「はぁ…」
最近私には、悩みがある。
あの日。善行と別れてから私は、二度と恋などすまいと思っていた。
たが、その私が今はどうだ?
あの子の一挙一動に心を動かされてしまう。
認めたくない。そんな理由であの子を傷つけて、遠ざけて。結局自己嫌悪に陥ってしまう。
本当はそばにいたいのに。抱き締めて、その唇を―
そこまで考えて我にかえる。私は何を考えているのだろう。
あの子は―
石津さんは女の子だというのに。
彼女の事が気になり出したのはいつからだっただろう。
初めは善行に可愛がられている彼女が妬ましかった。
ただ、それだけだと思っていた。
彼女が善行の側に居るだけでイライラする。
だから、彼女が善行から離れるように色々なことをした。
だけどその度、胸が痛んだ。
―罪悪感だと思っていた。
確かに罪悪感ではあった。ただし、彼女にではなく善行に対してだが。
私は善行から彼女を遠ざけたかったんじゃなく、彼女から善行を遠ざけたかったのだ。
何てことはない。最初から私は彼女の事を―
日に日に強くなってゆく想いを必死に閉じ込めてきた。だけどそれも、もう限界が近い。
いますぐにでも彼女を自分のものにしたかった。
だが就業時間の終りまであと15分はある。たったの15分。
しかし皆をまとめる整備班長という立場である以上、仕事を監督する義務がある。
いくら最近出撃がないとはいえ、手を抜くわけには行かない。
時間が経つのがもどかしい。
速く、速くと急かす心を責任の一言で押さえ付ける。
時計を見ると就業時間まで後5分に迫っていた。
たった5分。それだけの時間がこんなに永く感じるとは。
私はおかしくなっている。狂っているのだろう。…恋をしているから?二度としないと誓ったのに―
就業時間が終わると同時に私は即座に席を立ち、走り出していた。
我ながらみっともない、と自嘲する。
これではまるで恋する少女ではないか。
冷静になれ。私はもっとクールな女だろう?
たかだか小娘一人程度に振り回されてどうするのだ。
何とか落ち着きを取り戻しかけた心も整備員詰め所から出てくる彼女の姿が目に入った途端、一瞬にして瓦解してしまう。
「石津さん。話があるんだけど」
暴れる心を必死に押さえ付け平静を装う。
彼女の肩が震えているのが解る。
当然の反応だ。私は彼女のをイジメている主犯格なのだから。
「………」
彼女は返事をせず、こちらを振り向く気配さえ窺わせない。
顔も会わせたくないということか。
辛い。苦しい。これが私のしてきた事への罰だというのか?
気持ちを偽り続けた代償だと?
「石津さ…」
彼女を振り向かせようと、肩に手を置こうとしたその時だった。
彼女は走って逃げ出したのだ。
私は無我夢中で彼女を追った。
夜の風が私を包む。だが、この程度で高ぶる胸の熱さを冷ますことなど出来ない。
近付いてゆく彼女の背中。詰まってゆく彼女との距離。
そして私は、校舎裏で彼女に追い付きその手首を掴んだ。
「なちなさい。どうして逃げるのよ!」
わかっている。私の事が嫌いだからだということぐらい。
私はそう思われても仕方ない事をしてきたのだから。
「………」
相変わらず返事は返ってこない。だが、掴んだ手首から伝わってくる震えが、強くなっていくのを感じる。
それに比例するように私の中の苦しみも、重さをましていた。
その状況をどうにかしたかった。
愛しい気持ちと罪悪感で私はどうかなってしまいそうだった。
だからなのかもしれない。私は強引に彼女を振り向かせ、次の瞬間にはもう抱き締めていた。
彼女はとても驚いていた。当たり前だろう。
自分をイジメていた、自分を嫌っているだろう相手からの突然の抱擁など理解できる方がどうかしている。
成長途中ではあるが柔らかなその四肢。
うつ向いていてもわかる可愛い顔。
少しウェーブのかかった艶やかな黒髪。
彼女の全てが愛しい。
「……どう…して?」
彼女の発した言葉は困惑だった。
「私は―」
恋をするのが怖かった。傷付くのを恐れていた。
だけど、私ははまた恋をした。
思えば私は臆病だった。逃げて逃げて、逃げ続けていたんだ。
でも、もうそんな私からはサヨナラしなくちゃいけない。
待っているだけじゃ何も始まらないのだから。
勇気を出して、私は―
「あなたを、愛しているわ」
と、言った。