★                   ★            
 
 
「石津さんが心配ないって言ってくれたんなら、もう安心だね」  
「元より心配ないといったであろう。そなたはたまに心配性が過ぎる所があるな」  
「あはは、ごめんごめん……けど、何ともなくて本当によかった……」  
 
 石津と別れ、二人は家路に着いていた。日はすっかり暮れ、帰り道は暗闇に包まれている。  
舞は、何とも無い風を装いながら歩いていたが、内心は激しく動揺していた。  
石津に気付かされた自分の気持ち。その相手が、すぐ横を歩いているのだ。  
いつもならば、むしろ当然横にいなければおかしい存在――自分の手下であり、  
カダヤである速水厚志という人間を、殊更意識してしまう。  
 
「……心配をかけて、すまなかった」  
 
 普段の自分なら絶対に口にしないであろう言葉が飛び出たのも、  
恐らくはそのせいであろう。  
 
「………………」  
 
 案の定、というか否か……厚志はきょとんとした顔で、舞の顔を見つめていた。  
 
「な、なんだその顔は!」  
「いや……まさか、舞の口からそんな言葉が聞けるとは思わなくて」  
「私とて、謝罪の言葉くらいは知っている! 芝村にないのは挨拶であって、  
 詫びはないっ! このたわけがっ!」  
「ご、ごめん! ……けど、今の……怒ってる時の方が、舞らしいかな?」  
「たわけ、たわけ、たわけっ! ……心配をかけた詫びにと、そなたの  
 願いを聞いてやろうと思っていたのだが……とりやめるとしよう」  
「えっ! そ、そんなぁ……」  
「むっ……じょ、冗談だ。そのような顔をするな、厚志」  
「なーんだ……よかった」  
「……気が変わらぬ内に、何なりと、その、言ってみろ」  
「何なりと……かぁ」  
「どのような事でも構わぬぞ? その、多少恥ずかしい事でも、今回は……構わぬ」  
 
 舞は、内心の大波を必死で隠しながら言った。  
もし、厚志が“そういう事”を望むのであれば、今からでも受けてやろう、と。  
むしろ、厚志がそう言ってくれる事を、舞は望んですらいた――というか、そういう事を  
言わせようと、眼力を込めたりもしていたりした。  
芝村舞という少女は、思い立ったら行動に移るまでが非常に早い。  
……時として、その行動が的を遥か彼方に外している事もあるのだが。  
 
「……じゃ、じゃあ」  
「何だ!?」  
 
 速水が、少しだけ顔を赤らめたのを見て、舞は勢いこんで促した。  
 だが……  
 
「この映画、一緒に見に行かない?」  
「……え、映画?」  
 
 ……期待は叶わなかった。  
 
「この映画、好きな監督の撮った奴なんだけど……ラブロマンスなんだよね。  
 舞、こういうのあんまり好きじゃないだろうから、どうかなーって思ってたんだけど。  
……どうかな?」  
「……え、映画か……むぅ……」  
「まあ、お願いの権利がなくても、誘うつもりではあったんだけどね。  
 こういう映画だったから恥ずかしいって断れるかなぁ、と思ってたんだけど……」  
「……芝村に二言は無い。その映画、見に行こうではないか!」  
 
 内心の様々な葛藤――厚志にはその気はないのか? とか、私のカダヤのくせに  
察しが悪いぞ、とか、ラブロマンス……後学の為に見る価値はあるか、とか――を  
押し隠し、舞は笑った。  
 
「ホント!? 良かったぁ!」  
「うむ。たとえラブロマンス映画であろうとも、我らが二人の敵ではない!」  
「……舞? 別にラブロマンス映画と戦うわけじゃないんだよ?」  
「む」  
 
