誰も居ない整備員詰め所にディスクだけを持ってきて、端末に読み込ませる。  
二番機の記録映像が映し出された。  
「………」  
やはり格闘戦があまりにも不出来だ。口で何回か忠告したけど、聞き入れてくれなかった。  
どうしたらいいんだろうか。やっぱり、身を持って知っても貰うしかないんだろうか。  
そのときの状況を何となく想像してしまう。  
 
──。  
探す。探す。居た。  
肩に手を置いて、振り返ると同時に一発。  
驚きの顔で背中から倒れる滝川。何か言おうとしているみたいだけど、舌がまわっていない。  
ずりずりと手足を使い、僕から離れようとしている。哀れな子犬を想わせる震え。  
馬乗りになって殴った。必死の防御の隙間を縫うように、拳を奔らせる。  
もっと。もっと。もっと。もっとだ。  
腹なんて対象外。屈辱と痛みを覚えてもらうには顔だ。なるべく肉と皮が薄いところを集中的に、  
しかし裂傷にならないように。黒い服に赤い血は目立つ。戻る最中に怪しまれてはいけない。  
握った手を開き、張り手に変えてみる。びくびくと痙攣はより大きくなって、恐怖も倍増した事  
だろう。ばちん、ばちん。  
悲鳴の一つもあげずに耐えるのは流石だと言える。  
でも褒めないし、行為も止めない。  
ガードがだんだんと緩くなる。顔の痣は大きく、切れた口内の血が零れ始めた。涙も滲んでいるようだ。  
不可解に思ってるだろうな。ま、滝川が強かったら、こうはならなかったんだし。  
「くくっ」  
喉から悪魔のような笑い声が漏れ出した。  
 
どちらかと言えば虐められる方の属性を持っているつもりだったけど、虐める側にもなれるみたいだな僕って。  
「ふ、ははははっ………」  
殴る。拳からの衝撃が心地よい。幻獣を撃つ時の爽快感に似ている気がする。  
息があがってしまい、手を止めた。  
滝川陽平はがくがくと震えを隠そうともしない。次の暴力に怯えきっている。  
やってみたいけど。止めだ。  
これ以上はトラウマになるだけだな。  
──。  
 
何を考えてるんだ、僕は。  
仲間を力づくで従えても意味なんてないのに。  
ずきり。頭痛がひどい。  
「さて、舞のところに帰らなきゃ……」  
端末からディスクを取り出して、足元のバッグを手にしてから部屋を出た。  
それからはいつものように舞と一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に布団に入る。  
戦争を終わらせて、この生活を確かなものにするんだ。  
 
*  
 
一番機の記録映像を見て考える。  
やはり解りやすい癖がある。幻獣とて馬鹿ではない。  
倒される前に、僕達の情報をどこかに送っている可能性は否定出来ない。  
もし一番機の癖が露呈してしまったら、それだけで戦線の維持は難しくなってしまうだろう。  
放置してはいけない。  
想像する。  
 
──。  
居た。瀬戸口と一緒か。  
待った。待った。  
待った。  
よし。  
 
先回りして公園に入る。着替えはバッグに入れ茂みの中に放り込む。  
じゃり、と塵を踏んで壬生屋未央が姿を現す。直後、僕を見て驚いたようだ。  
流石だ。気配を微弱に抑えていたのに気が付いた。  
壬生屋未央が僕の正面に立って、何事かを訊いている。  
答える必要なんかない。応える必要なんかない。  
ただ、身体に刻み付けてあげるだけだ。壬生屋未央は一向に僕を襲おうとしない。  
だから挑発した。  
「──、」  
いい顔だ。  
赤い傘の先端が持ち上がり、ぴたりと僕の喉を指す。  
では、授業開始。  
一歩踏み込むだけで、壬生屋未央の間合いに入る。  
顔には緊張が漲り、傘が残像を生み出すほどの速さで振り上げられ、振り下ろされた。  
細く弱い骨組みだけど、骨折には十分な速度を有していた。  
ぶぅん!ぶん!  
当たらない。当たるほうがどうかしてる。  
女の緊張が驚きに変化し始めた。それも当然で、踏み込んだ直後に剣筋を読まれているのを  
自覚したからだ。  
当たらない。当たらない。当たらない。  
驚きが絶望になっていく。絶対の自信を持つ剣技が全く通用しないなんて悪夢に等しいだろう。  
一か八かの大振り攻撃も僕は難なく避け、壬生屋未央の表情を間近で観察する。  
ありえないと今にも叫びそうないい顔だ。………やっぱり、加虐嗜好もあるみたいだ。  
傘が土を抉った瞬間に手刀を決め、気絶させる。  
これで十分か。殺す事も出来たのだと知らしめるのに成功しただろう。  
どさりとうつ伏せに倒れた女の身体は妙に艶かしく、最近の欲求不満を思い出させる。  
が、舞以外の女には触れたいとも思わない。  
いや待て………瀬戸口隆之が来る。  
この際だ、壬生屋未央の精神的な弱さを補強してもらうか。  
少しだけ衝撃的なところを見せてやろう。  
 
失神した女の尻を持ち上げ、覆いかぶさる。意識が戻ってもいいように首を押さえつけ、  
赤い袴に指を食い込ませる。  
「………!」  
走り寄る瀬戸口隆之の怒りが炸裂した。  
「──、……!」  
よし、こんなものか。  
後は上手くいくだろう。  
──。  
 
また馬鹿な事を考えている。  
けど、有効な手段でもある。これは認めなきゃいけないような気もする。  
空が重く曇った。  
雨が降る前に帰ろう。  
 
*  
 
絢爛舞踏勲章まであと二体。  
隊の皆が変な緊張を感じたままその日の仕事を終え、それぞれが寝床に帰る。  
いつものように食事を摂ると舞が言い出した。  
「厚志、聞きたい事がある」  
ひどく真剣な顔だった。うやむやにしてはいけない。  
「どうしたの?」  
「………寝室で、話す」  
舞は椅子から立ちあがり、僕の手を引いて寝室に連れ込んだ。  
「どうしたのさ?」  
泣きそうなくらいに思いつめた表情が見ていられない。  
 
唇が震え、舞は何も言わずに僕をベッドに座らせた。  
「ねえ舞………」  
部屋の隅にあったバッグを僕に突きつける。  
見た事がないものだ。僕のでもないし、舞のものでもない。  
ずきりと頭の側面が痛む。  
痛すぎて、視界がぼやけていく。  
「厚志が、やったのか」  
頭が痛い。  
「そうだ。僕だ」  
気が触れてしまいそうな痛さだ。  
全身に鳴り響いて、どこも動かない。  
「何故、そんな事を………」  
「戦争を終わらせる為だよ舞。あの二人は弱い。有能とは言えない。  
 だからやった。欠点を補うにはこれしかない」  
口も手も重くて一ミリも動かせない。  
だけど、舞は誰かと会話しているような気がする。  
「馬鹿者!何故………っ!」  
「滝川陽平。格闘戦能力+3、精神的強度+1。田代香織への干渉をレベル2へ引き上げ。  
 精神的不安定度は増すものと思われる。期間、約2週。それ以後は安定の見通し。  
 壬生屋未央。格闘戦能力+1、精神的強度+2。瀬戸口隆之の安定度は大きく弱体化。−4。  
 従って干渉レベル5へ変更。期間、自然休戦期まで。必要であればその後も監視対象」  
誰かの呟きは止まらない。  
「滝川陽平は、今思うともっとやっても良かった。両腕の関節を全部外しておけば、きっとその手の技も  
 覚えようとしたに違いない。壬生屋未央も強姦するべきだった。瀬戸口隆之を動けないようにして、  
 その目前での強姦。精神的な依存関係はより強固なものになったはずだ。どちらとも今からでは遅い。   
 ………失敗だった。戦争の終結を遠ざけるだけだった」  
頭痛が弱くなり始めた。  
もう少し、か。  
 
「………それで、二人に何かあったらどうするつもりだった?」  
「その時は三番機の撃破数が伸びるだけだ。問題ない」  
ようやく痛みが消え、身体の自由が戻ってくる。  
「街の人々を、襲ったのは……」  
「僕だ。隠蔽に必要だったからね。もうやらないよ」  
視界は明瞭になり、舞の脚が、震えている?  
何があったんだろうか。  
「ねえ舞、どうしたの?」  
見上げれば、強張った顔だ。  
怖がるような、悲しむような。無駄な脂肪がない両腕が僕の肩に伸び、そのままベッドに押し倒された。  
「ちょっと、舞?」  
「厚志、あの場所へ行け。頼む」  
あの場所、僕の心の中の事だ。あの日から何回か行ったけど、空っぽだった。  
舞にも話してある。なのに行けと言う。  
「何もないって言ったよね?」  
「それでも、だ。行ってくれるか、厚志」  
舞は泣きそうな顔をしている。自覚はないのかもしれないけど、僕はそんな表情を止めて欲しいと思った。  
「解った。行ってみるよ」  
約束だ。絶対に守らなきゃいけない。  
舞も満足したように頷いて、目を閉じる。  
「待ってるぞ。時間がかかっても良いからな」  
力を抜いて身体を重力に任せ、心の扉を想像する。  
 
*  
 
がきん。  
久しぶりの動作音は硬く、戻ってきたんだなと実感する。  
「──、な」  
 
夕日で溢れる広場ではなかった。  
薄暗い。空には月が浮かんでいて、生臭い匂いが鼻を刺激する。  
ごくりと喉が鳴った。こんなの、戦場でもありえない光景だ。  
「何だ、これ……」  
一歩踏み出す。  
ぐち、と粘着質の何かを感じ取る足。硬かった以前とは別物だ。  
「……何だ、これ」  
こんなのが、僕の心の世界だと言うのか。  
歩む度に粘つく音が響く。こうなった原因が何なのかをはっきりさせないと、帰るに帰れない。  
どうして──こうなってしまったのか。  
「……」  
だんだんと粘りが弱くなる。  
けど、安心なんて出来なかった。前方から誰かの気配が強まり、正直に言えば今すぐ逃げ出したい気分だ。  
幻獣がどんなに居てもこうは思わないだろう。  
舞にも話した事はないけど、ウォードレスさえ装着していればミノタウロスと一騎討ちしても無傷で  
勝てる自信がある。もちろんそれなりの武器は必要だけど。  
なのに、畏怖と言える感情を否定できない。  
かつかつと足音が聞こえ、その声が混じった。  
『待ってたよ厚志。やっと逢えた』  
脳内に直接聞こえるのは、きっと本当だろう。  
その人は楽しそうな表情で僕に歩み寄る。  
『ふん、芸がないな。いつもの制服だね。ま、その方が解りやすくていいか』  
僕の前に立ち塞がる人は黒い服を着ている。──いや、黒い輪郭が身体を造っている、のか。  
誰なのか。  
その答えはとっくに出ている。  
「なるほど、ね」  
ここは僕の世界だ。世界は、命を生み出す。  
誰かが生まれるとしたら、僕以外に誰がいるというのか。  
『納得したみたいだね、厚志』  
 
