右側に来須がいる。後方には若宮がいる。ベテランスカウト二名と三角形を作りその一点で滝川は腰をかがめ、辺りを汎用機関銃で警戒していた。他の二人とは十分な間隔があいている。緊張して喉の奥が干からびたように感じる。  
『滝川、前に進め。交差点左側に見える用水路の管理施設の影で集合するぞ』  
個人間無線機のマイクに若宮から指示が飛んでくる。  
「了解」  
短く返答を返し側溝から辺りを警戒しながら駆る。  
到着すると来須と若宮が同じように側溝から抜け出し駆けて出した。違うのは周囲に警戒の目を向けていた事である。  
いつもの目つきとは違う、スカウトの目で。  
本物だ・・・、前哨斥候兵としてはじめての作戦であったが初めて実戦であることを滝川は感じた。  
「滝川、お前はこの交差点の東側2qのところまで進め。そこで監視しろ」  
「・・・はい・・・」  
声にはいつもの元気は無い。さすがに緊張していた。  
「大丈夫だ。幻獣のやってることは単純だ、とにかく兵力差に任せて蹂躙する。お前は戦線左翼から側面を突こうとする来るか来ないか分からない集団が来るのを待つことだぞ。楽勝さ」  
若宮はそういって笑い、来須がこっちを見るが滝川の緊張は拭い去れなかった・・・。  
 
 
出動命令が届いたとき、滝川は速水、茜のいつもの三人組で他愛の無い立ち話をしていた。  
命令がほぼ同時に三人に届いたとき、滝川の顔は青ざめていた。  
まだ訓練をはじめて五日目なのに!!  
「どうしようもないよ、さ、行こう。装備付けるのを手伝うから」  
「ふん、早く行くぞ」  
速水・茜の二人は気の毒とは思いながらも滝川を引きずるように更衣室へと連れて行った。  
・・・  
後方支援基地に小隊のトラックが入り整備施設の設営していたとき本職・前哨斥候兵と臨時・前哨斥候兵の三人は善行に呼ばれた。  
本職の二人にはいつものことであるが善行と面と向かっての状況説明は滝川にとって初めてである。  
「本戦区における幻獣側の兵力は大したことは無いとのことです。後方にミノタウロスを中心とした後続が確認されていますが前線からの報告では拘束することには成功しているようです」  
本職にとってはいつもの話を確認しているのと変わらないのであろう。だが滝川にとっては前哨斥候兵として話を聞くこと自体が初めてであり、戦闘を前にして通信越しに話を聞いていただけであった善行と面を合わせて話をしていることに緊張していた。  
「滝川君」  
善行が口を開く。  
「分かっているとは思いますが・・・、とにかく自分の仕事をしてきなさい。以上です。出発してください」  
「滝川」  
続いて若宮が口を開く。  
「おまえは道路に左側だ。来須が右側で俺が後方だ。何かあったら援護してやる。行くぞ」  
 
「ここらへんだな、えっと・・・、うん間違いない」  
端末で確認し適当な隠れそうな地形を探す。ちょうどいい具合の姿を隠せそうな地形を見つけた。  
とりあえずまずやることは暫らくここにいて周囲に現れるか分からない敵集団を待つことだ。  
待つ時間は長く感じた。時間を確認してみるとここについてから十分経っていただけだった。  
遠くで砲声が聞こえ、通信機からは一番機や三番機、他の部隊の前哨斥候兵の通信が聞こえる。  
そんな雑音を聞きながら水筒に口をつけたとき、耳朶を打つような音が聞こえたような気がした。  
雑音をさえぎり、耳を澄ませて見ると空気を打つような音がハッキリと聞こえた。  
きたかぜヘリコプター?  
高度600メートルぐらいの高さを緊密とはいえない編隊で通過していく。  
距離は三・四キロ?近いな、6機?いや8機だ。  
滝川は味方機か、敵機か判断しようとした。だが少なくとも、赤い目を機体に書くような奴はまっと  
うな神経を持つ人間ならやらない、例え居たとしても、直ちにその部隊からいなくなるはずだ。  
そう結論付けると直ちに小隊無線機のヘッドセットのスイッチを入れる。  
「滝川より指揮車」  
『指揮車、瀬戸口だ。どうした?一人ぼっちで淋しくなったか?』  
そんな訳は無い。  
「上空をソンビが八機が通過しました。他の幻獣は姿無し。見えません」  
『ん・・、了解した。そのまま警戒してろよ、いいな?』  
「了解」  
初仕事はこれで終わった。このままでいけばいい、本気でそう思っていた。  
 
