工藤百華は、吉田遥が嫌いである。
「…クソゲー」
ノイズ混じりの通信からにそんな声が聞こえてきたのは、戦闘が始まって5分もした頃だろうか。
振り向いた工藤百華の瞳に映るのは、重たげに99式狙撃銃を投げ捨てる吉田遥。
いつも後方でうるさいゴブリンがその日に限ってはいなかった事に舌打ちをしつつ、
工藤は前方へ向き直ってキメラを撃ち倒した。
吉田の足元にでも”誤射”してやれば。泣かせてやればさぞ気分が晴れるだろうに。
戦闘そのものは大きな被害もなく大勝で終わった。
吉田が戦闘を放棄したのも、99式が故障したからだとも今では分かっている。
数日振りに雪もやみ、天気は上々。
工藤百華が機嫌を損ねる理由など何ひとつない良い日である。
一緒に帰ろうと、コートの裾を摘んでついて来る吉田遥さえいなければ。
「…ん」
必要以上に擦り寄って来る吉田に、苛立つ。
頭一つ分背が高く、その分歩幅も大きい工藤に遅れまいと早足になる吉田。
勢い余って吉田の跳ね上げた雪が工藤のパンプスにかかる。
そんな小さな事にすら苛々する。
蹴り飛ばしてやったら愉快だろうが、それをすれば「工藤百華」の評判は地に落ちるだろう。
悪意を買わない程度に相手をしてやっていた程度のはずが、気付けば毎日一緒に帰る羽目になっていた。
特別に好かれるような事をした覚えもないのだが、気付けば後ろに吉田が付いて回っている。
「あのね、今日は、帰るの遅くなるって言うから…」
吉田がくいくいとコートを引いている。
「ええと、その。すみません。少し考え事をしていました」
気付けばもう山口宅だ。
ここ数日は工藤が吉田を家まで送り届ける事が日課のようになっていた。
自分の望む「工藤百華」のイメージのためにもできるだけ提案は断らず…と考えていたのが仇か。
「…外、寒いし。お茶もあるから。寄っていかない?」
で、何故ゲームをしているのかこの娘は。しかもRPGを。
モニターの中でピンクの服を着た娘が超絶ぱわーあっぷと叫んでいる。
しかも毎戦闘。
そんな簡単に超絶パワーアップなどというものができれば苦労はしないのだ。
ゲームの事になるといつもより饒舌になる吉田に言わせれば「ヌルゲー」との事らしい。
ヌルいのはじつに素晴らしい事だ。
玉の輿にでも乗って、叔父さんの生活までにこやかに保障してくれる男がいれば人生は素晴らしい。
山口のように恩着せがましくなければ更にいい。
紙飛行機と金の延べ棒を喜んで交換してくれるような、頭の弱い御曹司でも転がっていないものだろうか。
ま、いるはずもありませんわね、と内心で溜息。
「ねえ、遥?」
「…ん」
「私も、そろそろ帰ろうと思うのですけれど」
ロード時間ごとに体をすり寄せてくる吉田にもいい加減うんざりして来たところだ。
帰ってきた山口とはち合わせになる前にも退散しておきたい。
「あの、その…もう少し、一緒にいたいの」
勝手にゲームに熱中しておいて一緒もないものだ。
人の好意が欲しいならば、努力を怠るべきではないのだ。
自分だって、髪の手入れも化粧も覚えた。興味のない話題にも大抵はついてゆけるようになった。
何もせずに全てが手に入るような「ヌルゲー」はこの世界に存在しない。
他に誰が見ているわけでもなし、現実がいかに厳しいかを思い知らせてやろうか。
最初はその程度の気持ちだった。
「遥はゲームに夢中ですから、私もつまらないですし」
「…ん」
工藤とゲームパッドを交互に見比べ、3往復したあたりで工藤が勝ったらしい。
吉田はパッドを置いて工藤に向き直る。なぜか正座で。
あえて冷たい目で、半ば以上は本気で蔑みの視線を向けてみた。
「ただ見ていても、私はつまらないですよ?」
