「あの」  
「何ですか」  
深夜の職員室に坂上と芳野はむかいあって立っていた。  
電灯を消しているので窓から差し込む月明かりだけが  
ふたりの輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。  
芳野の頬に添えられた指が、頬のカーブに沿って唇へと影を落としていた。  
長いながいキスの後で芳野は口を開いた。  
 
 
「窓を」  
 
職員室にはカーテンはない。ブラインドを下ろすと月明かりすらさえぎられて  
滲むように闇が広がった。  
まだ生徒の幾人かは作業を続けているようだった。  
まさかこの時間に話術の訓練などしないだろうが。  
鍵をかけた記憶を確認して振り向くとぼんやりと半裸の芳野が立っていた。  
スーツの上は椅子の背にかけ、ニットは衿を表にしてきちんと机の上にたたまれている。  
その傍らでタイトスカート姿の芳野が後ろ手にブラのホックを外そうとしていた。  
「あ。…すみません。すぐですから」  
実際「すぐ」外れたことなど一度もない。坂上は20秒待つと  
胸を反らせてホックと格闘する芳野に近づいた。  
両肩に手を置いて引き寄せる。  
「やりましょう」  
「ごめんなさい。いつも」  
坂上の胸に体重を預けて芳野は笑った。  
 
金具を外しても下着は取らずに背中を愛撫する。  
芳野の白くなめらかな肌を坂上の無骨な指が這い回る。  
触れるうちに肌が上気するのが夜目にも判った。  
背の中央の脊柱の窪みを指で撫で下ろすと  
芳野は上体を反らせてくぐもった声を上げた。  
タイトスカートの縫い目を辿り、たっぷりとした尻肉を揉むように捏ねまわした。  
布地に余裕がないので実際よりも張り詰めた印象だが、  
それでも充分なやわらかさと弾力が坂上の指に伝わった。  
芳野の呼吸が次第に乱れていく。  
揺らめく腰に誘われるように坂上の手が下りていった。  
坂上は膝をかがめて芳野の胸元に額をつけた。  
芳野はちくちくと痛い頭にほっそりとした腕を絡めて  
刺激に耐える準備をする。  
 
スカートの下端に指先をかけ、ゆるゆると尻までたくし上げると  
ストッキングに覆われた太腿が露わになる。  
手のひら全体を使って内腿を撫でまわしながら少しずつ上らせる。  
芳野は力の抜けかかる膝に必死で力を込めて立っていた。  
薄い化繊ごしの指の感触がもどかしくて何度も膝をこすり合わせる。  
坂上の頭を胸に押し付け、荒い吐息を耳元に吐きかけていた。  
「------はぁっ…………」  
指がパンティと内腿の境界に到達して初めて芳野はひそやかな声を上げた。  
両手の指が股布と肌の隙間を探るように蠢いた。  
手のひらは上から尻の感触を楽しんでいる。  
緊張していた肉はいつしかより多くの快楽を受け取るために  
やわらかく解れていった。  
ゆるく膝を開き、尻を突き出して指を迎え入れようとする。  
既にストッキングの上からもわかるほどにパンティの股布は濡れていた。  
それでも坂上は内腿への愛撫を止めようとはしなかった。  
 
「はっ…あ……せ、せんせい…」  
「何ですか」  
坂上の頭上で耳まで赤く染めた芳野が喘いだ。  
ブラジャーの肩紐が落ちて形のよい胸が露わになる。  
生徒たちのような十代の張りはなかったが、  
成熟した女性の匂い立つような乳房であった。  
坂上は掬い上げるようにして乳房を下から舐め上げた。  
「……んっ、あ、あのっ」  
「……………」  
先端には既に硬くしこった乳首があった。  
坂上は無言のままためらうことなくそれを口に含んだ。  
「はぁん!うう…あ、せんせいっ!  
あの、あうっ、や、破いても、いいですからあ…っ、おねがい…あ」  
くい、とストッキングの縫い目を持ち上げられて芳野の尻が突き出すような形をとった。  
パンティの縦すじにくいこみ、深い皺がよれる。  
わずかにできた隙間指をねじ込むと、耳障りな音をたてて化繊が破れた。  
両手で左右に開く。  
下着のレース地から丸みを帯びた太腿がのぞいた。  
「くぅ!」  
いきなり下着の横から指を突き立てられて芳野はうめき声を上げた。  
うるみきった蜜壷はやすやすと坂上の指を飲み込んでいく。  
すぐに指が2本に増え、グチュグチュと音を立てながら  
ばらばらの動きで奥をかき回した。  
「あ、あうう…いいっ……」  
指にあわせてまろやかな腰がゆらゆらと揺れた。  
すでに坂上の手首まで愛液が伝わっていた。  
芳野の膣は指を味わうようにヒクヒクと坂上の指を食い締めていく。  
 