「名前で呼ぶな。馴れ馴れしいにも程がある」  
あえて威圧的に言ってやったけど、効果はない。それは不敵に笑い、言葉を続けた。  
『自分を呼ぶってやつ、試してみたかったんだよ。結構面白いな』  
くつくつと笑う僕に似た誰か。  
実際のところ、僕を乗っ取る為の条件を満たすにはこれしかなかったんだろう。  
だから、ああして舞にバレるような事をした。  
『………解ってるみたいだね』  
「当たり前だよ、偽者」  
僕を倒して僕になる。それがこいつの目的だ。  
黒い髪の『僕』が拳を握り、戦闘態勢になった。  
僕も黙っていられない。  
「ふっ!」  
先手必勝。  
勢いよく接近し、殴りつける。しかしあっさりと防御された。  
『おいおい、名前くらい言わせてよ』  
煩い。  
こめかみ、脇腹、鳩尾、顎。一秒もかけない連打だ。  
しかし全部が防がれる。  
「く、あ!」  
突然に振りあがった脚を防御。がつんと全身が揺れ、その隙に距離を取られてしまった。  
ぴ、と僕を指差して『僕』は言う。  
『速水厚志に対する芝村厚志、ってのは無理があるかな』  
黙れ。  
拳と脚が空を裂き、交差する。  
何度も繰り返し、またしても離れる僕達。  
『ああ、もっと適切な言い方、あるんだな』  
僅かに弾む息を整えながら言葉を待った。興味もあったけど、一番の理由はその気配の変質だ。  
 
これは。  
『人間に対する』  
さっきと同じように指を伸ばし、  
『幻獣──』  
身体が変容していく。  
僕と同じだった体格がどんどんと大きくなり、見覚えのある形に変化していく。  
これは、ゴブリンリーダーか!  
「くそっ!」  
待て、ここは僕の世界だ。こいつと同じように、僕だって装備を創り出す事が出来るはずだ。  
「………!」  
微かに身体が浮いて、直後にはウォードレスを着込んでいた。  
よし、これならやれる。  
腰のカトラスを抜き、殴りかかってきた幻獣を横方向に避け、側面を斬りつける。  
ざっくりと硬い皮膚が破れる感触は現実のものと一緒だ。  
僕の知識を基本としての変化であるのは間違いなさそうだ。これなら、どんな幻獣になっても勝てる。  
『駄目だなこの身体は。次だ』  
むくむくと巨大化が始まる。  
ミノタウロス。  
そう判断した僕は同等に巨大な想像を創り出す。  
この距離で最も適しているのは、一番機だ。  
ぐぐ、と身体が持ち上がり、一瞬だけ視界が塞がれた。全身が硬い感触に包まれ、視界が開けると  
同時に武装を確認する。  
士魂号単座。重装。大太刀一本と肩には盾。  
……全てが想像通りとはいかなかった。レーダーが働いていない。目視だけでの戦闘なんて初めてだけど、  
一対一だから無くてもいいか。それ以外に損傷や異常は見当たらない。  
目前の幻獣も巨躯を確かめるように腕を回し、拳を打ち鳴らした。  
『ラウンド2!行くぞ』  
「来い!」  
 
 
*  
 
 
「厚志!厚志!………私は、見ているしかないのか!苦しい時も辛い時も支えると約束しただろう!  
 何か、何か方法があるはずだ。どうすれば、助けてやれるのか。──、……、っ!  
 待っていろ厚志、すぐに、戻る!」  
 
 
*  
 
 
幻獣は滅茶苦茶に拳を振り回す。  
僕の剣を近づけてはならないと、ただひたすら振り回す。  
『ああああああ!』  
が、予想を上回る動きではない。寸分違わず、僕のイメージ通りの速さでしかない。  
右ストレート、そして、左のなぎ払い。  
ここだ。  
なぎ払いを潜り、空いた脇を通り抜けながら一閃。  
がつんと確かな手応えで腹が割れ、直後に身体を旋回させて背中も斬りつける!  
大きな弧を描く剣先は、  
「ちっ!」  
幻獣の腕が防いでいた。壬生屋さん程の腕前があったら、その障害ごと真っ二つにしていたのに。  
追い打ちを仕掛ける前に、再び距離を取られてしまう。  
『ふん、これも駄目だな』  
脇腹の切り傷を気にした様子はない。耐久力だけは僕の想像を遥かに超えるものになっているらしい。  
次の変貌は予想がつく。  
『じゃあ、これだ──』  
俊敏に飛び跳ね、一気に巨大化する。  
ずるりと長い尾が突き出され、人型だった身体は太く、長くなった。  
大きな目が開いて僕を捉える。  
「馬鹿か、君は」  
この間合いでスキュラに化けたところで何になる。どんな攻撃も、こっちの剣よりも遅いに決まっている。  
中身も幻獣だな。僕なら、こんな選択はしない。  
『ああ、いい身体だ』  
どこがだ。接近戦が全く不可能な、爆撃と狙撃だけの幻獣だろ。  
「なら反撃して見せろ」  
がんがんと地を蹴飛ばして接近し、剣を構える。  
敵は動かない。余裕のつもりか。──まあいい。  
間合いを計り、斬撃の筋を決める。相変わらず一ミリも動かないスキュラ。  
「………貰った、っ!?」  
ぐん、と爪先に力を込め、眼前に迫った何かに剣を振り下ろす。  
鉄と鉄の衝突音が響いた。邪魔が入ったか。  
………いや、これは。  
 
直径は士魂号の胴体と同じくらいだ。ごつごつと盛り上がり、あるいは節くれだった形だ。  
色は赤と黒。不規則な色合いには艶があり、鍛え上げられた筋肉を想像させる。  
『だから言っただろ、いい身体だって』  
正体はスキュラの尾だ。  
鞭のようにしなり、大太刀を抑え込んでいる。  
まさか、こんな事が。  
ぎりぎりと火花が散って、接近戦に特化してある一番機と全く互角の力を持っている。  
「くそっ!」  
どうする。こんな手があるなんて、考えたこともなかった。どうしたらいいんだ。  
『まだまだ、これからだぞ人間!』  
びゅるんと巻き戻されて一気に襲ってきた。  
「く、あ!」  
剣を振り上げ、叩きつけて防ぐ。  
みしりと全身から悲鳴が聞こえ、その威力の大きさが実感出来た。  
これは──ミノタウロスの一撃よりも上だ。  
『ははっ!もっとだ!』  
速さはこっちの大太刀と変わらない。軌道の豊富さでは完全に僕の負けだ。  
防ぐだけで精一杯。  
ぶんぶんとがむしゃらに剣を振り捲くる………!  
「う、おあっ………!」  
技術も駆け引きもない。手を止めれば、その瞬間に致命傷を喰らってしまう。  
上、右。  
左、下、右、中心。  
左上下、下上。  
右左左上下下中心右上左右中心上、上右中心下左上左中心下右上上中心下左右。  
くそ速い上下中心右右左下左、この間合いだと左上左、右左右左上右下。  
上中心中心下左完全に右右下上中心、左、右、中心、上下左右右左上下下上、負けてしまう。  
「ちぃっ!」  
右からの払いをしゃがんで避け、思いっきり後方に跳ぶ。  
 
なんて奴だ。  
僕だって壬生屋さん程じゃないけど、それなりの腕前のつもりだった。  
が、全く歯が立たない。  
着地。  
姿勢制御の為だとされていた尾に、これほどの能力があったなんて。  
スキュラは追って来ない。来れない、が正しい表現か。移動速度が遅く、  
レーザーの射角からは外れているんだから少しは落ち着ける時間を持てる。  
はず、だろうが!  
「なっ!」  
下げていた剣で防御体勢に移った直後、巨大な胴体の体当たりを喰らってしまった。  
「ぐ、ふ!」  
飛ばされながら考える。  
ありえない。  
ありえない。  
どうやって、この距離を一瞬で詰めたのか。スキュラの速さじゃない。軽装の士魂号でも出来ない瞬発力だった。  
地面に衝突し、背面が削られている。  
どうやって、………そうか。強靭な尾で、跳ねたのか!  
『あはははっ!いいぞ!』  
空高く舞い上がり、余裕の高笑いなんかしてやがる。  
更には処刑宣言までしやがった。  
『そのコクピット、完全に潰してあげる!』  
「………幻獣に勝つのはいつだって人間だ!」  
機体を一番機から二番機へ変更。装備、ジャイアントアサルト、超硬度大太刀、肩には盾、バズーカ。  
煙幕弾頭とアサルト用弾倉が、──そこで確認は終わりだ。スキュラが地表に降り、こちらを窺っている。  
機体を立ち上がらせ、銃を構える。大太刀は腰から下げたままだ。  
まだ撃たない。  
真正面で、障害物もないこの状況だとまず当たらないだろう。  
スキュラもレーザーを撃てるけど、目の向きがしっかりと視認できる以上、全部回避出来る自信がある。  
だからといって互角でもない。この距離は絶対にこちらが有利だ。  
側面に回りこみながら距離を詰めれば良い。レーザーの射角は狭い。  
 
旋回し、捕捉して発射準備に移った時には僕が射角から消えている。  
こっちは好きなだけ撃てる。疾駆しながらの射撃は精度が悪いけど、的が大きいから  
そこそこ当たってくれるだろう。  
走り出そうとして、止まる。スキュラの行動を見極めてからの方が良いだろうと思ったからだ。  
『さて………』  
ぼろぼろと生体ミサイルをその場に投下し始めた幻獣。  
当然僕には届かず、爆煙が吹き上がり敵の姿が見えなくなった。  
確かにこちらの視線を遮る事は出来るが、それはそっちも同じだろう。  
『………いくよ!』  
しゅん、と飛翔音が聞こえて右前方で爆発が巻き起こる。  
レーザーではない。  
もう一度聞こえ、今度は真正面で爆発。  
「何だ!?」  
この距離だと、レーザー以外の攻撃手段はないはずだ。  
そうか、投擲──!  
『あはははは!』  
尾での遠投は続く。姿勢の崩れも利用し、僕に着弾点を予想させない。  
こっちも動き、発砲はしているけど、何発も当たっていないだろう。そして敵の狙いは少しずつ精度を  
あげている。足音から方向と距離を測り、どうやらレーザー以上に射角は広いらしい。  
「くそ!」  
いつもだったらとっくに終わっているのに。  
がくがくと機体が揺れる。狙いも上手くつけられない。もっと、練習しておくべきだったな………。  
「ぬうっ!」  
盾に隠れるように機体を丸め、目前での爆発を受け流す。  
ぎしりと全身が悲鳴をあげた。ダメージ計を見ると、ほぼ全ての部分に軽微の損傷がある。軽装甲って  
こんなにも脆いのか。  
爆圧と煙が消え、敵の姿も見えない。  
どこだ。どこにいる。  
ぞくりと戦慄。直後に後退すると、足元にレーザーが穴を開ける。  
上か!  
 
