「ヴァン、今ご飯作るから待っててね」
ウェンディはエプロンを身に付け、手馴れた様子で食材を用意していた。
再会してから丁度半年。ヴァンとウェンディは一つ屋根の下で暮らしている。
正確にはヴァンが空腹になるとウェンディの家にやってくる。
ウェンディからすれば野良猫をもてなす感覚に近い。
ふと圧迫感を感じ振り返ろうとしたが、体に圧し掛かる重さで身動きが取れない。
背後から抱きしめられている事に気付き動揺する。
「ヴァン!?」
「んー」
驚くのは無理も無い。
ヴァンは元々、行動の予測が難しい類の人間で、
お人好しではあるが不器用で乱暴、寂しがり屋だが人との接触を好まない。
婚約者に先立たれた経験からか、女性に対して無関心または臆病。
何より、ウェンディはそんなヴァンに少なからず好意を抱いていた。
キッチンで料理をしていたら後ろから抱きしめられるという行為も
普通の恋人同士なら、よくあるシチュエーションかもしれないが
今現在、とても恋人同士と呼べる関係ではない。
それどころか、ヴァンとウェンディの関係を一言で表す言葉も曖昧。
ヴァンに負けず劣らず、恋愛に関して未熟で疎いウェンディにとっては予想外だった。
「ど、どうしたの?」
なるべく平静を装い尋ねる。
「・・・なんだろうな、スマン。急に抱きしめたくなった」
「なっ!う、ううん別に、いいわよ」
振り返って抱きしめ返すと、ヴァンの胸の下にウェンディの頭があたり微かに心音が聴こえてくる。
いつもと変わらず飄々とした表情とは裏腹に、激しく脈打つ心臓。
(もう少し私が大きかったら、もっと大きく聴こえるのかしら)
ウェンディはもっとよく聴きたいとせがむように、顔が赤くなるのを隠すように、ヴァンを抱きしめた。
傍目から見れば抱きしめ合っているというより、身長差も相まって
ヴァンがウェンディを捕獲しているようにしか見えなかったが
二人っきりの室内。そういった感想を述べる野暮な人間は居らず、
ただ沈黙したまま甘い時は過ぎていったのだった。