どうしてこうなってしまったんだろう……加藤祭はぼんやりとした頭で考える。  
 
ベッドの上で仰向けになった加藤の上では、禿げた頭の男が必死になって腰を振っていた。  
加藤の眼には入らない。否、見てはいなかった。  
ただ天井を見上げていた。  
 
医者の言った400万円、なっちゃんの手術代のためならと始めた売春も、  
もうそろそろ一月になる。  
でも、まだお金は足りない。  
 
男の呼吸が荒くなる。加藤は喘ぎ声をあげる。  
「ああ、ええわぁーほんまデカチンポは気持ちええわぁー」  
心にもない加藤の言葉に合わせて、男は中に射精した。  
 
加藤は天井を見つめていた。  
(これで……10000円)  
 
夕日が滲む部屋で加藤は床に座り込み、  
お金を数えていた。  
「……に……さん……よん……314万か……」  
 
何度もお札を数えたが、314万円から増えることはない。  
当たり前だ。  
加藤はちゃぶ台につっぷした。  
 
ワンルームの部屋の中で人間らしい部分は、  
もう晩御飯を食べるためのちゃぶ台くらいしかない。  
かつてはラブホにあった派手なベッドが部屋の半分を占めている。  
ベッドは自分と入れ替わりに足を洗った人に貰った、  
部屋では狭くて食べられないため、廊下にちゃぶ台を出すようにしている。  
 
隣にある洗面台には水を張り、  
売春時に着用した5121小隊の制服を浸けていた。  
―――制服を着ているだけで、2000円多めにくれたのだ。  
 
「なっちゃん……」  
小さく呟く。  
「大事な制服なんやけどなぁ……でも……」  
涙が少し滲む。  
 
(だってしょうがないやん)  
(もう、売春始めたんやで)  
そこまで思って、加藤は静かに泣いた。  
 
田辺真紀は加藤の変化を新井木勇美からの話で知った。  
 
「ねえねえ。加藤ちゃん、最近変じゃない?」  
「え? ……そ、そうですか?」  
「ここだけの話……バイシュン、してるんだって」  
声を潜めて言う。  
 
「……そんなこと……」  
「だって加藤ちゃんの部屋に色んなオッサンが出入りしているのが、  
 目撃されてるもん」  
 
そんなはずはない、田辺は思う。  
加藤は良い子だ。売春なんかしないと。  
でも、前に狩谷君のためにお金を貯めないとと、話していた。  
……。  
 
「ねーねーマッキー?」  
「……ご、ごめんなさい、失礼します!」  
 
田辺は走りだした。  
 
数時間後、田辺は加藤の部屋のインターホンを鳴らした。  
間の抜けた音がして、数秒後、  
「いらっしゃいませ〜」  
と加藤が愛想よくドアを開けた。  
そして田辺を見ると、笑顔が強張った。  
 
「……なにしにきたん……?」  
「あ……話があって。上がっても、良い?」  
加藤は田辺を黙って迎え入れた。  
 
「座るところないから……それに座って」  
加藤はベッドを指さして言った。  
 
部屋の様子を見て、田辺は絶句した。  
部屋の半分を占めるけばけばしい、いかにもなベッド。  
赤いカーテンが昼間にも関わらずしっかりと締められていた。  
 
田辺は遠坂と付き合ってしばらく経つが、まだ経験はない。  
ましてやラブホテルには足も踏み入れたこともない。  
おそるおそる安っぽいポリエステルのシーツの掛けられたベッドに腰かけた。  
その隣に加藤も座った。  
 