真上からのレーザー攻撃だ。  
『おらおらおら!』  
光の柱が側面から迫ってくる。小さく後ろにジャンプし、  
着地と同時に背中から襲い掛かる光。長い尾を振り回し、レーザーの軌道を強引に変えたのだ。  
「くっ!」  
正面には生体ミサイルが降り注ぎ、こいつも胴体の回転で広範囲に撒き散らされる。  
バズーカを振り上げる時間はない。止まれば、どちらかが当たってしまう。  
アサルトをひたすら撃つ。撃つ。撃つ。  
ダメージは少ない。厚い生体装甲に阻まれている。何とかして胴体後方か腹部のミサイル投下口を  
狙いたいけど、今は無理だ。  
大きな身体が近づき、凄まじい圧迫感に耐えながら弾丸をぶち込んだ。  
「──っ!今!」  
ぐらりとふらついた。その隙に逃げなければ。  
全力でダッシュさせ、本能がフルブレーキさせる。  
まずいまずいまずいまずいまずい、危険だ!  
踵だけじゃなく腰や手もついて減速し、身を焼き尽くすような緊張感はますます高まる。  
「ぐ、ううううう!」  
炸裂音が足元で木霊した。  
大樹のような尾が地に突き刺さり、一瞬でも判断が遅かったら間違いなく潰されていただろう。  
考えるな行動しろ危機は続いている!  
刺さった尾を足場にして跳躍すると、僅か半瞬の差でスキュラの胴体が落下する。  
ぎりぎりのところでぺしゃんこを免れ、全身の戦慄は今度こそ最大になる。  
レーザーで、撃たれる!  
どこを狙っているかなんて考えない。強引に身を捩じらせ、銃口を空に向けて引き鉄を引いた。  
「ううううう!」  
反動が機体の位置をずらし、レーザーの直撃はなんとか避けた。  
機体の前面が軽く焼けている。コンマ一秒でも遅かったら僕は死んでいた。  
『おお、よく逃げたな』  
褒めるな馬鹿。  
着地してジグザグに後退しながら弾倉を交換する。  
スキュラは刺さった尾を足代わりにして立ち上がった。  
 
「………っ」  
高い。  
月が意思を持ち、人間を眺める光景だと錯覚してしまう。  
きりきりと胸の奥が固まっていく感覚がある。何か、拙い。  
更に離れようと後退すると、幻獣も行動を始める。  
『ああ、こういう手もあるか』  
先ほどと同じように生体ミサイルを投下。  
尾は抜けていない。投擲は無理だ。なら、何が………?  
スキュラの身体を隠す爆煙が、ぐわりと変形する。  
『そー、れぇ!』  
数十の黒い塊が煙から飛び出す。  
って、ミサイルかこれは!  
「馬鹿な!」  
しゃがんで防御体勢。辺り一面が爆発で吹き飛んだ。  
ミサイルランチャーでの爆撃とほぼ変わらない。尾で身体を振り回しながら、生体ミサイルを  
飛び散らせたのだ。  
『だけじゃないよ!』  
ぼ、と視界の右端に光の剣が現れ、僕を斬り殺そうと迫ってくる。  
だよな。レーザーにも同じ事が出来るんだよな!  
「せっ!」  
ジャンプで避け、着地直後に爆弾の群れが殺到する。  
反撃の余裕なんてない。煙で視界が塞がれ、爆弾と剣で体勢を崩されるでは殆ど何も出来ない。  
回数を重ねる度に両者の間隔は狭くなり、回避も難しくなり始めた。  
「ぐぅ!」  
どれだけ激しくても軌道や速度が一定だったらどうにでもなる。  
が、そうはならなかった。  
「斜め、かよ!」  
単純な跳躍や屈伸では完全な回避が難しい軌道だ。横に機体を移動させ、ジャンプでどうにか避けた。  
こんどは脇腹から肩まで分断しようとする動き。半ば転がるように姿勢を低くしてやり過ごす。  
「は、っ!」  
ばらばらと爆弾が宙を舞い、これまたダッシュで爆圧圏外に。  
止まっていられない。攻撃すらままならない。  
 
何度目かの弾幕が右からやってきた。  
着弾点を見極めようと注意を向けた直後に視界がぼやけるレーザーかよちくしょう!  
咄嗟の回避が間に合わず、肩が僅かに焼けた。  
『あははははは!』  
レーザーの攻撃は続く。  
胴を水平に切断するレーザーをジャンプで飛び越し、ぎくりと全身が硬直した。  
機体の落下が始まってもレーザーは足元を通過していない。力づくで胴体の振りを鈍らせている。  
このままでは、やられる!  
「こ、のぉ!」  
ブーストを全開にして落下方向を強引に変えて難を逃れることができた。  
僕を斬り損ねた光は踵を返し、再度襲い掛かる。  
うつ伏せになって避け、背中を斬られたかと錯覚するくらいの至近距離をレーザーが走り抜けた。  
さらに爆撃が続き、身動きもままならない。  
駄目だ。機体、装備が重過ぎる。  
レーザーが直撃して使い物にならない盾と、担ぐ暇もないバズーカを外し、……そうだな、動かないように  
ちゃんと固定しておくか。  
──、よし。  
何度目かのなぎ払いをしゃがんで避け、アサルトを正面に撃ち込みながら駆けた。  
「はっ!」  
弾丸に押されて胴体が振り戻ってこないらしく、次の攻撃が遅れている。  
一気に距離を詰め、アサルトを背中に担ぎながら大太刀を構える。  
「うおおおお!」  
真下に着いた瞬間ジャンプし斬りつける!  
『流石二番機、速いな!』  
剣先が幻獣の側面を垂直に割ろうとして、離れていく。  
尾を使ったジャンプで避けられたのだ。  
「ち!」  
右手を離して上体を伸ばしても届かない。  
 
──が、本命はこっちだ!  
空いていた右手にはアサルトが握られ、ぴたりと腹の弱点を狙っている。  
「もらった!」  
発砲金属音発砲金属音発砲金属音発砲金属音発砲金属音発砲金属音!  
当たって、いない!  
落下しながら理由が見えた。尾が弾丸を全部防いだのだ。  
邪魔な尾だ。こいつを何とかしないと駄目だ。  
『ほーらよ!』  
尾が伸びてくる。大太刀で応え、機体への直撃は免れるも力勝負では完全に負けだ。  
接点が離れる前に地面に叩きつけられ、衝撃が響く間にも尾が持ち上がって、振り下ろされた。  
「つっ!」  
ブーストで機体を浮かせ肘と踵で地面を弾き、必殺の突きを回避。  
一気に離脱しようとする僕をスキュラの尾が阻む。がつんと右肘をかすり、ならば左へと移動しても  
尾はしっかりとついてくる。  
立ち上がる暇はない。何とかして、仰向けの体勢で逃げ出さなくては。  
「ぬ、あ!」  
紙一重で避ける度にがしがしと大地が穴だらけになっていく。  
『はははははは!』  
その気なら、胴体を落下させて僕を殺す事が出来るのに、それをしない。  
遊んでいる。悔しいけど、認めざるを得ない。  
『もっとだ!』  
視界に映り続ける腹が開き、ミサイルが落ちてきやがった。  
「くあああ!」  
咄嗟の狙撃は成功した。  
強烈な閃光が辺りを白く染め上げ、直後に真っ黒な尾。  
危ないところで避ければ再び爆弾が落ちてくる。照準を合わせた直後に尾で弾かれ落下する軌道が変わる。  
「この!」  
何とか撃ち壊してもヤツの爆撃は続行している。  
弱点を尾で隠し、その左右から次々と落ちてくるミサイルの群れ。  
横方向への退避を不可能にさせて、次があるとすれば、  
「……やっぱりか!」  
 
予想通りに強烈な打撃が振り下ろされた。  
大太刀を地面に叩きつけ、反動を利用して遠ざかろうとしてもすぐに追いつかれてしまう。  
「ちぃっ!」  
きりがない。  
狙撃、爆発、削身の激光、必殺の黒槍。  
全身にダメージが蓄積していく。ここでは勝てないと解っていても、どうにもならない。  
『お手上げ?こっちはもう一手あるんだけど』  
胴体が持ち上がって力を蓄えた単眼が機体の真上に移動していく。  
尾と爆弾は止まっていない。避け続けながら、敵の狙いを理解した。  
動き回る僕へのレーザーが外れたとしても全く問題はないんだ。  
地面を這いずり回る僕を尾で横から殴り、レーザーに激突させればそれでいい。  
絶体、絶命──!  
「させるか!」  
大太刀から手を放し腰の煙幕弾頭をもぎ取って、地に叩きつけた。  
煙のドームが一気に拡がり視界が塞がる。  
「っ!」  
大太刀を掴み思いっきりブーストを噴射させてついに脱出。  
幻獣があっという間に見えなくなった。敵も僕を見失い、あらぬところに尾を叩きつけている音が聞こえる。  
やっと一息つけるか……。  
「何てバケモノだよ、ったく……」  
一発しかない煙幕弾頭をもう使わされてしまった。  
無くなったものはどうしようもないか。今ある物で何とかするしかないだろう。  
誰が想像出来るだろう。スキュラが一番機以上に接近戦に長け、  
二番機よりも機動力があり、攻撃方法の豊富さでは三番機を凌駕するなんて。  
「だからって負けられるか」  
煙幕から抜け出し、アサルトの弾倉を取替えながら機体を止めて立ち上がらせる。  
普通ならここで撃ちまくるのが定石だけど、この相手には意味がない。  
『よし見つけた!』  
勢いよく灰色の霧から飛び出す幻獣。  
こちらと同等以上の機動力を持ち合わせているんだから、煙から脱出するなんて朝飯前だ。  
 
