「五時過ぎくらいは」  
 
 
自然休戦期の直前に真新しい訓練シミュレータが届いた。  
私達に実物との違いを埋めさせる為だという。  
箱としか例えようがない外見とは裏腹に、内部は驚くほどよく出来ていた。  
訓練期間中に使っていた物とは雲泥の差だ。  
上層部がやっとのことで士魂号の能力を認めた証左だと言える。  
大きすぎる二つの箱はハンガーにしか入らず、整備班を説得するのに結構な手間を費やした。  
操縦席の挙動については外部からの入力で調整出来る仕様であるのは幸いだった。  
設置してからは三人で調整した。厚志は『どうしても入れたいデータがある』とひとりで別行動していた。  
そして今日。  
外部に接続された二つのモニタには、現在行われている戦闘が映し出されている。  
無音で語られる一瞬の連続。  
「おお、やっぱり凄いや」  
厚志は驚嘆の呻きを零しながら見入っている。私も同じで、評価の言葉を探す間にも次々と高等技術が  
画面に現れる。  
一番機と二番機の相手をしているのは、厚志の中に居たというスキュラだ。  
機動力を得た大型幻獣は、それこそ最強と呼ぶに十分な強さだ。  
「……、お、お、うぉー……」  
「何と……そうくるのか……」  
無論一対一。  
壬生屋と滝川の単純な戦闘力を知る為にそうしたのだが、正直に言えば圧倒されている。  
無限の変化を見せる剣筋と、どんな体勢でも一点を貫く射撃。  
得意分野では絶対に勝ち目がないと思い知らされる。私達の三番機が勝とうとするならば、  
それこそ機体を潰すような無茶をするしかないだろう。  
幻獣の撃破数では大きな差が存在する。だが、実力となれば紙一重よりも差がない。  
見くびっていたつもりは微塵もないが、これほどやれるとは思いもしなかった。  
私と厚志が見守る中、両機とも幻獣を撃破した。  
シミュレータの側面が開いて二人が出てくる。  
「何とか、ですね……」  
「厚志よぉ、こんなスキュラって本当に居るのか?」  
疲れきった様子だが、それでも勝った。  
 
厚志に目を向ける。  
手駒の強さへの驚きではなく、仲間としての頼もしさが顔に表れていた。  
「おお、やってるな」  
後ろからの声は瀬戸口のものだ。  
スカーフの赤が今の地位を無言で語っている。  
善行が関東に戻ったのは一週間前だ。このシミュレータには『人類が逆転する為の第一歩です』  
とのコメントが添えられていたらしい。  
「こんなのでねぇ……」  
瀬戸口はどうにも信じられない、という顔を隠そうともしない。  
それを聞いた壬生屋も言った。  
「……怪我をせずに高度な訓練が出来るようになる、というのは素晴らしい事だと思うんですけど」  
腕を組み、難しそうな顔で瀬戸口は返事をする。  
「それは解ってるんだが……。  
 善行はな、『成功すれば、貴方が妻帯する前に人類側が絶対的な優勢に立てます』とか  
 自信満々に言ってたからな。……こいつで、戦況が急変化するなんて信じられないんだが」  
「さ、妻帯……!」  
壬生屋は頬を紅く染め固まっている。  
緩みそうな口元を引き締めて、私も瀬戸口に尋ねた。  
「司令、自然休戦期入りの宣言はいつ頃に?」  
「もう三日もあれば出るそうだ。一旦はこの小隊も解散だが、明けてからはまた一緒になるらしい。  
 ……原は、そうはならないが」  
この男も独自の情報ルートを構築し始めているようだった。  
戦闘での指揮は数える程だが、それほど不安も感じられなかったのを記憶している。  
滝川と壬生屋は嬉しさ半分悲しさ半分という複雑な表情をしている。ひとりでも欠けてしまう事が  
耐えられないようだ、  
そして厚志は──僅かではあるが、曇りのある表情だ。  
あの日以来、厚志に話しかける人間は増えた。皆は口に出さないまでも、相当な圧迫感を  
覚えていたのだ。  
私は特別な変化があったとは思えないのだが。  
絢爛舞踏勲章を授与された今でも減る事がない。  
かつてこれ程までに穏やかなヒーローはいたのだろうか。  
 
「……森さんも腕を上げてるし、そんなに落胆する事ないよ、滝川」  
「でもよぉ……」  
念のためと私も瀬戸口に訊く。  
「原との連絡は可能なのか?」  
「ああ、いつでもな」  
声こそは淡々としたものだが、顔はあからさまに嫌がっている。  
戦闘での被害状況は筒抜けになるのだろう。小言を聞かされるのも想像に難しくはない。  
森は喜ぶかも知れないが。  
「そろそろ帰ろうか、舞」  
時刻を確認すると、結構な時間だった。  
太陽が沈むのが遅い為にまだまだ早い時間だと錯覚してしまう。  
「そうだな」  
残る三人に目礼し、ハンガーから出た。  
 
*  
 
歩きながら厚志に話しかける。  
「……善行は、本気なんだろうな」  
「みたいだね」  
善行の策。  
あのシミュレータを全国の遊戯施設に売り出すという大胆な思いつきは成功するのだろうか。  
維持費などは軍が持つ事が決まっている。国の後押しも加わるなら間違いはないと思われるが……。  
あくまでも士魂号の模倣機でしかない。売り出す際には操作方法も簡略化するし、グリフも見る事はない。  
他にも商品としての魅力も盛り込む必要もあるだろうが、『幻獣との戦い』を  
これほどに再現出来るものは初めてだとか。  
 
考えるまでもなく大規模なイベントも計画しているだろうし、上位入賞者はそれだけで  
士魂号の操縦については『資質あり』と判断されるに違いない。  
人型戦車を運用する上で最も厳しい点と言えば、パイロットの育成が難しい事だ。  
まともに動くものすら少なく、更には故障時の整備に手間がかかり過ぎる。  
両方の問題を回避する為にシミュレータを開発する。この程度ならば誰でも思いつくが、  
まさか民間に広めようとは。  
「上手く行くといいね」  
「……そうだな」  
戦争を終わらせる。  
厚志の望みは私のものでもあり、全人類の願いでもある。  
今こそは私が厚志の手を引いている状態だが、全てが終われば背中を預けてみたいと思う。  
……少しだけ、その時を味わいたくなった。  
聴力に全神経を集中させる。よし。視界には誰もいない。周辺で動くのは私と厚志だけだ。  
──よし。  
「………舞?」  
驚きと嬉しさの交じり合った声だ。  
顔は見れない。手を繋ぐという行為が、こんなにも恥ずかしい事だったとは。  
「………」  
言葉は続かない。  
止まりかけた身体は厚志の手に引かれ、ゆっくりと動き出す。  
不思議と嫌な感じではない。  
不思議と、嬉しい。  
「………」  
「………」  
休戦期に入れば、これまでとは違う仕事にかかりっきりになってしまうだろう。  
のんびりと休める時間は取れないはずだ。  
甘えられる時は今しかない。  
仕事が終わった午後五時過ぎ。  
身体中に広がる快い熱さに、私は気持ちを沈めさせた。  
 
エピローグ 終  
 
 

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