「それで、なにしにきたん」  
「あ……あのね……コレ」  
 
田辺は鞄の中から金の延べ棒をとり出した  
 
加藤は絶句した。  
耳の奥で濁流の流れるような音がした。  
 
「あの……遠坂君に前に貰って……でも、私、そんな使えなくて……その」  
オドオドした声で田辺は言った。  
その声もひどく遠くから聞こえるようだった。  
 
まだ田辺は何か言っているが、加藤には聞こえない。  
ふらふらと立ち上がる。  
 
「だ、大丈夫?」  
心配そうな田辺の声に振り向く。  
 
優しい表情……遠坂に愛されているんだ。  
少し見上げて、すがるような目つき。  
 
憎い。  
 
誰にも知られたくなかった。  
このご時世、少女の売春なんて珍しくないけど、  
私は自分のためではなく、好きな人のためだから違うと思いたかった。  
でも、結局は同じなんだ。  
友達から金の延べ棒を渡されるのがこれほどみじめだったなんて、  
知りたくなかった。  
 
なんでこの子は愛されて、幸せで、素直で。  
なんで私は愛されず、幸せじゃなくて―――  
 
無言でベッドの向いにある戸棚を開ける。  
中から「仕事道具」の一つと小さな薬を手早く取り出す。  
手の平で錠剤を転がせる。  
胸の底から笑いが込み上げる。  
 
これで彼女も同じ。  
 
「加藤……さん……?」  
少し怯えた声で田辺が言う。  
振り返り、加藤は静かに言った。  
「ねえ、イイことせえへんか?」  
 
加藤は素早くベッドに飛び乗り、田辺を押し倒した。  
「痛ッ……んっん!」  
開いた口に薬を入れ、無理やり閉じる。鼻をふさぐ。  
 
「あんたも同じ目に合えば良い!」  
 
少しの時間暴れていた田辺は、酸素を求めて薬剤を飲み込んだ。  
加藤はそれを見て、両手を離した。  
 
激しく抵抗したため、田辺の息は乱れていた。  
良いことだ。  
 
「媚薬や……なんかの研究所で働いているとかの、何かの人が持ってきたんやで。  
 初めてなんだから、少しは楽になるかと思うてな。  
 数分で体中に行きわたるそうなんやけど、  
 今の田辺ちゃんなら、もうそろそろなんやないか?」  
 
ニヤニヤと笑いながら加藤は言った。  
田辺の顔はみるみる青くなり、そして次に赤くなった。  
 
「嫌ぁ……」  
「駄目だ!」  
 
思いもがけず強い声が出て、加藤自身も驚いた顔を一瞬するが、  
すぐににんまりと笑った。  
そして、キュロットを無理やり脱がした。  
 
「ふうん……いくら貧乏だからって、下着の上下くらい合わせたらどうなん?」  
 
下着は薄ピンク色の履き心地重視の綿のパンツだった。  
加藤は人差し指で割れ目を上からなぞった。  
 
「ふっん……んぁぁッ!」  
「もう濡れ濡れやん」  
 
パンツの端から指を入れ、濡れ具合を実際に確かめると、  
もうすでに田辺の下は蕩けきっていた。  
加藤は指を入口に少し入れてみた。  
自分の以外の穴に指を入れるのは初めてだった。  
 
ぬるぬるとしてとっかかりを感じない自分の膣に比べ、  
田辺の膣はぞりぞりとした感触があり、  
呼吸と同じように伸縮すると指が擦れて面白い。  
(なんか、変な感じ)  
加藤は妙にドキドキしてきたが、  
冷静に感触を確かめる。濡れ具合、良し。  
(もうそろそろ、よさそうやな……)  
 
加藤は起き上がると、ベッド脇に放置していた「仕事道具」を手に取った。  
 
「どうやって使うんやったっけ……こうか」  
 
「なに……?」  
 
「見たことないんか? ペニスバンドや」  
 
加藤の股間にあるブツを見て、  
ぎょっとして田辺は目を見開いた。  
その拍子にメガネがずれたので、加藤は取り上げて、  
床に放り投げた。  
 
「見えへんほうが、安心やろ」  
 
そそりたつ偽の男性器、黒々として艶めいたペニスは、  
以前来た客―――変態がくれたものだった。  
 
「フフフ、加藤さん、コレで掘って下さい。  
 本来付いていない女性にチンコを敢えてつけて犯される……  
 すばらしい。まさに世界の変態。  
 フフフ、ククク、アーハッハッハァ!!」  
 