勝負は仕切り直しになった。  
よく見ればスキュラにもダメージはある。こちらも軽いと言えない程度にはある。  
低空に佇む幻獣が地面すれすれに高度を下げ、ぐぐ、と地鳴りに似た音が聞こえた。  
『いくぞ!』  
尾で跳躍する体当たりだ。  
その身体が高速で迫る光景は悪夢と言っていいだろう。  
しかし、いくら速くても動きそのものは直線だ。敵の幅も解っている。  
当たる理由がない。最低限の回避行動をした後、予想と違う事に気付いた。  
「高い……?いや、これは!」  
身を投げ出すように最大限の退避をすると、爆発が後を追ってきた。  
体当たりではなかった。その瞬発力を併用した爆撃だ。  
「この手も、ありだよな………!」  
見切りが早かった為こちらは無傷だ。スキュラは尾をなびかせて飛行の最中。  
後ろ、もらった。  
「っ、な!?」  
ぎゅるんと尻尾が横に流れ、換わりにレーザーがやってくる。  
折角の射撃姿勢を潰して避け、ならばともう一度と立つと光の源に睨まれていた。  
「くそう!」  
上半身を捻ってレーザーの追撃をやり過ごし、次の瞬間には敵の体当たりだ。  
「く、ああ!」  
避けきれず左肩がダメージを受けた。  
機体は独楽のように回転し、僕はそれを利用して敵の背面に銃口を向け馬鹿止めろ続きがあるぞ!  
「がぁあ!」  
激しい衝撃が機体を吹き飛ばし、何秒もの滞空時間の後に大地に落下する。  
何とか防御姿勢、簡単に言えば身体を丸めるように機体を折りたたんで衝撃を分散する事が出来たようだ。  
けど、致命傷がそうでなくなった程度だ。脊椎が折れる一歩手前の状態になってしまった。  
右腕も似たようなものか。  
あと一発も喰らえない。  
『何だよ倒せてないのか。じゃ、もう一回だ』  
レーザーと体当たりなら避けられる。尾は駄目だ。  
柔軟で強力な尾だけは避けようがない。  
どうする。  
 
『とどめだ!』  
レーザーが空間を焼き、体当たりが機体をかすめ、尾が振りかぶられた。  
逃げられないなら、  
「……こんの野郎!」  
自分からぶつかってしまえ!  
アサルトを背中に担ぎ大太刀を両手で握って、迫り来る尾に振り下ろした。  
刃が衝突する寸前に小さく飛び上がり、狙い通りに機体は浮かされた。  
びきりと嫌な音が刀身から伝わるけど仕方ない。片手をスキュラの尾に伸ばし、懸垂の要領で機体を引っ張り  
あげて尾を蹴り飛ばす。  
機体を捻り、大太刀の柄を両手で掴み振り上げた時には胴体がすぐそこにある。  
「今度こそ!」  
尾の根元を足場にし、唸る剣が幻獣の背面に届かない。  
剣先が空を斬り、足場が実体を失う。  
「……っ、!」  
胴体が沈み、足場が消えたということは上!  
掲げた大太刀に尾が落ちてくる。金属が割れる音に混じってやつの声が聞こえた。  
『良い反応だな人間。精々足掻け』  
視界がスキュラの胴体で塞がれたけど、それよりも  
集中力を最大まで高め、一連の動作を想像する。  
両脚を僅かに屈伸させ衝撃へ備えさせる。腕は全力で剣を支えみしみしと軋んでいる。  
如何に士魂号でもスキュラの全体重と尾の力には耐えられない。着地と同時に脱出しなければ。  
集中しろ。足の裏が地面に触れた瞬間に重心を後ろに移し、上半身も屈めて尾に触れる刃をずらす。膝から  
力を抜く。集中しろ。腕を伸ばしたまま尻をつく寸前思いっきり脚と脊髄を伸ばし、跳ねるようにスキュラの  
下から飛び出した。  
両足を振り上げた勢いで後転し、ぐるんと一回転して足裏が接地すると同時に前方にダッシュ。  
敵は尾に座るように僕に背中を向けている。  
もう一回叩くチャンスだ!  
音速で接近していく大太刀は、またも空振りだ。  
「──くそぉ!」  
尾で胴体が持ち上がり、ついでとばかりに爆弾が降ってくる。  
 
『惜しい惜しい』  
腹が立つほどの余裕だ。  
爆発物の雨を潜り抜け、速度を落とさずもっと走った。  
『惜しいなあ!』  
皮膚が電気を帯びたように痺れている。命を奪う脅威が迫る予感だ。  
見えないけど、後方からレーザーが接近しているのだろう。  
「ぬ、うううああああああ!」  
横に飛び避けたい衝動を懸命に堪え、限界まで引き付ける。  
やつのレーザーが軌道修正不可能な至近距離まで待つんだ。今動いたら胴体を横に振られて、僕は終わりだ。  
「あああああああああ!」  
がくがくと機体が揺れる。走行速度が安定性能を超えようとしている。  
まだだ。もっとだ。  
真っ黒な空が後ろに流れていく。斜め上には月が輝き、微塵も移動していない。  
本当に、走っているのだろうか──!  
「くあっ!」  
光の筋がが腹を貫通した幻覚を覚えた瞬間に横っ飛びする。  
ぶわりと熱風が頬を撫でる錯覚と同時に、恐るべき破壊力を持った白い壁が視界の半分を埋めた。  
転げまわるように方向転換して銃を構え、空だった弾倉を捨てる。  
残りの弾倉は数える程か。機体のあちこちが中度の損傷。そして幻獣は、まだまだ元気だな。  
……倒せる、はずだ。  
『様子見なんて止めておけ人間。動かないと死ぬぞ』  
何を馬鹿な。  
レーザーも生体ミサイルも、アサルトの弾丸さえも飛び交っていない状態でそんな事になる理屈がない。  
『いいのか?ほら、もうすぐ落ちるぞ?』  
上か!  
直後、真っ赤な爆発で周囲が埋まる。  
「………!」  
全身にダメージ。重度の損傷が機体を侵食していく。  
──危険だ。  
 
『よそ見するな前を見ろ!』  
爆圧からようやく解放された時には、レーザーが地面を裂きながらやってきた。  
先端はふらふらと揺れ動き、注意を逸らす事も出来ない。意識を離した瞬間、この機体は真っ二つになるだろう。  
攻撃も不可能だ。アサルトを構えた隙を逃がすような相手じゃない。  
高速で接近する光の束を睨みつけ、五m、四m三m!  
「せっ!」  
全身を連動させた回避行動でレーザーから遠ざかり、足場を固める暇もなく薄暗い空を見上げる。  
いくつもの爆弾が放物線を描き僕に向かっている。その向こうにはレーザーが細い柱として見えている。  
爆発物の落下地点を見極め、機体を移動させ終えた頃には炸裂する衝撃に取り囲まれ、ぐらぐらと  
揺れる視界には目的を斬り殺そうとする熱線が………!  
「ちく、しょう!」  
機体の損傷なんて気にしていられない。爆発が収まりかけている方向に駆けて必殺の一撃をやりすごす。  
が、空には爆弾の群れが再び現れる。  
「ったく!………?」  
天を分ける柱、レーザーが太くなってる?  
──こっちに振り下ろされてるんだろ避けろ!  
折角の安全地帯をかなぐり捨て横にジャンプ。ばりばりと嫌な音を立てて地面が割れる。  
僕は降ってくるミサイルに照準を合わせて引き鉄を引いた。  
「当たれぇ!」  
狙いは直撃しようとするミサイルだ。一発目が外れ、二発目も外れ、三発目がようやく当たる。  
「うっ、ぐ………!」  
当然全てのミサイルを撃ち落せるはずもなく、至近距離での爆圧が士魂号を襲う。  
人間で例えるなら、全身が火傷と裂傷で埋まっている状態になった。出血も酷くて、あと何分ももたない。  
「どうするよ、くそ」  
今、距離を詰めても先ほどの高機動戦闘を強いられるだけだ。  
接近戦に勝つだけの技術もないし機体も傷だらけだ。  
必ずしも接近戦になるとは限らない。尾で跳躍され、再び撃ち合いになる可能性も十分にあるだろう。  
しかしこの場所も間違いなく死地だ。  
アサルトでの狙撃をするチャンスすら稀だ。撃てるのはレーザーが地面を走っている短い間だけ。  
もっと離れれば生体ミサイルが届かないようになるかもしれないけど、レーザーを見切るのは不可能になる。  
今だってぎりぎりだ。  
「──、けど!」  
 
このチャンスを逃してはならない。ここで当てれば、何とか勝利への道筋は見える。  
横に移動すればミサイルでの損傷は減らせるだろうけど、何もかもがぶち壊しだ。  
降ってくるつぶての着弾地点を見切り、その隙間で片膝を立てて残り少ない弾丸を撃った。  
「当たれぇええええ!」  
損傷の激しい脚部が衝撃を吸収しきれない。一発撃つ度に狙いがずれてしまう。  
でも当てるしかない。一発でも当たれば──!  
『もらった!』  
回避が間に合わず命を食いちぎる遠距離砲が肩を削る。  
更なる悪化を覚悟しながら僕はアサルトを撃ち込んで、………当たった!  
『おいおい、一発くらい当ててくれよ』  
急げ。最後の弾倉を装着し、アサルトは背中に。  
腰の剣を両手で持って全速力だ。一歩でも近づけ。  
「僕が狙ってたのは、お前なんかじゃないんだ!」  
しゅるしゅると重い風きり音が、前方から響いてくる。  
『まさか!』  
「ああそうだ。撃ち続けたのは、地面に固定したバズーカの引き鉄だよ!」  
斜め上を向かせて固定していたバズーカ。その引き鉄前に通してあった盾の欠片を狙ったんだけど  
──全身を血まみれにして、やっと撃つ事が出来た。  
ずぅんと大きな爆発。幻獣の背面がざっくりと吹き飛ばされた。  
『まだだ!』  
声の勢いをそのままにレーザーが照射された。  
まるで鞭のように振り回し、叩きつけ、払いあげる。  
僕は全てを回避した。かする事すらさせなかった。バズーカが当たる前の動きと比べれば、話にならないほど  
緩慢で、冴えがない攻撃だ。  
駆け寄る僕から離れようとしないのは尾が使えないからだな。  
ようやく、叩ける。  
この士魂号も深刻なダメージにより、機動力は大幅に低下している。全力を出せる回数は数える程度だろう。  
が、それで十分だ。  
足止めさえ出来れば、僕の勝ちは間違いない。  
「うおおおおおお!」  
『まだだぁあああ!』  
辛うじて持ち上がっている胴体から無数の生体ミサイルが投下され始めた。  
 
