何時だっただろうか。何の覚えも無いのに部署がいきなり変更になった。  
 
「今日からキミはスカウトとして働いてもらう…いいね?」  
「………はい」  
 
善行もどうしたものかとばつの悪い顔をしていた。2人とも大きくため息をつく。  
突然の部署変更に戸惑いながら石津はグラウンドに向かう。とにもかくにもなってしまったからには挨拶くらいはと、重い足どりで向かう。  
 
「お?石津じゃねェか!」  
「…あ 田代…さん」  
「どうしたんだ?何時にもまして暗い顔してんゾ?」  
「…私……スカウト…部署変更……で…」  
「い!?おまえが!?」  
「…………」  
「クソッタレが…原か狩谷の嫌がらせだな…ぶっちめてやるぁ!」  
「…いいの…騒ぎが大きく…なると…マズイから…」  
 
石津は精一杯の強がりを言って田代をなだめた。落ち着いた田代に石津はスカウトの面々に挨拶するのに付き合ってくれと頼んだ。1人では心細かったのだ。  
 
若宮・来須・滝川は言葉を失って立ち尽くしていた。まさか石津がスカウトに来るとは夢にも思っていなかったのだ。  
 
「…てワケでだな 部署変更申請するまで仲間にい入れてやってくれや」  
 
田代の説明で事情は飲み込んだもののどうして良いのかわからないのが現状だ。  
 
「何もしてないとマズイだろうから形だけでもスカウトの訓練には付き合ってもらうぞ? 
 少々キツイかもしれんがちょっとの辛抱だからな」  
 
若宮が言う。続いて滝川・来須も  
 
「まぁキツかったら言ってくれよ 俺達もできる範囲で合わせるからさ」  
「多少なりとも自分のためにはなるだろう…」  
 
と声をかける。コクリとうなづき石津は田代とグラウンドを後にした。  
 
翌日から石津のスカウトとしての特訓が始まった。田代が付き添うことになってはいるものの、全員不安そうである。  
 
「よーし じゃあまずは基礎体力からつくらねェとな」  
「きそ…体力?」  
「そーそー だぁってオメェ部屋こもりっきりでマトモな運動してねェだろ?」  
「………うん」  
「まずは軽くコレだけ走ってみるか」  
 
…と田代は人差し指を出す。  
 
「………100m?」  
「1kmだ」  
「…………」  
 
「若宮センパイ…アレ大丈夫スかね?」  
 
滝川が冷や汗をたらしながらグラウンドに目をやる。話しを振られた若宮もどう返答していいやら困惑しているようだ。  
 
「まぁ…やらないよりは身になるとは思うがなァ…」  
「…大丈夫だ 何かをやれば結果は必ず出る」  
 
来須が珍しく自発的な発言をする。  
 
「今まで何もしてなかったと言うコトはつまり0の状態なワケだ 後はプラスになるだけだろう… 
 もっともガンバリ次第だがな」  
 
グラウンドの周回で近くに来た石津に聞こえる様に言う来須。彼なりの激励と言うワケだ。ヘロヘロになりながら芝の上にへたり込む石津。田代は小休止を挟んんで石津をストレッチに誘う。彼女のやる気は満々の様だった。  
 
「アネゴー!!石津壊しちゃダメっすよー!」  
 
「………私…もう…死ぬかも………」  
 
 
 
「………んがっ!!」  
 
その朝石津はキャラに似合わない悲鳴で目がさめた。体中が痛い。コレがあの筋肉痛なのかと歯を食いしばりギッチラギッチラとあるきだす。  
 
「いよ−っす!調子どォよ!?」  
 
勢いよく田代が背中を叩く。もちろん前のめりに突っ伏す石津。眉毛をハの字にしながら起きあがり、叩いた張本人にぼやく。  
 
「……体中が痛い……内側から絞られてるみたい…」  
「そっか でもなその痛み乗りきったらオマエもっとたくさん訓練できるぜ?」  
「…訓練…ヤダな…」  
 
そこに割りこんで入ってくる大きな人影。  
 
「萌、カラダ痛いデスか?」  
「あ…小杉さん…」  
「筋肉が傷付いテルデスね でもそこを補う様に筋繊維が集まっテ筋肉は太くなるデス 
 そうすればいつもヨリ大きな負荷にも耐えれるし仕事能力もあがるデス」  
「……うん」  
「ガンバってクだサイ! 衛生官の場所はいつでもカエッテ来れるようにしてマス」  
「…うん」  
「やれるだけやってみろよ!な?」  
「うん」  
 