全裸に両手両足に靴下をつけ、更に頭に靴下を覆面のように被った男がそう叫びながら、  
部屋に入って来たのは忘れられない。  
しかも、そのままの姿で掘られ、そのまま帰って行った。  
……ああ、変態だ。警察からは逃げ切れたのだろうか。  
 
いや、変態のことはどうでも良い。  
加藤は頭を振る。  
 
このペニスバンドは変態の所持品にしては良い物らしく、  
多目的結晶に接続することでペニスから快感を得ることが可能になる、らしい。  
……得たくなかったので、変態との時はあえて使用しなかったので、  
ぼんやりとしかやり方は覚えていない。  
 
ベルト部分にある「接続」ボタンを押してみると、  
ペニスが勢いよく跳ねた。  
他にも前回使用した「勃起」「射精」や、  
「中折れ」「自爆」等の不可解なボタンも一部あるが、  
今は気にしないことにした。  
 
元気の良いペニスは下腹部にピタピタと当たった。  
亀頭からは既に我慢汁が滴っている。  
それなのに、感覚はない。  
 
(欠陥品なのか……)  
 
田辺の粒粒した膣内の感触を試してみたかった……と、  
多少期待をしていた。  
怯えきっている田辺の視線に気づく。  
必死に足を合わせて加藤から逃れようとするが、  
足が動くたびに陰裂か蜜が滲み、擦れる音がする。  
 
その音に加藤はそそられた。  
指で触れた感触と、今聞こえる音。  
この二つが同じものであることを確かめたくて堪らない。  
 
面白半分、怒り半分での強姦は、  
期待と興奮の強姦にすり替わっていく。  
 
田辺の太ももを、わずかな抵抗を押しのけ、  
加藤は下着を剥ぎ取った。  
赤く熟れ、濡れそぼった陰部は、  
物欲しそうに口を開いていた。  
何を欲しがっているのか、それは明らかだった。  
 
加藤は割れ目に亀頭を押し込んだ。  
 
「あんんぁ!」  
 
田辺は悲鳴のような嬌声を上げた。  
 
まだどの男も知らない処女の秘所は、  
同級生の少女によってこじ開けられた。  
そのことを認識した田辺は性交への恐怖より先に、  
ほの暗い歓喜を感じた。  
 
肉体は薬によってあっという間に蕩けきったが、  
精神はそれよりも持った。  
しかし、加藤の指で陰部をいじられ、  
加藤の股間にそそり立つソレを見た時から、  
奇妙な快感が心に芽生え始めた。  
 
遅かれ早かれ、遠坂に捧げ、遠坂によって与えられるはずであった快楽。  
それが予想外の形で、痛ましい状況で出てきた時に、  
秘かな一人での楽しみを思い起こさせたのだった。  
 
夕日差し込む誰もいない公園のテントで耽った自慰は、  
もしかしたら見つけられるたものものだったのかもしれない。  
喘いで漏れた声を聞きつけたクラスの男子、  
あるいは見知らぬ男にそのまま押し倒される、妄想。  
 
倒錯したこの状況は、まさにその妄想そのものだ。  
 
田辺はこの強姦を楽しみ始めていた。  
 
捻じ込まれたペニスがもたらすはずの破瓜の痛みは、  
媚薬によって消されているのか、ほとんど感じない。  
その代わりに、ぬぷぬぷと静かに入れられる感触は、  
手で触れるかのように感じられ、  
襞一つ一つに触れるたびに、背筋を快感が駆け上る。  
 