「あ、その、ええと…」
吉田は慌てて周囲を見回すと、ゲームパッドを取って差し出してきた。
「私はあまりゲームをしませんから」
「…あの。それじゃ、今日の戦闘で…」
「はい」
「………」
「帰ります」
「待って!」
「…はい」
話題を探そうと右往左往する吉田を見るのは、案外楽しい。
工藤は暗い喜びに身を浸しながら、できるだけ冷ややかな声で相槌だけを続ける。
「あんな一発撃ったら捨てるような銃、なんで作るのかなって…」
「ええ」
「いつも、その…もうちょっと援護できたらって」
「そうですね」
「自衛軍も、もう少しいい武器を作ればいいのに…」
「クソゲー、とか仰っていましたものね」
「うん」
「ところで、99式狙撃銃の耐久テスト結果は知っていますか?」
工藤が話題に食いついてきたのが嬉しいのか、吉田は明るい表情で首を横に振る。
「全てが、数千発の連続射撃試験に耐える性能だそうですよ。ちゃんと扱えば」
「でも、私…!」
「誰も青森でこんな戦闘になるなんて考えていませんでしたから、寒いのとか雪に弱いんでしょうね。
そういう対策がちゃんとある武器は北海道の師団が手放しませんし。
逆にあちらの武器を熊本あたりに持ち込んだら加熱で銃身が歪みやすいそうですよ。
そうした事も知ろうとせずに、お手軽にクソゲーと言って投げ捨てるのは簡単ですが」
工藤は胸のすく思いに満たされていた。
機会を見つけてもう少し早く言ってやれば、付きまとわれることも無かったと思えば
遅すぎたくらいだ。
これで、機嫌を損ねた吉田に追い出されて今日は終わり。
責められる事に慣れていないだろう吉田は泣くだろうか。
いや、泣くまい。
悪口だけで何でも誰かに責任転嫁して、現実でもあらゆる気に入らない物をクソゲーと
罵っては捨てていけばいい。
「今日は、実に楽しいお話でした」
「…いじめて、楽しい?」
吉田のこの言葉は、工藤にとっては意外なものではなかった。
吉田に対して抱いている苛立ちを吉田にぶつける事を、いじめと呼んで自己正当化する。
工藤にすれば鼻で笑いたくなる行為ではあるが、吉田はそういう女だ。
「いじめてなんて、いませんよ?」
「…じゃあ、私のこと、嫌いなんだ」
それは正解。
「いじめるというのは、そうですね…。例えば、こういう事を言います」
工藤は手を伸ばして、吉田の帽子を取り上げる。
食事中だろうが訓練中だろうが、決して外さない帽子だ。
飛びかかってでも来るかと身構えてみたが、吉田は動かない。
「…いじめられると、悲しいから」
まっすぐに人の目を見て、そんな事を言ってくる。
確かに男心に訴えかけてくるものはある。
しかし、工藤にとっては使える仕草だな、くらいの感慨しか沸いては来ない。
「悲しいのでしたら、悲しくならない努力をしてみてはいかがです?」
他人に優しさを求めるならば、相応の対価を示すべきだ。工藤はそう思っている。
男に媚びて対価を得る自分然り、優越感を剥き出しにして有無を言わせない山口然り。
「…じゃあ、もう優しくしないで。近づかないで」
工藤百華はここで改めて確信する。
吉田遙という女は、自分を苛立たせる事にかけては天才的だと。
冷静さを欠いた、と言うよりは、吉田遙の前で冷静でいたためしなど無かったのかもしれない。
工藤は黙って取り上げていた帽子を吉田にかぶせる。
目深と言うにも深すぎな、目隠しのようなかぶせ方。
何より、吉田の目をこれ以上見ていたくもなかった。
「…見えな、…え?」
突然視界をふさがれた吉田が帽子を直そうとする手を捕まえて、抱き寄せる。
先程までとはガラリと違う印象を与えるべく、できるだけ優しい声音で語りかける。
