1  
「よう」  
中村は照れくさそうな表情で声を掛けてから目をそらした。  
「来…たわ」  
萌が返事をする。他にもっといい言葉を見つけられなくて、言ってから自分の語彙の少なさを恥じる。  
頬が火のように熱い。  
振り返ってドアの鍵を閉めた。  
これから二時間、整備員控室兼衛生官室は二人の貸しきりになる。  
絢爛舞踏の出現で戦局が圧倒的に人類有利に傾いた今、このエリアで戦闘による負傷者は皆無だし、  
整備員たちの中でその絢爛舞踏の楽しみを邪魔してまでカラオケやプログラム作りを敢行しようとする者はいない。  
ドアの外には入室禁止の札をつけてきたばかりだ。  
 
「只今、この部屋の中では中村準竜師閣下と石津衛生官が性交中です。  
御用の方は○○時以降にまたおいで下さい。  
緊急の場合は小隊司令官室か職員室にお回り下さい」  
 
萌が中村とこの部屋でセックスをするときは、この札をドアにつける。  
そう、決められている。  
小隊司令の速水上級万翼長ではない。中村が、そう決めた。  
 
札に水性マジックで時間を書き込んでいる時、通りかかった原がぽん、と背中を叩いた。  
「あら、また? お盛んね」  
「………」  
萌が返答に困ってうつむくと、原は慌てて手を振った。  
「ごめんなさい、そんな意味じゃないの。ただ…仲がいいのねって」  
言葉の最後でこちらを見た目に、軽い怯えと媚が滲んでいた。  
5121小隊で、間違っても敵に回してはいけない人間は二人。  
速水司令は、陥れる相手を爽やかな微笑のもとで破滅させることで有名だが、  
もう一人の「人の形をした化物」の方がそっちよりも恐ろしくない、ということにはならない。  
絢爛舞踏の愛人である萌を、陰で昔のように苛めようとした女子高の娘が三人、原因不明の心神喪失で現在休学中だ。  
それが正規校舎の教室で発表された朝から四日続けて萌の階級が上がり続け、今では原と同じ万翼長になっている。  
小隊で萌よりも高い階級にあるのは、司令の速水と副司令の芝村舞、そして中村だけだ。  
──原はあわてたように話題を変えた。  
「えっと…、ゴム、いる? いいのがあるのよ。軍支給のモノなんかよりずっと薄手」  
第六世代にとってコンドームの使用は、性病対策というよりは純然たる嗜好のためだ。  
この世のどこかに一人だけいる「オリジナル」を除けば、妊娠の可能性は無いし、  
見知った者同士での性行為で危険な病気が流行る心配も少ない。  
それでも学兵たちの中に、セックスの際にコンドームを使うのを好むものが多いのは、  
「生殖機能がない生命体が、本能の記憶によって性行為に特別な感情を抱こうと足掻いているからだ」  
という話を聞いたことがある。  
話の出所が本田教官なのが、信憑性をいまいち疑わしいものにしているのだが。  
「い…い。中村…君、生……が…好き」  
「あらあら♪」  
原は恥ずかしげな表情で軽く手を振った。眼が笑っている。  
恋愛話と猥談が好きなことにかけては人後に落ちない。  
「それじゃ、ゴムはいらないわね。頑張って準竜師閣下を楽しませてあげなさいな。  
あら、頑張るのは萌じゃなくて向こうのほうかしら」  
ころころと笑って裏庭のほうに歩み去る原の後姿を目で追いながら、  
萌は今自分がとんでもない内容を口にしたことに気付き、真っ赤になって部屋の中に戻った。  
 