懐へ潜り込んで跳躍し、斬りつけるのは不可能だ。  
「そんなの、予想通りだよ幻獣!」  
ブーストと両脚をフル稼働させて高くジャンプ。手に収まっている大太刀を逆手に持ち替え、巨大な胴体の  
前面中心、レーザーの照射口である単眼に機体ごと突き刺す!  
「いけええええ!」  
スキュラの身体が視界いっぱいに広がり、凄まじい全身に衝撃が走った。大太刀は、残念ながら  
半分しか埋まっていない。軽い。機体が軽すぎて命までは届かないか。刺さった場所も悪い。  
目標だった眼よりも上だ。一番機だったら、重さを利用して切り裂きながらとどめを刺せただろうに。  
しかし、これすらも予想範囲内だ。  
「これで、最後だ!」  
大太刀に片手でぶら下がって、思いっきり右腕を埋め込んでから両脚で蹴りつける。  
がきんと確かな金属音が機体を貫いた直後、大太刀が折れた。  
まあいい。後は仕上げをするだけだ。ここまで頑張ってくれた事に感謝すべきだな。  
蹴りの反動でスキュラが遠ざかる。敵は動かない。瀕死状態のようだけど、駄目押しの一撃をくれてやる。  
半分の長さになった大太刀を捨ててアサルトを構えた瞬間、  
ぐん、と幻獣の胴体が持ち上がった。  
『もらったぁ!』  
長い尾が両の太ももに巻きついた。ついに、捕まってしまった。  
完全に予想外だ。──死んで、しまう。  
着地音が響き、巨大な単眼が目の前にある。  
死んでしまう。  
衝撃に耐え切れず首が折れて死ぬ。  
叩きつけられた頭蓋から脳が飛び出して死ぬ。  
限界以上の圧力で死内臓の悉く死が破裂して死ぬ。  
破壊され死た士魂号の部品に貫かれ血が止ま死らずに死ぬ。  
割れた室内へ流入する人工血液で呼吸が出死来なくなって死ぬ!  
この身を固定する拘束具死が吹き飛び背骨が捻じ切れて死ぬ死ぬ死ぬ!  
死死折れた肋骨が肺に突き死刺さって死ぬ食いしばっ死たはず死の歯が舌を噛み切って死ぬ!!  
全身の骨という骨が粉砕して死ぬ死椅子が外れ滅茶苦茶に跳ね回って身体が団子のように丸まって死ぬ!!  
 
「わあ、あ、あああああああ!!!」  
銃口を士魂号の腹に押し当て引き鉄を引きまくった。  
へばり付いていた装甲が剥げ、脊髄が削られる。もっとだ。もっと撃て。撃たないと、死んでしまう!  
『はっ、錯乱か?』  
煩い黙って見てろ何もしなかったら死んでしまうんだ!  
『馬鹿だねぇ。その弾全部喰らわせたら勝てたかもしれないのにな』  
それで勝てるなら黙って見ていないだろう。  
残りの弾数、五、四、三、二、一!  
「ちくしょう!」  
ぼろぼろになった機体を何とか動かし、銃口を正面に向けた。  
あと一発しかない。想像通りになる可能性は低いかもしれない。しかし今の状態ではこれが最善手だ。  
『一発じゃどこに当てたって倒せないぞ。ま、最後だし、言いたい事言っていいぞ』  
多分、乗っ取りを完成させる条件には僕を精神的に負けさせる事も含まれるのだろう。  
最後の別れなら、いくつか言っておこうか。  
「………幻獣を倒すのは、いつだって人間だ」  
『まだ言うかよ。この状態で、こっちが負ける理由なんてあるか?』  
スキュラと比べればあまりにも小さい弾丸が一発。これが最後の一手だ。  
倒すなんてまず不可能な、ささやかな抵抗にしか見えないのは当然。  
『まぁ、慣れない二番機だったけど、よくやった方だろうね。まさかここまで追い詰められるなんて。  
 接近戦と射撃がもう少しやれたら、多分負けていた』  
だろうな。  
恐らくは壬生屋さんや滝川だったら、もっと楽に倒せたはずだ。  
斬り合いと撃ち合い、どちらかに徹するだけの力があれば、こうはならなかっただろう。  
だからこそ、この方法だけが残った。  
「不思議に思わなかった?」  
『………何がだ?』  
どうやら考えもしなかったようだ。  
これは完全に──僕の勝ちで決まりらしい。  
「この士魂号の装備、変だと思わなかった?」  
 
『な、に………?』  
「盾と大太刀だけなら一番機の装備だ。でも、アサルトやバズーカまで積んである。軽装だし」  
『何が、言いたいんだ!』  
「戦い方もだ。離れたりくっついたり。これってさ、何番機の戦い方だと思う?」  
『………っ』  
膨らんでいく不安で気配が揺らめくのが見えた。  
さて、最後の仕上げだ。  
「三番機パイロットが、三番機の装備をしないと思う?」  
照準が捉えて離さないのはスキュラではない。  
『まさか!』  
伸ばした腕で食い込み、両足の蹴りでしっかりと固定されたミサイルランチャーの弾倉。  
これが狙いだ。  
壬生屋さんと滝川のような技術を持っていない僕では、確実に勝つ方法はこれしかなかった。  
「幻獣を倒すのはいつだって人間だ。君の最大の敗因は、倒すべき相手を士魂号二番機だと  
 決め付けてしまった事だ。倒すべきは三番機パイロットの僕だという認識を怠ったから、君は負けるんだよ!」  
銃口から飛び出した弾丸がはっきりと見える。叱り付けたくなるほどゆっくりと飛んでいく。  
弾丸の向こうに見える眼が光を帯び始め、尚も前進する終幕の引き手を見届ける事なく腕を動かす。  
コクピット前面をがっちりと塞いだ直後、音と衝撃で意識が吹き飛んだ。  
 
 
*  
 
 
 
「早くせよ!………すまぬ、本当に急いでくれ。私の頭でよければいくらでも下げる。  
 頼む。………やってくれるか。説明したとおりにすればそなたは無事だ。必ず実行せよ。  
 ──、よし、やるぞ!」  
 
 
*  
 
 
ぎし、と金属が軋む音で生きている事に気がついた。  
「………は、ぁ………」  
死んでいない。  
奇跡的にも身体に外傷はないようだ。骨や内臓からも痛みや異常の報せはない。  
「………やっぱり、ぎりぎりだったか」  
辛うじて確保されている視界では、大きく歪んだコクピットが僕に向かって盛り上がっている。  
士魂号の腕が機体に埋まっているのだろう。あと二十センチも埋まっていたら、僕は絶命していた。  
計画では尾に捕まる事もなく、もっと遠くからミサイル弾倉を撃つ予定だった。  
現実には身動きがとれなくなってしまったから、ああして胴体を撃ちまくり、脊髄を損傷させて  
爆発の衝撃で吹き飛ばされるように仕向けたんだけど。  
「出来るか?」  
全く正常な士魂号を強く想像しても、何も変化しなかった。  
いくら僕の世界と言えど、そこまで都合よくはならないか。  
「さて、出るか……」  
全身が冷や汗で濡れている。  
機体に撃ち込んだ弾があと一発少なかったら。その先は想像しないほうがいいな。  
ごそごそと拘束具を外し、変形したハッチを開けて這い出す。  
外に出ると千切れた胴体が目に飛び込んだ。なかなかに痛々しい。機体も黒こげだ。  
地面に降り足を踏み出すと、途端に転びそうになってしまった。  
「っと、──本当に、ぎりぎりだったんだな」  
ウォードレスの左膝がうまく動かない。潰れかけている。  
何にせよ、肉体は無事だ。それぞれが最低限の仕事、パイロットを守るという任務を果たしてくれたのだ。  
心で感謝しつつ、士魂号に振り返りウォードレスを脱ぐ。  
多分あいつは死んでいない。気配はいまだに衰えず、僕を侵食している。  
疲れの残る身体を引きずり、焼ける幻獣の傍に到着する。  
 
スキュラの大部分が吹き飛ばされている。無数のミサイルによる全弾同時一点集中攻撃。  
これに耐え切れる幻獣なんているはずがない。  
しかし。  
「………」  
炭化した傷口を掻き分け、やつが出てきた。  
『無茶するね、全く………』  
地面に立つ。ぽたぽたと真っ黒な液体らしいものが零れ落ちる。流石に無傷とはいかなかったようだ。  
距離は約五メートルか。  
再び肉体を駆使する戦闘を始めようとした時、途方もない違和感で真横に顔を向ける。  
「………何だ?」  
誰か、来た………?  
『はは、我らがお姫様の登場だぞ、厚志』  
僕達はほぼ同時に駆け出した。  
ちら、と目を向ければ、僕と全く同じ格好になっていた。  
見慣れた制服と青い髪。鏡でも見ているようだ。  
僕でもそう思うんだから他の人が見分けられるはずがない。  
何とかして僕こそが厚志だと教えたいけど、いい方法が思いつかない。  
「『舞!』」  
呼ぶ声も同じだった。きっと舞は混乱しているに違いない。  
ここからだとどんな表情なのかはっきりとは見えない。早く捕まえて、こいつから遠ざけないと。  
「『こっちだ!』」  
手を伸ばし、僕は生涯で一番後悔した。  
利き手である右手ではなく、反対の左手を差し出していた。  
やつはしっかりと右手を伸ばしている。一瞬だけ僕に向けられた目には勝ち誇ったような光があった。  
今から腕を替えたとしても、舞の不審を大きくさせるだけだ。  
分が悪いと知りつつもこのまま行くしかない。  
舞の顔がはっきりと見えるようになった。焦りと不安、そして緊張で染まっている。  
一秒でも早く、そんな嫌な表情を消してあげたい。  
「厚志!」  
舞は僕達の方へ真っ直ぐ走ってくる。どちらを選ぶのかは決まっているらしく、迷いはない。  
 
「『舞!』」  
ぐんぐんと距離が詰まっていく。  
近づくほどに僕の気持ちは暗くなる。勝ち目の薄さで胸が圧迫される。  
もうすぐ手が届く。  
舞もしなやかな腕を伸ばし、次の瞬間、僕は思いっきり横方向に駆けた。  
腕の中には舞がいる。しっかりと僕を僕だと認識して、この手を取ったのだ。  
「舞、どうして!?」  
訊きたい事は沢山ある。今の事もそうだし、どうやってここに来たのかも知りたい。  
何故来たのかもだ。  
脚を止めて舞を降ろし、その顔をまじまじと見詰める。幻じゃない。  
本当に解らない。どうやって、ここに?  
「厚志、話は後だ」  
僕の向こういるやつを見ている舞。  
……そうだな、あいつを倒すのが先だ。  
振り返ると、不思議そうな表情で右手を見詰める『僕』がいる。  
わからないと首を傾げ、不敵な笑みを浮かべた。  
『ふん、まぁいいか。………そうだ、もうひとつあったな』  
気配が重く、濃密になっていく。  
まだ化けるのか。  
最初と同じように僕達に指を差し、言った。  
『速水厚志に対する芝村厚志、幻獣に対する人間。絢爛舞踏に対する──』  
噂に聞く幻獣側の決戦存在。  
スキュラの比ではない危機感が全身を支配する。  
だけど、僕の意識は舞だけに向いていた。  
自信と誇りに満ちた凛々しい顔。  
慢心や油断を許さず、どんな隙も見逃さない兵士の顔だ。  
「ねえ舞………」  
「解っている。こういう事、だろう」  
 