「遙は、可愛い子ですね」
少し暴れる様子も見せたが、胸元に顔を押し付けられるととたんに大人しく体を預けてきた。
緊張の糸が切れたのか、ブラウスの生地ごしにも吉田の深い息遣いが伝わってくる。
「遙は、優しく…されたいですか?」
日頃から女の子の匂いがどうと言うだけのことはある。
つい先程までの緊張はどこへやら、呼吸一つごとに体が弛緩していくのが工藤にも分かった。
今、体を引いて手を離したら間違いなく床に倒れ込むだろう。
そのくらいに、全身を工藤に預けてきている。
現金なものだ。
「ぎゅっとされるのは、嫌ですか? 遙。」
吉田の肩が粟立つように震えた。
膝から崩れそうな吉田の体を支えながら、頭を後ろから少し強く胸に押し付ける。
酸欠気味の頭に優しい言葉を刷り込むのは、基本だ。
言葉と匂いだけでこうも反応してくれる初々しさは、愉快だった。
背中を撫で上げれば、震える。
膝を入れて股を割れば、自ら足を開く。
吐息に熱が篭って来る。
体全体を擦り付けるように「工藤百華」を貪って来る。
「…遥。制服によだれを付けないでくれない?」
ん、と篭った声を漏らし、ブラウスに染み込んだ自らの唾液を吸い上げて来る。
よくできました、と帽子越しに撫でてやれば、自分の唾液に塗れた工藤の胸に頬ずりをしてくる。
犬猫でもあるまいに。
吉田のスカートの中に手をやれば、既に粘液がしたたり落ちる程に濡れていた。
「はい、どうぞ」
自身の粘液で濡れた工藤の指に、吉田は吸い付いた。
工藤が何も言わずとも、鼻を鳴らしながら指の股まで清めてゆく。
帽子で目隠しをしたまま服を脱がせていけば、既にささやかな乳首は隆起していた。
このまま足を舐めろとでも言えば素直に従うのではないだろうか。
そう思うと眩暈がする。
ブラウスの袖のボタンだけを残し、肩を抜けばあまり自由に動けなくなった吉田がそこにいる。
放っておけばいつまでも指をしゃぶっていそうな吉田から手を引けば、飴玉を取り上げられた
子供のように首を伸ばして追いかけてくる。
そこに口付け、舌を入れる。
吉田の唾液と体液に混じって、かすかに油の味がした。
歯茎の裏までこそげとるように舌を這わせれば、吉田も応えて来る。
どちらの唾液とも判別できない物が、顎を伝って流れ落ちていった。
そのまま何分そうしていたか、工藤がキスをやめようと離れると、また吉田は舌と首を伸ばして来る。
いつの間にか工藤が吉田を組み敷くような姿勢になっており、半脱ぎのブラウスが邪魔で手を伸ばせないのが
もどかしいのか、吉田は肩をよじりばたつかせる。
駄々をこねてなお、どうにもならないといったその仕草は工藤の嗜虐心をそそるには十分なものだ。
下着を脱がせ、スカートの中に頭を埋めるような格好で工藤は吉田に舌を這わせる。
こすりあげ、舌先でつつき、唾液をまぶすと突然歯で挟み上げ、吸い上げる。
吉田はその全てに面白いように反応を返した。
工藤に完全に身を任せ、陶然と声にならない喘ぎを漏らすばかりだ。
何の抵抗もなく指を飲み込むかと思えば、時折痛いほどに締め付けてくる。
吉田は何度も達しているのだろう。
床に染みができるほどに垂れ落ちる粘液も既に泡立っており、舐め取ろうがすぐに滴って来る。
何度目かも分からない大きな波に吉田の腰が跳ね上がる直前、工藤は吉田から指と舌を離れさせた。
「……っ……ん……なん、で?」
快感に弛緩もし、あまり自由にならない体をくねらせながら吉田はそれだけを言った。
「今日はこれくらいにしましょうか」
「……その………待っ、て。…もう、少しだから…」
「…はい、なにか?」
乱れた服や髪を直しながら工藤が応じると、吉田は嗚咽をもらす。