 
そんなこんなで早くもひと月たち、小隊にわずかな変化が現れ始めた。  
 
「なんだかんだ言って保ってますね」  
「…やればできるヤツだったんだろう」  
「そーは見えないんだけどなぁー」  
「…できるヤツは表にソレを出さないもんさ ま 本人も気づいてなかったんだろうがな」  
 
驚く滝川を来須が流す。そうして来須はグラウンドで100m走りこみをしている石津に目をやる。  
 
「うおーすっげぇぞ石津! またタイム縮んだじゃねーか!」  
「…ほんと!?」  
 
お世辞にも早いとは言えないが、最初の頃に比べ記録は格段に良くなっている。  
それが記録として目に見えるのが石津は嬉しかった。  
 
「お〜い 誰か手伝ってくれェ〜!」  
「…コレ…持ってくの?」  
「お・おう」  
 
弾薬を運ぶ滝川に声をかけ運ぶのを手伝う。以前は銃1丁すら持てなかったのに今はマガジンラックを運べる様にまでなっていた。  
 
こうなってくると面白くないのが、石津をスカウトに移動させた張本人・原だ。  
 
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」  
「イタイです!センパイ!!おちつい…イタイイタイイタイ!!!」  
 
イライラのやつあたりを森にぶつけるハメになっていた。  
 
 
 
「最近の石津は…なんかこう…変わりましたね?」  
「えぇ かなりいい感じですよ」  
「ある意味正解だったのかもしれませんねェ…」  
 
善行と若宮はプレハブ前で何気ない会話をしていた。そこに原がいかりがたで向かってくる。その右手は森を引きずっている。  
 
「指令!ぜひとも聞いてもらいたい提案があるんですが!!」  
「ななななんです?いきなり…」  
「生徒全員総当りの組み手やってみません?現在の個別戦闘能力測るいい機会だと思うんすがいかが!?」  
「えーと…若宮戦士?」  
「賛成でありますっ!!」  
「森君は…?」  
「さ・賛成ですぅぅ〜」  
「どお!?」  
「………わかりました 全員に連絡しておきましょう」  
 
急な話にみんなの反応は様々だったが、スカウトの部署は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。  
 
「若宮ァ!オメぇーがその場にいてなぁにやってやがんでぇ!!」  
 
田代が怒鳴り散らす。  
 
「す・すまない…つい…なぁ」  
「まぁオレたちゃいいとして…」  
 
滝川が石津に目をやる。が、意外な光景を目にした。石津が体操服に着替え田代の袖を引っ張り訓練の催促をしていたのだ。  
 
「…田代さん…組み手…お願い」  
「え?お・おう!」  
「…早く」  
「待てって…待て待て待て…」  
 
田代が引きずられていってしまった。若宮と滝川は呆然とするだけだった。  
 
「来須 オマエどう思う?」  
「人が変わる瞬間を垣間見た…ってところだろう」  
「いやそうじゃなくてな…」  
「アイツにとってココは生まれ変わるための絶好の場所だったんだろう 
 これからオレ達もうかうかしていられないぞ?」  
 
来須はまるでライバルが出来て嬉しいと言わんばかりにニッと笑って見せた。  
 
田代は驚きを隠せなかった。自分がしりもちをついて石津を見上げるなんて考えた事も無かった。  
 
「…大丈夫?」  
「…おう…ちょっとビックリしただけだ…」  
 
土を払い田代が立ち上がる。だがまだ目は点になったままだ。  
 
「オメーいつそんなに体術覚えたんだ?」  
「…放課後…壬生屋さんに習ってたの…」  
「い?訓練の後でか!?」  
「…私…みんなより遅れてるから…少しでも追いつきたくて…」  
「…プッ…あーっはっはっはっはっはっはっは!大したヤツだよ!!」  
「?」  
「もいっちょ行くぞ 頼むぜ!」  
「…あ…こちらこそ…お願い…」  
 
こうして思いがけない歯車が回り始めた。  
 
 
事態は異常な盛り上がりを見せていた。速水・芝村や遠坂・田辺  
といったベタな組み合わせはもちろん新井木・東原といった組み合わせなど変化に富んだ総当り戦になった。そして・・・運命の 
石津・原の組み合わせの番となった。  
 
「いーか 緊張しないでいつもどうりやんだぞ?」  
「・・・うん」  
「ケガすることなんか考えるなよ?」  
「おめーは余計なこと言うな!」  
「だってアネゴ相手は整備班長だぜ?考える暇があったら手ぇ出 さないと!」  
 
