長い、長い口付け。  
 幾度も交わしたそれよりも、一際大きく瀬戸口の心を揺さぶり――  
 初めて交わしたそれよりも、一際大きく壬生屋の心を揺さぶる――  
 それは、固めた心を、揺ぎ無き決心へと変える、儀式。  
 それは、固めた心を、揺ぎ無き勇気へと変える、魔法。  
「……んっ……ふぁん……」  
「あむ……ふぅ…………」  
 二人とも、呼吸するのを忘れてしまったかのように、お互いの口唇を、舌を、口内を貪り合う。  
 二人が一つになる――その為の、予行演習――そんな光景が、そこにはあった。  
「はぁ……はぁ……未央」  
「……うぁ……うぅん……隆之、さぁん……」  
 くちゅり。  
 水音が響く。  
「……あっ」  
 上の口唇が離れたその代わり、とでも言わんとばかりに、下の口唇に、瀬戸口は己の鈴口で口付ける。  
 しとどに愛液で濡れそぼった壬生屋の秘所は、小さく震えていた。  
 僅かな不安と、圧倒的な期待とで。  
「少し、最初は痛いかもしれない」  
 告げる瀬戸口の声もまた、小さく震えていた。  
 僅かな不安と、圧倒的な期待とで。  
「……はい」  
 互いに同じ想いを抱く事への安堵が、僅かに残った不安を拭い去る。押し流す。消し飛ばす。  
「ゆっくり入れるからな」  
「……はい!」  
 震えは消えた。瀬戸口の声からも。壬生屋の身体からも。  
 
「力抜いて……いくぞ」  
 宣言の声。  
 同時に、瀬戸口はその腰を進ませた。口付けのその先へと。  
「ん……くっ……!」  
 壬生屋の眉が、痛みに歪む。  
「……くっ」  
 狭隘な処女地が、瀬戸口の先端へと痛みすら与える。  
 小さく声を漏らしながら、ゆっくりと、ゆっくりと、その処女地を開拓していく。  
「んっ……っぁ……!」  
「……もう、少しだ」  
 やがて瀬戸口の先端が、小さな抵抗へと突き当たり――  
「いっ……たぁっ!」  
 ――突き破った。  
「入ったぞ……未央」  
 壬生屋の最奥へと突き当たったのを先端で感じ、瀬戸口は告げる。  
「っぐ……入っ、た……?」  
「ああ……」  
「私たち……っぁ……一つに……」  
「ああ……」  
 壬生屋の瞳の端から、光るものがこぼれた。  
「嬉しい……です……やっと……はぁ……はぁ……」   
 その言葉とは裏腹に、痛みに耐えるように何度も呼吸を繰り返す壬生屋。  
 眉間に深く刻まれたしわが、痛みの程を瀬戸口に知らせる。  
「……大丈夫、か?」  
「ぐっ……あ……だ、大丈夫……で、すっから……好きなように……動い……てっ」  
「大丈夫じゃなさそうだな」  
 苦笑しつつ、瀬戸口は思う。  
 上の口に収まらぬ程の剛直だ。いかに濡れそぼっていたとは言え、処女の身で受け入れるには、  
少々大き過ぎたのかもしれない。だが、今更抜こうとした所で、余計痛いだけ――  
 瀬戸口は、動きを止めたまま、言った。  
「しっかり深呼吸して、身体の力抜いて」  
「はっ、はい。……はぁ……はぁ……」  
 言われるがままに、壬生屋は深呼吸を始める。  
 だが、眉間の皺はなかなか緩まない。  
「ま、すぐには力抜くのも難しいだろうし……手伝っちゃる」  
「はぁ……はぁ……はい? 手伝うって……んぁっっ!!」  
「一緒に、気持ちよくならないと、な」  
 股間の痛みに気を取られていたのだろう。  
 瀬戸口が胸に口唇を這わせた瞬間、壬生屋は大きく喘いだ。  
「こっちはまだ痛くても、こっちは気持ちいいだろ?」  
「そ、それは……ひゃんっ! やめ、ああっ……いたぁ! んっ!」  
 壬生屋は、快感に身体が震わせる度に、股間に鈍痛を感じているようだった。  
 乳房を舐め回すと、眉間の皺が深くなる。だが、同時に与えられる快感に、その皺は緩む。  
「あっ……な、何ですか……ひぅ……これ……」  
 徐々に、徐々に。  
 眉間の皺の刻まれる深さが浅くなっていく。  
「……こっちも、行くぞ」  
 瀬戸口の手が、下腹部へと、秘所の入り口へと――その一番敏感な部分へと伸びる。  
「ひぃっ……!」  
 高まりつつあった壬生屋の身体が、弓のようにしなった。  
「ひはっ……んっ……すご……あっ……気持ち、よくなって……!」  
「……くっ」  
 壬生屋の嬌声に反応するかのごとく、瀬戸口もうめいた。  
 壬生屋の秘部に差し入れたままの剛直が、秘部の変化を感じ取る。  
 ただ、堅く瀬戸口のものを包むだけだった秘部の壁が、何か別の生き物と化したかのように、  
柔らかく動きだし、剛直を優しく扱くように蠢き始めたのだ。  
 堅さを感じていた先端が、次第にぬめりを覚える。  
 