「…言うこと、聞くから…。…なんで、そこで…」
自分から何もせずに、与えられる物を受け取るだけなら誰にでもできる。
やれと言われた事をするだけなら簡単だ。
何でも与えてくれる誰かが現れるまで、そうして泣いていればいい。
「私の両親も、私を見捨てたんです。
何でもするって言いましたけれど、駄目でした。
認めたいことではありませんけれど、多分、私も似ているんですね。
遥の言う、クソゲーなんですよ。きっと」
と、言われても今の吉田に分かる話ではあるまい。
「…クソゲー、嫌いじゃないの」
「……そうですか。ではそれらしく、私はこれで」
依存心が行くところまで行った時点で切り捨てる。
自分の経験に照らせば実に効果的だと思うのだ。
後味の良い物ではないが、これ以上吉田にまとわりつかれても気分のよいものではないし、
こんな事があったと他人に話せる内容でもない。
工藤が吉田の部屋のドアを開け、今度こそ帰ろうとすると、そこにはあり得ない光景が広がっていた。
岩崎仲俊と菅原乃恵留がいた。
ドアに紙コップを当てて聞き耳を立てる姿勢で。
「…あの…」
「やあやあやあ僕だよ!!」
弾かれたように立ち上がって両手を広げる岩崎。
「うんうん、僕たちがどうしてここにいるかって?
それはね、ここは菅原さんの部屋でもあるからだよ。同室だね。
うんうん同室っていうのはね、寝るも起きるも共にしてプライバシーを共有する関係なんだ。
ところで何故僕もここにいるかって?
うんうんそれはね、今日は葉月さんが整備の仕事で帰れないっていうから食事を作ろうじゃないかというわけさ。
吉田さんも僕を女の子だと思って仲良くしてくれているから、今日は3人水入らずだね。いや4人かな?
うんうん水入らずっていうのは………」
空へ向けて演説するかのように語り続ける岩崎を指差し、工藤は口をパクパクとさせるだけで満足な反応ができない。
そもそも、この2人はどこから…と思った所で菅原に背中を叩かれた。
「ハルと私、同室。前に言わなかったかな」
腰に手を当てて仁王立ちするノエルは、吉田を気にしながらも工藤に敵意の込もった視線を向けてきた。
もぞもぞと服を直している吉田と菅原、岩崎を順番に見ると工藤はため息をつく。
なんというか……終わりだ。
上着を脱いだ菅原が、絵になる仕草でそれを放り投げる。
そういえば渡部に技を習っているのをどこかで見たような気がする。
投げられて、それで済むとも思えない。
どうにでもなれと投げやりな気分になっていると、菅原は上着に続いてブラウスのボタンも外していく。
「…あの、ノエル?」
止めるのも恐ろしく、工藤が恐々と声をかけるも菅原はそのまま下着まで脱いで全裸になってゆく。
全ての着衣をドアの外に投げ捨てると同時、閉じられるドア。
「ハル、おさまらないよねこれ」
「…はい」
「百華も含めて友達が気持ちよくさせてあげよーと、殊勝な事を言っているのよ。美談だよね」
「……はい」
「脱げ」
「…………はい」
「あと、ハルだけど。ヌルゲーより馬鹿みたいな難易度のクソゲーとか好きっぽいー」
「…………………あの。何となく懐かれていると思っていたのですけれど」
「百華って、時々だけど葉月みたいにヒトを馬鹿にしてかかるよね」
「………………………白旗のあげ方、今度教えてくれません?」
ドアの外からは誰に語りかけているのか岩崎の独白が続いている。
「うんうん、これは洗濯が必要だね。
ああ、洗濯というのは毎日の円滑な社会的生活には必須の行為でね。
これを怠ると実に不衛生かつ病気の温床にも……。
ところでお風呂と食事は3時間後くらいで良いかな?」
6時間後だった。
あと、ノエルは上手だった。