「あちらさんは賑やかね」  
「先輩の圧勝ですよ!」  
「と・う・ぜ・ん・よ」  
「イタイイタイイタイ!」  
 
それぞれの思惑を秘め、模擬戦は開始された。  
 
 
原はサディスティックな感情を秘め一方的に石津を攻める。一方石津は防御姿勢のまま耐え続ける。  
 
「やっぱ無理だったかー 相手悪すぎだよ」  
「バカ野郎!まぁだわっかんねぇだろーがっ!!」  
「で・でもさぁ・・・」  
「・・・あいつ・・・攻めに入るぞ」  
「え!?」  
 
田代・滝川の心配をよそに来須の一言で流れが変わった。原の右ストレートをかい潜り、石津のひじがみぞおちに入った。思わぬ一撃にもんどり打って倒れる原。  
 
「・・・っは!!がはぁっ!!!」  
 
見上げるとそこには石津が息を荒げ仁王立ちしていた。  
 
普段の無表情さとはうって変わって、激昂しているようにすら見えるその表情に原は戦慄を覚えた。やがて石津はいつもと変わらない小さい声で、だがしっかりした口調で足元にうずくまる因縁の相手にいった。  
 
「・・・最初・・・スカウトに配属になった時・・・私はあなたの希望どおり絶望したわ・・・ 
 でも・・・部署のみんなが私を支えてくれた・・・自分の未来なんて・・・明日のことだって 
 考えられなかった私に可能性があることを・・・教えてくれた の・・・だから・・・ 
 私は可能性があり続ける限り・・・進むことにしたの・・・」  
 
そう言って石津は右腕を降りあげる。  
 
「だから・・・私の可能性を奪うものは・・・可能な限り排除するわ・・・私が・・・私であるためにっ!!」  
 
今まで貯めこんでたモノを吐き出すように、降りあげた拳は原の足元に叩きつけられた。 
そこにはビーチボール大のクレーターが口を開けていた。  
 
「次は当てるわ・・・」  
 
そう言って審判の方をみる。善行はにっと微笑み・・・  
 
「勝者・石津! 本日の模擬格闘訓練はこれにて終了! 各自後 かたづけをして解散!!!」  
 
 
「やぁーったじゃねぇかぁ!!」  
 
石津の勝利を喜んだのは他でもない、スカウトの面々だった。田代に抱き締められ、若宮に頭を撫でくり回され、滝川に背中をバンバン叩かれよろよろと腰を下ろす。  
 
「・・・田代さんが・・・グローブ貸してくれたから・・・」  
「謙遜すんなっての! あれがおめーの実力だ! 原のやろーざ まぁみろってんだ!!」  
 
「・・・石津」  
 
盛り上がる中、来須が口を開く。  
 
「今までよく頑張ったな 次は戦場でその力出してもらうことに なるかも知れん 期待してるからな・・・」  
 
そう言った途端石津はダムが崩壊するかのごとく涙を流した。今まで誰かに言って欲しかった言葉が、よりによって一番あこがれている人の口から発せられたのだ。  
 
「・・・おい 若宮 滝川 こっちこい」  
「え?なんで?」  
「いーから来い!」  
「あぁ なるほど・・・」  
 
若宮は相棒に合図を送ると場を読めてない後輩を担いでアネゴの後に続いてその場所を後にした。来須は涙をぬぐう石津をその胸に抱き締めた。  
 
 
 
ゴスっと鈍い音で目が覚める。ベッドから前のめりに落ちている自分に石津は気づく。  
 
「・・・夢・・・だったんだ・・・」  
 
しかし落胆せずにベッドに腰掛け考え込む。遅刻ぎりぎりまで考え彼女は小隊隊長室に駆け込んだ。  
 
「・・・俺だ 用件を言え」  
「・・・あの・・・部署の変更を・・・お願いします・・・」  
「ふむ・・・誰をどこにだ?」  
「私・・・石津 萌をスカウトに・・・」  
「!? 正気か?」  
「・・・はい」  
「まぁいいだろう 好きにしろ」  
 
彼女は思い切ってグラウンドに足を運ぶ。自分の運命を変えるために。可能性を見つけるために。  
 
 
のちに5121小隊の黒獅子と呼ばれるスカウトの誕生の瞬間だった。  
 
 
==大きな未来への小さな一歩 完==  
 

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