音もなく士魂号三番機が現れ、肩膝を立てて座っている。  
その足元にはウォードレスが二体。これで戦える。舞と一緒に、いつまでも戦える。  
「………やるぞ、厚志」  
僕は無言で頷き、何度もそうしたように無骨な戦闘服へ指をかけた。  
 
 
*  
 
 
 
一面が橙色に染まっている。  
あの日の夕焼けに僕達は身を晒し、真っ黒な物体に目を向けている。  
『僕』が苦しげに悶えながら、その身体を縮小させていく。  
人型だった身体が飴のように溶けて、高さと形を失っている。  
後ろに倒れこんでいる士魂号も砂のように崩れ、地面に還っていく。  
「………」  
「………」  
再生の可能性なんて皆無だ。力なくくずおれる様子に疑いは持てない。  
それでもなお、何事かを呟いていた。  
『………叶えるんだ。舞の願いを、叶えるんだ──』  
重油に酷似した液体はぞろりと流れ、僕の影になった。  
結局のところ、『僕』は僕でしかなかった。  
必死に戦い抜いた相手の願いは、僕のものと全く同一でしかなかった。  
ずきりと頭痛がして、『僕』の記憶が断片的に流入してくる。  
痣だらけになった滝川の顔。築き上げた誇りが崩れ去っていく壬生屋さんの目。  
名前も知らない一般人が傷つき、血を流す。  
胸が、痛い。  
「………、ねえ舞」  
とりあえずは感謝をしなきゃ。そう思い身体を向きなおす。  
 
「馬鹿者が」  
頬が熱く痛み、受身も取れずに尻餅をついた。──舞に、殴られた。  
「馬鹿者が!」  
拳を握り締め舞が怒っている。ただただ純粋な怒り。  
突然の事に狼狽しながら立とうとすると、足元で小さな音がする。  
何の変哲もない包丁が刺さっていた。何度も舞の為に振るった包丁だ。  
僕が創り出した物ではない。なら。  
「………」  
無言で舞がそれを抜き、逆手に握りしめて振り上げた。  
容赦のない視線が僕に注がれている。一層強まる眼光とともに刃が振り下ろされ、  
「っぐ、う!」  
薄い肉に突き刺さり血が流れた。  
舞の空いていた手に突き刺さり、自身も痛そうに顔を歪めている。  
……何をしているんだ舞は!  
「舞!止めて!」  
立ち上がり、制止させようとした。  
一体どんな理由でそんな事をするのか──!  
「邪魔をするなっ!」  
ばちんと平手打ちされた。  
拳での一撃とほとんど変わらない威力に、僕はまたしても転ばされてしまう。  
濡れる頬に指を伸ばすと、べったりと血が付いていた。  
「なんで、そんな………」  
「これがお前のした事だ、厚志!」  
完全に舞の剣幕に圧倒されてしまい、見ているだけだ。  
小さい手の平からは血が溢れ、今度は手首からも流れ始める。  
激痛を隠そうともせず、舞は包丁を振り上げ、振り下ろす。  
「っ!お前は、私を支える者を傷つけた!」  
鬼気迫る表情。包丁を持ち替え、無傷だった手の平にもつき立てる。  
「私の為だと決め付け!私を傷つけたのだ!」  
両腕はもう真っ赤だ。  
 
しかし、声と動作が弱まる事はない。  
「傷つけて傷つけて傷つけて、そして!」  
ぐ、と首筋に包丁が添えられ、  
「──!」  
僕の両手がその先を止めていた。  
目の前には舞の顔がある。勢いはどこかにいってしまったらしく、はあはあと苦しそうな息だ。  
唇も瞼も震え、ひどく辛そうだった。  
「私は、厚志の傍に居られなくなるぞ。それでもいいのか、厚志」  
懇願の眼差しが僕の逃げ場を塞ぐ。  
舞にこんな顔をさせるなんて、なんて馬鹿な事をしたんだろうか。  
この人の願いを叶える。それが僕の望みだ。けど、こんな風に傷つけたら意味なんてない。  
「………ごめん、舞………」  
舞の表情は晴れない。  
「──私たちが戦争を終わらせる理由は、私たちを支えてくれた人々に報いる為だ。  
 彼らを守り、その延長線上に戦争の終結があるのだ。そうでない終戦などに意味はない」  
一言一言が僕の奥深くに落ちていく。  
「解ったか厚志。彼らは私たちを信じているのだ。私たちも彼らを信じて戦わなければならない。  
 彼らも、我らと同等の努力をしている。その関係こそが、新たな平和をつくるのだ。  
 ──あの子も、それを望んでいるはずだ」  
………そうだ。  
今の僕を見たら、きっと怒るだろうな。  
「本当に、ごめん。舞」  
心から搾り出たようなかすれた声だった。こんなにも後悔したのは初めてだと思う。  
表情にも出ていたのだろう。舞はゆっくりと頷いて、僕の手をとった。  
「よし、帰るぞ」  
ぽっかりと浮かぶドア。  
舞がノブに手を乗せた瞬間、全てが白で染まった。  
 
 
*  
 
 
目を開くと、天井の電灯が見えた。  
手の暖かさに気付き視線を動かすと、舞が僕の手を握っている。  
両手で包み、何かを祈るように見えた。  
「………」  
申し訳ないという気持ちでいっぱいだ。  
やってしまった事を償うとしても、やはり終戦以外の方法が思いつかない。  
焦ってはいけない。今は土台を組み上げる時期だ。無理して崩れる事をしてはいけない。  
──にしても、舞はどうやって僕の中に入れたのか。  
今現在、『力』は完全に失われている。僕から招き入れるなんてありえないはずだ。  
『僕』もそんな事をしないだろう。舞が入れば、それだけで僕を倒すのが何倍も難しくなるのを理解していた  
だろうし。  
答えは舞しか知らない。  
身体を起こし、尋ねる。  
「舞は、どうやって──」  
がば、と首に抱きつかれてしまい、またしてもベッドに倒れこむ僕。  
「ちょっと、………」  
「すまぬ」  
耳元で舞が謝罪の言葉を紡ぎ始める。  
「私があの時にしっかりと言っていれば、こんな事にはならなかった。厚志をまたしても殺しかけてしまった。  
 私の、所為だ。すまぬ………」  
抱く腕は震えていて、力強さは塵ほどにも感じられない。  
………怖かったんだ。予想でしかないけど、戦っている最中には随分と暴れたり叫んだりしていたと  
思う。それを見たから僕の中に入ってきた。  
こんなことになる馬鹿な真似は絶対にしてはいけない。舞の望むとおりに戦って、終わりを目指す。  
なによりも重要なのは、舞を辛い気持ちにさせない事だ。  
だから、僕がした事は最低の行為だ。胸が抉られる。本当に──馬鹿な事をしたんだな。  
 
覆いかぶさる小さい背中を優しく抱きしめ、僕の無事を改めて伝えた。  
「………」  
「………」  
不意に首筋が刺激される。柔らかく、一瞬だけの感触だ。  
今が初めてじゃない。これで三度目だ。  
「舞………?」  
そろそろと首をまわすと、舞が物欲しそうな表情で僕を見詰めている。  
──僕を、欲している。  
言葉もなく僕と舞は唇を重ねた。  
何の迷いもなく滑り込んでくる舞の舌。いつもだともっと初々しく、躊躇いがちなのに今のはそれがない。  
深くまで伸ばし、僕のと結びつこうと必死に蠢いている。  
「ん、は………、ぁ、………」  
唇に唾液が塗られ、淫靡な音が融け始めた。  
酸素を取り入れようと強引に隙間を作ると、あっという間に塞がれてしまう。  
「は、──っ、ちょ、……待って、んん!」  
信じられないくらいに激しい。喉まで届けと突き入れられ、かと思えば自分にもして欲しいと  
吸われてしまう。  
酸欠で歪んでいく心を意識しながら薄く目を開けると、舞も同じように目を開いていた。  
ぞくりと背中が震え上がった。意識も無意識も感情も理屈も、全てが叫ぶ。  
この女と性交しろ。この身体にある熱を根こそぎ注いで、満足させてやれ。  
いつもなら否定する考え方だ。可能な限り優しく丁寧に、が僕の信条だった。  
けど、こういった否定が蓄積され、結果として『僕』が誕生したのだと思えてならない。  
舞は舌だけじゃなく柔らかい身体すらも僕に擦り続けていた。  
脚に脚を絡ませ、腰と腰を密着させ、心臓までを結合させたいと胸を突きつけている。  
頬も桜色に染まっている。視線だけが性交前の興奮とは別物の感情を表していた。  
切なそうで弱々しい光。僕の中にも似たような気持ちが呼び起こされ、とても──辛い。  
「──、ふ、はぁ……」  
壮絶な口内での踊りが終幕し、舞はくたりと僕に身体を預けた。  
余韻を見せ付けるように胸に頬擦りしている。  
マイナスの感情で埋まる瞳に、微かな高揚が混じっているのが見えた。  
僕の心に飛び火して、雄の部分がどんどんと力強く屹立していくのが感じられた。  
 
「ん、……」  
ぴく、と舞も身体を震えさせてからより強く僕を抱きしめる。  
恥じらいと情欲が混じり、口付け前の感情は随分と消えているようだ。  
「舞……」  
もう一度キス。そのまま身体を起こし、舞を押し倒す。  
恥ずかしそうに顔は横を向いているけど、目だけが僕を捉えて離さない。  
腕も解かれたまま白い布地から起き上がろうとしない。いつもなら小声で馬鹿者とか呟きながら  
胸を隠しているのに、しない。  
「…………」  
僕を誘っている。  
こんなにも明確な誘惑は初めてで、見ているこっちがどうにかなりそうなくらいに可愛い。  
「…………」  
無言のまま腕を伸ばし、制服の前を開く。  
素っ気のないシャツをたくし上げて、ブラジャーのホックを外す。  
舞は視線の焦点を僕の手に移し、制止する事もなく見詰めたままだ。  
自らを興奮させる為なのだろうか。目を閉じようとしないで、次の行動を待っているように見えた。  
「…………」  
なら、待たせるのは駄目だ。  
そろそろと柔肌を露出させて顔を近づけ、舞を覗き上げながら胸に唇を密着させた。  
「くぅ、ん…………」  
興奮しきっていた肉体は接吻だけで快感信号を生み出し、滞りなく支配者へ報せる。  
肌から立ち上る熱気が鼻腔をくすぐってたまらない気持ちになってしまう。  
奥深い場所がぐんぐんと大きく、重くなっていくのが解る。迫り来る本能。  
いつもの抵抗はしなかった。僕だって我慢の限界だ。こんなにも舞に欲情したのは、初めてだったから。  
「舞──!」  
がっちりと両手を掴んで、僕は目の前にある乳房を貪った。  
「あ、ああ!……っ、ぁ、っく……!」  
幼いと言っていい柔肉は、しかし性的な刺激に敏感だ。  
突起は硬く充血し、唇や舌で弾く度に全身を跳ね上がらせる。  
僕は荒い息を吹きかけながら二つを弄び、愛する。  
「うああ……っ!は、やぁ……!」  
 