2  
ドアに鍵を閉めると萌はスカートを脱いだ。丁寧にたたんで机の上に置いてから、ストッキングも脱ぐ。  
ショーツを下ろそうとして、下着の内側、自分の女の部分に当たっていた布地に  
真新しい小さなしみが出来ているのに気付いて一瞬脱ぐことを躊躇する。  
先刻、思わぬ告白を原に聞かせてしまったことが、自分を高ぶらせていたのだ。  
意を決してショーツを脱ぎ、女性器をあらわにする。  
上半身は制服をつけたまま、下半身はなにも身につけていない。  
中村は、この格好での性行為をことの他好んだ。萌も気に入りつつある。  
脱いだ下着をたたみ、中村を窺う。  
中村は黙って手を出した。  
諦めて萌はその手に自分のショーツを乗せる。  
中村は本当に嬉しそうに笑い、間髪いれずに萌の下着を自分の鼻と口元に押し付けた。  
鼻で大きく息を吸い込む。  
「ええ匂いばい。萌のお×んこの匂いは最高ばい」  
大声で感想を言う。  
卑猥な単語だけは標準語を使っているのは、そのほうが萌の反応が大きいからだ。  
自分の女性器の匂いを口にされて、萌は自分のその部分が雌としての機能を急速に整え出したことを感じた。  
 
中村は、もともと匂いに執着する性癖を持っていた。  
最初は靴下の匂いを好んでいたが、萌とつきあうようになってからは、少しずつ「正常な」性癖に近づきつつある。  
萌が身体を張って中村を「教育」しているおかげだ。  
萌の靴下の匂いを嗅ぎながらもう片方の靴下の中に射精するフィニッシュを好んでいた中村が、  
最近では萌の女性器と肛門のほうに興味を抱くようになった。  
フェラチオの気持ちよさも知ったし、  
萌の内部に精液を吐き出すことが萌を悦ばせることと知ってからは、通常のセックスを好むようになってきた。  
それは萌の密かな自慢である。  
──もっともそれは原や加藤のせいで、すでに「密かな」ものではなくなってはいたが。  
 
そんな回想で真っ赤になった顔を伏せながら、萌は中村のズボンに手をかけた。  
頬と頭の中は火のように熱いくせに、手元は熟練工のように正確に動く。  
中村の服を脱がせることについて言うならば、「市街」にいるどんなベテランの風俗嬢も萌には遠く及ぶまい。  
あっという間に中村は下半身を裸にされた。  
「あ、──うん」  
中村は意味のない声を漏らした。なんとなく気恥ずかしいらしい。  
──千の敵に囲まれても残忍な笑みを浮かべるだけの男が。  
萌はちょっと気分がよくなった。  
「お…おき…い」  
軍服と柄パンから解放された中村の「物」を見て萌はつぶやいた。  
実際、中村の男性自身は、何百回と見ている彼女でさえも感嘆せずにはいられない。  
女生徒の靴下がぴったりとはまるサイズは、むろん小隊一だ。  
コンドームの代わりに靴下を使用したがる性癖もなんとなく納得いく。  
萌の賞賛のつぶやきに、中村はますます所在なさげに視線を部屋のあちこちにさまよわせた。  
「…なあ。やっぱり、皮、切っといたほうがよかとばい」  
「…だ…め。この……ほうが…素…敵」  
半立ちの中村の性器は、見事な仮性包茎だった。  
完全に覚醒すればビール瓶ほどの太さと長さになる「それ」が  
通常時に幾分皮余りになるのは仕方のないことだったが、  
絢爛舞踏の物は、それを差し引いても少し余り気味だった。  
中村はさかんに「市街」の闇医者で切除手術を受けることを申し出ていたが、萌の反対の前に断念していた。  
「こう…すれ……ば…すぐに、…大……丈夫にな…る」  
萌が両手で男根を包み込むと、その言葉通りに、中村の性器は膨張し始めた。  
巨大な亀頭が充血して、皮の中から先端をのぞかせた。  
「私……は、…すぐ…に、中村…君を大……きく、でき…る。  
……ほ…かの……人にさせなけ……れば、切ら……なくてい…い、と…思う……」  
下から見上げるようにして恋人の顔をうかがう。  
自分は気にしない。  
そして中村が自分以外の人間とセックスをしないのなら、  
別にそのままでいいのではないか、という理屈だ。  
絢爛舞踏は、その主張に反論できなかった。  
 