「戦線左翼から敵機が侵入と・・・」  
「そうですか。ですがそこまで注意する物ではないでしょう。」  
いつもどうりの反応。善行はそっけない。  
「瀬戸口だ。芝村、速水、壬生屋。左翼からきたかぜゾンビが8機侵入したぞ。注意しておけ」  
返事が一応返ってくる。その間も士魂号の2機は順調に敵機を撃破している。  
「みおちゃん、ミノタウロス撃破!!」  
順調だった。だがそんな気分も吹き飛ぶような知らせが入る。  
『滝川より指揮車』  
「瀬戸口だ、どうした滝川?落ち着いて話せ」  
『ミノタウロスが12、13・・・、16?他にもゴルゴーンがいる集団!!』  
「わかった。だがそこから動け!!見つかるなよ」  
じゃあ、先のきたかぜは先発隊か?そう思う瀬戸口の耳に戦闘時に聴きなれない声が聞こえる。  
・・・銃声がついていればさらに場違いだ。大体交戦するような場所にはいない、戦区のはずれだ。  
『こちら補給車、原です。どっから沸いてきたか分からないゴブリンの群れと交戦中!!  
早く救援をよこして頂戴!!そんな持たないわよ』  
いつの間に浸透されていたのか?それに大兵力での側面挟撃?った指揮官席の善行を見る。  
眉間に刻まれたしわはいつもどうりの深さだ。焦っているのだろうか?今ひとつ確信が持てなかった。  
 
「原主任、もう少し持ちこたえてください。救援を手配します」  
『了解。なんとかするわ』  
「・・・指揮車、善行より滝川君」  
善行は一瞬考えた後、無線機のマイクを握りなおすと続いて呼び出しをかける。  
『滝川です』  
「そこでの監視は中止してください。至急補給車の原主任の援護へ向かいなさい。できますね?」  
『分かりました。急いで行きます』  
「急いで合流してください。それと・・・」  
一瞬だが通信を切る。  
「合流後はそのまま補給車を援護、その後整備班の護衛に回りなさい。いいですね?」  
『え、でもここの監視は・・・』  
「敵は意外と大兵力です。後方に浸透した敵に支援部隊がいつ襲われるか分かりません。いいですね?  
左翼の監視は航空小隊に頼んでみます。通信終わり」  
・・・  
善行と話している間、滝川は瀬戸口に言われた通り、幻獣の群れから離れようとしていた。  
ま、いいか。初めてだし指示には従っておいたほういい、そう思い原と連絡を取ろうとする。  
「滝川より補給車、原主任」  
空電しか聞こえない。もう一度繰り返してみる。  
「滝川より補給車、原主任」  
おなじことだった。空電しか聞こえない。  
「やべぇな・・・。急がないと・・・!!」  
 
 
「精華、残弾は!?」  
原が突撃銃の弾倉を変えながら叫ぶ。  
「あと弾倉四つです!!」  
補給車の運転席上から森が突撃銃をろくに狙いをつけずにゴブリンに応戦ながら答える。  
原は補給車上から降り、側溝に伏せて補給車備え付けの突撃銃で応戦していた。  
「そろそろ潮時かしら・・・」  
原はそう呟きながら自分の予備弾倉を銃に叩き込み自身の弾倉を数えてみる。あと三つ。  
拳銃はあるが口径9mmである。幻獣相手では威力がやや心細い。  
ゴブリンの数は四十匹ぐらいである。隊のスカウト二人組なら片手で撃破できる。しかし二人とも  
基礎教練での講習後、殆ど銃を撃っていない。おかげで備え付けの銃で――実際には後部座席  
にただ放り込んでいただけ――応戦してもいまいち効果が薄い。弾薬が無くなったらどうなるのか?  
脳裏に嫌な想像が生まれる。原は頭を振ってそれを追い払うと近寄ろうとしたゴブリンに対して一連  
射を加えた。  
・・・  
開けっ放しのドアから銃を突き出し撃ちながら森も同じような想像を振り払おうとしながら必死  
に応戦していた。  
さっきの最後の通信で司令は救援を送るといっていた。騎兵隊が来る。それまでの辛抱・・・。  
だがいっこうに来そうに無い。弾薬も弾倉が十二本あったのだが大半を撃ち尽くした。あと四つ・・・。  
「!!また!?」  
弾倉が空になった。自身が引き金を引きすぎていることに気付いていないので、弾倉は簡単に空になる。  
急いで給弾しようとするが焦るとなかなかできない。  
それに気付いたのか三匹のゴブリンが正面と左右にわかれて同時に森に襲い掛かろうとする。  
森は目を閉じて思った。  
終わり・・?、大介ごめんね・・・。  
 
