった。
「無事で、良かったです。早く、逃げま―――」
「ミカエル君、駄目よ、意識を保って、ミカエル君、ミカエルくん!!」
彼女の温かい身体に覆い被さる。力が抜けていく。体温と血が抜けていく。
でも、ファサリナさんの身体はとても温かい。
それなら、それでいい。僕は、彼女に、生きて欲しいんだ。
遠離っていく意識の中、何故か、温かいモノが唇に触れた。
そんな、気がした。
続く。