3  
萌が形の良い唇をそっと中村の男根に押し付ける。  
彼女のご意向には逆らえない。──こんなに気持ちいいことをしてもらえるのだから。  
発言力も魅力も極限まで高い準竜師は、ため息をつきながら今回も提案を引っ込めた。  
事実上、恋人を独占していることを証明した萌は、誇らしげな微笑を浮かべた唇を開けて中村の先端を飲み込んだ。  
「ううっ」  
愛しい女に性器を愛撫される快楽。  
フランス人形のような形のいい唇が凶悪な剛直にあわせて歪む視覚的刺激も、  
子猫がミルクを舐めるような湿った音による聴覚的刺激も、  
少女の髪の毛の甘い匂いによる嗅覚的刺激も、  
柔らかな舌と口腔粘膜が亀頭に奉仕する触覚的刺激も、  
中村を瞬時に興奮の坩堝へといざなった。  
──ひとつ足りない。  
絢爛舞踏が認識するのと、行動するのとは同時だった。  
「きゃっ……」  
中村の先端をくわえたままの萌が力強い腕に抱き上げられた。  
少女の華奢な体が、空中で絶妙のバランスでぐるりと回った。  
中村はそのままベッドに倒れこむ。  
その上に、萌の体が乗った。二人の体勢は上下互いになっている。  
中村の目の前に、萌の下肢があった。  
陶磁器のように白く滑らかな尻を鷲?みにした中村はそのはざまを押し広げると、  
果実にむしゃぶりつくように顔をうずめた。すぐに粘液質な愛撫の音が立った。  
「ひあっ……!」  
味覚的刺激──萌の蜜の味は最高だ。  
 
シックスナインを楽しんでいるうちに、萌の官能は大きく燃え上がってしまった。  
中村の上で体を支えることも難しい。  
準竜師の階級章を持つ男は、衛生官の秘所を熱心に舐め続けた。  
小太りの英雄が、華奢な少女のそれをむさぼる様は、肉食獣が獲物を食らう姿のようにも見える。  
時折、中村は、萌のそこを舐めるのを中断した。  
そのたびに、萌は次に来るものを悟って身を震わせる──恐怖ではなく、官能で。  
──また、来た。  
中村が萌の小ぶりな性器に口づけし、──中の蜜をすすり上げる。思い切り音を立てて。  
ずるずると粘液を吸い上げる音に、萌は必死で耐えるが、快感の波は彼女を蹂躙し続ける。  
「な……か…むら…くんっ……!!」  
抗いを許さぬ強引さに、耐え切れなくなった萌の体が、跳ねた。  
「くふ……うっ!」  
腕を突っ張って上体を支えていた萌が、がくんと、力を失った。  
「ふ……あ…」  
だが萌はベッドの上に落ちることはなかった。  
絶妙のタイミングで手を伸ばした中村が、片手で軽々とその上体を支えていたからだ。  
一度「いった」恋人をやさしく引き寄せ、くるりと体を入れ替えさせた絢爛舞踏は、  
対面となった萌に優しく微笑んだ。  
「しても、いいばい?」  
「…う……ん……」  
返事が遅れたのは躊躇ではなく、一度絶頂を迎えたことによる脱力感のせいだ。  
しかし、萌はさらに高い絶頂を与えられることになる。  
 
「くっ…ふう……うぅ……」  
萌が褒め称えた巨大な怒張が、潤いきった萌の肉を割って入ってくる。  
「くっ、入ったばいっ!」  
中村が感慨深げな声を上げる。  
絢爛舞踏の兇器を受け入れられる女性はそうそういない。  
萌のような華奢な少女がそれができることは、中村にとって世界の謎のひとつだった。  
もっとも萌に言わせれば、それは当然のことらしい。  
(私……は、中…む…ら君の、こと……好…き、だか…ら──)  
そう言われたときの喜びとともに快感の波が押し寄せてくる。  
中村は雄たけびを上げて愛しい少女の中に突入していった。  
 
4  
──結局、二人はこの日、二時間で都合九回の性交を行った。  
中村は、萌の口に二回、顔に一回、性器に三回、肛門に二回射精をし、  
萌のほうはおそらくその十倍ずつくらいの絶頂を与えられ、息も絶え絶えになった。  
 