「……そろそろ、大丈夫か?」  
「んっ……はぁっ……はぃ……いっ……」  
 壬生屋の表情には、痛みはもう僅かしか見えなくなっていた。  
 快感が、それを上回り、忘れさせている。  
「動く、ぞ」  
 宣言し、瀬戸口は腰を使い始めた。  
「い……な、ん……痛いのに……気持ち、いぃ……!」  
「こっちも……気持ちよく、なってきたぞ……未央のここ……凄く、ぬるぬる……してきて……」  
「あっ……ああっ、あっ……あんっ!」  
 最早、それは喘ぎ以外のなにものでもなかった。  
 瀬戸口の剛直を丸々と飲み込み、尚それでは足りないとばかりに蠢く壬生屋の秘部。  
 それは、瀬戸口のものに、鮮烈な快感を与えていく。  
 そして、同時に壬生屋自身にも、鮮烈な快感を覚えさせていく。  
「くっ……凄い、ぞ……未央の、中……」  
「あぅんっ……わ、わたし……わかりません……っ!」  
「締め付けてくる……絞り、取られる……みたいだっ……!」  
「わたし……もっ……隆之、さんので……感じてっ……一番奥……当たってっ……ああっ!」  
 この世界では、ただ快感の源となる性器官でしかない子宮、その入り口。  
 ボルチオと呼ばれる性感帯を刺激され、壬生屋は身悶えた。  
「……初めて、なのに……凄いな、未央はっ……!」  
「言わないでくださ……いぃっ……んっ……隆之さんの、だからぁ……!」  
「俺の……で……感じてるんだな……っ!」  
「はい……感じて、んっ……ふっぁ……ますぅ……!」  
 痛みは既に遥か彼方へと消え去り、壬生屋は自ら腰を動かし、更なる快感を貪欲に求める。  
 瀬戸口も、腰の動きを速め、それに応える。  
「ぬ……くぅ……」  
「あっ、ああっ……ひぅんっ……いっ、あっ……あくっ……!」  
「……気持ち、いい……もう……俺……いっちまいそうだ……」  
「わたしも、あっ……わたしもぉ……も、もうぅ……だめぇ……!」  
 瀬戸口の背に回された壬生屋の手が強張り、突かれる度に虚空を蹴り上げていた  
足先が、ピンと張り詰めていく。  
「一緒に……一緒に行くぞ、未央っ!」  
「き、てぇ……きてくださ……いっ……隆之、さんっ……私も……わたしもっ、いくぅ……!」  
 そして――  
「くぅぅっ」  
「いっ……んっ――――――――――――っぁ!」  
 ――二人は同時に達した。  
 瀬戸口がひときわ腰を強く突き出し、その剛直から白濁が壬生屋の秘部の最奥へと注がれた。  
 壬生屋の身体は、電気が流れでもしたかのように震え、秘部からは愛液の飛沫が散る。  
 長い長い時間、あるいは、ほんの僅かな時間……二人は全身を硬直させ、抱き合った。  
「…………くはっ」  
「………………っ…………ぁ………………」  
 脱力した瀬戸口は、壬生屋の身体に身を預けた。  
 壬生屋は、力の入らぬ両腕で、瀬戸口の身体を抱きとめる。  
「………………みお」  
「………………たかゆきさん」  
 どちらからともなく口付けを交わし合い、やがて二人は、互いのぬくもりを感じながら、  
心地よいまどろみへ落ちていった。  
 
 
 
 
 
「ん……」  
 ほのかに冷たい夜気。  
「あ……」  
 壬生屋は、その冷たさに思わず傍らにあったぬくもりを抱きしめ、その感触で目を覚ました。  
「……隆之、さん」  
 胸に掻き抱いた愛しい人は、安らかな寝息を立てている。  
 自分の為に、随分と疲労させてしまったのだろう。色々と気を遣って、初めての自分をリードしてくれた。  
 申し訳なさはある。だが、それよりもずっと大きな愛しさが、壬生屋の胸を満たしていた。  
「瀬戸口……隆之……」  
 愛しい人の名を、呟く。  
 後悔したくなくて、後悔した。あの時の自分が、もっと自分の気持ちに正直であったら、と。  
 ずっと、ずっと、後悔し続けていた。後悔していた事すらも忘れてしまう程の間、ずっと、ずっと。  
「……もう、私は後悔しません……だから……」  
 今尚、身体の最奥に留まっている瀬戸口の証を、温もりを感じながら。  
 ひしと抱きしめた身体から伝わる瀬戸口の存在を、温もりを感じながら。  
「……だから……これからは、ずっと一緒ですよ……隆之さん……」  
「……ああ……わかった」  
「えっ……隆之さん……起きて……?」  
 寝ているはずの瀬戸口からの応えに、壬生屋は思わず彼の顔を覗き込む。  
 胸の中で根息を立てていたはずの瀬戸口の目は――  
「すぅ……」  
 ――相変わらず、閉じられたままだった。  
「……うふっ……隆之さんったら」  
 夢の中ですら、自分に応えてくれる、愛しい人。  
 その喜びが、一筋の銀の光になって、壬生屋の瞳から零れ落ちる。  
「……瀬戸口……隆之……」  
 もう一度、愛しい人の名を呟きながら、壬生屋は彼の口唇に己のそれを合わせた。  
 誓いの、口付け。  
 ――青い光が――二人を包む――  
 