ぬちゅ、と坂上の指が離れた。  
「あッ…」  
芳野の陰唇が名残惜しそうに糸をひいてひくついた。  
「机に」  
芳野はそれだけで意図を理解し、机に両手をついた。  
腰までまくりあがったスカートのせいで尻が余計に大きく見えた。  
ストッキングは大きく裂け、そのしたのレース地は一方に片寄り、  
濡れそぼつ陰毛を見せつけていた。  
そのあいだに狙いを定め、坂上は一息に貫いた。  
「ああッ・・・・・・ああ------っ!」  
ずぶりと最奥まで突き上げてまた引き抜く。  
はう、と甘く溜め息をついて芳野の背がしなった。  
 
 
濡れた音。粘膜のこすれる音と乾いた皮膚のぶつかる音が  
同じリズムで職員室に谺する。  
部屋の中央に置かれた事務テーブルががたがたと揺れ、  
半拍遅れて芳野の吐息が混ざった。  
 
単調なリズムを刻みながら、坂上は遠い記憶の妻の名を呼ぶ。  
「春香」  
既に両腕は力を失い、上体をテーブルに預けた格好で  
それでも芳野は首をねじり坂上を見ようとした。  
冷たい机の上で両の乳房が捩れる。  
「あ、は・・・・・・ッ、はい?・・・」  
細い肩ごしに上気した頬と情欲に曇った目がのぞいた。  
芳野の口元に曖昧な笑みが浮かぶ。  
坂上の脳裏に生温い絶望の花がいくつも浮かんでは消えた。  
 
これは妻ではない。この「芳野」は私を覚えてなどいない。  
私は妻のイメージをかろうじて脳にとどめ、  
彼女はまったく違う役割をもって生まれた。  
幾人もの「坂上」と「芳野」がこの国のあちこちで生きている。  
ここに配属されたのは単なる偶然に過ぎない。勿論幸運などではなく。  
 
私を覚えていなくても、彼女の仕草は私の感情よりも遥かに原始的な部分を刺激した。  
その歩き方が。私を呼ぶ声が。曖昧な笑顔の作り方が。  
そして人としてあまりに不完全な記憶の故かその精神は酷く脆弱だった。  
生徒が戦場に往くと言っては泣き。帰ってこないと言っては壊れた。  
そして壊れ物を繕うように快楽におぼれた。酒に。そして私に。  
 
急に激しさを増した坂上の動きについてゆけず、芳野は苦しげに眉根を寄せた。  
開きっぱなしの口から唾液があふれて胸元にすべってゆく。  
「あ、あ、せんせ・・・い・・・っ、や、あ、そんなに・・・あぁぁ・・・したら、  
きもちいい------------やぁっ!っこ、壊れちゃう-------あぁあ!」  
「いいじゃないですか。壊れても。  
貴女にはその方が---------似合う」  
そして芳野の体が幾度目かの絶頂に震えた頃、坂上も漸く自らを解放した。  
 
幾度のループで何人もの彼女を抱きながら、私は遠い記憶の妻を探す。  
私の知るすべての「芳野」を重ねあわせて妻の輪郭を得ようとする。  
理由などない。  
ただ、妻のイメージが、愛しさよりも懐かしさが、  
息づまる甘やかな激情が私をかきたてる。どこかに居る(居た)筈のオリジナル。  
彼が触れた彼女は私の脳内に居る筈なのに。  
その部分が眩く輝いている。「春香」の座す記憶の玉座。  
彼女のしなやかな指が開き、こちらに差し伸べられる。  
 
しかし私は、光が。  
光が眩しすぎて身動きができない。  
 
坂上は椅子に腰掛けている。  
腕の中にはぐったりと弛緩しきった芳野の体がある。  
両目を閉じて横たわる頬を優しく撫でながら坂上は少し泣いた。  
明日には新しい「芳野」が配属される。  
---------精神を強化した。  
言い飽きたセリフだ。  
その「芳野」もまたいずれ失われてゆくだろう。  
腕の中の芳野から急速に体温が失われてゆく。  
生徒たちの誰も失いたくはなかった。  
ただ、一番守りたかったものは最初からこの手の中にはなかったのだ。  
 
たった今自らの手で処分した芳野タイプは今までのどの芳野とも違って見えた。  
それは決して手に入らない妻の面影であったかもしれない。  
 
 
終劇

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