──最後の一回。萌は、中村に昔に近い形でのフィニッシュを許した。  
残り時間が五分を切ったところで、中村は名残惜しそうに萌の腰を抱き寄せた。  
「もう一度、ケツの穴ば見せっと」  
椅子に座ったままの姿勢で、上体を深く沈めて臀を高く捧げた萌の肛門にむしゃぶりつく。  
そこは、先ほど、中村が十分に蹂躙した場所だった。  
執拗な責めに、萌は声にならない悲鳴を上げて悶絶した。  
「──も…う、ゆ、ゆる…しっ…てっ…」  
続けざまに襲い来る絶頂感に、息も絶え絶えになった萌は、  
床に手を付き獣のような姿勢をとり、辛うじて崩れ落ちることを防いでいた。  
その目の前に、中村の疲れを知らない怒張が天を仰いでいた。  
萌は、自分の視界の端に何か白いものが映っているのを悟る。  
無意識に掴んだそれは、先ほど脱ぎ捨てた彼女のショーツだった。  
「……」  
ぼんやりとした、しかし興奮でたぎるような脳髄の中で、次の行動が選択される。  
「おおっ!?」  
中村が、下突然半身を包んだ感触に声を上げる。  
萌が、中村の性器に自分のショーツに絡ませて激しくしごきたてていた。  
「こっ、これは極楽っ、ばいっ!」  
かつて靴下で同じ事をやったときと同等以上の興奮に、中村は身を震わせた。  
萌がしばらくこすり上げると、絢爛舞踏は萌の手の上から自分の手を重ねた。  
さらに強くこすりたてる中村の意図に気付き、また中村の口唇による愛撫に耐えられなくなった萌が、  
女性器から愛蜜を吹き出して何十度目かの絶頂に達したとき、中村も目的を達した。  
狂おしい衝動とともに、萌の下着へ射精する。  
すでに今日十回も萌に欲望を吐き出した男のものとは思えぬ力強さで中村は精を放ち続け、  
萌のショーツは、萌の性器同様に完全に犯され尽くされた。  
 
「く……ふ…」  
呆然自失の態から覚めた萌が身を起こすと、  
中村は照れと済まなさそうな表情が半分ずつ浮かんだ顔でこっちを見ていた。  
所在無げな感じで手にしたまま弄ばれている自分のショーツを見て、萌はくすりと笑った。  
「そ…れ、頂…戴」  
「あ、ああ、すまん」  
慌てて下着を返した、地上最強の男のバツの悪そうなぎこちない動きが、萌をちょっとだけ大胆にさせた。  
手に取ったショーツを広げ、顔を近づける。  
「す…ごい…。ゼ…リーみた…いに…濃…いわ」  
ナイロンの上にぶちまけられた中村の精液は、布地に染みとおることなく  
べっとりとショーツの内側…萌の女性器があたっていた部分を占拠していた。  
濃密な雄の匂いを吸い込んで、萌は目の前がくらくらするほどの性衝動に駆られた。  
ほんの数分前に何度も絶頂を味わったとは思えないほどだ。  
──匂いという性癖は一度覚えると病みつきになるらしい。  
 
その時──。  
「えーと、そろそろいいかな? 次ぎ、僕と舞がそこでエッチしたいんだけど──」  
ドアの外で速水司令の声がした。  
二人は慌てて時計を見る。すでに時間ぎりぎりいっぱいだった。  
「すまんばい、一分で出る」と中村は返事をした。  
「ああ、うん。僕は大丈夫なんだけど、舞がそろそろ待ちきれなくなってるんだ」  
司令ののんびりした声と、  
「ななな、たわけたことを言うな。そ、それはそなたが、あれを──」  
副司令の狼狽しきった声が聞こえる。  
中村はドア越しに聞こえる盟友の痴話喧嘩ににやにやしながら、萌をぐっと引き寄せた。  
愛しい男の意図を悟って、萌がくすりと笑う。  
一分あれば、怒張しきった中村の男根をもう一度いかせるに十分だ。  
──いや、別に、待ちきれずに部屋になだれ込んでくる速水や舞の目の前で交わってもいい。  
中村も、萌も、「もう一回」くらいでは収まらない、自分たちの昂ぶりを悟っていた。  
 

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