 
 
 
 
 
――数日の時間がたった。  
   
「……はぁ」  
 瀬戸口は、プレハブ校舎の屋上で、一人黄昏ていた。  
 いや、正確には一人と一匹。そこにはやけに大きな身体をした猫――ブータがいた。  
『どうした? 溜め息とはらしくないな』  
「いや……俺は、自分ではそれなりに大人だったつもりだったんだが……子供だったんだなぁ、ってな。  
 なんだかんだと言いながら、俺は全然アイツのことを理解してやれてなかった……独り善がりのガキだった」  
『今更気付いたか、瀬戸口』  
「……おっさんに名前で呼ばれると気持ち悪いな。いつもみたいに小僧(キッド)呼ばわりはなしかい?」  
『最早お前は小僧ではない。故にそう呼ぶ事はできぬ』  
「なんだそりゃ」  
『正確には、これから子供でなくなっていくのだが、な』  
「………………」  
『お前は童子という名付けに、あの方の魔術に囚われていた。あの方もお前自身も知らぬ内に』  
「……そりゃ、どういう事だ?」  
『名は体を表す……古い諺だが、それは魔術においては俗信ではない。真実に他ならぬ』  
「花岡……童子……」  
 瀬戸口は、かつての己の名を呟いた。  
『……あのお嬢ちゃんだろう。お主に新しい名を与え、頚木から解き放ったのは』  
「あのお嬢ちゃんって……未央の事か? しかし、アイツは魔術なんて……」  
『魔術とは』  
 ブータは瀬戸口の言葉を遮るように言った。  
『時として、使えようはずの無い者に使われる事もある。あの方がお前に魔術をかけてしまったことに  
 気付かなかったように、あのお嬢ちゃんは――あの方の魂を継ぐ者も、また、お主に魔術をかけようとして  
 かけたわけではなかろう』  
「………………」  
『……おや、噂をすれば影、か。お嬢ちゃんがやってきたぞ、瀬戸口』  
「あ、ああ……」  
「隆之さん、こんな所に……」  
「たかちゃん探したのよー」  
 屋上に人影が二つ増えた。  
 いつものように胴衣に身を包んだ壬生屋と、その胴衣の裾を掴んで付いて来た東原希望――ののみだ。  
『……魔術は、人を幸せにする為にある。だが、魔術だけでは人は幸せになれぬ。わかるな?』  
「言われるまでもないさ」  
『それがわかっていれば……お主はあのお嬢ちゃんを幸せにしてやれるさ、瀬戸口』  
 ブータは、瀬戸口の答えにニヤリと笑みを返し、巨体に似合わぬ俊敏さで姿を消した。  
 
「たかちゃん、猫さんと何話してたの?」  
「ああ……ブータは何食ってそんなに大きくなったんだ、って聞いてたのさ」  
「ふぇえ、猫さん大きいもんねぇ」  
「うふ、そうですね。……はい、隆之さん、これ」  
「未央ちゃん、ののみの分も作ってきれたのよ」  
「そうか、そりゃ良かったな……ほぅ、今日は竜田揚げか。美味そうだ」  
「はい、以前森さんにコツを教わって……お気に召していただけたらいいんですけど」  
「お前さんが作るものなら、気にいらないわけが無いじゃないか」  
「も、もぅ……隆之さんったら……」  
「二人とも熱々なのよ」  
「の、ののみちゃん、何言って……」  
「ま、事実だから仕方ないな」  
「……もぅ」  
「ののみは皆幸せなのがいーのよ。悲しいのはめーなの」  
「そうだな……その内、皆に俺たちの幸せを少しわけてやるとするか。な、未央?」  
「………………」  
「あ、未央ちゃん真っ赤になったー」  
「照れなくてもいいのに」  
「ねー」  
「最後には怒りますよ!」  
「はっはっは、怒った未央も可愛いぞ……っと、そろそろ食べるか。昼休みが終わっちまう」  
「ののみ、お腹ぺっこぺこー」  
「……はいはい。お手拭用意しときましたから、しっかり手を拭いて。はい、ののみちゃんも」  
「はーい」  
「じゃ、いただきます」  
「いただきます」  
「いただきまーす!」  
 天気は晴天。  
 暖かい陽射しが降り注ぐ屋上に、幸せはあった。  
 
 
 
 これから、長く長く続いていく――そんな幸せが。  
 
 
   

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