舞が快楽に喘いでいる。何度見ても飽きない、色めいた表情。  
艶のある啼き声は止まらず、僕をどこまでも興奮させてくれる。  
既に性器は勃起していてびくびくと唸りを上げている。先取りの液だって溢れ出しているのが解る。  
舞の身体も似たようなものだろう。両手がきつく握られ、ふわりと緩む。繰り返される動作は  
膣内の動きを忠実に再現しているみたいだ。  
早く挿れたい。思いっきり出したい。  
いったん口を止めて身体を離し、舞の上半身を抱き起こして僕は言った。  
「脱いで」  
虚ろな目を僕に向ける舞。  
「…………」  
こくりと頷き、普段と比べると格段に遅い仕草で服を脱ぎ始めた。  
ベッドに尻をついたまま上着に指をかけ、するりと衣擦れ音が部屋に流れる。  
快感の残滓は重そうで、力があまり入らないらしい。  
僕も脱ぐか。  
「…………」  
「…………」  
舞から視線は外さない。僕は服と下着を投げ飛ばし、舞はやっとショートパンツを脱ぎにかかっているところだ。  
かちゃかちゃとベルトを緩ませてジッパーを下ろし、少しだけ尻を浮かせて太ももまでずり降ろす。  
「…………っ」  
羞恥の表情にはほんの少しだけど嬉しさも混じっている。  
白くきれいな胸が膨張と縮小を繰り返していて、その昂りがよく解った。  
僕の観察を止めさせない。  
もっと見て欲しいと訴えるように。  
舞は思い切ったように腕を動かし足先からパンツを抜いて、タイツに指を食い込ませた。  
ぴったりと閉じられた脚は細い。舞は一気にタイツを脱ぎ、美しい肌を露出させる。  
ごくりと喉がなった。  
いつ見ても胸が高鳴ってしまう。普段の生活で脱ぐ時は殆どない。羞恥心がそうさせている、というのは  
あまりにも都合の良すぎる解釈だろうか。  
爪の色が見えるようになった。  
「────」  
舞は残った最後の一枚を脱ごうとせずに僕を見て、自らの胸を隠してころりとベッドに倒れこんだ。  
 
くの字に寄り添った脚は離れず、膝が天井を向いている。  
真っ赤な顔で、それでも僕を覗き上げる視線を止めようとはしない。  
「…………」  
興奮が猛る。  
見ているのも辛い。こんなにも誘ってくれているなら、待たせるのは罪だろう。  
僕は無言のまま下着を掴んで、焦らすように脱がせ始めた。  
「っ!」  
びくりと揺れる二本の脚。舞は言葉を飲み込むように口を閉ざし、僕の行為を見守っている。  
下着の位置が股間から離れる程に僕達の昂揚は突き上げられ、身体がどこまでも熱くなっていく。  
ほんの僅かな摩擦にも舞はよく反応する。ぴくぴくと膝が揺れ、胸を覆う腕にも力が入っている。  
体温がうつる下着は温かい。  
やっとの事で舞は生まれたままの姿になった。  
頬だけじゃなく全身がほんのりと赤い。  
心臓がうるさい。唸る血流に押し切られるように、僕は舞の膝に手をかけた。  
「ん、……」  
一瞬の硬直を無視して、力を込める。  
抵抗はない。僕が手を動かす分だけ開いていく。  
「……ぁ、ぅ……」  
胸から手が離れ、顔を覆い始める。  
恥ずかしそうな表情が信じられないくらいに可愛い。  
もっと可愛くさせたいから、じりじりと脚を開かせた。  
「……っ、ぁ、ああ……!」  
感情の渦を吐き出すように喘ぐ舞。  
指の間から覗ける瞳は開いていて、弱々しくも色っぽい視線が僕を射抜く。  
半開きの口は閉じず、はぁはぁと外気が往復している。  
そして──股間の唇も薄く開いていて、涎を垂れさせていた。  
最高潮だったはずの興奮が更に高まる。  
とてもじゃないけど、衝動を抑えきれない。  
か細い膝をベッドまで押し付けて、指が食い込むくらいに強い力で太ももを掴む。  
「ふ、……んん……」  
これから襲いかかる快感に備えるように、舞はシーツを握り締める。  
 
いくよ、舞。  
「は、──ぁああああ!」  
僕は濃厚な口付けをする。  
舌をおもいっきり伸ばし、コンマ一秒とて動きを止めない激しいディープキス。  
「はひ、……んあ、ああああ!」  
ぐちぐちと粘液が泡立ち、いい匂いが鼻腔を焼き尽くしていく。  
跳ね上がる腰を引き寄せて固定して。  
「ふあっ!あ、あ、ああ……っ!」  
頭に舞の手が伸びてきたようだ。  
髪に指が絡まって、引き離そうとはしなかった。  
もっとして欲しいと訴えるように、唇に唇を押し付けさせる舞。  
口の中に流れてくる液体は熱くて、  
伸ばす舌も熱い肉と混ざり合って。  
「くああああぁ………ん!」  
一際甘い声と共にのたうつ身体。  
硬直し、弛緩する。  
「………う、ふぅ………」  
舞の指が髪から抜け落ち、僕も舌を秘所から引き抜いた。  
白濁した愛液が湧き水のように静かに溢れ出し、射精への激情に油を注いでいる。  
──早く、挿れたい。  
ぐったりとシーツに沈む舞を見下ろしながらトランクスを脱ぐ。  
膝で立つとぎしりとベッドが悲鳴をあげ、快楽で濁る舞の目に力が戻って僕を捉える。  
ほんのりと染まっていた身体がますます赤みを帯びて、僕の性器もより力強く勃起するのが解った。  
──はやく、いれろ。  
灼熱の本能が僕に命令する。その壷を満たし、悦楽を大量生産させろと。  
だけど、同等に強力な理性からの囁きを選ぶ事にした。  
「……どういう風に挿れて欲しい?」  
ただ絶頂させるだけじゃ足りない。舞の世界を完全に奪う為にも果てのない快楽に溺れさせてあげたい。  
言葉の意味を察した舞は更に恥ずかしそうに僕を見て、唇を噛んだ。  
爪の先から髪の毛の一本に至るまで性衝動が浸透している事を自覚し、  
しかし強い自制心がそれに抗っているのだろう。  
 
「……ぅ……、……」  
閉じる唇の奥でかすかな喘ぎが鳴り響く。  
瞳の濡れ具合が一層深まって、ついに舞は動き出した。  
「…………」  
無言のまま身体を起こし、四つん這いになる。  
羞恥心が最高になったのか、手繰り寄せた枕に顔を隠してしまった。  
それでも僕は言う。  
「ちゃんと、準備してくれる?」  
「う、ふぅ……」  
真っ白な布地から爪が離れて引き締まったお尻に伸びる。  
びくりと震える丸み。進む指先が秘所の両脇に添えられて、おずおずと花弁を咲かせた。  
光の筋がとろとろと降りていく。  
ひくひくと痙攣を繰り返す性器が信じられないくらいに魅力的で、……もう十分だ。  
ここからは僕がしてあげる番だろ。  
荒い呼吸を他人事のように意識しながら肉棒の狙いを定め、舞の最深部まで一気に突き入れる。  
「ああああああぁぁ……ん!」  
がっしりとベッドにしがみ付く舞を見詰めながら、腰を退いて、突き出す。  
「ぃ……っは、んああああぁ、あ、あああ!」  
優しくなんて出来ない。舞の中をごりごりと抉りかき回す。僕の心も同じように攪拌され、どんどんと  
快感が馴染んでいく有様が頭に浮かんだ。  
リズミカルに蠕動する膣は貫く度に熱くなり、妖艶さを増していく。  
「ふっく、う、あぁ、はぁああん!」  
勃起を愛撫される感触がたまらない。  
渦巻く激情と反比例するように優しくて、壊れ物を扱うような丁寧さが嬉しくて。  
「は、あ!ん、ん、ふ!」  
身体が悦び、口から重い溜め息が何度も吐き出される。打ち付ける腰にも力がこもって、  
舞のしなやかな背筋がびくびくと痙攣している。  
射精感の高まりを意識しつつ、僕は抽送を続けた。  
「んあっ、……ふ、くぅぅ……ん!」  
 
精液を搾り取ろうとする締め付けが硬直し始めた。舞は絶頂の予感に身を任せ、枕を抱きしめたまま  
背骨を反り返らせ──  
「……ぁ、ふ……」  
絶頂には至らなかった。僕がそうさせなかったからだ。  
あと数度の貫通で実現していただろうけど、こんなのじゃ駄目だ。  
今までで一番の絶頂を迎えさせてあげる為にも、ここは我慢してもらうんだ。  
「あ、……ん、んん」  
たぷたぷとお尻が小さく前後している。  
止まった僕の性器に活力を塗りつけるように、舞の肉が這いずりまわる。  
わずかに見える瞳にも情欲で濡れていて、信じられないくらいに色っぽい。  
ごくりと喉が鳴る。燃えるような息を飲み込んだ僕は、ほっそりとした腰をベッドの降ろしてから  
太ももを跨いで抽送を再開する。  
「んあ、ああ、ひ、……っ!」  
舞も啼き声をあげ始める。  
さっきよりも甘くて高い美声だ。  
腹に抱く脚はどこまでも柔らかく、僕の抽送に合わせて踊っている。  
「くふ、………ぅう………ん!」  
枕に食い込む指はどんどんと深く刺さり、感覚を支配する官能の大きさがよく解る。  
もっと悦ばせてあげたくて、抱いていた脚をより開かせて突きまくる。  
目前で足の指が握られ、解ける。動かせない左足の分まで悶えるようだ。  
「あ、ああ、あつ、しぃっ!」  
唇と舌で足の指と裏を愛撫した。普段ならくすぐったいだけの刺激は、身を貫く快感を倍増させる  
効果しか持たないようだ。  
悦ばせてあげられている、という事実が嬉しくて、僕は夢中になって性器を前後させ、口でも愛撫を続けた。  
「は、あひぃ……っ!」  
膣と指がぎっちりと搾られ絶頂の到達を教えてくれる。  
でも、まだだ。  
もっと気持ちよくさせるんだ。  
「……!……っ!──!!」  
開く舞の唇から無音の悲鳴が部屋中に響き、僕は性器の律動を止める。  
「ぁ……ふ、うぅぅ………」  
 