 ……ともあれ……こうして二人は日曜日に映画を見る事になった。  
二人にとって、忘れ難い大切な一日となる、その日に。  
 
         ★                   ★           
 
 一方その頃。  
 
「……えー! そんなことになってたのぉ!?」  
「新井木さん……芝村さん……を、置きざり……に?」  
 
 校舎屋上から消えた舞の姿を探していた新井木は、石津から事の次第を  
聞かされていた。無論、“診察”の具体的内容は伏せられていたが。  
 
「そ、そ、そ、それは……その……芝村さん倒れて、びっくりしちゃって、  
 それで誰かが来たから慌てて隠れちゃって……」  
「……」  
「ほ、ホントだよっ!? だからこうやって僕、探してたんじゃない!」  
「……信じる、わ」  
「ありがとー! 萌りん大好きー! ……けど、意外だなぁ」  
「何……が……?」  
「いやぁ、キューピッド役は、僕の専売特許だと思ってたんだけど」  
「キュー……ビッ、ド?」  
「そそ。だって、芝村さんと厚志君、たき付けちゃったんでしょ?」  
「……ううん」  
「『ううん』って……そんなつもりなかったって事?」  
「……そう、ね……欲求不満が……解消、されないと……パイロットと……して、  
 ……の……能力、低下……する、から………………それ、だけ」  
「鬼だ……保健管理の鬼がいる」  
「……褒め言葉だ、と……思っておく……わ」  
「あははー、そうしといてー」  
 
 石津の不敵な笑みに、新井木は苦笑で返した。  
 
 
         ★                   ★            
 
 夢を見ていた。  
僕が、まだ“俺”だった頃の夢。  
ろくでもない、思い出したくも無い、忘れていたはずの、夢。  
 
         ★                   ★           
       モ ル モ ッ ト  
 ラボでの俺は実 験 動 物だった。  
……それより以前の事は、覚えていない。  
 
「いつも思うのだけれど……顔も身体も女の子みたいなのに、ここは立派に男なのね」  
 
 女性ホルモンを過剰投与された俺の身体は、男のそれとは随分と異なる形をしていた。  
 一見すると、まるで女のように見える、丸みを帯びた体。男である証は、股間の間に隆  
起したモノしかないと言っても過言じゃなかった。  
 女の手によって無理矢理勃起させられたそれは、はしたなく震えていた。俺の意志に反して。本能のままに。ビクン、ビクンと。  
 一体、こいつらが何を目的にして俺の身体をこんなにしたのか……。  
同調がどうこう言ってた記憶が微かにあるが、今となっては詳しい理由はわからない。わかりたくも無い。  
 
「我慢できない? 入れたい?」  
 
 どうでもよかった。俺は実験動物で、実験動物の意志をこいつらが汲むわけが無い。  
どこか他所事のように、俺を俯瞰する俺。  
その俺の意識の外で、女の言葉に是も否も無くただただ頷く俺。  
 どちらも、俺だった。  
 言葉を発する事は許されていなかった。だから、ただただ、頷く。  
 快楽を与えてくれと。一時の慰めを与えてくれと。  
 
「……うふ、じゃあ、私が上になってあげる」  
 
 俺は実験動物だった。  
そして――愛玩動物でもあったのだと、今になって思う。  
時折やってくる女は、その時々で顔が違った。女のような顔と身体をした俺は、  
“そういう事”の対象として人気があったらしい。  
 まともじゃない事を研究している奴らは、やる事もまともじゃないって事だ。  
 倒錯した性の対象。反吐が出る。  
だが、女が相手なら、まだマシな方だった。こういう身体だ。時には、“男に  
抱かれる”事もあった。――そして、それでも、この身体は悦んだ。  
 
「ん……あはぁ」  
「んっ!」  
 
 股間の物を、柔らかい感触が包んでいく。  
感じたくは無い快楽が、身体の中心から広がり、全身を徐々に冒していく。  
 嫌悪しながらも、その快楽に身を任せてしまう自分がいた。  
少なくとも……痛みはなかった。辛くもなかった。  
――身体は。  
 
「大きぃ……中で、んっ、暴れてる……あっ」  
「ふっ……ふぁ……くっ……」  
 
 ――心は――?  
 
「すご……まだ……あっ……あぅ、大きくなってるわ、よっ……」  
 
……心は……もう、とっくに壊れていたから。  
だから……どうでも良かった。  
俺の上で跳ねる女の事も。身体が感じている快楽の事も。  
これが終わったらまた待っている、痛くて辛い実験の事も。全て。  
 
「いっ……んくっ……」  
「びくびく……してっ……気持ちいい、わ……よっ」  
 
 俺の身体の中心からこみ上げてくる、白くて、汚い、もの。  
 
「ああっ、私……もぅ……イクぅ……!」  
「んぐっ……あぅううう!」  
「あっ、あぅ、あっ……ああぁぁあああああんっっ!!」  
   
 それを注がれて、女は果てた。  
 俺の上で背筋を逸らし、痙攣する女。一度震える度に、俺のモノをくわえ込んだ  
秘所も、ビクッ、ビクッと、白濁の最後の一滴まで絞り出そうと締めあげる。  
 
「……っぅ……ふぁあ……良かったわぁ」  
「………………」  
「……まだ、できるわね」  
 
 女は果てた。だが、凌辱に果ては無い。  
 首を横に振る事など許さない癖に、女はわざわざ俺にそう問い掛ける。  
 
「………………」  
 
 俺は……俺の身体は、首を縦に振る。  
許されようが許されまいが、俺の身体は首を横に振る事は無かったのだろうか。  
 その時だった。  
 
「おやおや、お楽しみですねぇ!」  
「あぁん、見つかっちゃったか」  
 
 部屋の扉が開き、一人の男が入ってきた。  
男の視線は、部屋に入った瞬間から俺に固定されている。  
俺の上で淫らな姿を晒している女には目もくれず。  
 つまりは――そういう事だ。  
 
「私にも楽しませて頂きたいですねぇ」  
「もい、まだ私も遊び足りないのに!」  
「いえいえ……私が用があるのは、あなたが咥えているモノではありませんからねぇ」  
「じゃあ……一緒にする?」  
「おおっ! それはいい! 是非そうしましょう」  
 
 女は、自らの中に俺のモノをくわえ込んだまま、俺の身体を抱え上げ、自らが下になる。  
 
「ふふ……それでは、いただきます」  
 
 尻を突き出すような格好になった俺に、男が覆い被さり……排泄器官に強烈な  
違和感が生じ、俺の身体は目を見開いた。  
 
「ああっ、前……また、大きく……なって、きたっ」  
「後ろも……締まりますよっ!」  
 
 意識が揺らぐ。いや、真っ白に染まる。……どちらにしろ、意識はそこで途切れた。  
 
 壊れた心に、虚無しか無かったはずの心に、灯火が点ったのはこの頃の事だったか。  
灯火の名は、憎悪。  
俺は、廃棄体となって捨てられる際の隙を突き、研究者を全員殺してラボから逃亡した。  
速水厚志の名を手にいれ、僕となり、あの娘に……芝村の名を持つ、世界を救う少女に  
――舞に、出会って……憎悪を忘れた……あの頃の出来事と、一緒に。  
 
         ★                   ★            
 
「舞っ!」  
 
 救いを求めるように叫び、飛び起きた僕の目に最初に飛び込んできたのは、  
僕の顔を心配そうに見つめるマイの姿だった。  
 
「……あ、ごめんね、マイ。起こしちゃったかな?」  
「ニャー」  
 
 どうやら、うなされていたらしい僕を心配してくれていたらしい。  
 頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を閉じる。  
その姿に、先程まで見ていた夢の光景も薄らいでいく。  
 
「……ありがとう、マイ。舞にも君にも、僕は助けられてばかりだね」  
「ニャウン、ニャー」  
 
 そんな事はないぞ、厚志。  
まるでそう言っているように聞こえて、僕は少しだけ笑った。  
 
「もう、心配ないから。ごめんね、マイ。おやすみ」  
「ニャーン」  
 
 僕の言葉に納得したのか、マイは自分の寝床に戻ると小さく欠伸をし、目を閉じた。  
 
「……ふぅ」  
 
 夢。そうだ、僕は夢を見ていた。  
……思い出したくも無い、いや、忘れていたはずの、ラボでの出来事。  
どうして、今になって、思い出すんだ……。  
 
「……明日は、日曜日なのに……」  
 
 時刻は二時を回った所だった。  
流石にこの時刻だと、春の終わりとはいえ、まだ肌寒さを感じる。  
僕は飛び起きた時に蹴飛ばした毛布を手繰りよせ、胸に抱いた。  
 
「……舞」  
 
 彼女の名を呟く。僕の、一番大事な人の名を。  
 ……彼女に出会って、僕はあの頃の事を忘れる事ができた。  
彼女に出会って、僕は僕になった。  
もう、あの頃の事は……必要無い。無くてもいい事。なのに……。  
……頭がグルグルする。  
なんで、今更……今更思い出すんだ……忘れてたのに。  
 
「……寝なきゃ……寝ないと……」  
 
 明日は九時に待ち合わせ。  
早く起きて、お弁当の準備をしないと……。  
だけど、そんな気ばかりが焦って、目はどんどん冴えていく。  
 
「………………ふぅ」  
 
 マイはというと、すっかり安心したのか、細い寝息をたてて寝入っている。  
今頃、舞は……眠っているんだろうなぁ。  
 
「……はぁ」  
 
 溜め息をつき見上げた空に、星は見えなかった。  
 

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