際奥までペニスは到達すると、  
ずるずると通った道をペニスが遡る。  
穴から出る直前、加藤は田辺の腰に腕を添え、  
思いっきり奥まで突き刺した。  
 
田辺の口から嬌声が漏れる。  
リズミカルに打ち込まれる感触は、  
今まで知らなかった満足感を与えてくれた。  
 
不意に加藤が田辺の乳首を舐めた。  
 
激しい喘ぎ声を上げる田辺を見るのは楽しい。  
加藤は満足していた。  
乳首を舐めるのも悪くはない。  
自分が気持ちがいいかどうかは、後回しだった。  
ただ、腰を振り続けることで澄ましていた田辺の様子が、  
涎でぬらぬらした唇を必死に閉じようとするほど変化しているのが、  
面白かった。  
そして嬉しかった。  
売春は嫌だったが、田辺とするのはすごく楽しい。  
 
「もうそろそろ、出すで」  
 
意地悪く言うと、「射精」ボタンを押した。  
 
ぬらぬらとした白濁液が田辺の膣内を満たした瞬間、  
唐突に、ペニスバンドの感覚が加藤に接続された。  
 
「んあああああああああああああああああ!!」  
 
田辺の滑る膣内は、暖かい白濁液によってとろみを増し、  
絶頂を迎える寸前の田辺の締まった奥にペニスは吸われたのである。  
その瞬間を突然感じた加藤は、更に精液を吐き出した。  
それを感じた田辺も絶頂を迎えたのだった。  
 
 
田辺は家に帰る途中に考えた。  
あの後、脱力しきった田辺に向けた加藤の笑顔は、  
確かに昔の加藤ちゃんのものであった。  
その笑顔のまま、彼女は田辺を抱きしめた。  
 
「ごめんね、マッキー」  
 
この世界全てに背を向けた行為が、  
彼女を救えるのならば、  
田辺真紀はそれを選択した。  
 
田辺はそれから生き方を変えた。  
この戦いを終わらせて、加藤を自由にしようと思った。  
整備士を辞めて、士魂号1号機に乗った。  
操縦訓練をきっちり7時に終えると、  
加藤の家に行き、「仕事」を終えた彼女に抱かれて朝まで過ごす。  
加藤は笑いながら彼女を迎え、  
その日一日の愚痴を話しながら性交をする。  
 
「あんな、今日はお客さんが太っ腹でな、  
 二万円払ってくれたんやで」  
 
加藤は笑いながら言った。  
田辺は頷き、微笑んだ。  
二人は安っぽいシーツにくるまりながら、  
けだるい時間を過ごす。  
 
「……最近、なっちゃんが冷たいんや」小さく加藤がつぶやく。  
 
「……まだ、殴られているんですか?」  
 
田辺の予想よりも冷やかな声に驚きながら、  
 
「ううん。うちが悪いの。  
 なっちゃんはほんまは優しいんよ」  
 
と答えた。  
 
「そうですか……」  
 
というと田辺は黙って、目を瞑った。  
 
狩谷が加藤を陰で殴っていることは前から気付いていた。  
それに対して嫌悪感はあったものの、この堕落した生活が始まってからは、  
段々と狩谷への憎しみへと変化していった。  
 
(これだけ加藤ちゃんが努力しているのに、  
 自分の心を削っているのに、  
 気付こうとしない狩谷なんて……)  
 
瀬戸口に言われた「愛は、許すことだ」という言葉が思い浮かぶ。  
でも、田辺は狩谷を許せる気がしなかった。  
 
不意に名前を呼ばれて顔を上げた。  
(そうだ、今は学校だった)  
呼びかけた遠坂の顔を見た。  
 
「一緒に帰りませんか、久しぶりに」  
 
久し振りに遠坂の顔を見て、自分が遠い所へ来てしまったような気がした。  
(いつも忘れないようにって、善行さんが隠し撮りした写真持ち歩いていたのに、  
 どこに落としてしまったんだろう)  
ぎこちなく微笑んで頷いた。  
 
遠坂はどぶ川べりの道までの間とりとめのない事を話し続けていた。  
幻獣のこと、戦況のこと。  
 
(そういえば、パイロットになってから……  
 違う、加藤ちゃんとああなってからほとんど話してなかった)  
 