何も起こらなかった。その代わり銃声の残る耳には後部座席のドアをたたく音が聞こえてる。  
「だいじょうぶですか!?原さん、森さん!!」  
滝川の声だった。  
「滝川君なの?」  
「そうです!!」  
森は思わず聞いてしまった。だが騎兵隊が来た。これで安心だと思った。だが次の滝川の一言で  
その想いも打ち砕かれた。  
「滝川です。補給車と合流!!援護に入ります!!」  
汎用機関銃を撃ちながら小隊無線機に怒鳴るようにその台詞を喋った。返信は聞こえなかったが  
森は嫌な予感がした。滝川です?もしかして一人?他の人は?  
「ねえ、他の人は!?」  
「俺一人です!!原さんは何処です!?」  
「え・・・、左側で応戦してる・・・」  
それを聞くと滝川は左側に動こうと移動していった。  
残された森は呆然とした。救援は臨時の前哨斥候兵が一人だけ・・・?  
・・・  
「原さん!!大丈夫ですか?」  
「あら、滝川君じゃない、久しぶりね。元気にしてた?」  
滝川が撃ちながら駆け寄り声をかけるといつもどうりの返答が帰ってきた。  
「そんなこといってる場合じゃないでしょう・・・。俺が援護しますから補給車を下げてください。  
Uターンしたら荷台に俺、乗りますから停まってくださいよ」  
喋っている途中でゴブリンが近づいてきたが滝川は一連射でを黙らせると後ろで機会をうかがう連中にも連射を浴びせる。  
「分かったわ。よろしくね」  
そう言うと原は補給車に戻ろうと側溝を出ていった。  
 
原が補給車に乗るのを確認すると滝川はUターンを援護しようと思い側溝を出て交差点を横切ろうとした。  
ゴブリンはまだ何匹か残っていた。牽制するか撃破しなければならない。  
そう考えていると耳にエンジン音とタイヤのこすれる音が聞こえる。無理に撃破する必要は無い。補給車  
の荷台に乗ってから撃ちこめば十分時間が稼げる・・・。  
そんな時、森が運転する補給車がUターンしようと交差点に侵入してきた。滝川のいる左側へ。森は滝川が側溝にいるものだと勘違いしていた。  
「うわ危ねえ!!・・・っておい、ちょっと、原さん!!森さん!!停まって下さいよ!!」  
猛スピードで交差点に侵入し手荒な運転でUターンすると補給車はそのままの速度で行ってしまった。思わず滝川は走って追いかけた。だが追いつくはずも無い。  
「ちょっと、森さんてっば!!追いつけないですよ!!・・・げ!!」  
獲物を逃がしたゴブリンがせめてもの獲物にと滝川に評準を定めていた。しかもすばやい動きで至近距離に迫られていた。機関銃の引き金を引く。なんとか寄せ付けないように牽制しながら数を減らしていく。  
「チクショウ!!畜生!!」  
思わず悪態が口から出てくる。無線機を使うことなど忘れていた。  
・・・  
「原さん大丈夫デスカ?」  
「姉さん無事か?」  
補給車は道を制限速度を無視してぶっ飛ばして何とか整備班と合流した。  
「大丈夫よ。ところで後ろにいる滝川君を助けてあげて。ひどく揺れたから頭打ちつけていると思うから・・・」  
「え?いないぜ。滝川なんか」  
荷台を見に行った田代が荷台の上から見下ろしながら叫ぶ。  
「あれ?森さん?滝川君とは先にあったのよね?乗るって言うこと聞かなかった?」  
「え?わたし、なにも聞いてませんよ?」  
「たいへん!!滝川君、積み忘れちゃった!!」  
自身も焦って忘れていたのだが・・・。原は黙っておくことにした。  

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