「あ〜。暇だ」  
 俺は読んでいた雑誌を枕元に投げ捨てる。  
「アンタはここでもあいかわらずなのね」  
「ん?よっ」  
 声のほうを見ると、呆れ顔の美姫がそこに立っていた。  
「よっ。じゃないでしょ。入院したって聞いて来たら、ぜんぜん元気そうだし」  
「しゃあないだろ。別に重傷ってわけじゃないんだ。ただの両足骨折だしな」  
「知ってる。さっきここに来る途中に伯爵に会って聞いたわ……しかも!」  
「うがっっ!?」  
 美姫の野郎、骨折してる俺の脚の上に手にしていた鞄を置きやがった。  
 随分と重いが何いれてんだよ!  
「その原因が、戦いの後にグリンガムとじゃれあってて両脚踏み潰されたですって!!!」  
「ぐへぇぇぇ」  
 鞄を持ち上げ、再度俺の脚の上に落とす。  
 絶対にわざとだろ。俺の脚を壊すつもりか!!  
「はぁ。こんなことなら、私もついていけばよかった」  
「お前は整備兵だろ」  
「元々は前線兵なのにアンタが整備兵にしたんでしょ。まったく、隊長の職権乱用よ、あれは」  
「それは、まぁ」  
「芝村もよくこんな男を担ぎ上げる気になったものね」  
「それはほら。俺の人徳」  
「な、わけないでしょ!アンタが脳内筋肉で情にもろそうで、扱いやすかったから!!」  
 美姫はぎゃーぎゃーとまくし立てる。  
 人が動けないのをいいことに一歩離れた位置から。  
「はぁ。まぁいいわ、はいこれ」  
 俺の脚の上に落とした鞄を今度は俺のほうに突き出す。  
 中には漫画が数冊入っていた。  
「お、サンキュ」  
「私もよくよくお人よしよね」  
 漫画の下には鉄アレイが。なるほど、これのせいであの重さがあったのか。  
「それ、アンタの愛用でしょ?学校出てきて、みんなに遅れとってないように体鍛え続けなさい」  
「はいはい。ま、いい暇つぶしになるか。って、そういや俺居なくて戦闘とかどうなるんだ?」  
「心配しなくていいわよ。芝村が休暇願い出してたから。こういう時は便利よね、芝村って」  
 美姫はそう言いながらベッドに腰掛ける。  
「走ってきたから疲れちゃった」  
「走って?」  
「え。あぁ、アンタ、あんまり退屈すると暴れだしそうだし」  
「おいおい。一応怪我人だぞ。さすがにしないって」  
「そう?」  
 
 美姫は俺の方を見ずに空を眺めている。  
 俺もつられて窓の外を見る。青い空と白い雲が綺麗だ。  
「いい天気だな」  
「うん。散歩とか、気持ちよさそう」  
「今度、裏山でも歩くか」  
「うん」  
 しばらく二人で空を見上げてた。  
「心配かけてごめんな」  
「心配なんてするわけないでしょ」  
「そか」  
「うん」  
 またしばらく外を見た。  
 ふと、美姫の方を見る。  
 美姫は俺の方を向いていた。そして、慌てて視線を外に戻す。  
「ごめんな」  
 俺は美姫を抱き寄せる。  
「ば、馬鹿!だから、心配なんて」  
「してなくてもいい。でも、言いたいんだ……ごめん。あと、来てくれてありがと」  
「………うん」  
 美姫の体は小さかった。いつもは自分の脚を自慢して、強気で、隙を見せると蹴りをかましてくるけど、やっぱり女の子だ。  
「ホントはね」  
 美姫がボソボソと口を開いた。  
「……すごく怖かったの。入院したって聞いて……」  
 俺の胸にうずめていた顔をあげて、俺の方を見る。  
 瞳からは涙が零れる。  
「今日初めて知ったの。こんなの……いつもみたいに馬鹿やって馬鹿みたいな話して、馬鹿みたいに笑って  
 それが……なくなるかも知れないって」  
「美姫」  
「帰ってきて……絶対に私のところに……死なないで」  
「俺は、まだまだ未熟だと思う。きっと、あの戦場ではどんな言葉も意味をなくす。できないのに守るなんて言えない。  
 だから、俺が愛する人を守る一番の方法は……戦場に近づかせないことだと思った。だから」  
「ゲン」  
「俺は帰る。何があっても絶対に。情けないかもしれないけど、他人を守るより自分を守る方が100倍楽だから  
 美姫のために自分を守って、時には逃げてでも……絶対に帰る」  
 俺は美姫を強く抱きしめた。  
 強くて弱い彼女を守るために。  
 
「んっ」  
 美姫の体がビクンと震える。  
「さすが、美脚を自慢するだけあって綺麗な脚だな」  
「馬鹿」  
 ストッキングを脱がせた美姫の脚は本当に綺麗だった。  
 無駄なく引き締まっているが、女性的な柔らかさと丸みを帯びている。  
 俺はそれに吸い寄せられるように、何度も口付ける。  
「こ、この……ヘンタイ」  
「ヘンタイで結構。この脚を好きにできるなら、どんな言葉でも甘んじてうけるさ」  
「ぅぅ、本当にヘンタイだよぉ。ひゃっ」  
 足の指を口に含むと、美姫のかわいい悲鳴があがる。  
「脚。開いて」  
「えぇ……」  
 今までスカートを手で押させていたが、その手をどけて脚を開く。  
「スパッツ?」  
「あ、当たり前でしょ!!」  
「そりゃそうか。あんだけ人前で蹴りかますくらいだしな」  
 俺は美姫のスパッツに手を伸ばす。  
「な、何するの」  
「何って。脱がす」  
 見る間に美姫の顔が真っ赤になっていく。  
「ヘンタイヘンタイヘンタイヘンタイ!!!!!」  
「いて、いてててて。何すんだ!」  
 美姫は俺の腕や頭をポカポカとたたき出す。  
「それはこっちの台詞よ!ただ、脚を見せて欲しいって言うから見せたのに」  
「仕方ないだろ。脚みてたら、したくなったし」  
「だ、だからって」  
「な、いいだろ」  
 美姫は俺の伸ばした手をするりとかわしベッドから降りる。  
「べーだ。ダメ」  
「えぇぇぇ」  
「………だって、走ってきたから汗…かいてるし」  
「俺は気にしないぞ」  
「私は気にするの!」  
「でもよぉ」  
「………退院したら……ね」  
 顔を真っ赤にした状態で、見上げられたら断ることできないじゃないか!  
 ったく。俺は何も言えずに、小さく頷いた。  
 でも、美姫もあんな顔するんだな。  
「じゃあ、帰るね」  
「おう」  
 美姫が立ち上がる。  
「おとなしくしてなさいよ。あと、看護婦さんとかにエッチなことしちゃだめよ」  
「しないっつぅの!」  
「あはは。じゃあね」  
 美姫はかがみこみ、自分の唇を俺の頬へと当てる。  
 すぐに立ち上がり俺に顔をみせないようにして廊下へと出る。  
「……待ってるから」  
 廊下でその一言だけ言うと、駆け出す足音が聞こえた。  
 

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