「何も、僕には話してくれないんですね」  
 
静かな声で遠坂は唐突に言った。  
 
「え?」  
「いきなりパイロットになって、  
 いつも一緒に帰っていたのに一人で帰るようになって  
 ……今も、僕の話なんて聞いてなかった」  
 
どぶ川を見つめながら呟く遠坂の暗い表情は見たことがなかった。  
(今日、遠坂君一度も笑ってなかった)  
「僕はただ、二人で幸せになりたかっただけなのに」  
「ご、ごめんなさい」  
咄嗟にあやまるが、遠坂は冷ややかに笑った。  
 
「フッ、こうしてみると…。  
 日本でも屈指の殺しのプロには見えませんね。  
 ……どうすれば、そう殺せるんでしょうね」  
 
一人で立ち去ってしまった遠坂の背中を見て、  
田辺は泣いた。  
(まただ、また人を傷つけてしまったんだ。)  
 
「マッキー」優しい声が聞こえる。  
「加藤ちゃん……」  
 
振り向くと彼女が立っていた。  
加藤は田辺の頬に流れる涙を右手でぬぐうと、  
彼女の手を握った。  
 
「な、一緒に帰らへんか?」  
 
無邪気に笑う加藤の顔を見て、  
遠坂を傷つけて得た対価が、加藤ちゃんの笑顔であることを実感した。  
 
なぜか心が軽くなった。  
田辺の心の底のどこかで「二股」のような気がしていたからだ。  
プラトニックな遠坂への愛と、  
歪んだ加藤との愛。  
 
遠坂を失った田辺は加藤だけの物であった。  
あとは加藤が田辺だけの物になるだけだった。  
 
加藤の首に腕を回しながら田辺は囁いた。  
 
「ねえ加藤ちゃん……」  
「うん?」  
「大好きです」  
 
加藤は頬をあからめて頷いた。  
 
戦場に出れば全ての幻獣を打ち倒し、  
あれよあれよと言う間に、田辺真紀は絢爛舞踏となった。  
 
 
その日の朝、加藤は上機嫌であった。  
今日働けば400万円が集まる。  
あと1万円だ。  
明日になれば病院に行こう、そう思っていた。  
 
 
だから、  
予想もしていなかった。  
 
学校に行くと、  
田辺が狩谷に銃を向けていた。  
 
校舎は半壊して、ここで大型幻獣と士魂号が戦ったのは明らかだったが、  
目の前の二人との関係性には意識が回らない。  
 
「マッキー……なにしてるん?」  
 
加藤の声に田辺は肩を震わせたが、  
冷静に答えた。  
 
「狩谷君が悪いんです。  
 加藤ちゃんを傷つけるばっかり。  
 その上幻獣で……。  
 だから、殺さないといけないんです」  
 
「なんなのよそれ!」  
 
加藤には意味が分からなかった。  
 
「うちがなにをしてきたのか知ってるんやろ!?  
 なんでそんなことするん!?  
 なんで狩谷君が死なないといけないんや!」  
 
必死に叫ぶが、その場にいた本田先生に腕を捻られ、抑えつけられた。  
地面に倒れこみ、口に土が入る。  
苦痛に視界が滲む。  
 
狩谷君がよく分からない叫び声をあげている。  
ああ、助けないと。  
 
「殺せ、田辺。  
 殺せ。それは、幻獣。お前の敵だ」  
 
「加藤ちゃん、ごめんなさい」  
 
泣いているのか、笑っているのか分からない声がして、  
銃声が響いた。  
 
一瞬の隙を突き、本田先生の腕を払いのける。  
立ち上がり、教官の腰にあったナイフを抜き取る。  
 
そして、  
 
「いやああああああああああああ!!!」  
 
刺された田辺の声なのか、刺した加藤の声なのか、  
どちらにも分からない声が響きわたった。  
 
「いい気味や、田辺! いい気味や!」  
泣きながら、笑いながら加藤は言った。  
 
 

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