僅かに流れる悦声と共に全身から力が抜けた。  
絶頂に達しなかった身体は燃えるように熱い。何度も寸止めされた官能は柔肌に手を添えるだけで  
快感を分泌させているらしく、そっと撫でるだけでひくひくと震える。  
忘我の一歩手前にいる舞。  
「…………」  
僕もうれしいはずなのに、これ以外の感情も膨らんでいく。  
薄い胸に抱かれる真っ白な枕。  
こんな物にさえ、僕は嫉妬しているのだ。  
枕を奪い、投げ飛ばす。  
この腕に収まっていいのは僕だけだ。  
性器が抜けないように注意しながら、跨いでいた膝を持ち上げて視界に入れる。  
遊んでいたもう一方にも手をかけると、股間の茂みを中心にするM字が完成した。  
舞は快楽の余韻から脱出していない。虚ろな目で浅い呼吸を繰り返しているだけだった。  
「舞………」  
僕は小さく呼びかけて腰を打ちつけ、覚醒を促した。  
軽い一撃で舞は自分を取り戻し、目の焦点が僕の顔に合う。  
「ん、は……あつ、しぃ……」  
戸惑うような表情をして、僕の名前を呟いている。  
激しいなんてとても言えない緩やかな刺激なのに、絶頂した時と同じ締め付けが僕の剛直に巻きつく。  
舞もそれを理解しているのだろう。全身に染み渡る歓喜の量は間違いなく一番のはずなのに  
何故達しないのか、という疑問を抱いているに違いない。  
丁寧に積み上げた快感の地層が分厚く重なって、いつもの限界はとっくに超えてしまっているからだ。  
絶頂の極みに登りつめる為には更に高く舞い上がる必要がある。  
「ふ、ぅあ、……っああ、はああぁ………ん!」  
結合部からの淫楽がそういった雑念を溶かし始めた。  
最奥まで繋がる度に、硬い頬がゆるんで、変化する。  
もっと溶かしてあげたくて、そっと頬に指を這わせた。  
「…………」  
僕の手を両手つ捕まえ、より強く擦らせる舞。  
するすると何度か往復させ、離したかと思うとちろちろと舐めてくれた。  
恥ずかしげもなく奉仕している。芝村の末姫を筆頭とする全ての肩書きを忘れている。  
 
本当にただの女として、僕に尽くしてくれている。  
いつのまにか止まっていた性器を動かした。  
「……、っは、うう……ん!」  
多分意識していないだろう。  
舞はとんでもないくらいに魅力的な微笑みを浮かべていて、僕の中にいる本能を荒々しく獰猛にさせた。  
「………舞っ!」  
今度こそ激情のままに舞を突きまくった。  
一突き毎に舞は絶頂に達し、熱い身体をわななかせて僕の逸物を搾り上げる。  
火照るうなじがたまらなく妖艶で、つい口に含む。  
「は、っくううぅ……ん!」  
瑞々しい肌だ。細胞の一粒一粒に生気が行き届いていて、加えて艶かしさすらも感じられる。  
滑らかな皮膚の裏側までも舐めつくそうと舌を強く押し当て、すくい上げた。  
「っあ、は、……ああ!」  
喉へ近づく程に舞の顎が持ち上がり、喘ぎ声も重さを増大させる。  
悲鳴にならない振動で震える喉を愛し、顎の先端にキスすると唇の位置が下がってきて、  
何かを言いたそうに開き、閉じる。  
「…………」  
瞳も期待で満ちていて。  
秘所に性器をねじ込むように、濡れた唇を舌で割る。  
「ん、んん!」  
舞の舌も膣のように巻きついてきて、二箇所からの快感が脳髄を責め立てた。  
唾液と愛液を分泌する肉壁がぎゅうぎゅうと僕に吸い付き、離れようとしない。  
「ん、んんあ!ああ、ふああ!」  
美味しい料理に無言で箸をつけるように、僕は舞の身体を抱きしめて突き上げる。  
ふっくらとした四肢が背中と腰を引き寄せ、煽情的に胸と股間を躍らせていた。  
膣も同じように僕にしがみついて離さない。  
ぬちゅぬちゅと粘つく水音が部屋に溶ける。摩擦を繰り返すもっとも敏感な部分に快感の塊が生まれている。  
完全に結ばれる度に加圧され、重くなっていく。滲み出る快感の余波だけでこんなにも気持ちいい。  
凝縮された本物が爆発したらどれほどに素晴らしいんだろうか。  
その瞬間を一秒でも早めようと無茶苦茶に腰を振りまくった。  
「ひあああぁぁ……っ!」  
 
仰け反っていた舞の身体が海老のように丸まってすっぽりと僕の腕の収まり、数秒後にはまた反り返る。  
がくがくと揺れる顔は淫楽で染まりきっていた。  
細い眉にしわが刻まれ、下がる目尻からは涙が光っている。  
紅い唇は閉じる事なく浅い呼吸を繰り返し、やがて喘ぎ声が混じり始めた。  
「……、ぁ、は、ぁあ、はあああ!」  
舞の柔肉が信じられないくらいに熱く締め付ける。  
腕や脚も膣と同じように僕の身体に巻きつき、全身が舞の中で蠢動する性器になった錯覚をしてしまう。  
僕もそろそろ限界だ。  
絶え間なく襲いかかる快楽が残り少ない理性を破壊していく。  
精神力を総動員して、舞に囁いた。  
「いくよ、舞……っ!」  
舞もかくかくと頷いて、あられもない言葉を叫んだ。  
「わた、し、……っくうううぅぅ……ん!」  
溜めに溜めた官能が遂に爆発した。  
舞の奥深い場所で、何度も何度も炸裂する。  
「は……っ!」  
「ふ、う、あ!」  
跳ね上がるお互いの身体を抱きしめ合い、どこにも行かせないとより強く引き寄せ合う。  
融けた心が混じり、その歓びは何物にも替え難い。  
肉体も五感を埋め尽くす快感に打ち震えて止まらない。  
「………………」  
「………………」  
時間と共に鼓動と痙攣が治まっていく。  
感覚の全てを凌駕していた官能が去り、抱きしめるしなやかな肉感が戻ってきた。  
ひとつ息を吸って顔をあげる。  
「舞………?」  
目を閉じたまま微動だにしない舞。  
熱が冷め切れない頬は赤く、しかし穏やかな息をしている。  
「ノックアウト、しちゃったか………」  
久しぶりにしてしまった。  
 
舞への償いのひとつになればいいけど。  
眠りを邪魔しないようにそっと身体を起こし、軟化した性器を抜く。  
分泌液の処理をして布団を引き上げる。  
「ん、………ぅん………」  
目覚めないままに舞が僕の胸に顔を寄せてくる。  
胸にも真っ白な手が伸びて、普段の言動からは想像も出来ない甘えっぷりだ。  
完全燃焼したはずの衝動が燻り始める。  
それでも僕以外の全てを忘れさせてあげられたんだ、という満足感が消火してしまった。  
「ふ、ぁ………」  
欠伸をしながら舞を抱き寄せ、僕も意識を闇に沈めた。  
 
*  
 
胸の上で静かな音がして目覚めた。  
重い瞼を開いて目を向ける。  
「おはよう、厚志」  
芝村に挨拶ない、というのが彼女の口癖だ。  
しかし身体を重ね合った翌日には必ず朝の挨拶をしてくれる。  
どんな組織にも属する事を忘れた舞だ。  
「………おはよう、舞」  
僕の言葉を聞き届けた舞は音もなく身体を密着させてくる。  
瑞々しい肌の感触は最高で、つい僕も抱き寄せてしまう。  
静かな時間が流れ、ふと忘れていた疑問を思い出した。  
僕の腕を枕にする舞。訊いてみよう。  
「あのさ、………何で、僕を疑ったの?」  
『僕』ならは絶対にそんな隙を見せなかっただろう。  
目的を達成する為にも、あらゆる手段を用いて疑われる事を避けたはずだ。  
 
穏やかな表情を崩さずに舞は告げた。  
「石津が、お前の中に幻獣がいると訴えたからだ。その理由までは言わなかったが、真剣だった。  
 それからだ」  
石津萌。  
それほど重要視する必要がない隊員だと思っていたけど、どうやら間違いだったみたいだな。  
資料にあった魔法云々と関係があるのかもしれない。  
けど、追求はしない。僕の恩人だ。  
疑問が一つ消え、すぐに別の物が浮かんでくる。  
「じゃあさ、どうやって僕の中に入ったの?」  
他人の心を一方的に覗いてしまう力。あの子が行ってしまう時に一緒に消えたはずの力だ。  
舞は何ともないように口にする。  
「東原に手伝って貰った。私の身体を通して、厚志の心を読ませたのだ。全力でな」  
「………無茶するね」  
確かにそれならば可能だろうし、成功もした。  
ののみちゃんが言っていたな。僕の力は同調の一種だと。  
またしても恩人が増える。  
戦争が終わる頃にもなれば、二桁では足りない数になってしまうな。  
ちゃんと守り通して感謝の言葉を伝えよう。  
そして最後の疑問。  
「舞は、どうやって僕達を見分けたの?」  
これが一番の謎だと思う。  
お世辞にも明るいとは言えない場所だったし、僕が見た限りでは姿に差異はなかった。  
それなのに舞は迷いもせず僕の手を取った。  
どんな理由なのか想像がつかない。  
「解らないか、厚志」  
珍しくからかうような表情で僕の胸に頬擦りしている。  
考えながらより密着させるように抱き寄せ、……あ、そうか。  
「私を引き寄せるのは、いつも左腕だ。あの時はそれが決め手だった」  
そういえば、唯一違ってたのは伸ばした腕だったか。  
全ての疑問が氷解し、謝意を込めて舞の髪を撫でる。  
 
舞も身動きせずに僕を見詰め、言葉を発しない。  
「………………」  
「………………」  
時計の針が進む音がようやく意識され、時刻を見ると結構な時間だった。  
身体を起こそうとすると、阻止するように舞が体重を乗せてくる。  
「えっと、舞?」  
ちょっとだけ不機嫌な顔である。  
「皆を信用せよ、と言っただろう?」  
「そうだけどさ──」  
「昼まで寝過ごしてしまったとしても、問題ないはずだと言っている」  
不機嫌、というよりも拗ねるような表情か。  
その意図は明確だ。  
「……そうだね、偶にはそんな事もあるはずだよね」  
舞の顔が明るくなった。胸を隠しながら上半身を起こして、もう一方の手で結わえられた髪を解く。  
完全な休暇に入る時には必ず舞はこうする。  
凛々しさが薄れ、女の子らしさがよく解る髪型だ。  
女の顔にもなって、僕の胸に倒れこんだ。  
身体の芯が疼いて血流も速くなる。舞は扇情的に微笑みながら胸板に口付けを繰り返している。  
昼までの時間は舞の為に使おうと僕は決めた。  
 
 
終  
 

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル